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はらぺこ刀嬢の鏖殺道中

掲載日:2026/07/05

 その酒場は、村の外れにひっそりと建っていた。

 旅人と荷馬車が行き交う街道沿いにしては客も少なく、木造の壁はところどころ軋み月明かりが隙間から漏れ出る。


 その隅の席で、ひとりの少女が頬杖をついていた。


 和服姿。

 旅装というには妙に整っていて、けれどどこか擦り切れたような色をしている。


 少女サヴィは、水洗いしただけの野草を頬張りながらテーブルに置かれた水の杯をじっと見つめていた。


「...お腹、空きました...雑草飽きました〜」


 ぽつりと間延びした声。

 だが視線の先の店主は眉ひとつ動かさない。


「金がねぇなら飯は出さねぇ、水で我慢しな」


 それだけ言って、皿を拭く手を止めない。

 サヴィは小さく足を揺らして抗議する。


「そんなぁー」


「ここらで食える草教えてやっただけでもありがたく思いな嬢ちゃん」


「けーちー、けちけちけちけち」


 語尾だけが妙に柔らかく、しかしそこに緊張も怒気もない。ただ純粋に不服そうだった。


「私、ちゃんと働きますよ?護衛とか、荷運びとか...」


「生憎その手の依頼は冒険者で間に合ってるんでな」


 即答だった。サヴィはしばらく黙ったまま天井を見上げる、軋む梁、乾いた木の匂い、それを肴に水を口に運ぶ。


「ぶぅー...んー...?」


 その時、サヴィが起き上がった。


「どうした?」


「何か来ます」


 ーーーバァァンッッ!


 だが次の瞬間、酒場の扉が乱暴に開く。

 冷たい風と一緒に1人の男が滑り込んだ、肩で息をし片腕は血で濡れている。


「...っ、頼む!助けてくれ!!」


 男の視線が店内を駆け巡り、そして止まった。

 隅の席、頬杖をついたままの少女を視界に収める。和服姿のまま水の杯を揺らしているだけの場違いな存在を。

 男はよろめきながら、そこへ一歩割り込んだ。


「頼む!追われてる!報酬は払うから助けてくれ!」


「どして私?」


「あんた戦えるんだろ!!」


 そう言ってサヴィのそばにある彼女と同程度の長さの袋を指差して叫ぶ。


「それ弓だろ!頼む時間稼ぎしてくれるだけでいいから!!」


 その瞬間だった。

 外から重い靴音が鳴り響く。


 ――ドン、ドン、と整った足並み。


 ドアを蹴破り入ってきた、今度は二人。

 鎧を着た兵士が迷いなく店内へ足を踏み入れる。


「対象確認、確保する」


 短い言葉、その兜の奥から感情のない視線が刺さり酒場の空気が凍りつく。


「おい嬢ちゃん、こいつァ王国の兵士だぜ、この兄ちゃん訳アリだ、関わるのやめときな」


 店主がサヴィに耳打ちする。聞こえてるか聞こえてないかはわからないが彼らの視線はただ一つ、男だけを見ていた。

 その男が震えながらサヴィに向かって叫ぶ。


「金ならある!報酬も出す!だから助け――」


 言い切る前に兵士が一歩踏み出した。


「抵抗確認、拘束する」


 ――その時。


 サヴィがゆらりと立ち上がった。

 

「おいおい、嬢さん、どこの流れもんか知らねえがやめときな」


 その前に立ちはだかるもう1人の兵士。

 男を抑えている方とは違い、軽やかな口調でサヴィを静止した。


「...どして?」


「あー、そりゃ言えないな、まぁ...こっちの問題ってやつ?だから一般庶民は関わらない方がーーー」


「あ、いえ、そうではなく」


「?」







「ーーーどうして敵(・)を(・)前(・)に(・)剣(・)を(・)抜(・)か(・)な(・)い(・)ん(・)で(・)す(・)か(・)?」




「ッッ!!」


 その言葉の意味を理解した兵士は腰に携えた剣の柄に手を伸ばす、だがしかし。


「ブッ!!」

 

 瞬間、兵士の視界が潰れた。


「――ッ!!?」


 何かが眼球の内側にまで刺さるような痛み、声にならない叫びと同時に身体が反れる。

 悶絶する兵士を前にサヴィはただ静かに、そして淡々と弓袋の紐を解く。


「!!」


 兵士に押さえられた男はその弓袋の中身を見て目を見開いた。

 その中に入っていたのは刀(・)。否、刀というにはあまりにも長く銀色に輝くそれはサヴィの身長に匹敵するものだった。


「それ...剣...だったのか?」


「カタナーーーっていうらしいですよ、私も貰い物なので知りませんけど」


 ーーーザンッ!!


「ぐぁぎゃッッ?!」


 気付けば兵士の首元にその凶刃が、そしてサヴィが飛びかかるように喰らいついた、銀色の鎧は赤く染まり、木造の床を血で染め上げる。


「貴様ーーー

「すいません、いいでしょうか!」


「!?」


 残った兵士の言葉を遮り、サヴィは兵士に跨ったまま大きく反って男の顔を覗き込んだ。


挿絵(By みてみん)


「報酬!」


「え?」


「ご飯奢ってください!」


 男は言葉を失っていた。

 兵士の喉元に跨ったまま、少女はまるで夕飯の相談でもするような顔でこちらを見ている。

 床に落ちる血の音だけが脳に響き渡る。


「あ、あぁ!わ、わかった奢る、奢るから...!!」


「本当ですか!」


 ぱっと表情が明るくなる、その変化が逆に恐ろしかった。サヴィは身体を起こし兜の隙間に、ふぅー、と...ただ静かに息を吹き込む。


「だ、そうです、ごめんなさいね」


「え"ーーッッ?!」


 ーーーザグッ!!


 瞬間、その凶刃が大きく捻られ、それと同時に兵士は首元から血を吹き出した。


「がぁぁ!!」


 そしてその血はもう1人の兵士の顔に降りかかる、兜が、そして視界が赤く染まる。

 

「不敬罪!不敬罪でーーー」


 剣を抜こうとした手が止まる。否、どれだけ力を込めても剣を抜くことができない。

 ーーーサヴィが柄を踏み抜いているため、抜くことができない。


「ぺらぺらぺらぺら」

「ぐ...くそっ!!抜けろこのナマクラが!!」

「ペラペラペラペラ」

「くそっ!!舐めやがって!!くそっくそっ!!」


 視界が封じられているためなぜ抜けないのか、目の前で何が起こっているのかわからず、何度も柄を握る手に力を込めては無駄に終わる。


「がぁーーー抜けッッ!!」


 軽くなった瞬間、腕を振り抜く。


 ーーーバシャッ!


「ひッッ!?」

「うぉ!?」


 男と店主は降りかかった何かに顔をしかめる。兵士は兜を外し腕で視界を拭う。


「どこだ!!どこいきがった!」


「...」


「そこかッッーーーえ?」


 視界が開けた瞬間、兵士の目に映ったのは血に染まった酒場だった。

 さらに違和感を感じた兵士は瞬きを繰り返す。


「な、ん.....??」


 右腕が軽い。剣を握っていたはずの感覚がない、不思議に思った兵士は視線を落とす。


「ーーーッ」


 そこにあるはずの腕が、肘から先ごと消えていた。

 腰を見ると柄を握ったままの自分の腕が。


「ぁぇぇ?」


 理解が遅れる、一拍遅れて熱が来た。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!?」


 絶叫、血が噴き出す。兵士は反射的に傷口を押さえそのまま床を転げ回った。


「腕が...俺の、腕ぇぇ!?」


「ペラペラ...あ、もういいですか?」


 その声は、すぐ後ろから聞こえた。


「ひっーーーッ!?」


 サヴィがいる、いつの間に移動したのかすらわからない。長すぎる刀を肩に担ぎ少女はただ不思議そうに兵士を見下ろしている。


「兵士は痛みに耐えて耐えて鍛えてきたはず、なのに腕が無くなったくらいで騒ぐんですね?」


「き、きさ――」


 無邪気だった。

 だからこそ兵士の喉が引き攣る。


 目の前にいるのは化け物だ。


 兵士はようやく理解した。

 自分たちは最初から、人間を相手にしていなかったのだと。


 ...


「...終わりっと、さて」


「ひっっ!?」


 サヴィと視線が合う。

 男は腰が砕けたように後ずさった。血塗れの刀、返り血を浴びた和服、そして何より「獣」のような鋭い瞳。


 逃げなければと本能が叫ぶ。

 だが震え上がった身体はまるで言うことを聞かなかった。


 ーーーコツ コツ


 男の喉が引き攣る、殺される、次は自分だ!


「やめ...頼む待て、待ってくれ!!」


 だがサヴィは男の目の前まで来ると、きょとんと首を傾げた。


「?」


「ぇ...」


「ご飯、まだですか?」


 男は固まった。


「は?」

「え?」


 サヴィは不思議そうに瞬きを繰り返す。


「お肉食べたいです、あとほくほくの石窯パン!バターもつけてください!お口にいろいろ入っちゃったのでスープも欲しいです!」


「え、あ、あぁ?」


「やった!やったー!マスター今の聞きましたね!今すぐ準備してください!」


「...わかったわかった、作るから、血ィ拭いとけ」


「はーい!」


 理解が追いつかない。

 床には死体、転げ回る兵士、血の臭い。

 なのにテーブルに腰掛けウキウキしているその発端は、完全な無垢なる笑顔の少女だった。


 ...


 酒場の中には、まだ鉄臭い血の匂いが残っていた。床では腕を失った兵士が気絶し、もう片方は完全に動かない。

 だがそんな惨状など存在しないかのように、サヴィはテーブルに突っ伏す勢いで皿へ食らいついていた。


「もぐ...あむもぐ、もくもくもく...ぁぁぁあ幸せです〜」


 白い石窯パンを両手で抱え肉汁まみれの肉を頬張る。口いっぱいに詰め込みすぎて頬が膨らみ、口元から油が漏れ、時折幸せそうに足まで揺れていた。


「お兄さんは救世主ですぅー」


 その姿はどう見ても腹を空かせた年頃の少女だった。つい数分前まで兵士の腕を斬り飛ばしていた存在とは到底思えない。


「...」


 男は椅子に座ったまま固まっていた。粗雑に拭き取られた血塗れの酒場、転がる死体、苦痛に呻く兵士。

 その惨状を背に少女は夢中になってスープを啜っている。


「熱っ」


「あぁ!?気を付けろ嬢ちゃん!」


「ふー!ふー!」


 猫舌らしい。

 男は頭を抱えたくなった。


 ーーーなんなんだこいつ。


 強者は見てきた。

 傭兵も、騎士も、処刑人も、だがこんな存在は知らない。

 殺しに一切の躊躇がない、なのに目の前の肉料理には子供みたいにはしゃぐ。

 まるで“人を斬る”と“飯を食う”が同じ棚に入っているような生き物だった。


「おい」


 男に声をかけたのは店主だった、布でカウンターを拭きながら鋭い目を男へ向ける。


「なんで兵士に追われてた」


 空気が少しだけ重くなる。サヴィだけが、「もきゅもきゅ」とパンを齧る音を立てていた。

 男は視線を泳がせる。


「それは...」


「王国兵が二人も来るってこたァ、ただの盗人じゃねぇだろ」


「...」


「答えによっちゃ、今度は俺が嬢ちゃんごと叩き出す」

「私もですか!?」


 男は観念したように身の上を吐いた。


「俺は...氷運びだ」


「氷?」


 サヴィがスプーンを止め、店主に質問を投げかける。


「氷運びって?」

「あぁ...夏場になると活動を始める運搬業者だ、他国から輸入した氷を王国内まで運ぶ仕事」

「ほぇー、大変ですねぇ」


「北の鉱山都市から、王都まで氷を運ぶ仕事をしてた。冷却用の魔導氷だ。途中で中継拠点に寄って...喉が乾いててさ」


「うん」


「箱を開けた」


「うん」


「そしたら」


 男は懐から布袋を取り出した、何重にも巻かれたそれを解き中身を覗かせた。


「...」

「これなんです?」


 それは指輪だった。


「それ、王国の貴族の紋章だろ」


 指輪につけられた紋章と床で横たわる兵士の鎧に刻まれている紋章が同じものであることを店主は指摘する。


「これがなんなのかわからないけど...やべぇって思ってこれを王国の兵士に届けようとしたんだ、そしたら...」


「殺されかけたと」


 サヴィはしばらく無言でスープを見ていた、そして。


「あ、おかわりありますか?」


 サヴィのその一言で空気が一瞬だけ止まった。男の口は半開きのまま固まっている、店主は深く息を吐いた。


「...お前な」


「はい?」


「今の話、聞いてたか?」


「聞いてましたよ?指輪ですよね」


「あぁ、それのためにーーー」

「お名前聞いても?」


「え?」


 あまりに唐突だったので男は固まった。


「フロストだ」


「フロストさん、それどうしたいですか?」


「どうしたいって...」


 フロストはしばらく黙っていた。


「...正直に言うとこれが何なのかは、もうどうでもいい」


「どういう意味です?」


 サヴィはパンを口に運びながら、当然のように聞く。


「俺はこれを王都に届けるつもりだった。証拠としてな...だけどもう王国は信用できない、兵士が俺を殺そうとした時点で確信した」


「で?」


「国境を越える、そこまで逃げりゃ追っ手も切れる、だろ?」


 サヴィは小さく首を傾げる。


「その指輪は?」


「どうでもいい、巻き込まれるのも面倒だ、他の国なら証拠として預かってくれるかもーーー」

「もっといい方法があります」


 サヴィはパンを置き、立ち上がる。


「え?」


「それ貸してもらえますか?」


 懐の布袋を指差す、フロストは恐る恐る取り出し、それをサヴィに手渡した。


「どうするつもりだ?」


 店主もその布袋とサヴィを交互に見つめる。


「こうすればいいんですよ」


 そう言うとサヴィは刀を抜き...


 ーーーバゴッッ!!!


「ぉお!?」

「ちょっとぉぉ?!」


 躊躇なく指(・)輪(・)を(・)叩(・)き(・)割(・)っ(・)た(・)。


 大量の破片がカウンターに散らばった。


「な、なにやってんだお前ぇぇぇええ!?」


 これにはさすがの店主も狼狽の声を上げた。


「これを持ってる限り他国も安全ではありませんよ?」


「え」


 しかしサヴィの目は真剣、鋭い視線をフロストに突き刺す。


「だって他国から預かった氷の中に入ってたんですよね?」

「あーーー」


「だったらこんなものさっさと捨てればよかったんですよ」


「そ、そうか...じゃあ持ってないって言えば兵士はもう追っては来ないーーー」

「いえ?それも違います、兵士は持っても持ってなくても貴方を殺しに来ますよ」


 店主は震える手で拭き取りながらサヴィを問い詰める。


「なんでだ?」


「だって兵士が貴方を殺そうとしてる理由は...コレを持ってるから、ーーーではなく、こ(・)れ(・)を(・)見(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)か(・)ら(・)、なんですから」


「ッ!」


「だって、あなたさっき言いましたよね、「届けようとしたら殺されかけた」って」


「そうか...」


 店主は納得したようにため息をついた。


「じゃあどうするんだ」


 店主が腕を組む。

 フロストはしばらく黙り込んだ。逃げるしかない、もう王国には戻れない、兵士も信用できない。

 このまま証拠を抱えていても殺されるだけ、ならばやることは一つ。


「東へ行く」


「東?」


「国境だ、運搬に関わった北の国と反対側の国へ逃げる」


「なるほど、それなら追跡もしづらそうですね」


「...その前に故郷へ寄らないと」


「故郷?」


「あぁ、母親がいる」


「さすがに2人以上の護衛は難しいんですけど〜...」


「最後の挨拶だよ」


「なるほど!」


 サヴィは少し考え。


「じゃあ行きますか」


 そういうとサヴィは立ち上がった。いきなりの行動だったため、フロストは瞬きを繰り返す。


「馬車を調達して来ます!」


「馬車?」


 思わず聞き返す。こんな山奥の酒場だ、街道沿いとはいえ馬車など見当たらない。


「まぁまぁ、ちょっと待っててください!」


「?」

「?」


 サヴィが刀を担いで扉を出て、そして数分後に戻って来た。


「それじゃあいきましょうか」


 増えたようにしか見えない返り血に濡れながら。


 ...


 ..


 馬車で待機していたと思われる兵士の死体を蹴り落として馬車を走らせる。

 ガタガタとゆれる車内の中、フロストは店主との会話を思い出す。


『盗賊村の生き残りだよ』


『盗賊村?』


 見た事はないが聞いたことがある、窃盗や殺しで生計を立てる盗賊の集落があるという事を。


『生き残りって事は...その村はもう無いのか?』


『あぁ、当時は周辺でも話題になった...村人全員死んで、生き残ったって言われる子供がアイツだって』


『いったいなんで...』


『さぁな』


 フロストは前を見る。御者台、サヴィが鼻歌交じりに馬を走らせている。

 さっきまで兵士を殺していたとは思えないほど楽しそうに。


「...そうか」


 自然と納得していた。

 死体を見ても動じず、人を殺すことに躊躇がない。命の重さをどこか理解していない。

 全部、そんな過去があればおかしくない。可哀想な子なんだ、そう思った。


「どうしました?」


「いや、なにも」


 馬車は夕暮れの街道を走っていた。


「もう少しだ」


 フロストが前方を見つめながら呟く。


「この森を抜ければ村だ。母さん腰悪くしてたからなぁ、急に帰ったら驚いて悪化するかもな」


「面白いお母さんなんですねぇ」


 御者台でサヴィがのんびり答える。


「昔は口うるさかったけどな」


「私、母ってよくわかりません」


「...そうなのか」


 サヴィは頷く。


「物心ついた時には両親しんでましたので」


 フロストは少し後悔した。

 そうだ、彼女は盗賊村の生き残り、店主の言葉が頭をよぎる。

 村人は全滅、子供一人だけが生き残った。きっと想像もできないような地獄を見たのだろう。


「悪かった」


「?」


「嫌なこと思い出させた」


「別に?」


 きょとんとした顔。

 本当に気にしていないように見える。


「まぁでも...ーーー。」


 その瞬間だった、サヴィの顔から表情が消えた。


「ん?どうした?」


 サヴィは冷たい目をしながら前を見つめている、鼻をひくりと動かす。


「...血」


「え?」


「血の匂いがします」


 フロストは苦笑した。


「魔物じゃないのか?」


「いえ...」


 その声には、いつもの間延びした調子がなかった。


「おい、サヴィ」


 しかし、サヴィは応えない。

 嫌な予感がした。


 ...


 ..


 村に着いた時、最初に気づいたのは静けさだった。


「...母さん?」


 返事がない、煙突から煙も上がっておらず、静寂が村を包んでいた。

 否、静かすぎた。

 馬車を降りたフロストが駆け出す。


「おーい!!」


 そして止まった。


「...あ?」


 井戸の脇。

 そこに、子供が倒れていた。


 目を見開いたまま、首が不自然な方向へ折れている。


「う....そ......」


 震える声で一歩、また一歩を踏み出す。

 視界の先に血を流して横たわる老人、女、見知った隣人。


 全員死んでいた。


「うそだ...」


 膝が崩れる。


「母さん...?」


 立ち上がって家へ走り扉を蹴破る。

 そしてーーー。


「ぁ....ぁぁあああああああッッッ!!!」


 家中に絶叫が響いた。

 フロストは母の亡骸にしがみつく、返事はない。何度肩を揺らしても動かない。

 否、触ったときからわかっていた。

 その顔に生気が無く、すでに冷たくなっていた事を。


「嫌だ……嫌だ……」


 やり場のない怒りが、震える指が血で汚れる。足元には母が最後まで握っていたのだろう包丁が転がっていた。

 誰かから逃げようとしたのか、誰かを守ろうとしたのか、そんなことを想像してしまって。


「なんでだよ...俺が何したって言うんだよ!!」


 ーーーガンッ!


 無力感に拳を床に叩きつける。


「俺が!!母さんが!!この村が!!」


 ーーーガンッ!!


「なんでこんな目に遭わなきゃいけない!!」


 返事はない、ただ静かな家に自分の嗚咽だけが響いていた。


 


挿絵(By みてみん)



「ーーー殺(・)し(・)た(・)い(・)で(・)す(・)か(・)?」





「え?」


 サヴィは優しく、そして覗き込むようにこちらを見つめている。


「殺したいなら、私に言ってください」


「...」


「貴方はご飯をくれる恩人です、私に言ってくれればいくらでも、貴方のために血の雨を降らせましょう」


 暖かい手がそっとフロストの手に重ねられる。

 あたたかい、とても安心する。

 まるで母にでも包まれているような感覚だった。


「...やめろ」


「遠慮しなくてもいいんですよ?村を襲った人達、全員殺せば少しはスッキリするかもしれません」


「やめろって言ってんだ!!」


 フロストが叫んだ、大声で驚いたサヴィが目を丸くする。


「俺は.....人殺しになりたくない」


 泣きそうな顔でフロストは拳を握る。


「憎いよ、殺してやりたいくらい憎い、でも.....」


 母の亡骸を見る。


「そんな命令、俺にはできない...人を殺して喜ぶような奴にだけは、なりたくない」


 しばらく沈黙が続く。


「...そうですか」


「ごめん...臆病で...」


 サヴィがほんの少しだけ笑う。


「よかった」


「え?」


 フロストが顔を上げる。

 その笑顔は嬉しそうで、少し寂しそうだった。


「フロストさんは優しいんですね」


「優しい...?」


「命を奪うのは簡単です」


「....」


「でも、憎しみを抱えたまま、人であり続けるのは難しい、フロストさんは、それを選んだーーーだから、優しい人なんです」


 そしてサヴィの笑みが消える。


「でも残念です」


 刀を抜く。


「何を...!?」


 しかしその刀はフロストではなく何もないはずの周囲に向けられる。


「貴方以外はそう思ってないみたいです」


 次の瞬間。


 ーーーバキバキバキッ!!


 家の周囲の木々から、何十もの人影が現れた。

 一人、二人、三人、気付けば数十人が村を囲んでいた。


 弓兵が高所を取り、剣兵が包囲を狭めていく。


「発見した」

「対象二名」

「命令通り処分する」


 フロストの顔から血の気が引いた。


「お、お前ら...なんで...!」


「目撃者は不要」


「!!」


 ただそれだけ。

 母も村人も、最初から口封じのために殺されたのだと理解する。


「っ....!!」


 自分だけでなく関係のない家族まで?怒りで頭が真っ白になる。殺してやる、そう思って震える手で拳を握った。

 その時、後ろからそっと袖を引かれる。

 振り返るとサヴィがいた。


「...大丈夫です、貴方は誰も殺したくないんですよね」


 穏やかな表情を見せ、そして耳元で囁く。

 その瞬間、怒りでいっぱいになっていた頭がスゥっと冷める。


「あ...俺...」


「大丈夫です、大丈夫」


 そう言ってサヴィは背中をさする。

 その手つきは優しく、まるで母のように暖かかった。


「ごめん...さっき、殺したくないって言ったばかりなのに」


「人間、そんな物分かりはよくありませんよ...でも、貴方は彼らを殺したいほど憎い」


「...ぁあ」


「でしたらこれから起こることは全部、私が自己防衛のために勝手にやることです」


「.....え?」


 ーーーゾクリ


 兵士の一人の背筋に悪寒が走った。


「警戒しろ!!」

 ーーーボッ

「剣を抜ーーー


 だがその判断は、あまりにも遅かった。


「カ...カペ...?」


 兵士の兜顎部分に大穴が空いている、その斜線の先にあるのは岩にめり込んだ木材。


 ーーーバシャッ!!

 ーーーザッ!

 ーーーバギッ!


 次々舞う血飛沫、誰も反応できず淡々と処理されていく。


 ーーードンッ!!


「ひっ!?」


 最後に残った兵士は剣を構えるが、すでに目の前に迫るサヴィの影。


「や、やめーーー


 その時だった。




 ドッ




「ッ!?」

「え?」


 突如、サヴィの動きが止まった。



「ッ....!?」


 サヴィの身体が大きく揺れた。

 飛び上がった勢いのまま地面に転がり、刀を取り落とす。


「サヴィ!?」


 脇腹、そこに一本の黒い矢が深々と突き刺さっていた。


「ぁ...ぐっ.....!」


 途端に顔色が青ざめる、呼吸が荒くなり鼻や口元から赤黒い血が溢れた。


「かはっ....げほっ....!」


 ーーーブシッ!


 血が地面に散る。

 サヴィは震える手で矢を抜こうとするが、力が入らない。


「な、なんだこれ...」


 フロストの顔から血の気が引いた。

 矢じりが黒い、否、黒く濁った液体が脈打つように滲み出ている。


「ヒュドラの毒だ、誰でもない、お前のために用意した」


 その声と共に、一人の兵士が前に出た。

 他の兵士とは違う、まるで待ちわびていたように、ゆっくりと兜へ手をかける。


 ――ガシャン。


 地面へ落ちる鉄兜。


 現れたのは長い金髪の女だった。

 だが、その顔の半分は醜く焼け爛れている。頬から首筋にかけて赤黒い火傷の跡が走り、片目はひきつるように歪んでいた。

 その女は倒れたサヴィを見下ろし、そして笑った。


「見つけた」


 狂気を孕んだ笑み。


「見つけたわよ...」


 その声は徐々に震え、そして叫びへ変わる。


「私の村を滅ぼした化け物ォォォォォッッ!!」


 ーーーガンッ!!


「!」


 叫びながら女性は、震えるサヴィの手を力一杯蹴り抜いた。

 手から離れた刀が激しく転がっていく。


「....え?」


 フロストが固まる。

 女は剣を抜き、震える切っ先をサヴィへ向けた。


「この傷忘れたとは言わせない!お前が!!お前が!!!お前が!!!!火を放ち父を母を殺した!!!!!」


 声が裏返る、涙と怒りと憎悪が混じり合った叫び。


「私の家族を皆殺しにしたァァァッッ!!」


「...」


「違う!!」


 叫んだのはフロストだった。


「そいつは生き残りなんだ!盗賊村の!生き残りだってーーー

「違うッッッ!!」


 女は胸を叩く。


「生(・)き(・)残(・)り(・)は(・)私(・)だ(・)ッッ!!」


 焼け爛れた顔を晒しサヴィを指差す。


「こいつが!!盗賊村を滅ぼした張本人だ!」


「ーーーッ!」


 フロストが息を呑み、反射的にサヴィを見る。


 ーーー違うよな?そう言ってくれ、嘘だって。


「サヴィ...!!」


 サヴィは...。


「げほっ...!」


 血を吐き苦しそうに身体を丸めたまま何も言わない。


「サヴィ....?」


 否定しない、言い訳もしない。

 ただゆっくり顔を上げ、苦しそうに息を吐いて。


「...フロストさん」


 震える声で言った。


「逃げてください」


「な……」


「今ならまだ間に合います」


「ふざけんな!!」


 フロストが叫ぶ。


「本当なのかよ!!」


「?」


「お前が.....村を....?」


「...


 ーーーえ(・)ぇ(・)」


「!」


 フロストは勘違いしていた、この少女が滅んだ盗賊村の生き残りだと。

 だが違った、彼(・)女(・)が(・)滅(・)ぼ(・)し(・)た(・)、そこの金髪の女を残して、村人を惨殺した本人。

 サヴィは少し困ったような顔をした後、寂しそうに笑った。


「私は自分が生きるためなら...なんでもする殺人鬼です、でも...今は貴方が生きる事が先決、だから、逃げてください」


 その瞬間。


 フロストは初めて気付く。

 この少女は、今、自分が嫌われるかもしれない不安より、自分を生かすことを優先しているのだと。


「...できるわけ、ないだろ」


 震える声で捻り出し、フロストはゆっくりと立ち上がる。

 頭を抱えてふらつく姿はまるで倒れかけの棒に似ている。


「俺は、お前がそんな奴だなんて思わない」


「は?」


 金髪の女が目を見開く。


「何言ってんの?」


「確かにサヴィは簡単に人を殺すやつだ」


 フロストの脳裏に酒場の光景がよぎる。兵士の喉を刀で刺した、腕を切り落とした。血塗れになりながら何一つ顔色を変えなかった。


「命を軽く見てるし、正直怖い」


「じゃあ!」


「でも!!」


 フロストが叫ぶ。


「あの子はそ(・)ん(・)な(・)や(・)つ(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)!」


「は?」


「温かい飯を食った時、子供みたいに喜んでた!おかわりありますか、って嬉しそうに!母さんが死んだ時...俺は憎くて、殺してやりたくて...!」


「...」


「そしたらサヴィは、俺に復讐するかって聞いた、でも俺が嫌だって言ったら...嬉しそうに笑ったんだよ!!」


 サヴィが目を見開く。

 フロストは涙を浮かべながら続ける。

 言葉に詰まる、母を失った自分を慰めてくれた、憎しみに飲まれないよう止めてくれた、自分の優しさを大切だと言ってくれた。


「そんな奴が、ただの化け物だなんて...俺は思わない!!」


 金髪の女が顔を歪める。


「騙されてる!そいつは怪物よ!!村を焼いた!子供も老人も、皆殺しにした!!」


「それでも!」


 フロストは叫ぶ。


「それでも俺が見てきたサヴィは本物なんだ!!」


 沈黙。

 苦しそうに血を吐いていたサヴィがゆっくりと顔を上げる。


「...どうして」


「ん...」


 小さな声で呟く。


「どうして、私のような殺人鬼を信じるんですか」


「知らねぇよ」


 フロストは泣きそうに笑う。


「俺が「優しい」から、じゃねぇかな」


「ーーー。」


 その瞬間。


「ふざけるなぁぁぁぁッ!!」


 金髪の女が叫ぶ。


「そんな甘い言葉で!!こいつの罪が消えると思うな!!」


 金髪の女がゆっくり剣を持ち上げた、焼け爛れた顔が醜く歪み、笑みか、それとも怒りかもわからない表情を見せる。


「ならお望み通り二人まとめて死ねッッ!!」


 剣先がサヴィへ向く、フロストは咄嗟にその前に立った。


「サヴィッ!!」


 振り下ろされる剣、フロストは避けない。

 避けられない。


 ーーードンッ!!


 ただ、真正面から女へ飛びついた。


「ぎゃっ!?」


 二人まとめて地面を転がる。


「何してんの!?」


 女が叫ぶ。

 フロストは必死に腕を押さえ、腰にしがみつき身体中をまさぐる。


「なっ...!?」


 女の顔が赤くなる。


「気でも狂ったか!?離せ変態ッッ!!」


 膝蹴り、肘打ち、顔を引っ掻かれる。

 それでもフロストは離さない。


「ならお前から殺す!!!」


 そして腰から引き抜かれた短剣がーーー。


 ーーードスッ!!


「ぁぐ!?」


 フロストの背中に突き刺さる。


「...あ(・)っ(・)た(・)!!」


 しかしそれと同時、フロストは女の懐から何かを引っ張り出す。


「受け取れサヴィ!!」


「なっ!?」


 それは小さく透明な瓶、サヴィは震える手でそれを受け取り口の中に放り込む。


「やっぱ持ってたな...解(・)毒(・)薬(・)!!」


「お前!!お前ぇえええ!!!」


 女の顔が憎悪で歪む。


 当然だった。ヒュドラの毒は猛毒だ、だがそれ故に扱う者は必ず解毒薬を持つ。

 誤って自分が触れないように、フロストはそれに賭けた。


 ーーー賭けには勝った。


「殺す....!」


 女が剣を振り上げる。


「まずお前から殺してやる!!」


「っ...!」


 背中に短剣が刺さったまま、フロストは立てない。避けられない、死ぬ、死が目の前に迫る。

 そう思った瞬間。


 


 ーーーブシュッ




「え?」


 何かが宙を舞っていた。赤い飛沫、そして剣を握ったままの女の右腕。


「ぁ....?」


 地面に転がる腕を見て、女の思考が止まり、ふと自分の肩を見る。

 そこには何もなかった。


 一拍遅れて。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!」


 絶叫と血が噴き出す、女は傷口を押さえて唾を吐き散らしながら地面に転がった。


「な...なんで...!」


 震える声、その先には刀を振り抜いた姿勢のまま佇むサヴィがいたまだ顔色は悪く、口元から血も流れている。


「ーーー私がこの刀を使う理由は」


「はぇ?」


 自身の背丈と同じ長さを持つ刀、それに付着した血を見つめながら静かに呟く。


「射程が広いからーーー今みたいな状況でも間に合うので、便利なんです」


「は...はぁぁぁぁああああああッッ??!!!!」


 女は血反吐を吐きながら叫ぶ。


「ふざけんな!!!それは父(・)上(・)の刀だ!!誇り高き我ら家宝だ!!お前なんかが使うなぁぁぁあああああ!!!」


 ーーーザッ!


「ぐっ!?」


 フロストの背中に激痛が走る。

 女は残った手で刺さった短剣を引き抜き、サヴィに飛びかかる。


 ーーーブシュッ!!


 しかしその抵抗も虚しく、その手すらも吹き飛ぶ。


「ぎぃぃいいい?!」


 ーーーザッッ!!ザグッ!!


「ぁあああああッッ!?」


 両足を切り落とされ跪く、もう女に戦う力は残っていない、勝負は決したと言える状況だった。

 だがそれでもーーー。


「ふざ...けん...なぁ!!」


 女の目は死んでいなかった。

 足のない断面で無理やり立っている、しかし動くことはできずただサヴィを睨む事しかできない。


「.....我らは...誇り高き家系だ...!!お前みたいなーーー

「何か勘違いしてませんか?」


 その女言葉すら、サヴィは断ち切った。

 刀を肩に担ぎ無表情のまま淡々と喋る。


「貴女の村って、殺しと窃盗で生計を立てていたんですよね?」


「そ、それが...どうした...」


「なら、遺族から依頼されて皆殺しにされても文句は言えません」


 あまりにも淡々とした声。


「奪った人間が奪われる。殺した人間が殺される。ただそれだけの話です」


「....っ!!」


「そもそもーーー殺(・)し(・)に(・)誉(・)が(・)あ(・)る(・)と(・)で(・)も(・)」


 サヴィは静かに刀を構える。


「や....やめッッ!!」





挿絵(By みてみん)



 ーーー。







 一瞬だった。




 風が吹き、女の身体がバラバラに崩れ落ちる、血飛沫が夜空へ舞い月明かりに溶けた。


 ーーーバシャッ!


 サヴィは刀を振い血を弾き飛ばす。鮮血が地面をレッドカーペットのように赤く染め上げる。

 そしてただ静かに刀を鞘へ納めた。


 そして、ぽつりと。


「いつか私も、こうなるんでしょうね」


 そう呟いた。


 ...


 ..


 .


 夜が明ける。

 村の残骸から使えそうな食材を集めて、フロストが不格好なサンドイッチを作る。


「はい」


「わぁ!」


 サヴィの顔がぱっと明るくなる。


「お肉!」


「硬いぞ」


「ん〜〜〜!!幸せです!!」


 肉を噛みちぎりもぐもぐ頬張る、血まみれの戦いの後とは思えないくらい嬉しそうに。

 フロストはその姿を見て優しく微笑む。


「そういや」


 フロストが馬車の手綱を握ったまま笑う。


「結局、あの指輪って何だったんだろうな」


「さぁ?」


「王国の陰謀か、貴族の暗殺か」


「さぁ?」


「興味なしかよ」


「あんなのでお腹は膨れませんよ」


 フロストが吹き出す。


「お前らしいな」


 静寂。


「まぁ、もうどうでもいいか」


「はい」


 サヴィも頷く。

 そして馬車は進む、やがて丘を越え、遠くに国境の城壁が見える。

 そこでフロストが口を開く。


「なぁ、サヴィ」


「はい?」


「一緒に来ないか?」


 サヴィの口が止まる。


「故郷はもうないけど...お前も行くあてないんだろ?」


「...」


「金もしばらくは持つし、働き口も探す」


「...」


「だから、お前も――」


 フロストは手を伸ばした。

 サヴィは小さく笑い、でも少しだけ寂しそうに。


「ダメなんです」


 そうして手を優しく払った。


「どうして」


 フロストが聞く。

 国境の向こう、平和そうな街並み、そして自分の手を見る。

 血で汚れた手を。



「フロストさんみたいな人に、私は必要ありません」


「そんなことーーー」


「ありますよ」


 即答。


「だって私は」


 サヴィはにっこりと、そして血がこびりついた顔で子供みたいに笑う。





「ただの殺人鬼ですから」




 ーーー朝焼け


 東の空が少しずつ白み始め、国境の門が遠くに見えている。馬車の荷台からフロストが振り返る。


「じゃあな」


「はい」


 サヴィは笑った、少し間の抜けたいつもの笑顔。


「ちゃんとご飯食べるんですよ」


「お前にだけは言われたくねぇよ」


 二人で少し笑う、フロストは何か言いたそうにして、でも結局言葉を飲み込んだ。


「サヴィ」


「はい?」


「腹が減ったら、いつでも追いかけて来ていいんだぞ」


 その言葉にサヴィは少しだけ目を丸くした。


 そして。


「難しいですねぇ」


 そう言って笑った。

 でも、その笑顔は少しだけ寂しそうだった。


 馬車が遠ざかっていく、サヴィはその背中をずっと見送っていた。


 小さくなって。やがて見えなくなって、それでもしばらくそこに立っていた。


「羨ましいなぁ」


 ぽつりと呟く。


 家がある、帰る場所がある。

 無くしたとしても、帰る場所を作るためにまた歩き出せる。

 誰かを愛して、誰かを失って、怒って、苦しんで、それでも人でいようとする。 


 フロストは、そんな...どこにでもいる普通の人だった。


「私は」


 自分の手を見る、何人殺したかわからない手、血を洗っても落ちない罪。


「私は、そうなれません」


 そう言い聞かせるように呟く。

 そうじゃないと、生きてこられなかった。


 ーーーぐぅぅぅ


「.....お腹空きました、もっとねだればよかったです」


 間の抜けた音が鳴る。

 サヴィは困ったようにお腹を押さえた。


「ご飯、食べないと」


 生きるために。

 お腹を満たすために。


 明日も生きるために。

 それしか知らないから。


 刀を肩に担ぎ、踵を返し歩き出す、向かう先は街道。


 そこには依頼もあるだろう。


 誰かを守る依頼も。

 誰かを殺す依頼も。


 サヴィには違いがわからない。


 ただーーー

 生きるために、振るうだけ。



 朝日を背に、少女は歩いていく。

 誰にも愛されることを望まず。

 誰かを愛することも知らず。


 ただ、腹を満たすために。

 ただ、生きるために。


 その長い刀を携えて。

 どこまでも、どこまでも。


 血の匂いがする方へ、戦の匂いがする方へ。



以上!

面白かったら高評価よろしくお願いします!

長編もよろしくお願いします!(接点は殆どないけど、長編の方を読んでるとニヤリとする箇所があるかも?)

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