第4話「正義の揺らぎ」
風が戻る。
さっきまで止まっていた空気が、ゆっくりと動き出す。
だが——
誰も動けない。
桃太郎の刀は、下ろされたまま。
目の前には、“鬼”。
まだ、消えていない。
息をしている。
確かに——“生きている”。
ゆたかは静かに言う。
「……終わってへんで」
桃太郎は答えない。
ただ、その鬼を見ている。
初めて。
“判断せずに”見ている。
その時間。
わずか数秒。
だが——
長い。
鬼が、震えながら言う。
「……殺すんか」
声は弱い。
恐怖で、崩れそうな声。
桃太郎の指が、わずかに動く。
刀にかかる力。
だが——
止まる。
ななが小さく言う。
「……変わったな」
ゆたかも頷く。
「ああ」
「やっと“見とる”」
そのとき——
空気が、変わる。
一気に。
冷たくなる。
背筋が凍る。
「……来たで」
たぬきが低く言う。
ゆたかが周囲を見る。
違和感。
“さっきと同じ空気”ではない。
もっと——
整っている。
不自然なほどに。
その正体。
神父が呟く。
「……観測されています」
一拍。
「誰かが、見ている」
その瞬間。
空に、影。
小さく。
だが確実に動いている。
「……あれ」
ななが指差す。
上空。
何かが旋回している。
鳥。
いや——違う。
“見ているもの”。
「……キジか」
ゆたかが呟く。
桃太郎が、空を見上げる。
その目。
迷いはない。
ただ——
“確認”している。
次の瞬間。
地上。
足音。
速い。
一直線に近づく。
「っ!」
ゆたかが構える。
影が飛び出す。
人影。
低い姿勢。
速い。
一瞬で距離を詰める。
「排除する」
短い声。
犬。
忠誠の象徴。
ゆたかに向かって、一直線に突っ込む。
「来るで!!」
ゆたかが迎え撃つ。
衝突。
重い。
予想以上に重い。
「ぐっ……!」
押される。
ななが叫ぶ。
「速い!!」
犬は迷わない。
一切の無駄がない。
ただ、“命令通り”動く。
そのとき。
別の声。
冷静な声。
「対象、異常認識者」
横から。
猿が現れる。
タブレットを操作している。
「社会的リスク高」
一拍。
「排除優先度、上昇」
空気が変わる。
周囲の作業員たちが、一斉にゆたかを見る。
さっきまでの視線とは違う。
“敵を見る目”。
ななが舌打ちする。
「最悪やな」
「空気まで使ってきよる」
神父が低く言う。
「情報が操作されています」
一拍。
「“正義”として」
ゆたかは歯を食いしばる。
(これが……)
(仕組みか)
そのとき。
鬼が、後ずさる。
恐怖。
完全に追い詰められている。
桃太郎が、その姿を見る。
静かに。
じっと。
その目に——
初めて、“迷い”が宿る。
ほんの少し。
だが確かに。
「……」
口が、開く。
だが言葉が出ない。
その瞬間。
猿が言う。
「桃太郎」
冷静に。
「判断を」
一拍。
「遅延はリスクです」
犬も止まらない。
ゆたかを押し続ける。
「排除する」
繰り返す。
同じ言葉を。
その中で——
ななが叫ぶ。
「お前はどうしたいんや!!」
その声。
真っ直ぐに、桃太郎へ。
空気が止まる。
全員が、一瞬だけ動きを止める。
桃太郎の目が、大きく揺れる。
初めて。
完全に。
「……私は」
声が、わずかに震える。
一拍。
「私は——」
言葉が出ない。
決められない。
その姿。
完璧だった“正義”が——
初めて崩れる。
その瞬間。
空の影が、強く動く。
キジが旋回する。
速く。
何かを伝えるように。
猿が、即座に反応する。
「判断不能状態」
冷たい声。
「代行する」
空気が一気に冷える。
「対象——全て排除」
その瞬間。
犬の力がさらに強くなる。
ゆたかが押し込まれる。
「くっ……!」
ななが叫ぶ。
「最悪のパターンや!!」
神父が言う。
「正義が“自動化”されました」
つまり——
桃太郎が迷った瞬間。
“システムが動く”
ゆたかが叫ぶ。
「桃太郎!!」
「お前が決めろや!!」
声が響く。
強く。
真っ直ぐに。
桃太郎の目が、揺れる。
大きく。
だが——
まだ、決められない。
その背後。
遠くの山。
再び、影が揺れる。
今度は、少しだけはっきりと。
巨大な輪郭。
重い存在感。
誰も見ていない。
だが——
確実に、近づいている。
■ 第6章 第4話 終




