第3話「正義の構造」
現場は、静まり返っていた。
風が止んでいる。
音も、少ない。
だが——
“圧”だけが残っている。
「……来る」
ななが低く言う。
その瞬間。
空気が歪む。
視界の端。
影が“増えた”。
1つではない。
複数。
形が定まらない何か。
「……これ、何や」
ゆたかが構える。
神父が祈りを始める。
そのとき。
桃太郎が一歩前へ出る。
静かに。
まるで、最初からここに来ることが決まっていたように。
「ここから先は——」
刀を抜く。
「処理対象です」
その瞬間。
影が一斉に動く。
襲いかかる。
だが——
速い。
桃太郎の動きが、さらに速い。
一閃。
二閃。
無駄がない。
完全な軌道。
影は、次々に消えていく。
歓声はない。
ただ、事実として処理される。
ゆたかは、その動きを見ていた。
(強い)
(けど……)
違和感がある。
影が消えた瞬間。
“苦しみ”がない。
抵抗もない。
ただ消える。
「……おかしいな」
ゆたかが呟く。
ななが頷く。
「感じるよな」
「“終わらせられてる”だけや」
その言葉。
核心に触れる。
そのとき——
新しい影。
一つだけ、違う。
大きい。
人型。
だが、歪んでいる。
苦しみ。
怒り。
恐怖。
全部が混ざっている。
「……来るで」
ゆたかが前に出る。
その瞬間。
影が叫ぶ。
「やめろォォォォ!!」
声が、現実に響く。
空気が震える。
一瞬、全員が動きを止める。
桃太郎も。
影は続ける。
「俺は……何もしてへん!!」
「ただ……生きとっただけや!!」
沈黙。
ゆたかは、刀を構えたまま止まる。
桃太郎は——
その言葉を聞いている。
だが、動かない。
影が叫ぶ。
「なんでや……」
「なんで俺らは“悪”なんや……」
空気が変わる。
周囲が、ざわつく。
「……なんやこれ」
「人間の声ちゃうんか……」
桃太郎の目が、わずかに揺れる。
だが——
次の瞬間。
その揺れは消える。
「……判断は変わりません」
静かな声。
「存在そのものが、危険です」
その言葉。
決定打。
影が震える。
「それが……」
「“正義”なんか……」
桃太郎は、答えない。
ただ、刀を構える。
ゆたかが叫ぶ。
「待てや!!」
その声に——
桃太郎が止まる。
一瞬。
だが、止まった。
ゆたかは言う。
「それ」
「“お前の正義”やろ」
沈黙。
「でもな」
一歩前へ。
「それ、押し付けとるだけや」
空気が張り詰める。
ななが続ける。
「守るんやろ?」
「なら——」
「選ばせろや」
その言葉。
桃太郎の中で、何かが揺れる。
ほんの一瞬。
だが確かに。
影が、その瞬間を逃さない。
「俺は……」
「ただ生きたいだけや!!」
叫び。
感情の爆発。
桃太郎の目が、わずかに見開かれる。
次の瞬間。
刀が——
止まる。
ゆたかも、動かない。
静寂。
完全な沈黙。
桃太郎は——
刀を、ゆっくり下ろす。
初めて。
「……」
言葉が出ない。
その姿を見て——
ゆたかは確信する。
(こいつ)
(“正しい”んちゃう)
(“信じてる”だけや)
そのとき。
遠くの山。
影が、揺れる。
誰も気づかない。
だが——
確実に。
「……始まるな」
ななが呟く。
たぬきが低く笑う。
「せやな」
「正義の“構造”が見えたんや」
一拍。
「ほな次は」
「“崩す側”の番や」
ゆたかは、前を見る。
桃太郎もまた、前を見る。
その視線は——
初めて、同じ方向を向いていた。
■ 第6章 第3話 終




