あかご
赤ん坊の鳴き声に目を覚ました。
呼吸が苦しいのかぜえぜえと喘息している。
「お姉ちゃん。赤ちゃん苦しそうだよ」
姉は襖を少し開けて 私とその横で眠る我が子を見る。
「その子 時々変な声出すの」
「声って・・・・・これ苦しいんじゃないの?」
私はきちんと上体を起こす。よくよく見ると薄目を開けている。
「起きているの?この子?」
「起きているよ。」
まるで死にかけの子犬のような脆弱さ。
「でも・・・・・・」
私が食い下がると姉はソローっと部屋へ入ってきた。姉の肌白さが相まって幽霊のようである。
子育は魂抜かれるようなものなのか。
「その子ね・・・・」
姉はパジャマの裾を捲りあげた。何日も処理していないのか すね毛がよく成長している。
「占い師さんが・・・・・言ってた。アンタの旦那の業を背負っているって」
「・・・・・・業?どこの占い師?」
「有名な人だよ」
姉は一点を見つめたままぽそぽそと話す。近くで見ると姉の顔はひどくやつれている。あれだけ身だしなみを気にしていた半年前の姉はどうしたのか。
「・・・・・でもお姉ちゃんの旦那は生きているじゃん」
「・・・・・・・・・」
「業って・・・」
「ねえ・・・・・。死人に口なしって言うじゃない?」
「・・・・・・なにを・・・突然」
開け放していた窓から突如強い風が吹く。ばたばたと薄いレースカーテンがはためく。
姉はぎゅっと目を瞑る。
「死人は・・・・・・声じゃない・・・・・・・・その気配を諸処に残しながら 形を作りなおすの」
何かが姉の体を硬直させている。少しでも動けば食われてしまう。 誰かがジッと
彼女を睨んでいる。そんな気がする。
「誰が死んだの?」
私の問いに姉は僅か肩をびくつかせた。
「・・・・・・・」
「死人て?」
「う・・・・・・・」
不穏な空気を察知したのか 赤子が何かを言わんとしている。
「・・・・・・この子ね」
姉は目の端で子供を見ながら 言う。
「のどに小さなこぶがあるの」
「こぶ?」
「そう」
「病気なの?」
「そうじゃないけど」
頭に浮かぶ症状は最悪の結末を予想させる。
「悪いの?」
姉は首を振ると 来た時と同じように 空気を揺らさないように立ち上がる。
「遺伝性なの」
「遺伝?」
「死ぬようなものじゃないけど 切除することはできない」
「どうして」
「あの人が気づいてしまう」
「旦那さん?」
「・・・・・・・・。」
「そんなこと・・・・・自分の子供なんだし 仮に別の病を誘発したとしても 協力してくれるよ」
「あの人には言えない」
「だから・・・・・どうして?」
姉は振り返ることなく 部屋を出て行った。
「私にも あの人にも こぶはないのよ」
失くしたものは 物。
思わぬ形で 自分を苦しめる。