第6話 ニノの前職
岩肌に生えた苔が、洞窟内を青白く照らす。どこもかしこも湿っていて、気を付けなければ足を滑らせてしまいそうだ。数分歩き続けてもまだ果てに辿り着かず、更には道も枝分かれしていた。中を全て調べるには、とても時間が足りない。
「おっ、またむくろを見つけたぞ」
アダカは臆さずに骸骨を指さす。転がっている頭蓋骨や、千切れた襤褸切れ。ニノは時折それらを見分するも、金目の物はおろか、身分を判別するのも難しい。錆びついて蓋の開かないブローチを念の為ポケットにしまい、肩をすくめる。
「海難事故の死体なんかも紛れてるな」
「とれじゃーはんたあは死体からも宝を貰うのか」
「う……っ、有効活用って言え。どうせ死んでたら使えないだろ」
普段から行っている事ではあれど、面と向かって指摘されると少々ばつが悪い。とはいえ、アダカは咎めるつもりはないらしく、ふうんと相槌を打つにとどめた。やはり、そこまで潔癖な性質でもないらしい。今回タッグを組む分には、口煩く文句を言われず済みそうだ。
「祠っていうには自然過ぎるし……外れかもな」
大陸で神殿と称される場所には、何かしら人の手が加わった跡が残っているものだ。天然の洞窟に神棚だけ設置される事もあるまい。ニノが落胆交じりに検討をつけると、アダカはそっと壁に手を当てて目を閉じた。
「……この辺は海神さまの気配が濃いから、近くにはあるんじゃないか」
「そういうの分かるのか」
「なんとなく。詳しい方向は無理だぞ。あと、宝の在処は調べられないからな」
尋ねる前に突っ込まれ、ぐっと言葉を詰まらせる。才能がなくとも、魔術が万能ではない事位は認識している。方角さえ分からなければ、どうしようもない。それと、海神様とやらをアダカが察知しているのも懸念事項だ。超常的存在は人と異なる思考を持ち合わせ、時に言葉すら通じない。それでいて危険な力を有している場合があるため、できればあまり怒らせたくない。どうするかと迷う靴先を、ぴちゃりと冷たい水が濡らした。ぎょっとして振り向き、ランタンをかざして歩いてきた道を確認した。先程までの床が、既に浸水し始めている。
「もう限界かよ……この洞窟、探索が難しすぎだろ」
だからこそお宝が眠っている可能性も高い。とはいえ命あっての物種だ。とっとと撤退すべきかと判断したのを嘲笑うような水の唸り声が、ふと耳に届いた。急に濃くなった潮の匂いに反応して、咄嗟にアダカの服の裾を掴む。
「走れ!」
慌てて駆け出す二人の後ろを、濁流が舐める。勢いが強すぎて、とても入口へは戻れない。ならばより奥へ進むしかなかった。酸欠死や溺死が待ち構えていようとも、とりあえず今を生き抜く方が大事である。
「右だ、ニノ! 風の通り道が沢山ある!」
何らかの魔術によるものか、分かれ道でアダカは右折を強く主張した。ええいままよとそれに従い走り続け、とうとう踵を水が掬い上げる。はぐれないようにとアダカの腕を掴むも、水流は容易く二人を奥へ押し流した。幸いにして壁へ叩きつけられる事もなく、突如開けた場所へ流れついた。
「ここ、鍾乳洞か……?」
疑問の声が、奥へと吸い込まれ消えてゆく。天井からは鍾乳石が無数に垂れ下がり、二人とじっと見降ろしている。広い洞内には更なる分かれ道がそこかしこに待ち構えていて、下手に歩けば間違いなくむくろの仲間入りとなってしまう。ランタンは海水のせいで使い物にならなくなっていた。荷物袋は値段が張った分防水加工がしっかりとされているので、明かり問題以外では探索するのに支障はない。
「火の呪術で周囲を照らせるか試してみようか」
「いや、いいよ。疲れるんだろ。なるべく温存しておけよ」
便利な能力を持っているからって、酷使させたくはない。ここにも光る苔が群生しているお陰で、暗がりに慣れてきた目でどうにか動き回れそうだ。命じられると思っていたアダカはどこか不思議そうにニノをじっと見つめた。
「それにしてもさっきのは何だったんだ……洞窟探検で海神が機嫌を損ねたのか?」
「海神さまはアダカ達には怒ってない。でもあの水の動きは変だったな。呪術によるものかもしれない」
海流を操ったのは、ニノのロープを切ったのと同じ人物か。だとしたら狙いは、こちらを殺す事なのか。訳も分からないまま盤外で邪魔をされるのは性に合わない。どうせなら正面から殺しにくればこちらも対応できるものを、とニノは歯痒く思った。
「次の干潮まで待つのも手か。これだけ広いと完全には浸水しないだろうし、空気も大丈夫そうだ。周囲の確認をするぞ」
二人で手分けして、比較的他より高台で安全そうな場所を見つける。ピックなどを駆使してどうにか寛げるスペースを確保し、ふうと息をついた。念の為、寝袋と保存食は持ち歩いている。休むには十分だ。
「宝は諦めて休憩するか。脱出までに体力を温存しておかないとな」
用意した寝袋は一人分だけだ。探索に不慣れであろう連れに貸してやるかと決める。食料も多めに渡すべきか。自分は十分余力があるし、ここはアダカを気遣ってやるべきだろう。適当な岩の上に腰掛け、荷物を漁る。
「ニノはお節介だ。自分よりも他人の面倒を見ようとする。それが美徳だって信じている。そういうのが、お前が決めた清く正しい生き方なのか」
「そうだよ文句あるか。ていうか甲斐甲斐しくしているつもりはないぞ。この位普通じゃないのか」
缶詰の蓋を開けて放り投げてやると、アダカは危なげなくキャッチした。普通かどうかは知らない、と過去を全て失った少年は続ける。
「変わっているって思っただけだ。お前の魂は少し穢れて、歪んでいるのに」
自分の分の缶詰に触れようとした指が強張る。自然な動作で顔を上げられたか、自信はなかった。缶詰を両手で抱えたまま、黒々とした目がこちらをじっと見つめている。心の奥底まで見透かすように。
「お前、かつて人を殺したな」
驚くよりも、否定するよりも。どの手段を用いれば余計な口を永遠に封じられるか、自分が所持している凶器の全てがどこにあるのか、真っ先に考える自分がいた。物騒な考えを、手段に移す事無く脇へ追いやる。きっとそういう手段は普通じゃないから。なるべくいつも通りに言い返そうとして、口から出たのは抑揚のない声音だった。
「どうしてそう思った」
「アダカはなんとなく魂の形が分かるんだ」
「なんとなくかよ」
曖昧な理由で人殺し呼ばわりするなと言い返すべきか、いっそ笑い飛ばすべきなのか。いっそ逃げてしまおうか。考えた末、荷物を漁る手を止めて軽く頭をかく。
「そういうの人前で言うなよ。厄介な展開になりかねないからな。他言も禁止。どうしても言い触らしたいなら、俺と別れてからにしてくれ」
「分かった」
「いや分かったって、それだけかよ」
とりあえず忠告しておこうと判断したのが普通かどうかはさておき、素直に頷く方もどうなのか。人殺しと指摘しておいて、あまりに薄い反応ではないか。ニノの疑問にアダカはゆるゆると首を横に振った。スプーンで塩漬けの肉を掬い、もぐもぐと食べる傍らの雑談というノリで続ける。
「お前の魂の道筋が気になったから聞いただけだ」
「えーと……人殺しはよくないとか、そういう感想はないんだな」
「殺したら駄目なのか?」
「駄目だろ普通!」
そう言えば、借金取りを殺さないのかと提案したのもアダカだった。記憶を失う前の彼は極悪人だったのか。それとも単に倫理観ごと忘れているだけなのか。どうあれ、ニノも真っ当に説教できる人生を送ってはいない。善悪の談義はやめておく事にした。
「昔の話だよ。今は清く正しくトレジャーハンターとして生きているからな」
「転職したんだな」
あまりに簡単な要約だが間違ってはいない。そう思うとなんだかおかしくて、ニノはつい笑ってしまった。鏡が目の前の像をありのまま映すのが当たり前であるように、アダカはただ見えたものを口にしただけだ。気にされないというのは結構気楽なものだ。気を取り直して自分の分の缶詰を手に取った。同じく栄養補給をしながら、先程のアダカの指摘をぼんやりと反芻する。
『こころの色がね、分かる気がするの』
かつて、自分にそんな事を打ち明けた者がいた。もう食べ終わってぶらぶらと足を揺らしているアダカへ、なあと声をかける。
「お前のその能力って、もしかして」
水飛沫の音が、話を遮るように周囲で響き渡った。




