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第5話 本職開始

 無数の星々と月が、天から静かに淡い光を投げかける。穏やかなのは空だけで、木々に留まった鴉の鳴き声はやけに不吉に響いている。更に、目的の海は大層荒れていた。崖の上からでもごうごうと潮の唸り声が響き、波が悶えて岩肌へと自らを叩きつけ続けている。ランタンの微かな明かり程度では、真っ黒な海面を照らすには到底至らない。準備のためポーチの中身を漁りつつ、ニノは後ろを振り返った。


「で、お前はどうしてついてきたんだよ」


 数歩離れた場所で、ざり、と砂が踏みしめられる。アダカは明かりも持たずにニノの様子を観察していた。確かにランの話は二人で聞いたが、宝探しも二人でするとは一言も言っていない。どうやら理由を本人も掴みかねているらしく、アダカはこてんと首をかしげる。


「なんとなく……、店で留守番するより、こっちの方がいいって思った」

「もしかして、俺の仕事に興味が湧いてきたのか」

「ええ……そうなのか……? こんな将来性が不確かな職業に……?」

「オイ」


 どうやら本人もよく分かっていないらしい。砂をブーツで蹴飛ばし、崖の高さに怯えもせず隣に並ぶ。それがまるで当然の定位置であるかのように。


「それで、ニノはどうやって宝探しするんだ。当てずっぽうか」

「馬鹿言え、情報収集は基本だぞ」


 夜になるまでに、船乗り達から話を聞いていた。死人が多い曰く付きの場所。干潮の間だけ露わとなる洞窟。熱心に耳を傾けるニノを、また死に急ぐやつが現れたかと彼らは睨んだ。


『悪い事は言わねえからやめときな。海神様の怒りを買っても知らねえぞ』


 古代王朝が滅び大陸の文化が普及しようとも、残るものはある。この地で生まれ育った者達は皆、神への畏怖や敬遠を抱いているようだ。祠があるとされる区域は禁域とされ、地元の民は滅多に近寄らない。金に目が眩み畏敬を跳ね除けた者は死んで帰らず、結果増々畏れられる。失敗すれば、ニノも同じように最新の祟りとして噂されるだろう。そうならないよう引き際は見極める、つもりではいる。


「よっし、こんなもんだな」


 腰にロープを巻き、近くの丈夫な松に命綱を結びつける。縄を頼りにして、徐々に崖を降りて行く予定だ。ついてくる気満々のアダカへ、一人分しか用意していない縄を見せつける。


「お前はここで、縄を見張っていてくれよ。切れそうだったら声をかけてくれ」


 留守番への言い訳ではあった。とはいえ、いてくれたら助かりはする。一応納得はしたのだろう、アダカは大人しく頷いた。一対の真っ黒な眼に見送られながら、慎重に崖を降りて行く。月明かりのお陰で、どうにか岩肌を目視できるのが幸いだった。ロッククライミングや壁登りは、遺跡探索では慣れたものだ。結構いけそうだな、と油断していた時だった。しっかりと掴んでいたロープが、突然たわんだ。


「──は?」


 ロープの端が崖の上から落ちてくる。体重を預けていた命綱が切れてバランスを崩した。見張り役は何やってんだと文句を言う猶予なんてない。間に合え、とフック付きのロープを投げようとした所で、頬を不自然な風が撫でた。


「ニノ!」


 小柄な少年が、自分目掛けて飛び降りてくる。自分一人ならどうとでもなる。でも愚かにも自分の後を追いかけてきたアダカも助けるとなると、話が違う。なら見捨てるのか。見殺しにするのか。それは自分が殺してしまうも同然ではないのか──。


「風よ──この身に纏い給え!」


 アダカの発声を合図として、周囲を異質な風が包む。意図を含んだ風に背中を押されるようにして、伸ばした手を落ちてきた指がしっかと掴んだ。海の藻屑になりかけていた身体は、下から押し上げてくる暴風のお陰で不安定ながらも宙に浮いていた。


「お前……、魔術師だったのか」

「呪術の事か? 覚えてないけど、できると思ったらできた」


 生まれながらの才能で自然を操る能力。大陸にも少数ながら、魔術を扱える存在がいる。古代王朝時代の島国では呪術と称されていたようだが、現代での認識とそこまで相違はないだろう。とはいえ、空を飛ぶ術なんて簡単にできるとは思えない。記憶を失う前の彼は大魔術師だったのかもしれないと感心していると、周囲の風がふらふらと揺れた。合わせて、身体も不安定にかしぐ。


「ニノ、そろそろ限界だから上に戻るぞ」

「いや待て、あそこの洞窟に向かえるか?」


 辛うじて見えた海蝕洞の入り口を指さすと、いいぞとアダカは頷いた。大きな掌にぶたれた様に身体が吹っ飛び、勢いよく洞窟の入り口へ滑り込む。どうにか受け身は取れたものの、勢いに負けて転んでしまった。


「ってえ……」


 擦り傷に海水が染みてかなり痛い。この程度で済んだだけマシかと気を取り直して、まずは周囲を観察した。波によって削られた天然の洞窟はかなり広いらしく、入り口付近からでは全容を到底見渡せない。光る苔が自生しているのもあり、ランタンも使えば視界は確保できそうだ。懐中時計で確認した所、船乗り達から聞いた満潮の時刻までかなり猶予がある。探索には十分だろう。


 続けてロープに目を凝らす。しっかと結び付けていた筈の縄は、耐久限界を迎えたのではない。鋭い刃物で切られた跡を確認して、自分と違って普通に着地したアダカへ問いかける。


「上で何があった」

「アダカにもよく分からない。お前の様子を見物していたら、突然縄が切れたんだ。振り向いたら、変なやつがいた」

「……変な奴? どんな姿だ。年齢とかは予想できるか?」

「詳しくは分からない。暗かったしな。着物を着て何となく嫌な感じがした。ニノが死にそうだったから、放っておいて飛び降りた」


 そうか、と相槌を打つ。縄を切った犯人が崖の上で待ち構えている可能性を危惧して戻らない選択をしたのは、正しかったのかどうか。相手の正体や目的が不明な以上、判断しかねた。


「とりあえずここを探索だな。さっきみたいに風魔術で戻れるって期待していいか」

「いいぞ。乱発はできないから、頼りすぎるなよ」

「……制限があるのか?」

「ない、と思う。でも疲れるからな」


 疲れたという割に、アダカの表情は凪いでいた。本当はそこまで負担がないのか、表情に出ないだけなのか。まだ彼の事はよく知らない。ただ、気軽に使えない術を使って自分を咄嗟に助けてくれたのだけは、事実だった。


「アダカ、さっきはありがとう。助かった」


 礼を言うと、黒い眼がまん丸に見開いた。幾度かぱちぱちと瞬きをして、へにゃりと顔を崩して笑う。いつも通りに笑おうとして失敗したような不器用な笑みだった。


「うん、そうか、……うん」

「どうした」

「なんでもない!」


 元気よく返答し、アダカは行くぞと小走りで先導してくる。言葉一つで何をそんなに浮かれているのか。不思議に思いつつも、一人で奥に行くなよと声をかけつつ後に続いた。


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