第4話 平穏、時々借金取り
二階の借り部屋は定期的に掃除をされていたため、十分過ごしやすかった。日当たりも良く、休憩時間に昼寝をするにはうってつけの穏やかな光が窓から降り注いでいる。窓下の人通りをちらりと視界に映してから、ニノはぼそりと呟いた。
「平和過ぎる……」
ランは大層気前が良かった。宣言通り夫が使っていた部屋を二人へタダで貸してくれたし、三食まかない付きなので食費に喘ぐ心配もない。ちょっとした店の手伝いはニノにとっては楽な部類だし、アダカも問題を起こす事もなく配膳や掃除を行えている。まさしく順風満帆、それの何が不満なんだと横で寝転がっているアダカに突っ込まれる。
「胸踊る感じの冒険とかが足りない」
「店の手伝いに随分無茶な要求をするやつだな」
「俺の本職はトレジャーハンターなんだよ!」
内職をしつつ言い返す。住み込みのバイトは給金が控えめなので、ニノは別のバイトを掛け持ちしていた。三食飯と部屋付きで十分好待遇だが、このままでは金を貯めるのも難しい。
「そういうお前は、随分この生活を気に入ってるな」
「ん-、気に入ってるっていうか……楽だとは思う」
「あちこち調べ回るなりして、記憶を取り戻したいとか思わないのか」
「別に。何もかも忘れていても、アダカはアダカだ」
こちらが内職をしている傍ら、アダカは本を読んで寛いでいた。ランが貸してくれたそれは表紙を見るにバディものの冒険活劇らしく、視線はしっかり文字の列に向けたままだ。初めて見る物にはかなり興味を示していた癖に、記憶がない状態で狭い所に閉じ込められていた経緯はどうでもいいらしい。過去を気にせず現在を満喫しているのは逞しいと称賛すべきか、図太いと表現すべきか。
「この生活が性に合っていると思うなら、ここに居続けるのもいいんじゃないか」
彼がここを好きなら置いて行こうと思っていた。アダカは既に、一人でも問題なく仕事をこなせる。あの面倒見のいい主人であれば、常識に疎い少年の面倒を今後も快く見てくれるだろう。一人で旅立つにせよ、その前に金をある程度貯めておきたかった。ここの所、連れのせいで出費が激しかったので。
「……ん?」
考え事をしつつも動かしていた内職の手が止まる。窓へにじり寄り、通りを改めて観察する。スーツ姿の怪しげな男達が、店に入ろうとしていた。
※※※
「商売の邪魔ヨ、出て行って!」
「まあ落ち着けランファさんよ、俺達は合法的に取り立てているだけじゃないか」
合法的にという言葉を強調しつつ、図体のでかい男が威圧的に女主人を見下ろす。気弱な者であれば怯んでしまいそうなそれを真っ向から睨み返し、ランはしっしっと軽く手を振った。
「支払いなら先月もちゃんと払ったじゃないノ、取り立てる必要なんてないわ!」
「今のペースで支払われてたら、もう何年もかかっちまう。利子も含めるともっとだ。いい加減残りは一括支払いといきましょうや。途中で返済を諦めて、夜逃げした旦那の後を追われても困るしよ」
「……っ、夜逃げじゃないわヨ!」
毅然とした態度を揺るがせ、ランは反論する。激情を露わにした彼女と対照的に、涼しげな顔で男はどっちでもいいさと軽く流した。
「こっちは金を返して貰えりゃそれでいい。なあに、俺達も鬼じゃない。どうしても無理なら、ここの土地で妥協してやるよ。アンタは借金生活から縁を切って故郷に戻れる、悪い話じゃないだろ?」
「どの口で言ってんのサ、始めからそれ狙いの癖に!」
「文句があるなら金で返しな。まずは担保として店の物を幾つか──」
「あーお話し中の所ちょっとすみません」
物陰から様子を窺っていたニノは、わざと軽い口調で場に割り込んだ。事情はよく知らないが、店を破壊でもされたら働き場がなくなってしまう。腰の低い態度で男達に頭を下げつつ愛想笑いを浮かべてみせた。
「もうすぐ開店準備をしますので、お話があるなら日を改めさせて貰えたらと」
「何だてめえ、勝手に割り込んでくるんじゃねえ!」
取り立て屋は想定以上に強気であった。ニノをじろじろ眺めてから、先頭に立っていた男は力任せに胸倉を掴んできた。店主への見せしめのつもりなのだろうか。どうあれ自分の方へ矛先を向けられ、内心しめたと思った。自らの胸元を掴んでいる手首に指をかけ、捻り上げる。
「ってぇ、誰だこのガキ……っ!?」
自分より細身の若造に手痛い反撃を食らうとは思わなかったのだろう。怯んだ男の足元を払い、薙ぎ倒す。気色ばんだ他の連中へは、挨拶でもするような気軽な動作で銃口を向けてやった。
「そっちから先に手を出したんだ、これは正当防衛だよな」
「アァ!? 舐めた口聞いてっと」
「ガキにのされたって周囲にアピールしたくないなら、今日の所は帰れ」
拳銃を構えたまま、ニノは静かな口調で続けた。取り立て屋の威圧感とは異なる、夜の冷えた空気のような気配を纏わせて。転ばせた男は怒気を露わにして立ち上がる。無言のまま互いに視線を交わし、自らの心臓にぴたりと向けられた銃を忌々しげに睨みつけ、男は舌打ちをした。
「……まあいい、今日の所はお望み通り帰ってやる」
取り立て屋達が一人一人こちらを睨んで去っていくのを、黙って受け止める。自分がいるうちはその程度の脅しなど恐ろしくないと示すように。乱暴に扉が閉められてからようやく武器を下ろす。店の外で行き交う人々の賑わいが、唐突に押し寄せてくるように感じられた。ニノを我に返らせたのは、ドアを一枚隔てた無遠慮で遠い雑談でも、成り行きを呆然と眺めていたランでもなかった。
「あいつら、殺さないのか」
「殺さねえよ!?」
アダカから物騒な提案をされ、即座に突っ込む。意外と倫理観が緩いのか、或いは数百年前のミノハナは殺しが当たり前な程殺伐としていたのか。いつもの調子がようやく戻ってきたニノは、頭を雑にかきつつホルスターに銃をしまった。
「俺は、殺しはしないって決めてるんだ」
「軽犯罪までは許容範囲なんだな」
「清く正しく生きるのがモットーだって言ってるだろ!?」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人のやり取りに気が緩んだのだろう。ランが前に出て、ありがとうネと礼を言ってきた。
「アンタってもしかして、あの連中と同じでカタギの人間じゃないノ?」
「いやいや、俺は普通のトレジャーハンターだから。さっきのはいつもの優れた演技力とトーク力が炸裂しちゃっただけだって、ふふん」
「いつもの下手な嘘とは大違いだったぞ」
「やかましい、あと下手じゃない」
アダカの指摘に反論してから、事の発端を見やる。厄介事に巻き込まれたくないというのは本音だ。他人の事情に首を突っ込むつもりはないし、このままここで働くよりも、新たなバイトを探すべきとは思う。清く正しく生きたいからと言って、自分の正義を振りかざすご立派な人間になるつもりはなかった。
「ランさん、あいつらとまた鉢合わせしたら面倒なことになりそうだし、そろそろ俺は辞めさせてもらおうかと思うんだ。だからさ──旅費も借金返済分も纏めてゲットできそうなお宝情報とか知らないか?」
世話になった分もあるし、情報提供してもらう代わりにお宝を山分けする位ならいいだろう、と思った。ランは切れ長の目を僅かに開き驚いた様子を見せる。一方、アダカは美味い話に冷静な疑問の声を上げた。
「とれじゃーはんたあって、簡単に宝を発見できるものなのか」
「う……っ。いやほら、こうなったら一獲千金を狙うしかないだろ。事情はよく知らないけど、諦めるなら最後に足掻いてからでもいいと思うし」
暫しきょとんとしていたランは、肩の力を抜いてふっと息を吐いた。旦那もそんな事言ってたワと目を細めて、カウンターに一番近い席を見やる。かつてそこに何度も座っていた主を思い描いてから、二人を自室へと招いた。
「二人共、ちょっと思い出話に付き合って頂戴ネ」
ランの部屋は綺麗に整頓されていた。貸してくれた部屋と同じく、きちんと掃除が行き届いている。古い箪笥を漁りながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「旦那は船乗りの冒険家でネ。一番の宝物は旅先で手に入れた妻だなんて、昔は惚気てたっけ」
妙に強気で夢見がち。子供っぽく輝かせる瞳が素敵だと思ったのだそうだ。惚れた男に身一つで嫁いで故郷についていくなんて、あの時は若かったわぁと、頬に疲れを少し滲ませて彼女は笑った。
「いつの間にか店をアタシに任せて、自分はふらふらと外に出るようになったのヨ。胡散臭い連中から借金してまで怪しい地図や情報を買っては空振りの連続。それでも今度こそ一山当ててみせるとか、夢ばかり大きくてネ」
「ニノそっくりだな」
「いやいやいや、俺はそこまで無計画には行動しないぞ!?」
「そうネ。旦那はもっとひどいわヨ」
借金は膨らむ一方で、夫は酒と煙草の量が増えたそうだ。借金を手っ取り早く返す為に賭博に手を出して大負けと、堕落の一途を辿ってばかり。互いに気が強いのもあって、毎日の如く言い合いをするようになった。
「店の稼ぎばかりアテにして、アタシ腹立っちゃってネ。旦那はすぐに大金を稼いでやるって啖呵を切って出て行って、それっきり。もう、五年以上になるワ」
「夜逃げだな」
アダカが遠慮なく感想を述べたのを、ニノは無言で小突いて諫めた。借金を抱え、妻と揉めた挙句行方不明。ニノだって同じ結論を抱く。希望を捨てきれず待ち続けた女は、そうとも言い切れないワと紙の束を畳の上に広げた。古びて変色し、妙な染みがこびり付いたもの。年季を感じさせる紙には古い文字や地図が墨で書き記されている。男が長年貯めてきた情報が、一纏めになっていた。
「こんな大事な物を全部置きっぱなしにして、衝動的に出て行ったの。すぐ帰るつもりだったのヨ、きっと」
「じゃあ、どこへ?」
ランは一枚の紙を束から抜き取り、破れないようにそっとしわを伸ばした。墨がぼやけて読み辛いものの、この近辺の海岸線だと判別できる。とある箇所には真新しく印が付けられており、手書きで注釈も添えられていた。文字を目で追い、へえとニノは声を上げる。
「珊瑚に真珠が取れるのか。それと……海神の祠?」
本当に神の祠とやらがあれば、値打ちものが眠っていそうだ。見つからなくとも、金目のものを拾えれば儲けもの。聞くだけで大儲けを期待できそうな場所ともなれば、とっくの昔に荒らされてしまったか、或いは──人が踏み入れるには過酷であるかのどちらかだ。
「この辺は潮の満ち引きで海流がよく変わるらしいし、潮の流れも速くてネ。同じ考えで挑んだ連中が何人も海の底に沈んだそうヨ。もしかしたら、旦那も……」
ランはそこで口を閉じ、黙って地図の皺を撫でる。皆の脳裏を不吉な憶測が掠めた所で、気を取り直したように話を再開させる。
「海の影響でできた天然の穴なんかも多いらしいから、運が良ければすぐ見つけられるかもネ」
「任せてくれ、運試しは大得意だ」
自信満々といった素振りで、自らの胸を叩いてみせる。まだ見ぬお宝に賭けずして、何がトレジャーハンターか。危険な場所だろうと夢を諦める理由にはならないし、慣れたものだ。やる気満々のニノにホッとしてから、ランは逡巡するように視線を彷徨わせた。今一度地図をひと撫でして、意を決し正座し直す。
「気を付けてネ。それともし……旦那の手がかりが見つかったら、何でもいいから、どうか持って帰ってきて」
本当に求めているのは、財宝よりもそちらなのだろう。深く頭を下げて頼み込む女の背中には、待ち続けた歳月が重くのしかかっていた。




