第21話 奪還
様々な逸話が残るミノハナで最も有名な場所と言えば、古代王朝の都跡地である。数百年前の建物を修復、復元されたそこは観光名所として日々多くの来訪客によって賑わっている。然程離れていない場所にある本当の跡地は立ち入り禁止区域であり、年に何度か鎮魂の儀が行われている以外は静かなものだ。今日に至るまで野生動物が何故か一匹も侵入しないため、鳥の羽ばたき一つ響かない。
大暴れした逸話の残るシャクヤはさぞかしご当地アイドルとして扱われているのかと思いきや、獄炎山付近とは違い丁重に神社で祀られていた。血塗られた歴史が色濃く残った跡地付近では流石に洒落にならないと慎重に対応しているのだろう。とはいえ、流石にアダカと成ろうとする彼を神社が鎮めてくれるとは期待できまい。
「宝の地図改正版、結構当たってんなあ」
観光地を遠くから見分し、ニノは地図を片手に薄く笑った。石が差し示した先は、やはり宝の地図に記されていた場所だった。残る地点を巡っていけば、本当に未発見の宝を見つけられるかもしれない。トレジャーハンターとして血が騒ぐ。そうだろう、と声を上げたくなって、誰も応えてはくれないと理解していたから口を閉じていた。
観光名所となった旧都でも、周期的に神社の目が入る実際の跡地でもない。そこからほど近い私有地は、人の視線から外れるようにしてひっそりと建っていた。十年以上前は、様々な子供を養育し呪術師として育てる塾であった、と表向きには記録が残っている。前の所有者が亡くなってから後継者争いがあり、新しく女性が引き継いで以降もかつての人の往来は取り戻さないままだったとか。懐古派が影でこそこそ動くには、さぞかし便利な立地だっただろう。
今となっては古い神社跡。近くに住む者でさえ、肝試し以外では滅多に訪れない。ここ数日では特に顕著で、誰もがそこに建物があった事すら忘れているようだ。人払いの術でもかけてあるのかもしれない。アダカの石がなければ自分も素通りしていただろうと、情報収集を終えたニノはそんな事を思った。
苔で覆われあちこちがひび割れた石段を上る。参道の両側は所狭しと木々が並んでいて、境内を覆う堀は飛び越えるには難しい。正面突破が一番簡単そうだとニノは一段飛ばしで駆け上がる。階段を上り切った侵入者の姿を発見した門番は、驚く様子もなく微笑んだ。
「随分早かったな、ニノ」
「……生きてたのか」
鍛えているからな、と涼しげな顔で答えたのはエイトだった。ハクジとの雇用契約はまだ続いているのだろう。真新しい傷はどれも致命傷ではなく、むしろ服の裾から垣間見える、包帯を巻かれた傷の方が重傷に見えた。
「流石に全快とはいかないからな。懐古派の増援を食い止める簡単な仕事を与えられているのさ。無理そうなら情報だけ共有して撤退してもいいだなんて、話の分かる雇用主で助かるよ」
草むらに隠れるようにして、何人もが脇に転がされていた。クロユリ程の実力者がいなかったとしても、手負いの身一つで術者に対応し続けているなんて、厄介な相手だ。そう簡単に中には入らせて貰えないかと、ホルスターに手をかける。どうせこの男に自分の不意打ちは通用しない。傷が治っていないハンデがあっても厳しい相手だと警戒しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「ここを通してくれって言っても、無理だよな」
「元家族のよしみとしても、聞けないな。今度は誰に指示されたんだ。それともまた清く正しいトレジャーハンターとして、などと主張するつもりか」
挑発か探りを入れているのか。以前なら容易に感情を逆撫でされたが、今は不思議と落ち着いていた。この男の押し問答に付き合っている時間が勿体ないと、静かに睨みつける。真正面から彼の眼光を受け止めたのは、テナが死んで以来だった。
「御託はいい。傷口を広げられたくないならどけ。俺は急いでいるんだ」
「そうか、それはすまなかったな」
軽い調子で手を振り、エイトは道を譲ってきた。まさかの反応に、つい呆気にとられる。罠なのかそれともと警戒を続けて動けないでいる元弟分に、エイトは急いでいるんだろうと続けた。
「お前が懐古派と敵対したままなら、どう転ぼうがハクジの悪いようにはならないさ。敷地内で死ぬのは避けてくれ。アダカの養分になりかねないらしいからな」
元より自分が命じられたのは懐古派の足止めだけだと嘯く。或いは、優秀な元兄はさっさと見切りをつけたのかもしれない。元弟が決して引くつもりがなく、怪我を負った自分が対応するのは体力と時間の無駄だと。警告に黙って頷き、また走り出す。通り過ぎた瞬間、ふわりと声が届いた。
「自分のやりたい事を見つけられたんだな。──俺は、嬉しいよ」
唐突に振り向きたくなった。あの兄が、どんな顔で自分に選別の言葉を与えてくれたのか確かめたかった。誘惑を振り払い、一息で鳥居を潜る。後ろに感じていた彼の気配が唐突にぶつりと途絶え、代わりに四方八方から圧迫感が迫ってきた。
「……地獄絵図ってか」
魑魅魍魎、と敬称される魔物の絵が資料館に飾られていたのを思い出す。手足が異様に長いもの、目玉を大量にくっつけたもの、奇々怪々な化け物達が地面を這い回り、近くの人間を手当たり次第に襲い掛かっている。懐古派が襲撃者を倒す為に用意したものだろう。であれば、魔物を倒しているのは保守派だ。
形勢は膠着しているようだ、と自分に寄ってきた蜥蜴に似た魔物を倒しつつ探索する。魔物と人間の視線をなるべく避け、石に導かれるまま進む。光が差した先の建物を、物陰から注意深く観察する。窓はなく、べっとりと赤く塗られた扉が一つある本殿は、ミノハナの歴史に疎いニノにとっては物置小屋とそう変わらなかった。扉を封じるように貼られた大きな札は破れていた。それの上から何枚もの札が貼り直されている為、侵入を既に一度許した後と言った所か。
自分も続けと、素早く扉に近付く。紙を剥がせばいいのかと手を触れようとして、バチリと電気が走り慌ててひっこめる。ただの施錠なら物理的な解錠をすればいい。術によるのならばと銃を構えた。様々な種類の弾丸。中には、この手の魔術の仕掛けの破壊に特化したものもある。アダカの封印を解いてみせたように、効果はお墨付きだ。
「封印解除っと、どうだ!」
一番高い弾丸を惜しみなく注ぎ、扉がぐらついた隙にこじ開け身体をねじ込む。音で侵入がバレたかと不安だったが、杞憂に終わった。中では、もっと派手で喧しく争いが繰り広げられていたのだ。
「いい加減諦めなさい、兄様」
「貴様こそ無駄な抵抗はやめろ!」
幾本も太い柱が並ぶ室内は、呪術師が二人暴れ回るのに十分な広さだった。男女が入れ代わり立ち代わり札を飛ばし、使い魔の鳥同士はもんどりうっている。破裂音と豪風が縦横無尽に駆け回る空間は、下手に近寄れば呆気なく肉片となる確信を抱かせた。
「この身は、それを殺すのを手伝わなくていいのか」
本殿の一番奥。暴風がすぐ近くで吹き荒れながらも、小柄な身体にはそよ風一つ届いてはいなかった。手を休めぬままクロユリは恍惚とした表情で頷いた。
「この男を屠るのに、アダカ様の手を煩わせる必要などございませんわ。アダカ様は力を蓄え完全に成られるのに専念なさってくださいまし!」
「まだ殺したら駄目なのか」
残念極まりないと、アダカの声が惜しそうに呟く。殺戮の饗宴を自らの手で創り出したいのだと願いながら、それは大人しく座り直した。
「そうだな。先に内側の邪魔なものを殺してしまおう。外を殺すのはその次だ」
アダカとシャクヤの魂を始末するのを優先する程度には理性があるのか。それとも、あれで実はクロユリの言葉に従っているだけなのか。あれにどの程度の自我があり、どんな想いを抱えているか、ニノには分からないし今後も知る機会はないと、柱の影を伝って距離を詰める。ハクジはここまで来てなおもかつての妹へ声をかけ続けていた。説得の余地があるという期待を、捨てきれないように。
「分かっているのか、仇禍を完成させれば多くの罪なき人間が死ぬのだぞ!」
「かつてのミノハナを取り戻すには仕方のない犠牲ですわ。それが大切な兄様であろうと、わたくしは切り捨てる覚悟が出来ています。貴方とは違うのですよ」
骨肉の争いは止むどころか、激しさを増していった。黒と白の鳥が入れ替わり立ち代わり転がり、宙を舞う。対称的な色が模様を描きぶつかり合うも、決して一つには混ざらない。袂を分かった今、互いに一歩も引かぬ姿勢だけが同じであった。
「そうだ、私は貴様と違い中途半端な男だ。家族の情に縛られお前を殺せず、尊き血を絶やす選択も取れぬ。だがそれでも……貴様を止めよう。兄として、幾度でも!」
ハクジが大きく飛びのき、新たな札を放つ。中央の争いが激しさを増した瞬間を狙い、ニノは柱の影から飛び出した。飛び散る火花や衝撃を最小の動きで躱し、目標へ一直線に迫る。爆風を越え音もなく肉薄する敵に、災いの器がゆらりと反応した。喜悦に満ちた眼差しで、唇をにいっと釣り上げる。身を護る為に力を振るうなら、構わないだろうと。
「殺しにきたのか」
細い指が持ち上がる。続けて何かを紡ごうとした口が、ぴたりと止まった。喜悦から転じて眉を顰める表情に、二人の抵抗が成功しているのだと察した。やるなら今しかない、と足に力を込めてナイフを振りかざす。クロユリとハクジの声が響いた気がするが、何を言っているのか聞き取れなかった。ニノはただ、アダカを見ていた。
「そうだよ馬鹿野郎」
周囲の音が掻き消え、風が空を切る音だけが響く。狙い過たずナイフは小さな体へ──ではなく、持ち主の胸へと潜り込んだ。




