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第20話 うつろの夢

 ぱっと手を離した少年が、呆然としているニノにどうだと囁きかけてくる。


「どうだ分かったか」

「いや分からんわ!!」

「二人分の視点とかをうまい感じに混ぜてやったのだから、大体察しろ」

「そんなもの急に見物させられてもな……最後の方とかぶつ切りだし」


 正直、状況の把握よりも胸糞の悪さが際立っている。大きく息をついて他人の記憶の余韻を薄めているうちに、シャクヤはどっかと座って腕を組んだ。


「つまりだな。ジュズマルはシャクヤの魂を完全に取り込む前に自分の身体を封印した。シャクヤの魂が穢れぬよう、呪いを自分の魂で受け止めたままな。そのせいでジュズマルの魂は摩耗し、崩れ果ててしまったのだ」


 自分が消えてでもシャクヤの魂に生きて欲しかったのだろう。ジュズマルはどうやら自分の命を投げ打ってしまう性格だったらしい。アダカとして壊れるまで只管利用される環境だったのが強く影響しているのだろう。


「自分の代わりに俺へ身体を開け渡すつもりだったようだが、甥っ子の命と引き換えの新たな生なんていらんからな。大体死体から抽出した魂なんぞ、シャクヤそのものでもなかろう。身体を乗っ取るのは気が引けたし、起きても呪術師共に利用されるだけだったから、眠ったままでいることにした」

「洞窟の封印って、自主的なやつだったのかよ」

「元々はな。その後いつの間にやら術の補強をされたせいで、外部からの力が加わるまでは目覚められなくなっていた」


 時を経て岩が風化していくように、溜まった呪いはゆっくりと身体から抜け出ていった。何百年も経過した後ニノが強引に封印を解除したため、人格を蝕まれる事無く少年は覚醒できた。消えたジュズマルではなく、眠り続けていたシャクヤでもない、別の誰かとして。


「恐らく長い歳月をかけて、新しい心が生まれたんだろうよ。数珠丸やシャクヤの魂を参考にして、な。つまりあの子は、数珠丸と俺の子供と言っていいのでは」


 何とも気の抜ける推測の物言いに脱力する。アダカに記憶がないのは、そもそも生まれたばかりなのと、二人の記憶は殆ど受け継がなかったからなのだろう。


「今のアダカは……暴れ回っている最中って所か」

「いやあれは恐らく、最初にアダカが完成する時表に出る筈だった人格だろう。何百年もの月日で呪いが抜け出た結果弱体化したものの、表に出て暴れ回る機会を狙い続けていた。ようやく力を殆ど取り戻して、あの子を押しやり主導権を握ったわけだ。つまりはあの子の兄と言えるのでは」

「知るか。それだけ元気に冗談を言えるなら、お前が暴走を止めて来いよ」

「それが出来れば苦労せん。現世に災厄を振りまく前に死のうと試みようにも意識の表に出る事自体が困難でな。根性が足りんのかもしれん、ははは」


 あっけらかんと笑われ、肩を落とす。現状を打開する方法を提示されるかと少しは期待していたのに、これではネタバラシをするためだけに夢を繋いだようなものではないか。ニノのぼやきに、ああそうだぞとやはりからっと笑って頷かれてしまった。


「『蚊帳の外で振り回され続けて、拗ねているだろ』とあの子が気を遣っての事よ」

「う……っ、拗ねてなんか」


 事実ではあった。懐古派と保守派の争いも、古代王朝の滅亡秘話も、ニノにとっては関りが薄い。こっちはアダカを探したいだけなのに、スケールがやけに大きい話を持ち出され部外者扱いされ続ければ、嫌気が差す。


「さて、俺の役目はそろそろ仕舞いだ。後は場を譲ってやることにしよう」


 くるりと身を翻し、シャクヤは目を瞑るとぱんと両手を合わせた。乾いた音に合わせ、目の前の少年の纏う雰囲気が変質する。飄々としていて軽やかな、馴染みのあるそれだった。ちらり、と覗かせた黒い瞳が悪戯っぽく輝く。


「機嫌は直ったか」

「アダカ! お前、今まで何して──」


 これが夢であろうと知った事か。今度こそと手を伸ばすも、身軽な身体はひょいっと後方へと距離を取る。訝しむ先で、アダカは霧の中をふらふら歩く。ひらりひらりと泳いで逃げおおせてしまう、魚のように。


「ニノ。アダカはずっと聞きたかった事があるんだ」

「……何だよ」

「どうしてアダカが危険だと分かっていて、封印を解いたんだ?」


 あの時と同じようでいて、どこか違う。夢の中だからだろうか、どう伝えるべきか悩んでいた言葉が、此度はするりと口から紡がれていく。


「大した理由じゃない。ただ、ムカついたからだ」


 奥へ辿り着くまでの、古風な警告文。解読できた断片的な記載を繋ぎ合わせ、おぼろげながらに推測を立てた。かつてどれだけの災いを招いたかなんて記載はなし。ただ、奥にいる人間は起こせば危険な事になるかもしれないから、眠らせておくべきと。そんなに危険なら撤退すべきかと悩む一方で、ふざけんなという感情も沸き上がった。


「問題は起こしてないっぽいのに危険だって決めつけられて……、周りの人間に勝手に判断されて封印されてるってのが、気に食わなかった」


 他者から行動を制限されてしまった者への同情だったのかもしれない。もし邪悪で危険な存在だとしても、どうにか対処すればいいという慢心も確かにあった。そうだ、自分の手で殺す事を考えなかったわけではなかった。洞窟の外、太陽の下で目を輝かせた少年を見るまでは。


「迂闊なやつだな。アダカがもっと悪い性格だったら死んでいたぞ」

「う……っ、別に問題なかったんだからいいだろ!」

「今大問題になってるぞ」

「やかましいわ! 大体お前だって俺の嘘をとっくに見抜いてたんじゃないか!?」


 ニノの嘘を散々見抜いてきたアダカが、最初の綻びに気付かなかったとは思い難い。その指摘に、アダカは困ったように笑った。不器用で笑い慣れていない、けれど心からの笑みだった。


「……うん。アダカは黙っていた。お前と一緒に、旅を続けたいと思ったから」


 白装束が霧の向こうに隠れる。今にも見失ってしまいそうで一歩踏み出すと、視界の隅を明るい声がよぎっていった。


「お前とどこに行くか相談して、一緒に罠にかかって、一緒に美味しいものを食べて、喋りながら歩くのが、アダカは好きだった」

「アダカ……」

「お前の夢が好きだった。例えそれが誰かから植え付けられた、がらんどうでも」


 黒い眼差しが、霧に遮ることなく届く。心の奥底を見透かされるようで気圧されるも、目を背ける事はしなかった。そうでなければ、語った夢は夢ですらなくなってしまうと思った。


「虚ろな夢と理解していて、それでも足掻き続ける。歪みを正せなくとも、真っすぐ生きようと藻掻き続ける。諦め続けないお前の夢を、ずっと隣で観たかった」

「……っ、褒めてないだろ、それ」

「褒めてるぞ。お前のお陰でアダカは『楽しい』を知った。『好き』を理解した。夢ができた」


 遠くに感じられていた気配が、いつの間にかすぐ傍に佇んでいた。手を伸ばせば、簡単に捕まえられると思って。先に動いたのはアダカだった。ニノの腕に触れ、両手で包み込むようにして手を握る。夢の中なのに、ぞっとするほど冷たく感じた。


「ニノ、アダカを殺してくれ」

「……は?」


 間抜けな返答が口から飛び出る。きっと表情はもっと腑抜けているのだろう。こちらを見たアダカが、愉快そうな笑い声を漏らしたのだから。


「保守派の連中は、尊い皇族の血筋を自らの手で途絶えさせるのは恐れ多いからって、アダカを殺せない。お前にしか頼めないんだ」

「いや、待て、待てって。お前を、殺せって?」

「そうだ。場所はアダカが導く。シャクヤの魂と協力すれば、ほんの僅かの間身体の主導権を奪い返せる。アダカ達が頑張って動きを止めた隙に、どうにか殺してくれ」


 頭が追い付かなかった。どうやって見つければいいか、どうすればアダカを元に戻せるかについては、散々悩んだ。どう殺すかなんて一度も考えていなかった。けれど確かに、アダカを止めるには殺すのが一番シンプルだった。わざわざ封印しようとするハクジ達の方法が手ぬるいのだ。


「『仇禍』が完成したら、他の人格は消されて手出しが出来なくなる。アダカはお前に殺される方がいい。シャクヤも自害より成功する可能性がずっと高いって同意してくれたんだ。ニノは罪悪感がないんだろう。なら気兼ねなくアダカを殺せるな」

「ふざけんな、罪悪感を抱かないから何だってんだよ!」


 小柄な両肩を力任せに掴む。ようやく捕まえたのに、力を込めれば込める程すり抜けてしまいそうな感触に不安感が募る。それは貴重な素質だよ、ニノには天性の才能がある。組織で何度も褒められる度に、鈍っていく心のどこかが反論していた。


「俺がお前を殺して、悲しまないとでも思ってんのか!?」


 叫び声に貫かれ、アダカは目を見開いた。一拍置いて、へにゃりと嬉しそうに微笑まれる。それが益々、苛立ちを助長させていく。こちらの明日の目覚めが悪くなるような事を、アダカはとうに受け入れ、覚悟を決めていた。あれほど力を籠めた手から、小柄な身体がするりと抜け出る。目の前にいた彼は霞がかり、表情すら朧げになっていく。まるで、最初から存在しなかったように。


「殺されるなら、アダカが死んで悲しんでくれる人が良い。ちゃんと報酬だってあるぞ。アダカの荷物、お前に全部やる」

「待て、一人で勝手に決めんな!」

「じゃあな、ニノ。アダカの願いを叶えに──どうか殺しにきてくれ」




※※※




「アダカ!!」


 自分の大声が、誰にも届くことなく部屋に響いて落ちる。カーテンの隙間から零れる朝焼けの光。寝落ちしたベッドの感触。夢は醒めたのだと、繋がりを断ち切られたのだと理解するのに暫くかかった。乱れた呼吸の音が煩い。自分はアダカと会って、そして、何を頼まれたか。


『場所はアダカが導く』


 引き寄せられるようにして荷物を手に取る。奥底にしまっていた、自分のものより小さな鞄。サイズの割に重く感じていたそれの中を覗き込み、瞠目する。与えてやった探索道具や財布等を除けば、私物は石の詰まった袋だけだった。ファビアンの小箱で以前見た、竜胆石。心なしか光っているものを恐る恐る持ち上げれば、中で小さな明かりが揺らめいた。抱え上げた向きによって、中の光は揺れ動く。とある方向を指し示し続けているそれは、コンパスに似ていた。


「この光の先に、あいつがいるって事か?」


 ぼんやりと独り言を呟き、視線を落とす。袋の中には、他にも様々な石が詰め込まれていた。珊瑚の欠片に真珠、見た事のない鉱石もある。籠められた魔力で竜胆石を見分けたように、アダカは魔力の籠った物を発見するのが得意だったらしい。これだけあれば、暫く暮らしに困らないどころか豪遊できるだろう。


「あいつ、いつの間にこれだけ拾いまくって……」


 目が眩むような宝の山を手に入れて、胸中に湧いたのは虚しさだった。持ち主のいなくなった袋をベッドに置き直すと、鉱石達が冷たい音を立てて擦れ合う。ふと隙間に紙が挟まれているのを見つけ、破れないように気を付けつつ抜き取った。


『ニノへ』


 宛先を記した一文。それから余白。表題以外は何も書かれていないのかと思いきや、紙の一番下、隅っこに本文が短く、ぽつりと記されていた。


『沢山ありがとう』


 指が震えて、紙がぐしゃりと音を立てる。これはずっと前から用意されたものだ。いつかニノに渡す為に。これらは、アダカには必要なかった。アダカの宝は、一緒に旅をした相棒から溢れんばかりに与えられていたのだから。


「ふざけんなよ、どいつもこいつも、一方的に押し付けやがって……っ」


 紙に額を押し当て、歯軋りする。とんでもない事前報酬を与えられてしまった。どうして跳ね除けられようか。彼が拙くも伝えてくれた感情を、無下になどできなかった。だってニノは、アダカの相棒だから。


「そんなに言うなら、俺がお前の願いを叶えに行ってやるよ!!」


 迷いを振り払うように叫び、立ち上がる。絞り出した声は、どこか悲鳴を上げるそれに近かった。素早く荷物を纏め、去り際に締め切られたカーテンの向こうを強く睨みつける。宿を出て眩しい日差しに眉を顰めるも、そのまま歩き始め人混みに紛れていく。街を出るまで、ニノは一度も振り返らなかった

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