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第18話 『アダカ』

 懐古派の支部が現代風な一方で、保守派の拠点は神社の中にあった。あの後やってきた保守派の連中によりニノは捕縛されて、ここまで連れてこられたのだ。靴を脱いで畳の部屋に通され、尋問開始となる。状況から懐古派の一味と疑われていた。


「──話した内容に、嘘はあるまいな」

「ないって言ってんだろ。相棒を助けるだけの話が大事になりすぎて、頭を抱えたいのはこっちだっての」


 一時的に手を組んでいただけだと洗いざらい白状すると、ようやく警戒が緩んだ。一区切りついたとばかりに尋問者が入れ替わる。保守派のトップであるハクジの登場に眉を顰める。初登場時の態度の悪さとクロユリの証言の影響で、悪い印象を抱いてしまうのだ。ハクジは厳格そうな気配を纏ったまま正座をし、こちらを見据えてくる。完全に疑いが晴れたわけではないとばかりに、眼光は鋭く冷たかった。


「洞窟の近くに、これが落ちてあった。見覚えはあるか」


 畳の上に、どさりと革袋を置かれる。ああそれな、と解かれたばかりの縄の跡を指で擦りつつ答える。


「報酬だって、入る間際に貰った。捨て辛いタイミングで渡されたのが引っかかったし、現金じゃなくて現物支給なのも胡散臭かったから、念の為持ち込まずにその辺に隠しておいたんだよ。問題なかったら後で取りに来るつもりでな」

「ふむ、それで……ならばまだ猶予は残されているか」


 独り言のように小さく呟くと、険しい表情がほんの僅か緩む。どういう意味か尋ねる前に、男は続けた。


「やはり貴様は、ただの間抜けな愚者ではないな。暫く前から御子様を奪還せんと様子を窺いつつも、中々機会が訪れなかったが……。いつも抜け目なく目を光らせていただろう」

「世間知らずな記憶喪失の連れを野放しにするのは気が引けたんだよ。不本意ながら面倒見がいいって評判なもんでな。あんた達は人数も揃っているのに、俺一人に尻込みしていたのか?」

「貴様の実力については雇った者から耳に入れている。不用意に近付けば返り討ちに合うと助言を受けたのだ。懐古派の不穏な動きに、悠長に構えてはいられなくなったがな」


 恐らくエイトの報告によるものだろう。最後の光景を頭から振り払いつつ、革袋に視線を移す。部下へそれを手渡して自らも去ろうとするのを、待てよと止めた。


「アダカは皇族の末裔ってだけじゃないんだろ。お前らは何を隠してるんだ」


 今となっては、クロユリの証言のどこまでを信じていいものか。ニノが疑問を口にすると、ハクジは厳しい表情でこちらを睨んだ。ただの好奇心ならこれ以上踏み込むなと暗に告げる視線を、真っ向から受け止める。ややあってから、諦めたように小さくため息をつかれた。


「『アダカ』を知らず、封印場に記しておいた警告を無視した挙句、我々の邪魔をした貴様に教える義理はない。術で記憶を消してやってもいい位だが……これ以上半端な知識で勝手に動かれても邪魔か」


 第一印象通り、結構失礼な男であった。それだけの事をしでかしたので、反論をできる立場ではないのだが。ハクジは一旦人払いをすると改めてこちらへ向き直った。背筋を伸ばし、厳かな口調で不吉な言葉を紡ぐ。


あだと化して、わざわいを為す。然るに『仇禍アダカ』。口伝のみで受け継がれてきた禁術よ」


 今まで気軽に呼んできた名が背負う禍々しさ。響きからしてろくでもないものだと、容易く想像できた。


「あの方が仮で名乗っていたそれは本名ではない。器となられた時に、皇族の記録から抹消されたのだろう。器の役目を任じられた者は皆、人とは異なる扱いを受けたと聞くからな」


 皇族の血筋なんて情報が取るに足りないものに聞こえてくる。いや、また騙されているだけではないか。疑念が湧くも重苦しい空気に圧され、口を挟む事を許されなかった。


「仇禍は人間の負の感情を溜める器。限界まで怨念を集めれば、並の精霊を遥かに凌駕する力を得るが、代償として思考は破壊への衝動で埋め尽くされる。ひとたび力を振るえば恐るべき災いと化すだろう」

「アダカは、好んで相手に危害を加えるようなやつじゃ……」


 我慢できずに口を開いたものの、本当にそうかと猜疑心が囁きかける。旅の道中で、倫理観が低いやつだと何度も呆れたのではなかったか。敵対した相手を殺さないのかと提案したのが誰か、覚えているのに。そうだ、今までニノの意見に従っていただけで、アダカは人を殺せるのだ。


 最後に向けられた、あの冷たい眼差し。ハクジの言う通り思考が塗り替えられてしまったなら、もうあれはニノの知っているアダカではないのか。似た皮を被っているだけの殺戮者となってしまったのだろうか。青ざめていく表情を見て、溜飲が下がったのかハクジは鼻を鳴らした。


「己が何に加担したか、ようやく理解したようだな。安易に走った己の所業を顧みつつ、後は我々に任せ大人しくしていろ」


 ハクジが軽く指を鳴らすと、何人もが現れニノを取り囲む。もう帰れという態度に待てと抵抗する。一番尋ねたい事がまだだと、涼しげな顔で部下へ指示を飛ばす男を睨みつけた。


「アダカをどうする気だ」

「知れた事。今一度封印し直すのみ。あの方の器としての力を真に必要とするその時まで、我らはただ歴史の裏で座して待ち続けるのみよ」


 つまり真に必要とする時は、結局アダカを利用するつもりなのだ。それらしい言葉で濁した男を、ニノは鼻で笑ってみせた。


「お前もクロユリと同じじゃないか」


 指導者への暴言に、周囲の部下達が剣呑な気配を帯びる。片手を振って制しハクジは小さく息をついた。そうだなと紡がれた返答には諦めを酷く滲ませていて、何人かが気遣わしげな視線を投げやる。


「別の者が指導者となった時、クロユリと同じ選択を取らぬとは言い切れん。ああそうだ、現状維持が最善ではないと、我々とて理解している。それでも……」


 ぷつりと一旦言葉が途切れる。言うべきか否か悩むような素振りを見せ、ようやっと続きが紡がれた。それには先程までよりもずっと、彼の感情が封入されていた。


「懐古派が介入してこなければ。貴様があの方を連れて実入りのない宝探しをし続けていれば。器としてではなく、貴様のただの相方として一生を終えられていたなら、どれ程……」


 それ以上の言葉を、ハクジは緩く頭を振ってかき消す。保守派の首領として口に出すべきではないと判断したのだろう。全て、今となってはどうしようもない事だった。ニノにも分かってしまったから、ハクジを糾弾する気にはなれなくなった。結局それは、何もできなかった自分への八つ当たりでもあると自覚していたから。




※※※




 保守派の根城を出て、ニノは次の冒険の為に準備を行った。保存食に弾丸、探索に便利な道具。火山探索のバイト代にはまだ殆ど手を付けていなかったし、もう一人分の渡せなかった給金分もある。加えて、ハクジは口止め料のつもりか金一封をよこしてきた。お陰で久々に財布が潤っている。どうせならマントを買い替えようか、と欲が顔を覗かせてくる。穴が空いてぼろぼろだし、アダカからも酷評だった。もう準備を二人分する必要はなくなり、以前と同じに戻っただけなのが、やけに身軽に感じた。


『なあニノ、あれなんだ?』

『アダカもついていくぞ。相棒だからな』


 眩しく映っていた相棒がどこにもいない事実に、重たい気持ちを抱えたまま大陸様式の宿へ向かう。いつもより奮発した値段の個室の窓からはやけに星が煌めいていた。こちらの気分が鬱屈としていようと、ミノハナへ災いが降りかかろうとも、星々は知らんぷりして綺麗なままだ。何を見ても否定的な感情ばかり湧いてきて、一息にカーテンを閉める。買っておいたおにぎりを食べるも、やけに味気ない。重たい気分ごとベッドに倒れ込むと片手でメモを取り出した。


 組織にいた頃使っていた裏の情報網まで当たって調べてみたが、分かったのは懐古派や保守派は現政府と繋がりがないらしい事位だ。禁術などの知識を独占或いは秘匿していたいのか、そもそも政府とコネを得られる程の力がないのか。ともあれ保守派は国家権力に頼れず大々的に動けないし、懐古派もアダカが完全に力を得るまで勝機がなく、隠れているのだろう。クロユリ達の現在の居場所については全く情報を得られなかった。


 とはいえ、全く当てがないわけでもない。海神、炎竜、地竜。死者が多い場所には大抵強い力を持つ精霊も存在している、とクロユリが発言していた。今のアダカに負の感情を与えるなら、やはりそういった曰くありげなトレジャースポット、つまり以前貰った宝の地図(改良版)のどこかの場所にいる可能性が高い。問題は候補が多すぎるという点である。虱潰しに探した所で、簡単に発見できるとも思えない。


「っていうか、会ってどうするんだよ俺……」


 メモを持っていた手をシーツに鎮め、大の字でだらけたまま天井を睨む。ミノハナの危機なんて、一介のトレジャーハンターが首を突っ込む範疇を越えている。


「いやまあ、ファビアンさんから貰った給料をあいつに渡してやらないといけないよな。清く正しいトレジャーハンターとしてパクるのは駄目だろ」


 声だけは明るい呟きが一人部屋に空しく響く。会いに行く理由は一応ある。相棒だからとか後腐れを残した別れ方だったからとか、些細な感情も含めれば色々と。そして再会して、どうするのか。ニノの知っているアダカは、もうどこにもいないかもしれないのに。


 答えが出ないまま、近くに置いていた荷物袋を掴む。メモ帳をしまおうとして勢い余り、中の小さな袋と指が激突した。アダカが落としていった荷物袋を入れっぱなしだった。探索用の道具はいつも自分が用意していたから、彼の所持品は自分よりずっと小さい。その割に結構重いので、早く本人に返したいと思っていた。ああでも、どうせもう会えないならば、全部捨ててしまった方が軽くなれる。


「……くそ」


 悪態をつき、ベッドの隅に荷物を押しやる。踏ん切りがつかないまま苛立ちを籠めて両目をきつく瞑った。簡単に手放せないままの自分を忌まわしく思いながら。


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