第16話 囚われのアダカ
真っ暗だ、とアダカは最初に思った。自分が目を閉じているからだと気付いてから、重たい瞼を震わせる。気を抜くと、すぐにでもまた眠りについてしまいそうだ。体は重く、そもそも手と足も雁字搦めに縛られ、敷かれた布の上にただ横たわっているしかできない。狭い洞窟の奥らしく、居場所を特定できそうなものは何もない。強いて言うなら、土地そのものに大地の魔力が強く秘められている位だ。
「お目覚めかな、囚われの王子様」
白紙で覆われた灯篭が見張りの男をぼんやりと照らす。エイトが剣の柄に手をかけてこちらを見下ろしていた。他の人の姿はない。見張りが一人だなんて逃げる好機、と甘く見積もるには、縛めがあまりに強固だった。
「無駄に暴れようとしても、体力を消耗するだけだ。万が一があっては困るからと、鎮静の魔術とやらをかけているそうだしな。意識を保つのもきついだろう。無理に抗おうとせず、眠ってしまえばいい」
子供をなだめるような、優しい声音だった。うとうとと瞼を下ろしかけて、嫌だとこじ開け直す。意識を手放してしまえば二度と目覚められない予感がした。無駄な足掻きに気付いたのか、エイトは剣を片手に近寄ってくる。何をするつもりかと警戒していると、無防備に目の前で座り込んだ。
「眠る前にお話をお望みかな。俺が相手になろう」
「何を企んでいる」
「弟の友人と、じっくり話してみたいと思っただけさ」
逃がすつもりはないのだと、油断なく所持されたままの武器が物語る。形だけ友好的な態度に、アダカはじとりと睨んだ。
「アダカはお前と話したくない」
「それは、俺が真っ黒で歪んだ魂だからか? ニノよりもずっと?」
真っ黒で歪んだ魂。アダカには確かにそう見えている。故意であれ過失であれ、命を奪えば代償が跳ね返ってくる。本人の善悪の気質を示しているわけではないのだ。
「魂の色なんて、アダカは本当はどうでもいい。ただお前が気に食わないだけだ」
ばっさりと言い返すと、エイトは何故か笑みを零した。随分気が強い、と遠い眼差しで感想を漏らされる。誰と比べてか、察しがついた。
「テナは……妹は俺達の傍に居過ぎると、泣き出してしまう事もあってな。魂なんてものの見た目がそんなに大事なのかと不思議に思ったものだ」
「弱いやつだな」
「ああ、弱い子だった」
冷たい言葉に、エイトは怒るでもなく同意した。昔を懐かしむように、剣の柄に刻まれた跡をそっと指でなぞりながら。
「不自由な身体の影響もあって、人との交流が極端に少ない子だったからな。どんな無垢な子供も大人になるにつれて誰かを騙し嘘をつくものだ。物語の綺麗事と現実のギャップに耐え切れず精神が摩耗し、力を扱いきれなくなり壊れた。世間を知らな過ぎたんだ」
それは確かに世間知らずだ、とアダカは思った。聖人でもあるまいし、魂なんて皆どこか歪になっていくものだ。少なくともアダカは、不快に思うかたちはあっても受け流せる。人の悪意を見慣れている。どこで飽きる程見たのかは、思い出せないが。
「結局は本人の体質の問題だから俺達に出来る事はなかったが、ニノは組織に殺されたなんて思い込むようになった。妹を苦しめた要因の一つが自分だと、認めたくはなかったんだろうな」
アダカにとってはありきたりな『汚れた魂』を負担に感じるなら、ニノもまたテナの精神を追い詰めた一人だ。エイトの話し方は、弟を責めているようには聞こえなかった。妹の死をただの過去として割り切る。それがニノにとっては受け入れ難かったのだろう。
「アダカに、ニノとの仲を取り持って欲しいのか」
「もっと言うなら、君を俺達の家族として受け入れたいと思っている」
「封印はしないのか」
「雇い主との契約は絶対さ。でも君が頷いてくれるなら、説得を試みよう。俺達は家族想いなんだ」
第三者からの説得に容易く応じるような精神なら、人間をひとり封印してしまおうと企みはしなかっただろう。これは現実的な駆け引きではなく、眠る前の戯言に過ぎない。とはいえ、エイトがどこまで本心で語っているか分かり辛かった。
「断る。お前達は気に食わない」
「残念だ。きっと上手くやっていけただろうに。君のその精神には……いや、魂と言うべきか。俺達と似通ったものを感じていたからな」
「普通とは違う?」
「ああ、その通りだよ、王子様」
爽やかな笑顔が答えた。初めて出会った時と同じく、憂いを一切見せぬまま。
「例えば俺は、悲しみや憎悪の感情が人より湧きにくいらしい。悪い事じゃないと思うんだが、生みの親に気味悪がられてしまってな。俺の家族は大半が、普通の人間と異なる部分を抱えている。ニノもそうだ」
「……清く正しいもっとーがか」
「いやいや、そんな事昔は言ってなかったよ。あの子は生まれながら、人殺しに嫌悪感だとか罪悪感を抱かない性質なんだ」
そして今では清く正しいトレジャーハンター。とんだ人生転換である。有能な素質だろうと言われ、そうだなと返す。抵抗感もなく、裏家業に向いた性格だとただ受け入れる。そういう所がアダカも彼らと似通っていると認識される所以だろう。
「ニノは、真っ当な生き方をして欲しいというテナの願いに固執しているのさ。普通の人間の真似があんなに上手くなって、兄として感無量だよ。潜入捜査や情報収集がぎこちないのは相変わらずかな」
「ふうん」
どうでも良さそうにアダカは答えた。実際、どうでも良かった。ニノが殺し屋として天性の素質を持っていようと、屈折した過去を持っていようと、気にしない。ニノがアダカの過去でなく、今だけを受け入れたように。
「今のニノはアダカの相棒だ。反抗期が続いていても、アダカの昔を知らなくても」
「君にずっと、嘘をついていても?」
灯篭の火がぐらりと揺れる。穏やかな笑顔には、表情の微細を覆い隠すように影がかかっていた。




