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第15話 懐古派と保守派

 最初に視界に入ったのは診療所の天井だった。清潔なシーツに、薬の匂い。がばりと起き上がろうとするも、慌てて枕元にいた男に止められた。


「こらこら、大人しくしていなよ、怪我してるんだからさ」

「……ファビアン、さん?」


 雇い主が何故ここにいるのか。こちらが混乱しているのをよそに、目覚めて良かったよと、彼はホッと一息ついた。怪我をしたバイト員をわざわざこうして心配してくれるなんて、もしかしたらかなりの人情家なのかもしれない、と思った。


「いやー、これで意識がないままだったら、安全を考慮云々で調査も打ち切られかねないからどうしようかと……。そうそう、治療費は出すからこの件は言い触らさないようにしてくれよ。アダカ先生の件も、捜索の援助はするから黙っていてくれると助かるよ」


 前言撤回、俗っぽい理由だった。バイトの過酷な内容が今まで知れ渡っていないのは、こうした口止め効果によるものだろう。少々脱力してから、改めて辺りを見渡す。探していた相手はおらず、処刑場に残された荷物だけが自分の荷物袋の傍に置かれていた。捜索の援助。本当にいなくなってしまった。また助けられなかった。苦い感情に苛まれつつ、部屋の隅に視線を向けた。


 隅には、あの火山の奥で相対した女がひっそりと佇んでいた。あの時の白い着物ではなく大陸の一般的な服を着ているため、その辺にいる普通のミノハナ人に見える。最初に襲ってきた男より若そうだが、やはり年齢が掴み辛い容姿だった。


「あんたは……」

「クロユリと申します。お目覚めで何よりですわ」


 静々と頭を下げられる。話によると、突然の溶岩流で二人が消えた後、ファビアンは捜索を開始したが、エイトとはぐれてしまったらしい。困っていた所でクロユリが眠っていたニノを連れてきてくれ、共に山を下りたのだと言う。


「まさか懐古派の方々とこんな形で知り合いになるなんてなー」

「懐古派って、確か……ミノハナの昔の文化推しの連中でしたっけ」

「そうそう。僕達は懐古派と保守派の諍いに巻き込まれちゃったみたい」


 懐古派と言えば、観光地でプラカードを持って主張している連中だ。一方保守派はミノハナの文化を貴ぶ点は同じものの、殆ど表に出ずに活動しているらしい。何をしているか分かったものじゃない、というのがファビアンの意見である。


「いがみ合いに巻き込んじゃった負い目があるからって、アダカ先生の捜索を担ってくれるそうだよ。いやー良かったね!」

「そう……ですね」


 何も知らないファビアンのように、素直には喜べなかった。賑やかな雇い主が手を振って部屋を後にし、束の間部屋が静かになる。ようやく腹を割って話せると思った矢先に、クロユリは病室の床の上で正座した。深々と頭を下げられ、面食らう。ニノ様と呼ぶ声音からは皮肉めいた響きは含まれておらず、どこまでも丁寧だった。


「アダカ様をお救いする為に、どうか手を貸していただけませんか」




※※※




 もう平気だからと早々に診療所を後にし、ニノは懐古派の支部へ案内されていた。デモをしているだけあってそれなりの規模らしく、通された部屋で茶菓子まで出てきた。一見他の家屋と同じ大陸風の家で、構成員達の服も殆ど目立たない大陸風のものだ。掛軸だとか、本棚に収められた古い筆記の背表紙等、装飾品が所々古めかしい程度だ。


「まずは謝罪を。ニノ様がアダカ様をあの薄暗い洞窟から解放されてから、わたくし共はお二人を見守っておりました」

「ストーカーかよ」

「申し訳ございません。楽しそうなアダカ様を貴方から引き剝がしては忍びないと、様子を窺っていたのですが……保守派の連中が、ここまで強硬手段にでようとは」


 アダカの経緯をクロユリ達は既に把握していた。保守派もそうなのだろう。エイトは恐らく、最初から保守派に雇われていたのだ。あの組織は金を貰えるなら仕事は選ばない。どこから説明してもらったものかと悩んでから、まずはと口を開く。


「お前達は、どうしてアダカをつけ狙っていたんだ」

「先にお伝えしておきますが、わたくしと兄様の目的は異なります」

「兄様?」

「保守派の首領、ハクジです。かつては同じ師の下で学び合い、兄弟子として慕い、共に歩んでおりましたが……今となっては、もう」


 長い睫毛を悲しそうに伏せ、クロユリはゆっくりと首を横に振った。気を取り直したようにして続ける。


「兄様は、アダカ様を今一度封印なさるおつもりです。貴方様が発見されるまでそうだったように、意識を失わせ、永久に閉じ込めようとしています」

「封印? 何でそんな事」


 こちらの疑問に、クロユリは伝えるべきか迷うように視線を彷徨わせる。それから姿勢を正し、凛とした声で尋ね返してきた。


「貴方様は、『アダカ』様についてどの程度ご存じですか」

「……マイペースで、時々態度がでかくて、意外と律儀なやつって事位は」

「あの方が、古代王朝の皇族の末裔である事は?」


 最初に感じたのは、やはりという得心だった。少なくとも教育水準の高い貴族ではあるだろうと推測していたし、資料館で皇族の家系図を調べたのも悪い線ではなかったようだ。


「資料館には、アダカの名前は載っていなかったぞ」

「数百年前の事ですから漏れもありましょう。もしくは隠し子や忌み子として敢えて名を抹消されたのやもしれません。言い難い事ですが、五体満足に生まれようと、出自の如何や特異な才能があるだけでも忌避の対象になってしまうでしょうから」


 触媒体質。大陸でも珍しい能力をかつての王朝が嫌悪した可能性はある。結局は大昔の話だ、確かめようがない。話を切り替え、クロユリは保守派についての説明を始めた。


「過去の知識、歴史を受け継ぎながらも、現在を尊重する──と言えば聞こえが良いですが、要は秘匿主義です。古代王朝がとうの昔に廃れ新たな政府が治めている今、かつての皇族が現れれば世が乱れかねない。そう判断した兄様は、アダカ様を封じようとしているのです」

「……それなら、殺した方が早いだろ」


 アダカのような殺伐な意見を出したくはなかったが、前職の経験もあって、ニノも結構過激な発想をしがちなところはある。クロユリは不快そうな素振りも見せるでもなく、いかな非情な手段を取る兄とて、尊き御身を手にかけるのは躊躇われたのでしょうと返答した。


「だとしても、皇族の末裔なんて探せば他にも出てくるんじゃないか」

「いえ、古代王朝を滅亡させたシャクヤは、処刑される前に親族全てを手にかけたそうです。なので事実上、アダカ様が最後の一人でしょう」


 とんだ血生臭い情報を明かされてしまった。シャクヤ伝説で盛り上がっている政府としては、物騒すぎる情報を観光客に明かしたくはないだろう。そうして資料館にはマイルドな内容だけが保管されているというわけだ。


「わたくしは保守派とは違います。世の為人の為に自由を奪って封じるなど……可哀そうではありませんか」


 私情を語ってしまいすみません、とやや恥ずかしそうに視線を逸らし、クロユリは冷めかけたお茶を飲む。そう言えば自分の分も用意されていたなと思いつつも、手を付けないままに別の質問をする。ファビアンに以前教えて貰った内容を、彼らならより詳しく知っているのではと思った。


「そう言えば、『アダカ』って名前の道具があるらしいな。災いの器だとか何とか……どういう意味なんだ」

「同名の呪具があると伝え聞いてはおりますが、詳細が記載された書物はわたくし共も保管していないのです。言ってしまえば、単に大陸における魔術に対する杖や窯等と似たものでしょう。ただ、呪法……他者を陥れる術に用いられるようですね」


 眉を顰め、嘆かわしい事ですわとクロユリは呟いた。


「わざと不吉な名を付け、悪しきものから護るという風習もかつてはありましたが、そうでないとすれば……子にそのような名を付けるなど、あの方は家族から蔑ろにされていたのやもしれませんね」


 重たくなった空気を流そうとするように、彼女はお茶で喉を潤した。いま一度こちらに頭を下げ、頼んでくる。


「あの兄の手から救う為には、少しでも人手が欲しいのです。勿論報酬はお支払いします。どうか協力していただけませんか」

「別に頼まれなくても協力はするっての。このままお別れってのも後味が悪いしさ」

「まあ、なんと慈悲深いお言葉……、ありがとうございます!」

「いや別に……清く正しいトレジャーハンターとしては当然だしな、うん」


 やけに嬉しそうに感謝され、すわりが悪い気持ちになる。どうやらクロユリは少々感情表現が大げさらしい。こちらとしても一人で当てもなく探すのは途方に暮れてしまうので、協力者ができて万々歳だ。これならきっと、今度こそ助けられる。


『お前には何もできないよ。誰もテナを救ってはやれないんだ』

 

 ふざけんな、と浮かんだ記憶に今一度心の中で言い返し、ニノはクロユリと握手を交わした。


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