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第14話 急行直下

 進む方角が決まっても、最短距離で進めるわけではない。時に迂回し、引き返し、日を改めてと、時間をかけつつもゴールへ近付いていく。一同が足を止めたのは、不自然に開けた場所に着いてからだ。道中と比べるとまるで均されたように比較的平坦な地面は、広場に見えなくもない。端は崖のようにせり上がっていて、その遥か下では真っ赤な池──マグマがぐつぐつと煮えたぎっていた。


「いかにもダイブさせやすいベストスポットじゃないか! これは当たりかもしれないぞお!」


 少々不謹慎な発言にニノは突っ込みを入れたくなったが、大昔の墓に侵入してお宝があるかもと浮かれている時の自分も似たようなものなので、黙っていた。興奮気味に眼鏡を上げつつ、まずはと雇い主はアダカへ確認する。


「アダカ先生、魂の反応はどんな感じ?」

「ここから下に沢山溜まってるぞ」

「ならやっぱりここから突き落としていた可能性が高そうだね。壁にでも刻んだ文字とか残ってないかなー」


 崖下へ身を乗り出さなければ、火の粉の心配も然程いらなさそうだ。ファビアンの指示の下手分けして調査を開始する。専門家が調べている間只管重い盾を構えるなんて事にならずに済んで、内心ほっとする。ここまでの悪路で、既にかなり体力を消耗していた。アダカも皆を熱気から護りながらの同行だったため、最後の休憩の時より顔色が悪そうだ。どうせ専門的な事なんて分からないのだからと、合間に声をかける。


「今のうちに体力を回復させておけよ。お前以外は誰も魔術が使えないんだからな」

「まだ平気だ。ファビアンの方が大丈夫じゃなさそうだぞ。絶対アダカより体力がないのに、動き回っている」

「あれはハイになってんだろうな……」


 浮かれ過ぎて、一時的に疲れを感じなくなっているのだろう。時折楽しそうに甲高い声を上げているので、もう暫くは平気だろう。いざとなったら用心棒にでも背負わせて引き返せばいいか、と思っていた。


「ニノも、お宝を見つけたらああなるのか」

「流石にあそこまで血走ったりはしないっての。喜び方なんて人それぞれだし」


 必要もないのに、言い訳じみた言葉を付け足した。ファビアンと比べたら自分の喜び方が軽いように感じてしまう。そもそも宝を無事発見できた事自体が、とここまで考えて物悲しくなってきたので、そういうお前はどうなんだよと問い返す。道中も、こうして目的地に辿り着いた後も、アダカはいつも通りだった。


「アダカは、宝はどうでもいい」

「夢がないやつだな」


 アダカは雇い主から頼まれた土のサンプルを採取し、地面に置いた荷物袋にせっせと詰め込んでいる。普段は勝手な癖に大人しく仕事をこなす様を見て、隣で同じく採取をしつつ肩をすくめる。地面から顔を上げたアダカは気を害した風でもなく淡々と言い返した。


「お前に言われたくない」

「……いや、俺は夢を追いかける真っ当なトレジャーハンターだっての」


 口に出した台詞は、どこか空虚だった。そう感じた自分に戸惑っていると、壁際で作業をしていたエイトに呼ばれる。鬱陶しいやつに呼ばれて気が進まないが仕方ない、と重たい腰を上げて近寄った。隣ではファビアンがガラクタとも岩とも見紛う黒い物体を大事そうに抱えている。


「これ全部持って帰りたいんだけど、ニノ先生は何個持てる?」

「え……えーと、全部ですか。荷物が多いと帰りが大変ですし三つくらいにしておいた方が」

「なら俺は五つ持とう。この位なら武器を振るうのにも支障がない」

「あーなら俺は、六つは余裕で持てますよーははは」


 ここは兄に任せろとばかりの態度にイラっと来て、つい強がる。アダカにも一つくらいは持たせるかと振り向いた顔を、熱風が撫でた。崖の向こうで灼熱の波が陸地を飲み込まんと踊り狂っている。熱気でアダカの白装束が煽られ、大きくはためく。細い指を宙に伸ばす様は、労わるようでも、許しを乞うようでもあった。


「怒っているのか。違う、憎悪をくべたのは、アダカ達じゃない──」


 波が無数の触手のように枝分かれをして、陸地へ手を伸ばす。一番手前にいた小柄な身体へと覆いかぶさろうとするそれに、反射的に駆け出す。無謀な行為を止めようとしたのか後ろから掴まれかけた腕を強引に振り払い、地面を強く蹴った。手を伸ばした視界を澱んだ赤が覆いつくす。身体全体に衝撃が走り、意識が焼き切れた。




※※※




 痛い。苦しい。熱い。

 どうして生きながら焼かれなければならないのか。

 悲鳴を紡ぐ舌が溶け、肉が焦げ落ちても、この恨みは永遠に燃え果てぬ──。


「──ってえ!」


 ニノは痛みで跳ね起きた。妙な激情が胸中にこびり付いているのを、頭を強く振ってかき消す。視線の隅に転がっている白い物体は、大昔から溶けずに残った人間の骨だろう。場所が少しずれてマグマの中に落ちていれば、ニノも骨の仲間入りを果たしていたに違いない。


 体中が焼かれたように、じくじくと痛む。服もぼろぼろで、あちこちが焦げていた。痛みに耐えつつ、火の粉が舞う空を仰ぐ。どうやら先程までいた場所より更に下の火口付近まで落ちてしまったらしい。岩で傷ついた肌からは血が流れていて早く手当てをしたい。それよりも、ニノは優先したい事があった。


 溶岩に飲まれたのに、軽い火傷や怪我だけで済む筈がない。助けるつもりが助けられたのだろう。目を擦って辺りを見渡すと、探していた姿が倒れ伏していた。


「アダカ、しっかりしろ!」


 痛む足を引き摺って抱え上げる。燃えるように熱い体温が白装束越しに伝わってきてぎょっとした。アダカは眉を強く潜め、硬く目を閉じている。爪が食い込む程手のひらを固く握り、何かに耐えているようだった。高熱でもあるのか、頬も赤く火照っている。このまま放置していてはマズい、と直感で察した。


 支給品として渡された魔法瓶を荷物から取り出す。火山探索には体温管理とか水分補給が大事だからと準備してくれた雇い主に感謝して蓋を開ける。魔術によって冷気を保ったままの水を容赦なく顔に浴びせた。泥酔した人間を起こすように、ぺしぺしと頬を叩く。冷気と物理のどちらかが効いたのか、瞼がふるふると動いてぼんやりとこちらを見やった。


「ニノ……」

「身体の調子はどうだ」

「だいじょうぶだ、アダカは頑丈にできているから」


 声は夢うつつを彷徨っているようにぼんやりとしていて覇気がない。自力で歩くのは無理そうだと判断して抱え上げる。子供のように背負われ、アダカは弱弱しく藻掻いて抵抗した。


「なにするんだ、アダカは歩けるぞ」

「意地張るなって。俺を溶岩から護って疲れたんだろ。助けて貰った礼を返してやるだけだ」

「でもアダカは……」

「相棒なんだろう、甘えとけ」


 よいしょ、と背負い直す。見かけ通り背中の重みはやけに軽く、それでいて異様なほど熱かった。理由を推測して、眉をしかめる。


「お前、炎竜とかの力を借りたな。それで、身体に反動がきてるんだろ」

「わかるのか」

「……テナもそうだったからな。触媒体質ってのはとんでもない力を借りられる代わりに、身体が壊れていくものらしい」


 精霊、魔物、或いは神と呼ばれる何か。人の魔術師とは比べ物にならない力を有するものと通ずる、稀有な力。触媒体質の者は、自らを器として力を振るう。テナは身体がボロボロになっていき、耐え切れなくなった結果死んだ。アダカが今熱に苦しんでいるのも、そのせいだ。


「だからアダカに過保護なのか。おまえ、やさしいな」

「う……っ、清く正しいトレジャーハンターとして当然だろ! 俺を助けたせいで死なせたら、俺が殺したようなもんだし!」


 照れ臭くなって喚くと、後ろから微かな振動が伝わる。どうやらアダカは笑ったようだった。


「調子が悪いのは、反動のせいだけじゃない。悪い気を吸い過ぎた」

「悪い気……? それって」


 続けようとした言葉を止めて、ニノは数歩分横に飛びのいた。先程までいた場所を、黒い何かが無念そうにざあっと横切る。不自然な溶岩の動きといい他者の介入でここまで招かれたのは明らかだ。負傷して連れを抱えているからと、普段以上に神経を尖らせて警戒していて正解だった。気を緩める間もなく、規則正しい足音が響いてくる。


「ただの盗人にしては存外鋭い。今まで中々尻尾を掴ませなかっただけの事はある」


 かつん、と杖が地面を打つ音がやけに耳に障る。それは、若い男の声だった。白の混じった黒髪は些か瑞々しさを手放しているが、見た目だけだと年齢が掴みにくい。素肌の大半を覆う黒衣を纏いながらも暑さを全く感じさせない涼しげな表情だ。


「……誰だあんた」

白磁ハクジと申す。尊き方を迎えに参った次第」


 ハクジと名乗った男はニノには興味がないとばかりに視線をすぐずらし、背負われた身体へ恭しく一礼した。舞い上がる火と灰に怯みもせず、大きな鴉が空より現れる。普通の鳥と違い三本脚が生えた奇妙な黒鳥は、黒衣に爪をかけて器用に肩へ留まった。


「邪魔者のせいで些か想定とは違う事態になりましたが……まだ十分修正がききましょう。さあ、こちらへ」


 自分の要求が果たされるのが当然であるかのような態度を警戒して後ずさる。突然襲い掛かってきた溶岩に、全てを把握している物言い。アダカを襲ったのは彼なのだろうと見当をつける。視線を逸らさないまま、小声でそっと囁いた。


「アダカ、どうする」

「断れ」

「了解」


 意見が一致し、こんな時だがついニヤリと笑みを浮かべる。素早く視線を巡らし、気配を探る。目の前の男だけではない。恐らく仲間がいる。下手に動けば何をされるか分かったものではないと、考えなしに逃げるのはひとまずやめておいた。


「うちの相棒は、あんたに興味がないってよ」

「無礼者が嘯く声に耳を傾ける必要はない」


 規則正しいメトロノームのように男の声が鼓膜を揺らす。呼吸が乱れず安定した足さばき、抑揚のない口調。始終落ち着いていると言えば聞こえがいいが、行動が読みにくくどうにも不気味な印象も与えてくる。少なくとも交渉の余地はなさそうだ。敵があとどれだけ隠れているか分からない状況で逃げられるのか。取るべき行動を考えあぐねていると、男の肩に乗っていた鴉が大きく翼を広げた。黒衣を纏わせた腕が、人差し指と中指の間に長方形の紙を挟む。黒い蛇のような文字が薄っすら発光したのを、突如貫いてきた白い閃光が塗り潰した。


「お逃げなさい!」


 風を切る音と共に、鈴の音の如き澄んだ声が響く。火の粉が舞う中滑空するのは、美しい白鷺であった。穢れ一つない大きな白鳥──その背中に女が乗っている。更なる乱入者がそこから飛び降り、ニノ達を庇うように前へ立った。


「まだ我らの邪魔を企むか、黒百合(クロユリ)

「知れた事ですわ、兄様」


 クロユリと呼ばれた若い女性は、男と反して白い着物を着ていた。女が引き連れたのだろう、あちらこちらで騒ぐ声が上がっている。女に寄り添うようにして着地した白鷺は、三本の脚を振り上げて敵を威嚇する。逃げるチャンスだ、と思った。


 人の気配が少なそうな所を目指し、痛む足をがむしゃらに動かす。後ろから制止の声が上がるものの、羽ばたきと女の声に遮られこちらを止めるには至らない。これならどうにか切り抜けられそうだ。まずはファビアン達と合流して、それから。


「──え」


 膝ががくんと折れる。撃たれた、と遅れて理解した。十二分に警戒していたのに、反応できなかった。激痛を上回る脱力感に襲われ、視界が急速にぼやけていく。鈍くなっていく聴覚が近づいてくる足音を辛うじて耳に入れた。


「命の危険はない。麻酔弾だからな」


 穏やかで優しい声に、悪寒が走る。ニノを大事な家族だと公言していた男が、笑顔のまま銃口をこちらへ向けていた。背中からずり落ちるアダカを支える力は残っておらず、うつ伏せで倒れる。力の入らない指で相棒の手首に触れるもファビアンに容易く払いのけられ、地面へ落ちる。


「お前では何もできないよ、ニノ。後は兄さんに任せておけ」


 ふざけんな、と。悪態をつく力すら、眠気と共に奪われた。


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