第13話 火山奥地へ
観測所の近くには、かつて人が休められるような建物の痕跡が残っていたそうだ。つまり昔の人々も、ここを拠点として奥地へ通っていたのではないか。つまりそう遠くない所にまだ見ぬ歴史が眠っている可能性が高い、とファビアンは山に登る前に熱く語っていた。彼は大変口数が多い男だった。
「でねえ、うちの奥さんが本当心配症でさー。この前もうっかり僕がお皿を一枚割っちゃったら、五枚も買い足しちゃって」
「ははは、相変わらず君の奥方は念には念を入れるタイプだな」
「そうなんだよー、そこが頼もしくはあるんだけどね!」
持ち寄った携帯食料をつまみに、ファビアンは意気揚々と家族について語り続けた。観測所は小さなコテージのような造りで、元から設置された測定器具だけでなく寝具などの一式も揃っており、四人で寛ぐには十分なスペースもあった。家族の話を散々聞かされ続けているエイトの相槌が若干棒読みじみていると感じるのは、気のせいだろうか。
「僕が調査に出かける度に凄く心配してくれてね。子供達が大人になるまでは生きていて頂戴よって、いっつも念押しされちゃうんだよ」
「子供いるんですか」
「うんうんいるよー、二人とも可愛くてねえ」
結構若く見える調査員は、所帯持ちで子供もいた。あるかどうか分からない歴史的発見を追い続けてはいるが、生活に困っている様子もない。この差はどこにと羨ましくなる程だ。アダカもそう思ったのか、固形スープにお湯を注ぎつつ口を開く。
「調査員は儲かるのか」
「僕の場合は運がいいだけだよ。政府から補助金が下りなくなったらおしまいだしね。後悔したくないって生き方を続けていたら、偶然上手くいっているだけさ」
「……ふうん」
納得しているのかいないのか、いまいちわからない相槌を打って、アダカは湯気の立つスープを啜る。彼との会話が皮切りとなったのか、ファビアンはニノとエイトにも話題を振ってきた。
「まあ一番の幸運は、素敵なお嫁さんをゲット出来た事だよねー。そういう君達は、家族なんだっけ」
「元です」
頷かれたくなくて、素早く否定した。反応を予測していたエイトが軽く肩をすくめて続ける。
「ニノは家出してしまったんだ。勿論いなくなろうと、俺達は今でも家族の一員だと想い続けているよ」
よく言う、と心中で毒づく。テナが死んだ時だって、涙一つ零さなかった癖にと。これ以上深掘りされたくないという空気を読んだのか、ファビアンは最後の一人へと視線を移す。
「アダカ先生は?」
「覚えてない。アダカは記憶喪失だからな」
へえ、とファビアンはレンズ越しにニノへ探るような眼差しを一瞬向ける。探求心を擽るものがあったのか、食べていた乾パンを脇に置いて身を乗り出した。
「少し位は思い出せないのかい。記憶喪失直後の経緯も踏まえて推測するとか!」
「経緯……ええと……どこかに閉じ込められていた?」
そりゃそうだろ、とやはり内心で突っ込みを入れる。狭い場所に押し込められて眠っていたのだから。何を尋ねられても曖昧な返答ばかりなのに、彼は一層興味を惹かれたようだった。
「良かったら、いい診療所を紹介しようか。今後も調査を手伝ってくれるなら治療費は工面するよ!」
「アダカに構うな、鬱陶しい」
とうとう根を上げ、アダカはニノの背中を盾にして食事を再開した。エイトの件で助けて貰っている分のお返しとして、庇うように苦笑いで手を振る。
「まあ大事なのは今なので。過去がどうだろうと、こいつは俺の大事な相棒ですよ」
「そうだそうだ」
背中越しに機嫌良く同意される。ついでに背もたれとして活用されて、ちょっと重かった。振り払うのも億劫で我慢しつつ自分も食事を続けていると、ファビアンが微笑ましいねえと感想を述べてきた。
「君達かなり仲が良いね。エイト先生、家族として妬けちゃうんじゃない?」
「まさか。弟に友達が増えて、兄として嬉しく思うよ」
それはどうも、と俯きがちに呟く。心から思いやっているような台詞がむしろ白々しく響いた。昔からそうだ、この男は思いやりに溢れる優しい兄としての面を全く崩さない。今にして思うと、不気味で仕方なかった。
気まずい沈黙を埋めるように、ファビアンがまたも家族語りをノリノリで始める。それを全員で適当に返答しているうちに、火山の第一夜は更けていくのだった。
※※※
炎竜の住まう禁域。そう称されるだけあって、奥地は登山ルートとは比べ物にならない熱気に満ちていた。岩だらけで足場が悪い中、火口を目指すように慎重に進む。幾度も探索してきたものの、危険な場所が一番手付かずであるゆえだ。
「お前ら下がれ」
列の一番前に立つアダカが、手を伸ばす。指のように伸びた溶岩がこちらを舐め取ろうとするものの、数歩先で何かに弾かれるようにして向きを変えた。マグマから皆を手際よく護るアダカに、耐熱装備を着込んだファビアンがぱちぱちと拍手した。
「いやあ、魔術の心得がある人がいると大助かりだねー。耐熱装備で肉盾になってもらうのとは効率が段違いだよ。これなら今回はずっと奥まで調べられそうだ!」
重たい盾を持たされたニノは、今までに何度も求人募集が行われた理由を察した。防具が支給されるとはいえ身体を張ってマグマを防ぐなんて危険すぎる。バイト代に惹かれた甘い連中は、過酷な現場に耐え切れず逃げ出したに違いない。けれど魔術師さえいれば簡単に済むのなら、率先して募集をかけていた筈だ。
「アダカ、大丈夫か」
「まだ余裕だ。けどあまりもたないぞ。炎竜さまの熱気が強すぎる」
心配して声をかけると、アダカは微かに顔を曇らせる。便利な魔術とて自然の驚異には打ち勝てない。彼一人に無理をさせたくなくて、ニノは盾を構え直した。
「ファビアンさん、ここは俺達でまず耐えて、アダカは温存──」
「いや、待て」
話の途中で、片手で軽々と盾を持ったエイトがアダカへと歩みを進めた。警戒してこちらも寄ろうとすると、空いた片手で心配するなという風に遮られる。
「君は触媒体質だな」
「体質とか知らない。アダカはアダカだ」
「ふむ……言い方を変えようか。魂を知覚できる能力があるんだろう?」
以前の会話で予測していたのだろう、指摘されてアダカは素直に頷く。ファビアンは珍しい素質だねえと感想を漏らした。それに頷いて同意してからエイトは続ける。
「この付近で、死者の魂が多く残存している場所は分かるか」
「分かる」
「ならそこを目指すのはどうだ。未発見の処刑場が見つかるかもしれない」
「へえー、魂を知覚する探索方法か。次回はその辺も踏まえて募集をかけようかな」
「おい……!」
ファビアンは提案に乗り気となった。話が決まりそうになり、ニノは慌てて相棒の肩を掴んだ。
「本当に平気なのか。負担とかでかいんじゃ」
「見る位なら余裕だ」
「……けど、それって。しんどいんじゃないか」
「何がだ? いつもの事だぞ」
どうってことないとばかりに返されては、反論できなかった。魂がどんな見た目をしているかニノには分からない。テナがそれに苦しんでいた事だけが、ずっと頭に残っているだけで。
かつての処刑場に残った罪人の魂。そんなの、どう考えたっていい景色ではない。辛そうにしていた少女の記憶がよぎり、不安に駆られてゆく。でも確かに、鍾乳洞での死体の残骸を前にしても、彼は平素通りだった。アダカはテナとは違う。当然だ。でも、二人を重ねているわけではないのに、気にしてしまって。渦巻く思考を、頭の上に置かれた大きな手が遮った。
「進路は決まった。ニノ、行こう」
「……っ、あ」
払いのける前に、自然な動作でそれは離れていった。かつてのように接してきた兄に反射的に従いそうになり、飛び出そうとした言葉を辛うじて飲み込む。熱気に煽られ肌をじとりと汗が伝う。滴るそれを乱雑に拭い、無言で皆の後を追いかけた。




