第12話 火山調査
獄炎山。古代王朝が興る遥か前、そこには炎竜が住むと謂われた。全てを等しく飲み干す恐ろしい灼熱の溶岩は、人にとって畏怖の対象だったのだろう。近くに集落ができ人が増えた頃、いつしか山は別の意味合いを持つようにもなった。炎竜への供物という名目の間引きや人捨て。そして罪を浄化する為、罪人の処刑場として用いられていた時代もあったという。
「火口に落とせばハイおしまい、全部焼けちゃうから後片付けが楽だっただろしうね。一時期は自殺の名所にまでなっちゃったそうだよ。現政府としては観光名所としてもっと発展させたいみたい。灼夜伝説なんて眉唾話を広げているのもその一環さ」
本格的に火山を探索する前の予備知識として、ファビアンはぺらぺらと語ってくれた。ニノにとっては変に静かな方が元家族の方へ意識を割いてしまいかねないので、雇い主が多弁なのはむしろありがたかった。
「最後の皇族がここで死んだなんて文献は今の所見つかっていないのに、噂って怖いよねー。まあ僕らが歴史的な発見できれば、政府が面白くアレンジしてくれて一層盛り上がるだろうし、資料館は研究費をゲットできる。イイこと尽くめって事さ!」
真実を発見できさえすれば、それが世間にどう広まろうと気にしない性質らしい。勿論そんな寛容な人間ばかりではなく、観光客とは明らかに異なる様相のデモカードを持った連中がたむろしていた。客寄せ以外ではあまり見かけない着物を纏っており、刺々しい雰囲気も相まってかなり浮いている。物々しいなというアダカの呟きを聞いて、ファビアンは慣れた風に肩をすくめた。
「懐古派の一行だよ。大陸の文化が根付く前のミノハナ独自の文化を護るべきってね。大陸出身の僕から言わせて貰えば、他の国と比べればミノハナの文化は残っている方だと思うよ。土着の精霊との交渉には今でも昔ながらの呪術スタイルが一般的だし、観光客向けとして独自の風習を売り出す事で、逆に知名度を増している位さ。お陰で資料館の財政も一昔前より大分良くなっている。現代向けに文化を改造されたくないって考えも分からなくはないけどね」
登山口に建てられた真新しい看板には、登山の簡単な注意点だけでなく灼夜伝説についても記されている。いかにも昔から存在していましたとアピールしているそれには、処刑場や自殺の名所の過去をほのめかす箇所は一切なかった。
「それとは別に保守派ってのもいてね、あれはあれで秘密主義で中々古い文献を提供してくれないから厄介な」
「ファビアン、君のありがたい高説を全て聞き終えるまで待っていては、山登りを始める前に日が暮れてしまう。続きは進みながらにしないか」
「おっとすまないねエイト先生。君はもう三回目だから話に飽きてきたかな」
「四回目だよ」
黙っているうちにどんどん流れていく言葉の羅列を、エイトが片手を挙げて遮った。今までもこうやって求人をかけて火山調査を行ってきたのだろう。ニノやアダカと比べて用心棒とより気安く接しているのは、共有した時間の長さも関係しているらしい。
「じゃあ早速進もうか。皆、暫くの間一緒に頑張ろう!」
朗らかな声に先導されニノ達は山へ足を踏み入れる。『政府の歴史軽視を許すな』と書かれたプラカードの横を通り過ぎる間際、ふと山向こうから不安を誘うような鴉の鳴き声が聞こえた気がした。
※※※
獄炎山の登山ルートは、全体のほんの一部に過ぎない。一般客立入禁止と書かれた柵を越えて数時間後、探索チームの雰囲気は平穏な散策の空気から一変していた。
「おっとあれは火衣鼠かな。対処よろしくー」
「了解です!」
雇い主に愛想よく返事し、ニノは銃を構える。灰に炎が宿ったような鮮やかな毛皮の鼠は、やはり火山特有の生物だ。わざと標準を逸らして胴体すれすれの場所を狙い撃つと、着地地点で水の玉が飛び散る。水に弱い火衣鼠は、慌てた様子で岩陰へと逃げていった。水分をまき散らす特殊弾の残りを確認していると、ファビアンが助かるなあと笑顔で称賛してくれた。
「ニノ先生の弾のお陰で、スムーズに獣を追い払えるよ」
「ふふん、トレジャーハンターとして準備を念入りに行うのは当然です」
「頼もしいね。そうだ、弾丸は必要経費として後で多少補填させてもらうよ」
「ありがとうございます!!!!!」
撃つ度に弾の値段を考えずに済むなんて、何と気楽な事だろう。感謝して頭を下げ、笑顔をすっと真顔へ戻した。雇い主の後ろから、エイトが近付いてきたからだ。
「銃の腕も相変わらずだな。お前がいるなら今回は俺も大分楽が出来そうだ」
「……それはどーも」
昔の話を持ち出して、わざとこちらの神経を逆撫でしようとしているのか。エイトは事あるごとに話しかけてきた。どうにか平静を保ちつつ棒読み気味に返答をするも、なおも絡んでくる。
「ああでも、以前より構え方に少し癖がついている。それから」
「やかましい」
言葉を遮るべく、小柄な足がエイトの向こうずねを蹴っ飛ばす。大して痛くも無かったのか微動だにしない男を睨みつけ、アダカはニノの前で仁王立ちをした。
「いちいち絡むな。ニノは、ええと……ないーぶででりけーとな反抗期真っ最中だ」
「おい誰が反抗期だ」
「思春期の間違いだったか」
「どっちも違うわ馬鹿野郎!」
アダカなりに間に入って庇おうとしてくれているのだろう。追い打ちをかけられているような気がしなくもないが。とはいえ、客観的にも絡みすぎという印象だったのだろう。ファビアンもニノの味方になってくれた。
「エイト先生、つい家族に苛々しちゃう時期ってやつだよ。こういう時は構うのを控えて距離を置いてあげないと」
「それもそうだな。すまない、久々に会えた嬉しさで浮かれ過ぎた」
「……いえ別に」
素直に謝罪され、さっと視線を逸らす。これでは本当に反抗期のようではないかと忌々しく思うも感情に嘘はつけなかった。雇い主にまで気遣われては情けない、とどうにか気持ちを切り替えようとする。先へ進めば進む程、雑念を抱えている余裕がなくなるだろうから。
「事前に伝えた通り、今日は観測所まで向かうよ。そこを拠点として、本格的な調査は明日以降に行う予定さ。竜の祠とか何かしらの人工物を発見出来たら大成功なんだけどなー、今度こそ何か見つけたいなー!」
こんな火山の奥に祠なんてあるものなのか。そう尋ねかけて、雇い主の気を害してはいけないと口をつぐむ。大体ニノだって、何かお宝が眠っていないかと期待しているので。アダカの方も、雇い主に同意するように頷いていた。
「ここには炎竜さまがいるからな。崇め奉る場所があってもおかしくないぞ」
「本当に竜が住んでいるのか?」
「みんながそう思っているから、ここにはいる」
ニノの問いにアダカが答える。よく分からない理屈を補強すべく、ファビアンが続けた。眼鏡を上げる様は、心なしか楽しそうだ。
「精霊の中には、人間の意識や想像、信仰心等を核にして生まれ落ちるものもある。卵が先か鶏が先かってやつかなー。ここでかつて多くの人間が亡くなったのは事実だから、その辺も影響してそうだし。僕は魔術師じゃないし分野が違うから、魂云々の文献にはあまり目を通した事が無いから詳しくは分からないけれどね」
「祠がなくとも、慰霊碑の類は見つかるかもしれないな」
「そういう事!」
エイトの言葉に、ファビアンは嬉しそうに頷いた。金目の物ではなく、歴史的発見の為に危険な場所へ赴く。動機は違えど、トレジャーハンターに近いものを感じさせる。キラキラと瞳を輝かせ発見物の期待に胸を躍らせているファビアンは、とても眩しく映った。どうしてか、自分よりもずっと。




