第16部 黄昏の帳と、魔女の小さな震え
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「そろそろ……日が落ちてきたな」
僕がそう呟くと、辺りは急激にオレンジ色から深い藍色へと飲み込まれ始めていた。村長が言っていた通り、この辺りは木々が深く、一度日が陰るとあっという間に視界が悪くなる。
「ふ、ふん……! ようやく『常闇の支配』が始まる時間か。私の魔力は、夜にこそ真の輝きを放つのだ!」
ゆいは杖を掲げて強がってみせるが、その声は少しだけ上ずっている。
風が木々を揺らし、「ザザッ……」と不気味な音が響くたびに、彼女の肩が小さく跳ねるのを僕は見逃さなかった。
「よし、今日はこの辺りで野宿にしよう。開けた場所があるし、薪も集めやすそうだ」
僕はリュックを下ろし、手際よく火を起こす準備を始めた。石臼を持ち上げるパワーも、こんな時には火を熾すための力加減に役立つ。
「タ、タケ! 貴様、そっちの暗がりに『深淵の魔獣』の気配を感じないか!? いま、あそこの茂みが動いたぞ!」
「ただの風だよ。ほら、ゆい。暗くて危ないから、あんまり離れないで火の番をしててくれ」
「……っ! そ、そこまで言うなら、守ってやらんこともない!」
ゆいは、待ってましたと言わんばかりに、僕のすぐ隣にぴたりと座り込んだ。
やがてパチパチと乾いた音を立てて火が灯ると、ゆいは少しだけホッとしたように、焚き火の熱に手をかざした。
「……なぁ、ゆい。おばちゃんに教わった魔法、試してみるか?」
僕は、彼女が心を動かされた『夜見草のささやき』のことを思い出した。
ゆいはハッとしたように僕を見つめ、それから恥ずかしそうに視線を落とした。
「……あれは、おば……『賢者』にしか使えない高等魔導だ。私のような破壊の専門家には……」
「そんなことないよ。ゆいなら、きっとできる。俺、見てたいんだ。ゆいが作る、綺麗な魔法」
ゆいは唇を噛み、しばらく黙っていたが、やがておもむろに立ち上がると、夜空に向けて杖を構えた。
昼間の爆発魔法のような激しい詠唱ではない。彼女は静かに目を閉じ、僕の隣にいるという安心感を噛み締めるように、そっと呟いた。
「……静寂を愛する星々よ。刹那の光を、我らの道標に……」
すると、焚き火の火の粉が舞い上がるのと同時に、僕たちの周囲に淡い、藤色の光の粒がふわりと浮かび上がった。
「わぁ……」
「……できた。本当に、できたぞ、タケ!」
ゆいは、眼帯をしていない方の目を輝かせ、子供のように笑った。
暗い森の中、たった数メートルだけの小さな光。でも、それはどんな爆発よりも、僕たちの心を温かく照らしていた。
ゆいは、光の粒に手を伸ばしながら、不意に僕の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……タケ。今日だけは、この『結界』の近くにいろ。……離れたら、爆破するからな」
その言葉は、爆発の脅しというより、消え入りそうな「そばにいて」というお願いに聞こえた。
「ああ、離れないよ。約束だ」
焚き火の爆ぜる音と、静かな魔法の光。
僕たちの初めての夜は、ゆっくりと、穏やかに更けていった。
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