表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
束縛彼氏の俺を捨てた元カノに復讐するはずが、友人たちに「自業自得だ」と塩対応された件  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第三話 浮気現場に突撃したら「やっと解放される」って泣かれたんだが? え、どういうこと?

あの夜、玲央に電話を横取りされて以来、俺の世界は少しずつ、しかし確実に軋みを立て始めていた。


電話口で玲央に「気分が悪い」とまで言われた屈辱。そして、その電話を切った後の美雨の態度。俺が鬼のような形相で電話をかけ直しても、彼女は一度も出なかった。LINEを送っても、返ってくるのは『もうすぐ帰るから』という素っ気ない定型文だけ。


深夜、帰宅した美雨に電話で問い詰めても、彼女は「疲れてるから」の一点張りで、俺の怒りを暖簾に腕押しといった様子で受け流すだけだった。以前のように泣いて謝罪することも、怯えた声を出すこともない。まるで、厚い氷の壁に覆われてしまったかのようだった。


何かがおかしい。

俺の完璧だったはずの美雨が、俺の知らないところで、何者かに変えられてしまった。その元凶が天羽玲央であることは、火を見るより明らかだった。


疑念は、一度芽生えると、毒草のように心を蝕んでいく。

美雨の行動すべてが怪しく見えた。スマホを触っているだけで、玲央と連絡を取り合っているのではないかと疑い、講義で少し帰りが遅くなっただけで、どこかで密会しているのではないかと邪推した。


俺の束縛は、以前にも増して執拗なものになっていった。美雨のスマホにGPS追跡アプリを半ば強制的にインストールさせ、彼女の行動を24時間監視するようになった。彼女がどこで、誰と、何をしているのか。そのすべてを把握しなければ、俺は安心できなかった。


「奏、これ、異常だよ……」


ある日、美雨が力ない声で訴えてきた。


「異常? 何がだ。愛する恋人がどこにいるか知りたいと思うのは、当然の感情だろう」


「でも、これは監視じゃない。私、奏の奴隷じゃないんだよ」


「なんだと?」


俺が睨みつけると、美雨は怯むことなく、まっすぐに俺を見返してきた。その瞳には、かつての怯えの色はなかった。代わりに宿っていたのは、冷たい諦観と、確固たる意志の色だった。


「俺に逆らうのか? あの男に唆されたのか?」


「……もう、疲れたの」


美雨はそう呟くと、それ以上何も言わずに部屋を出て行ってしまった。追いかけようとしたが、なぜか足が動かなかった。彼女のあの目に、俺は初めて、本能的な恐怖を感じていた。


俺たちの関係を繋ぎとめていたはずの鎖が、錆びついて、今にも切れそうになっている。その焦りが、俺をさらなる凶行へと駆り立てた。


その日の深夜、俺はついに禁断の果実に手を出した。

美雨が眠っている隙を見計らい、彼女の部屋に忍び込み、枕元で充電されていたスマホを盗み出したのだ。指紋認証は彼女が眠っている間に解除した。パスコードは俺の誕生日に設定されていることを、俺は知っている。


震える指でLINEのアプリを開く。トーク履歴をスクロールしていくと、俺の心臓は凍りついた。


『天羽玲央』


その名前が、トークリストの上位に固定されていた。恐る恐るその画面をタップする。そこには、俺の知らない美雨がいた。


『玲央先輩、今日もありがとう。先輩と話してると、すごく元気が出る』

『俺もだよ、美雨ちゃん。美雨ちゃんの笑顔が見れるなら、いくらでも話聞くって』

『奏とのこと、もう限界かも……。玲央先輩みたいに、優しくされたいな』

『俺じゃダメかな。彼氏にするの』

『……考えても、いいですか?』


スクロールする指が止まらない。そこには、俺への不満、玲央への思慕、そして、二人の関係が徐々に深まっていく生々しい記録が、克明に記されていた。


そして、俺は決定的なメッセージを見つけてしまった。


『明日の放課後、俺の部屋に来ない? 誰にも邪魔されないところで、ゆっくり話そう』


玲央からの誘いのメッセージ。そして、それに対する美雨の返信。


『はい。行きます』


頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。

裏切り。紛れもない、裏切りだ。俺が全身全霊で愛を注いできた彼女が、俺を裏切り、あの不誠実な男と体を重ねようとしている。


許せない。許せるはずがない。

この裏切り者たちには、相応の罰を与えなければならない。社会的に、精神的に、再起不能になるまで叩きのめしてやる。


俺は美雨のスマホを元の場所に戻すと、静かに部屋を後にした。復讐の計画が、頭の中で渦を巻いていた。


翌日の放課後。

俺はGPSアプリで、美雨の位置情報が玲央のアパートで停止したのを確認すると、タクシーを拾い、その住所へと向かった。震える手でスマホを握りしめながら、頭の中ではこれから繰り広げられるであろう修羅場のシミュレーションを繰り返す。


ドアを蹴破り、抱き合っているであろう二人を引き剥がし、玲央を殴りつける。そして、泣きながら許しを乞う美雨を罵倒し、その不貞を友人や大学中に言いふらしてやる。二人がこの街で、二度と顔を上げて歩けないようにしてやるのだ。


目的のアパートに着くと、俺はインターホンも鳴らさずに、乱暴にドアノブを回した。鍵がかかっている。当たり前だ。密会しているのだから。


「開けろ! 美雨! そこにいるのはわかってるんだぞ!」


ドアを叩きつけながら怒鳴る。数秒の沈黙の後、ガチャリと鍵が開く音がした。


「やっぱり来たんだ、奏」


ドアを開けたのは、玲央だった。Tシャツにスウェットというラフな格好で、少しも悪びれる様子もなく、俺を冷静に見下ろしている。その背後には、部屋着姿の美雨が立っていた。髪は少し乱れ、頬は上気しているように見える。最悪の想像が、現実のものとなったことを悟った。


「てめぇ……! 俺の美雨に何しやがった!」


俺は怒りに任せて玲央に掴みかかろうとした。だが、その腕は、意外な人物によって制された。


「やめて、奏」


美雨だった。彼女は俺と玲央の間に割って入ると、俺の腕を掴み、まっすぐに俺の目を見つめてきた。


「私が、望んだことだから」


「……は?」


何を言っているんだ、こいつは。騙されているんだ。この男に、いいように言いくるめられて、無理やり……。


「騙されるな、美雨! こいつはお前を弄んでいるだけだ! 目を覚ませ!」


「騙されてなんかない。私は、自分の意志でここに来たの」


美雨の言葉は、驚くほどはっきりとしていた。


「奏、あなたとの関係は、もう終わり。別れてください」


別れる? 終わり? なぜ? 俺はこんなにもお前を愛しているのに。お前を守るために、すべてを捧げてきたのに。


「ふざけるな! 俺がお前をどれだけ愛してるか、わかってるのか!?」


「愛してる……? あなたのそれは、愛じゃない。ただの支配欲と独占欲だよ」


美雨の声は、氷のように冷たかった。


「毎朝のモーニングコールも、服装のチェックも、GPSでの監視も……全部、息が詰まりそうだった。あなたの言う『愛』は、私にとっては息苦しい檻でしかなかったの」


「違う! 俺は、お前を守りたかっただけで……!」


「守る? 誰から? あなたが作った、架空の敵から? 私が他の誰かと楽しそうに話すだけで、あなたは鬼の形相で私を責め立てた。私が笑顔でいることを、あなたは許してくれなかったじゃない!」


美雨の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。だが、それは俺が今まで見てきた、怯えや謝罪の涙ではなかった。


「玲央先輩は、違った。彼は、私が笑っていると、一緒に笑ってくれた。私が辛い時は、無理に聞き出そうとしないで、ただ隣にいてくれた。私が私でいることを、肯定してくれたの」


玲央が、そっと美雨の肩に手を置いた。美雨は、その手に寄り添うように、身を寄せた。俺の目の前で、俺の知らない二人の世界が完成していく。


「だから、私は玲央先輩を選んだの。自分の意志で」


「……っ!」


言葉が出なかった。俺が信じてきた愛。俺が築き上げてきた完璧な世界。そのすべてが、音を立てて崩れ落ちていく。


俺は、彼女を愛していたんじゃない。自分の理想の恋人という偶像を、彼女に押し付けていただけだったのか。彼女の苦しみに、絶望に、まったく気づかずに。


「やっと……これで、解放される……」


美雨は、泣きながら、そう言った。

その顔は、悲しんでいるようで、でも、どこか安堵しているようにも見えた。まるで、長年の重荷から、ようやく解き放たれたかのように。


浮気現場に乗り込み、裏切り者を断罪するはずだった。泣いて許しを乞う二人を、高みから見下ろすはずだった。


だが、現実はどうだ。

俺は、ただ一人、呆然と立ち尽くしているだけ。

彼女にとって、俺との別れは悲劇ではなく、解放だった。俺という存在そのものが、彼女を苦しめる呪いだったのだ。


俺の信じていた正義が、愛が、根底から覆された瞬間だった。

復讐の炎は、行き場を失い、代わりに冷たい絶望が、俺の心を支配していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ