番外編~刻の賢者とシロウサギ・4
日々ズタボロにされ、文字を読まされ理解するまで何度も尋ねられ、考えさせられた。契約者の素質に影響されるらしく、俺でも解るほど、この世界に関してわからないものはほぼなくなった…気がした。
強さも桁違いで、兎に使っていて気付いたけど、魔力も前に比べたらほぼ無尽蔵。
前は魔法の影響で立っていられなかったものが、平然と立つ所かたて続けに魔法が使えるようになった。
だが、この世界には、俺と兎もどきだけ。
俺は、あの小さな――殺せそうで殺せない少女を主だなんて思えない。
俺の魔力から産まれたらしいアレは、日々賛辞の言葉を送っている。俺と同一だなんて思えない行動パターンと言動。
ふざけてる。
「なんであんなガキに」
器用に野菜を千切っている兎の隣で、俺は鍋をかき混ぜながらぼやく。
《お前も素直じゃないなー。主様程賢く、強く、そして悲しい存在はいないというのに。まぁ、それはさておき…主様をガキ呼ばわりは許さん。次はサイノカワラの刑だからな》
サイノカワラの刑ってなんだよ。
《石をある一定の高さまで積み上げるまで続く刑だ。当然、俺が壊しに行くがな》
やっぱり、この兎は性格が悪い。
ここ数日で嫌という程わかった俺は、これ以上は言わずに黙っておく。
とはいっても、この兎には俺の思考が読めるらしく、口にだして言わなくても遠慮なく鉄拳が飛んでくる。
「・・・・・今の」
俺と兎が並ぶ場所から少し離れた所に、何かが降りた。
何か、といっても今の俺が間違えるはずがない。
あの、少女の気配。
あの兎の言葉を借りるなら、主という所か。
俺は絶対に認めないけどな。
例え、人を凌駕する人外の力を持った存在だといっても。
俺は、認めない。
《お前は相変わらず素直じゃない》
隣で、兎が余計な事を言う。
《お前が、その力を破棄しないという事が、既に答えだ》
相変わらず意味不明な事を言う兎だ。
やっぱり今ここで殺……
その言葉を、最後まで思う事すら許されなかった。
脳に響く衝撃。
クラッと脳天が揺れ、平衡感覚が失われる。
《鍋をかき混ぜる手を休めるな。主様に食べてもらうんだからな》
「だったら人を殴るなッッ!!!」
俺はなんとか足を踏ん張り、鍋をかき混ぜ続ける。
ここで手を離そうものなら、兎が俺に対して腹のたつ事を平気で言うのはわかりきった事実。
それを、態々聞きたいとは思わない。
「あ、やっぱり仲良くなったね」
真っ白の日傘をくるくると回しながら、軽い足取り近付いてくる少女。
ここ最近、俺の世界には色が戻ってきた。
その状態で改めて少女を見ると、その色彩は鮮やかの一言だった。
銀に碧に翠。
人の美醜に興味はなかったが、少女は綺麗な部類になるんだろうか。
《当たり前だ。まったく……主様の美しさもわからんとは、その目は節穴以前だな》
俺の思考を読んでいるのか、相変わらず兎が隣で煩い。
「うん。血色が良くなった」
だが、少女は気にせずに嬉しそうに笑う。
何がそんなに嬉しいのか。俺にはよくわからない。
「魔力の馴染み方もいいみたいだね。どう? 人外になっちゃった気分は?」
「……」
人外、と平然とそれを口にする少女。
契約とやらで俺に宿った力は、相手の素質に影響される力。
今の俺が人外という事は、目の前の少女は既に人の領域にいないという事と同義。
この少女と対峙していると、俺がちっぽけなただの人間に見える。
別に、比べて安心するわけじゃない。
ただ、そう思うだけ。
「そうそう。今日の本題でね……名前どうする??」
「・・・・・」
俺が何を思っているのかまったく興味がないのか、少女は自分のペースで会話を進めていく。
しかし……名前?
俺に名前なんてない……
《鈍い奴だな。その程度の知識をまだ引っ張り出せないのか。やれやれ》
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そういや、さっき脳天を揺らされたな。
いっその事、今かき混ぜてる鍋の中身をひっくり返すか。
未だに鍋をかき混ぜ続ける程、俺の身体には鍋をかき混ぜるという動作が刻み込まれている。が、この兎が嫌がるならそれはそれで面白い。
「せこい事考えてないで、私が考えた名前でいいよね?」
………揃いも揃って、人の心を読むのが日常かこいつ等は。
しかも、今疑問系で終わらせたが、コイツの言い方は決定事項だっただろう。
これでナイフを取り出さなかった俺は、自分でも思うが随分と丸くなった。
寧ろ、こいつ等が人の心を当たり前のように読むように、俺の染み付いた動作は殺す事だ。
それなのに、今の俺は少女の言葉をただ黙って聞いていた。
信じられない。
「貴方の魔力で作った存在がシロウサギちゃんだったから、貴方は白兎ね。可愛いでしょ」
………俺が、この兎もどきと同じ名前だと?
やっぱ、当初の目的通り俺の命が尽きるまで殺しつくすか。
「貴方の魔力は白色だった。綺麗な、真っ白。名前の響きも綺麗でしょ?」
「・・・・・」
「私は好きな響き」
「・・・・・」
「あぁ…でも」
「・・・・・」
「怖かったら、契約解除してもいいよ。そういう制約はつけていないから、貴方次第で契約は解除出来るよ」
少女の、突然の言葉。
それでも少女は笑ってる。
笑顔の種類は、いつも同じ。
「お前は……俺以上に無表情なんだな」
俺の口から、そんな言葉が飛び出た。
無意識に、紡いでた。
少女の変わらない笑顔。
何を話しても変わらない。
いつも、同じ表情。
何故今、俺はこんな事に気づいたんだろうか……
相変わらず、意味がわからない。