四面楚歌のその後は
昔々、とある国に世界で一番美しいと称される貴族の娘がおりました。
日々送られてくる贈り物の数々。
余りの膨大な量に、娘は眉間に皺を寄せたまま徐に花束を手に取り、それを使用人へと手渡すと。
「乾燥させてポプリにして、詰めて売りましょう」
寄付先は孤児院ね。
と、娘は容赦なく贈り物を形を変えて売っぱらっていきました。
そのサッパリとした行動と言動に惚れた殿下が、野薔薇を摘んでプロポーズをしに行った時、娘の容姿に驚きました。
「こんな顔をしていたんですね」
「・・・顔も知らずにプロポーズですか?」
「はい。俺は貴方の顔以外に惚れこんだからきたのです」
「何気に失礼な・・・・・うん。でも面白いですね」
そうして、娘と殿下の交際が始まりました。
ある日、殿下の側近中の側近である宰相候補の青年と会う機会がありました。
その青年は娘を見ると一言、
「性格が悪そうな顔だな」
と、これまた失礼な事を平気で口にしたのです。
「貴方だけには言われたくないと思います」
だがしかし、決して娘は負けていませんでした。
宰相に間髪いれずに言い返すと、世界で一番美しいと称された笑みを浮かべ、
「腹黒のむっつりっぽい顔ね。近づかないで。それだけで妊娠しちゃいそう」
青年だけに聞こえる声ではっきりと言い放ちました。
それが、宰相と娘の出会いでした。
遠い昔の記憶に触れながら、私は考えてた。
意味がわからないと。
だって、こんな出会いでどうして私を探し出してみせる、なんて死んじゃう時に言うのかな?ってね。相変わらず意味不明な宰相だよね~。
まぁ、常にあんな感じだったんだけどさ。
昔の記憶を呼び覚ましてると、背筋が寒くなる事なんてこれっぽちもないって事に気付いた私は、伏せていた顔を上げようとした。
が、兄様に止められる。
それで気付いたけど、シーファなんとかが私の顔を見ようとしてたのね。
見せる気がまったくない兄様と、見たいシーファなんとか。
取り合えず兄様の思う通り、上げようとした顔をもう一度兄様の胸へと埋めた。
「顔ぐらい見せろ」
「寝言は寝てから言ってよ」
シーファ――面倒だからこれから略ね――に応対したのは兄様。
兄様が私の顔を男に見せるわけがないのにね。とは思ったけど、そこまで親切じゃない私は取り合えず事の成り行きを見守っておく。
静かな声で言葉の応酬があった、というよりやり続けているけど・・・飽きるよね。段々と喉も渇いてきたし。
顔を上げないまま兄様に下ろしてもらい、そのまま背へと隠れる。この辺りは以心伝心になってきた感じ?
態々言葉にしなくても兄様はわかってくれる。その分、こっちも兄様の思考を読まなきゃダメだけど。
「その娘の顔を見せろ!」
「イヤだって言ってるだろ? いい加減その少ない脳みそに刻み込んでよ。面倒くさい」
「俺を馬鹿にするな! 王子だぞ!」
「二言目には王子王子って、それしか能がないの?
個人の実力で相手と論議を交わせないなんて可哀想に」
「このっ」
「また考えなしの防壁でも張る? 木っ端微塵に砕いてあげるよ」
「シスコンがっっ!!!」
兄様の言葉に頭に血が上ったシーファ。
あぁ。やっぱりお馬鹿さん。
兄様にそれは禁句なのよ?
「シスコンの何処が悪い? 50文字以内に纏めて言ってみてよ。
家族を大事にする事を直ぐにそういう言葉で表す無能がいるけれど・・・この国の王子もそうだとは憐れだね。それとも他に本命がいるのかな?」
こうなったら止まらない。
シスコンの何処がダメなのか、というのを永遠に語り続ける。
相手を納得させるというより、相手が疲れ果てても尚且つトドメをさせるまで語るのだ。それには付き合いたくない私は影に頼み、飲み物を買ってきてもらう。
ついでに兄様の分も。
語るのに集中してて飲まないだろうけど。
散歩に行きたいけど、兄様を心配かけちゃうし。
その背で私を隠している兄様を見上げ、そんな事を思う。
すると、シーファが首にかけてあった首飾りの装飾を一つ掴むと、それを地面へと叩き付けた。
「!」
兄様の自動防御が発動されるけど、それよりも早く距離を詰め、私の腕を取り引っ張り上げる。
私も油断はしてなかったはずだけど・・・まさか捕らえられるとは予想外。
私を腕に抱えた状態じゃ、兄様はシーファに何も出来ない。
自動防御を解除すると、兄様は射殺せそうな眼差しをシーファへと向けた。
そしてブレスレットにはめ込んである宝石を何個か取りだし、それを手で弄び始める。
殺る気だ・・・間違いなく。
流石にそれは外交問題になるから、止めといた方がいいと思うのね。
ただでさえ緊張状態なのに。
何がしたいんだろ?っていう眼差しを、私を抱えてるシーファに向けてみた。
離してもらわないとね。
抱えられてる体勢も苦しいし。
すると、シーファは真っ直ぐに私を見ていたかと思うと、
「綺麗だ・・・俺と結婚を前提に付き合ってほしい」
と、これまた爆弾発言をかましてくれたのよ。
流石に、兄様の顔は見れなかったのね。
だって、怖いし。
「知らない人とはお付き合いできません。ごめんなさい。離して下さい」
兄様の方は見ないままお断り。
少しだけ私を抱きしめるシーファの腕に力が入ったけど、気付かないふりをした。
まったく離す気がないのね・・・仕方ない。
断っても離さないシーファに、私は影を使った。
いつもいつも、兄様の影に仕事をとられる私の影。
影の所為じゃないんだけどね。
そんな私の影に、久しぶりになるお願いをする。
誰にも怪我させず、私を離脱させて、と。
私の力の影響を受ける、私の影。
ある意味最強な存在。
次の瞬間、私はシーファからも兄様からも離れた場所に、影に守られるように立っていた。
ついでに、兄様の兵器である宝石も回収してもらい、私の両手で包み込む。
「兄様、穏便にしてね。お願い」
私のお願いに、兄様は複雑そうな表情を浮かべた。
殺る気だったのはわかってるんだけどね。
「わかったよ。じゃあ・・・今日は帰ろう」
唖然とした表情のまま、固まったかのように動けないシーファを一切見ずに兄様は言う。見たらきっと、魔法を発動しちゃうんだろうね。
「うん。帰る」
兄様に近づき、私の影にお願いする。
転移。
私の影だけが使える特殊魔法。
ちらり、とシーファに視線を流してみると、まだ固まったまま。
・・・・・・・・・・・・・あれ?
ひょっとして・・・
影を束ねている白兎に視線を向けてみるけど・・・逸らされた。
この時点で決定。
魔法を籠めた針を刺したね? シーファに。
動きを止める魔法だから時間が経てば大丈夫だけど。
まぁ、いっか。
兄様に抱えられたまま、影が準備した転移の陣へと入る。淡い光が私たちを包み込み、自国へと送ってくれる。
陣に入ってから目を瞬くほどの時間だろうか。
私たちの姿は掻き消えた。
その余韻さえも残さずに、影も一緒に。
一人残されたシーファは、魔法によって自由のきかない口をゆっくりと動かす。
「・・・・・やっぱり、そうだったか。お前たちも、王族だったか」
私たちは知らなかった。
シーファが、私たちの正体を感づいていた事に。
まぁ、仮に知ってても、無視したけどね。
兄様も私も。
関わり合いになりたくないし。
なかったんだけど。
これから関わる事になるなんて、私も兄様もまったく考えていなかった。