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番外編~刻の賢者とクロウサギ・4



 喋らない俺と、喋れない兎。

 あの少女の言葉に従うわけではないが、ここは何もない。今まで俺がいた場所のように、華美な調度品があるわけでもないし、屋敷で働く人間もいない。

 あるのは、小屋。そして、何処からか現れる食事と、俺と兎。

 ここに押し込まれてから日課になってしまった黒い兎を抱き上げ、俺は散歩に行く。

物心ついてから初めて散歩というものをしてみたが、何をするわけでもなく、景色を楽しむ。 

 澄んだ空気。

 俺の声を聞こうとする人間のいない空間。

 

 あぁ。

 これも悪くない。


 兎は、俺の腕の中に慣れたのか、キョロキョロと顔を動かしながら景色を楽しむ余裕まで出てきた。

 この小さな温もりに、俺も慣れたのかもしれない。


 近い。


 そう、近いだ。


 この兎は、俺と、同じもの。


 自分の事なのに、何をすればいいかわからない。

 何をやっていいのかもわからない。

 人を拒絶したいのに、拒絶の方法さえわからない。

 小さく丸まり、目を閉じているだけ。




「………」


 声を発する事を忘れたかのように、俺は食べられる草を手に取り、兎の口元へと寄せる。あのテーブルに湧き出る食事は二人分。兎と、俺の分。

 この兎は雑食らしい。大よそ兎とは無縁のものでも平気で食べてしまう。なのに、健康を害した素振りもない。

 臆病な兎は、始めのうちは俺の手から食べる事さえ拒絶していた。だが、目の前で食べたものを差し出したり、毎日口を動かすだけだが話しかけたりするうちに、段々と距離が縮まり、今はこうして目の前で食事を口へと運んでいる。

 俺が、俺以外に、自分の意思でこうして行動を起こすのは初めてだった。それだけでも新鮮なのに、俺は、兎の名を呼びたいと思い出した。

 声の出し方さえ忘れてしまったのに。

 それなのに、兎の名を呼びたい。


「………」


 ぱくぱくと口を動かし、兎に尋ねてみる。

 お前の名前はクロウサギでいいのか?と。そうすると、兎はキョトン、とただでさえ大きい瞳を瞬き、一回頷いて見せた。

 どうやら、クロウサギという名であっているらしい。あの少女の趣味なのか。外見そのままに名づけられた兎の名前。

 違和感はない。黒い兎のクロウサギ。そういえば、あの男は白兎だったな、と視線を宙へとさ迷わせた。

 黒い兎に向かって、俺は口を動かしながらあの男と白い兎について聞いてみる。兎は、考えるように首を振りながら、俺をジッと見上げてきた。

 どうやら知っているらしい。

 だが、兎は直ぐに俺から視線を逸らすと、横に置かれた皿から野菜を食べだした。答える気がないのか、答えられないのか。その判断は俺にはつかないが、男の言葉を信用するなら、俺が黒い兎と会話を出来るようになればきっと、わかるのだろう。

 そこまで考え、俺は力が抜けたように椅子に背を凭れ掛からせながら息を吐き出す。音を発しようとしても、ヒューヒューという空気が抜ける音だけが響き、肝心の音は出そうにない。

 この空間には俺と黒い兎だけだというのに、俺は声を出す事を拒絶している。

 わかっている。わかってはいるが、声を出そうとすると身体が震えてどうしようもないのだ。

 俺の意思とは無関係に拒絶する身体。ただ、今の俺にとってみたらそれすら嬉しいのかもしれない。生まれてから拒絶する意思もなかった俺の心は、死んでいた。

 諦めて諦めて、俺は自分を殺した。

 その俺が、自身の意思で拒絶する。それはやはり嬉しいのだと思えば、そっぽを向いていた黒い兎が、水晶のような丸い瞳に俺を写す。

 ジィと見つめられ、絡まる視線。

 俺も兎も話さない。

 それでも、穏やかな時間が流れ、自然と唇の端が上がる。笑みを浮かべていると思えるのはおそらく、初めての事。

 だが、そんな俺と黒い兎の穏やかな時間は、招かれざる来客の手によってあっさりと壊された。


 そう。 

 変わらないモノなどない。

 当たり前の事などない。


 少し、この変わらないように見える風景に毒されていたのか、俺は眉間に皺を寄せながら招かれざる客を見下ろす。

 こうしてみると、身長は俺の方が少しだけ高い。


「見下ろすなよ。っつーか、成長期はこれからだからな」


「……」


 不満気な声を漏らす男に、そんな事は聞いていない。どうでもいい、とばかりの眼差しを向けた後、俺は視線を俺と男に交互に向けている黒い兎を抱き上げ、隠すように俺の上着の中へといれた。それに、男は面白そうに表情を笑みへとかえる。

「ふぅん。やっぱ、ココにいるとなんだかんだといって、変わるんだな。俺とシロウサギはそんな可愛い関係じゃなかったけど……うるせぇよ。テメェが可愛げがないだけだろうが」

 前半は俺に向けて。後半は、俺には見えないが、白い兎に向けてだろう。あの白い兎は、男の中にいる。

 俺とこの黒い兎が同じであるように、きっと。そんな事を考えていると、男が俺をジッと見ていた。

 深紅。濃い、深い紅。その色を宿した眼差しが、無遠慮に俺を写しこむ。

 だが、次の瞬間には、俺がまったく想像していなかった言葉を、男が迷う事無く口にした。思わず目を見張り、信じられないような言葉を聞いたとばかりの表情を浮かべれば、ソレに気付いた男がさも当然とばかりに口角を上げ、笑みを形作る。


「俺にとっての一番は姫さん。姫さんが幸せならそれでいい。その為の盾は、多い方がいいだろう?

 まぁ…アンタが姫さんを悲しませるってなら、俺はアンタを消す事を迷わないけどな」


 何処か狂気を孕んだ眼差しと声音。

 

「……わかりたくない。でも、似てる」


 男――白兎、と少女に呼ばれた男と俺は言いたくはないし自覚したくもないが、似た部分が多いんだろう。狂気を目の当たりにすればそうとしか思えない。


「あぁ。ここがイカレタからだろ? 俺も、アンタも、な」


 俺の言葉に、男はあっさりと肯定の言葉を吐き出す。やはり瞳の奥に宿るのは暗い色。

 あの少女には見せない闇の部分。


「だから、俺がマジだって事……わかるよな?」


「………」


 少女の影にならないなら消えてしまえと、男はこの場には不似合いな程穏やかな表情を浮かべ笑う。

 そんな男を見ながら、俺はただ口を固く閉ざすだけだった。




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