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番外編~刻の賢者とクロウサギ・2


 目まぐるしく変わる景色。

 近づく岩肌。

 その瞬間を思い、俺は目を閉じた。

 衝撃がくれば、俺が再び目を開ける事はないだろう。


 だが、いつまで経ってもその瞬間は訪れない。


 怪訝に思いながら目を開けて見れば、目の前には白銀。月を切り取ったかのような銀が、目の前で煌く。

 初めて見た。こんな綺麗な色を。


「お兄さん。初めまして、だね」


 ふわり、と宙に浮かぶ銀の髪を靡かせる小さな少女。

 そして、その横には不機嫌そうな男。深紅を纏った男が、右腕を前へと突き出している。

 多分…いや、絶対?

 この二人は、モノが違う。見た目も、今まで見てきた人間とは一線を駕しているが、それだけじゃないと俺の中の警鐘が鳴り響く。


「私はレイ。深紅の髪のお兄さんの名前が白兎。貴方は?」


 淡い笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を紡ぐ少女――レイ?

 少女と男の名はわかったが、俺は口を開く気にはなれず、視線を逸らそうとした瞬間……何かの力に引っ張られるように強制的に男の方に顔を向けさせられた。

 普通の人間だったら恐怖を感じるのかもしれない。

 だが、俺は死ぬ気の人間だ。



 恐怖も何も、今更だろう。



「ぅわ。可愛くない男ですねー。ね、姫さん」

「……白兎の態度も悪いよね?」

「全然。俺は姫さんに対してはこれ以上ない程温和な態度ですよ?」

「私にじゃなくてね」

 少女が、呆れたような溜息と一緒に言葉を吐き出す。男はその態度は予想内なのか、表情一つ変えずに当然とばかりに頷く。

「当たり前じゃないですか。目の前の男はまだ、俺にとっては枠外だ。なら、気に食わない事にはかわらないですよ。ちなみに、この辺りは兎と同意見だったりするわけだけど」


「…兎?」


 黙って会話を聞いていたが、気になる言葉に思わず声を発してしまう。元々音を出す気なんかなかった。

 俺の声を聞いた瞬間に顔色が変わる人間。それを、物心ついた頃から数え切れない程見てきた俺は、既に声を発する事自体が恐怖なのかもしれない。


 ふと、そんな事を思った。



「へぇ…変わった声」

「…なのはわかりますけどね。姫さんの影は俺一人でも十分ですよ?」

 だが、二人は一瞬だけ目を瞬き、俺を面白そうに見るだけ。


「何故…この声、が、効かない?」


 効いてほしいわけじゃない。が、効かなかった人間を見た事が無い。俺の疑問に、少女が考えるように視線を下へと移し、一回だけ頷く。

「声。普通の人間には辛いかもね」

「……普通?」

 少女の言う言葉には、所々何かが引っかかる。

 まるで、目の前の少女と男が、人間ではないような……人間であったとしても、普通ではないと言い切っている。

 その普通ではないという意味は、俺の声が効かないというのがそうなのだろう。

「そ…」

 少女が口を開ことした瞬間を見計らい、男が優しく口元に人差し指を当てる。表情はあくまでも笑みで、優しげなもの。ただし少女だけに見せるもの。俺に対しては探るような、面白いモノを見つけたような、様々な感情が入り混ざったような眼差しを向けている。


「俺と姫さんにアンタ程度の声が効くわけがないだろ」


 ニヤリ、という表現が相応しい笑み。口角を上げ、挑発的に見えるような笑みを浮かべ、俺だけを視界に収める。


「俺が姫さんの影をやっていなくても、アンタ程度の力だったら、衝撃波で一蹴できるね」


 影。


「……王族、か」


 再び男が口にした影という言葉で、この星の王族に伝わる話しを思い出した。王族だけが作れる、自身の魔力を加護として与えた人間以上の存在。

 それは口伝のみで伝えられるらしい。

 実際は作るのではなく、契約だという話しだが。

 だが、影という情報だけで少女の正体が見えてきた。

 男が影だというなら、少女は王族でしかない。


「正解。一般市民は知らないはずなんだけどな。結構博識?」

「…さぁな」

「どっちでもいいけどさ。飼ってた女が教わらせたって所だろ?」

「……」


 暗い。暗い色を宿した男の眼。

 少女を見る眼差しとはまったく違う――…馴染みのある色を宿す男。


 多分。俺もこういう眼差しを浮かべているはずだ。


 男と俺の視線が交差した瞬間、目の前が銀で埋め尽くされる。


「――ッ」


 距離を取ろうと足に力を込め地面を蹴ろうとしたが、肝心の蹴るものが存在しない。スカッと間抜けな音を響かせ、俺の脚が宙をさ迷う。

 自分の現状に、この現象を起こしているであろう少女に驚愕の眼差しを向けるが、少女は気にした素振りさせ見せずに崖上へと俺の身体を浮かばせた。

「まったく。そういうのは、本題が終わってからにしてほしいんだけどな?」

 先ほど聞いた少女の声よりも低めの声。何処となく不機嫌さを漂わせた少女に、男は頬を引き攣らせながら膝を付き、少女と目線の高さを合せた。

「ひーめさん。怒ったらイヤだって。ね、機嫌直してくださいよ」

 男の意識から完全に俺という存在は消えたのか。あっさりと俺に背を向けて少女だけを見ながら話し始める。

「……」


 結局は、何なんだ?


 意味が解らずただ成り行きだけを見守る俺に、少女は燃えかけの屋敷を指差し。


「白兎。あれ……消しちゃっていいよ。あの思念は、好きじゃないから」


 あっさりと言ってのけた。

 言葉の真偽を確かめるより先に、男は少女から離れ屋敷の前へと立つと、息を1回吐き出す。

 そして…。


 俺の予想を超えた光景が広がっていた。


 男が口を開けたと同時に、辺り一帯に響き渡る風の音。男から放たれたであろう衝撃波は、燃えさかる屋敷を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばし、崖の上の屋敷は影も形すらもなくなっていた。俺の声とは違う、直接的な破壊の力。

 俺が欲しがっていた力を目の前に、無意識に拳を握り締めていた。

 

「ははっ。俺と同類かと思ったら、やっぱそうか。俺の場合は壊しきる前に、姫さんに出会ったけどな」


 握り拳を見ながら、男が遠慮なく笑う。その光景に、腹の奥から何かが這い出てくるが、ソレが何、なんて俺には解らない。

 一つ言える事といえば、この男と俺の性格は合わないのだろう。


 この時心底思った考えが数分後にひっくり返される等とは思わず、今の俺は気に食わなさそうにただ、男を見ているだけだった。





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