番外編~刻の賢者とクロウサギ・1
黒兎との出会い編です。
暗いです。
話しの流れで人が死にますので、そういうのが嫌いな方は注意して下さい。
自分が異端だと気付いたのは、早かったと思う。
生まれて直ぐにあげた産声。
その時点で既に、それは効果を発揮していたのだから。
両親は、居た。
普通の。何処にでも居そうな親だった。
だが、俺の異端に惚れ込んだ女に殺され、俺は連れ去られ飼われた。
女の柔らかな肢体が俺に絡みつくように、俺を徐々に侵食していく。
女の望むように声を発し、愛の言葉を囁いた。
せめてもの救いは、愛の言葉だけで満足してくれたという事だろうか。
そしてその女も殺された。
俺の声は特異らしく、一種の麻薬のようなものらしい。のめり込んで、のめり込み過ぎて、俺無しじゃ生きられなくなるか、俺を欲した誰かに殺される。
自我が目覚め始めた頃には既に女に飼われていた俺は、胸に渦巻く感情の正体に気づかず、ただ、諦めたような生を過ごしていた。
それなのに、俺の頭には死ぬという選択も、逃げ出すという選択もなかった。既にそれが当たり前になっていた俺は、言われるがままに過ごすだけ。
望むだけ言葉を囁き、一般的にはご主人と呼ばれる存在が殺されるのを見るだけ。
自我というものがあるのかないのかすら、分からない。
「アイシテル」
男にも女にも、俺を飼う存在には愛を囁く。
こんな言葉の羅列の何処に常習性があるかなんてわからず、望まれるがままに寄り添う。
気持ち悪いな。
ある日、ふとそんな感情が過ぎった。
ひょっとしたら、これが自我というものかもしれない。
けれどどうして気持ち悪いなんて思うか分からずに、俺は自分よりも一回りも二回りも年が上であろう女に手を伸ばす。
この女は、俺が腕を伸ばし、その身体を絡めるように抱きしめるのが好きらしい。満足そうに歪んだ笑顔を浮かべ、俺へと口付ける。
この行動に意味があるのかどうなのか。
俺には、意味なんて何もない。
いっその事、壊せるだけの力があったら良かったのに。
そうすればきっと、全てを壊してた。
この気持ち悪い世界の全てをさら地に変えて、俺は声を発する事なく死んだのに。
ある日女に言ってみた。
「俺と一緒に死ぬか?」
心中というものになるらしいが、一緒に死んだ所でこの女と俺は何一つ繋がっていない。
すると、女は驚いたように目を見開き、身体を震えさせながら小さく首を横へと振り始める。
次第に動きは止まり、女は俺の胸に手を当て優しく押して身体を離すと、そのまま駆け出し窓の外へと消える。
この屋敷は崖の上へと建っている。俺を奪われない為の特別仕様と女が言っていた。
窓の外は崖。
どうやら、女は一人で死ぬ事を選んだらしい。
その後も何度か試してみたが、誰も俺を殺せずに一人で死ぬ事を選んだ。
どうやら、俺を殺す事は出来ないらしい。
どうりで、誰も俺に傷をつけなかったわけだ。
その理由が分かり、また何とも言い難い感情が浮かび上がる。
「そうか…自分でか」
燃える屋敷を見ながら、俺は溜息混じりに言葉を落とした。
俺を奪いにきた女と、俺を奪われまいとした女が二人仲良く、屋敷の中で眠りについた。
二人がお互いを刺した後、縺れるように倒れ近くのテーブルへと頭をぶつけた。咄嗟に手を伸ばしたのはどちらだったのか。
テーブルクロスを掴み、虚ろな眼差しを俺へと向けてくる女。
燭台が倒れ、部屋へと火が広がる。
何故か、俺を奪いにきた女の衣服に火が移った瞬間、今までにない燃え上がり方を見せた。
何かを仕込んでいたのかもしれないが、女が死んだ今ではわからない。
「……崖から落ちれば、死ねるのか?」
普通の人間ならば死ぬ。
俺の特異な体質は、声だけなのだろうか。
疑問はあるが、俺はそのまま崖の淵へと立ち、下を見つめる。
俺を飼いたがる人間は本当に、崖の上に聳え立つ様な屋敷が好きらしい。
手間が省けていいが。
「朽ちれば、いい」
もう、他人の血の赤を見るのはごめんだと思う。
俺が最後であれば、いい。
タンッと地面を蹴り、俺は迷わずに崖下へと飛び降りる。
めまぐるしく変わる景色。
走馬灯は、両親の涙だった。
あぁ……心配を、かけたのか。
心残りだったのか。
呼び起こされた記憶に、俺は顔を顰める。
殺され、俺を奪われ、きっと無念だった。
その俺も、こうして自分の死を願う。
父は、母は死に際に何を思ったのだろうか。
迫り来る岩肌を前に、何故かそんな事を思っていた。
死に際の思考としては悪くはない。
人間の温かさを、思い出したから…。