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ツナガルモノ・3



 久しぶり、というわけではない時間。

 永遠に等しい時間を生きる私にとってみたら、瞬き程度の時間なのかもしれない。でも、兄様も影達も私とこんなに長い時間離れるのは初めての事。しかも、一切の連絡を絶つ徹底ぶり。

 私としては距離をとってへこんでへこんで、へこみまくってグダグダと考えて。そしたら意外とあっさり浮上したという経緯なんだけど。

 それを知らない兄様たちは、神妙な面持ちで私が来るであろう部屋で待っている。ソファーに深く身を沈め俯いていたり、壁に凭れ掛かりながら腕を組み、天井を見上げている姿とか。

 これだけで、離れていた間の葛藤が見えてはくるんだけど…。


 すぅ、はぁ、と軽く呼吸を整える。

 私が本気で隠れた場合、誰にも気付かれないという事ははっきりしているんだけどね。今も空間一つ隔てた場所に立ちながら、出るタイミングを見計らいつつ緊張を解す為に深呼吸を繰り返す。

 この神妙な表情を浮かべた面々を前に、何て言って出ればいいんだろう。


 本気で悩む私の背を、何かが押した。


「――ッ!?」


 ふらり、と崩れた体勢。

 目の前に迫るのは、何故か亀裂が出来た時空の壁。時空の壁といってもただ単に、気付かれないようにポケットを作っただけのようなもの。つまり、切れ目を作れば簡単に部屋に出れちゃうわけなんだけど。


「ピーコックッ」



 体勢が崩れた中、身を捩るように押した何かを確認する。ズボン、と間抜けな音をたてて綺麗に頭から飛び込んでいくんだけど、その瞬間見えたのは口角を上げたピーコックの姿。

 やられた、というか。もう少し心の準備をさせてよ、と怒るべきか。

 答えを出すより先に、私の体は亀裂に飲み込まれ、兄様たちがいる部屋の中心にボテリ、という間抜けな音を響かせて落ちた。

 そう、落ちたの。

 私と会ったら何て言おうか、なんて悩んでいたであろう兄様が口を開け、驚いたように目を見開く。それは兄様だけじゃなくて、私の影たちも同じだったらしく、妙な沈黙が流れる。

 言おうと思っていた事が全て抜け落ちたといわんばかりの間抜け面。背中を押したであろう存在を確認する為に身を捩った私も、受身はとれずに顔面から絨毯へと突っ込んだのも原因かもしれない。

 正直に言って、顔が痛い。

 柔らかでふわふわの絨毯だったし、距離があるわけでもなかったから怪我を負ったわけじゃないけど。

 ちょっと赤くなってるかも、なんて右頬を右手の平で触ってみたら、微かな痛みが頬に走る。



「レイッ!?」

 痛みで顔を歪めた私に、兄様が駆け寄りながら右手を優しく掴み、頬から離すと同時に頬を確認する。顔を打った私以上に、兄様が顔を歪めながら私を見るんだけどね。何か…兄様の方が痛々しい感じがする。

「あぁあああ赤くなって。冷やすものを持ってきて!」

 すっかり取り乱した兄様が、自分の影に頼んだのは冷やすもの。つまり、桶とタオルなんだろうけど。

「大丈夫だよ?」

「大丈夫じゃないよッ。こんなに腫れて…」

 寧ろ、兄様が泣いてしまいそう。

 この程度の怪我っていうか、怪我未満っていうか、痛いけれども慣れてないわけじゃないのに。

 言葉に出す事はしなかったけど、兄様はわかったのか、やっぱり痛そうな辛そうな表情を浮かべる。んー…こんな表情をさせたいわけじゃなくて、会って話して色々と決着をつけたかっただけなんだけど。


「姫さん。治療魔法かけますよー」

 そして、慌てる兄様と私の上から白兎が覗き込むように私の頬を確認しながら手を翳す。

 あぁ、そっか。魔法があったよね。私も、兄様も混乱してたのか魔法を思いつかなかった。

「とりあえずそのまま冷やしといて下さい。その上からかけるんで」

 兄様とは対照的に、淡々としている白兎。でも、瞳の奥に宿るのは苛立ちかな?

「……姫さん。俺、姫さんが怪我するのは嫌い。へこむのも嫌い。落ち込むのも傷つくのも嫌い。じゃ、この状況は?」

「その苛立ち…ね」

 今更なのね。

 最近、前よりも甘やかされているような気がするんだけど、それはきっと気のせいじゃないと思うのね。兄様や白兎たちには言わないけど。ピーコックが背中を押したって事は。言ったら最後、ピーコックの気遣いだって言っても闇討ちじゃなくて堂々といきそうだからね。

 実力行使気味だったけど、私を落ち着かない気持ちにさせていた顔合わせの瞬間。このおかげで、気まずさも何も感じないまま顔合わせが済んだ。私だけじゃないだろうけど。

「色々と考えてた割りに、あっさり元の感じに戻ったけどね。姫さんはどうしたい?」

 癒しの魔法を右手に宿し、私の頬に当てていた白兎がやっぱり淡々と言葉を紡ぐ。私次第で、答えは言わずに元の状態に戻れるって事。

「ううん。沢山悩ませただろうし。折角だから聞きたいな」

 首を振り、私は部屋をぐるりと見回しながら決めていた言葉を口にする。

「了解」

 白兎の苦笑い。

 久しぶりに見た気がするけど、気のせいじゃないんだよね。

 兄様が俯いてるのが気になるんだけど、私が兄様に伸ばした手を遮るように黒が目の前に立ちふさがる。

「黒兎……」

 つまり兄様は後で、という事なのかな。

「姫様。ソファーに座って。沢山、作った」

「新作のお菓子を作ったから、沢山食べてください」

 すかさず、白兎が言葉を付け足す。既に癖になっているのかもしれない。

「ありがとう」

 項垂れている兄様を横目で確認してたんだけど、黒兎に抱き上げられて強制的に兄様が見えない位置のソファーへとおろされる。私がいない間に何があったんだろうって思うんだけど、聞いた所で答えないんだろうなぁって思う。

 音をたてないように、いつものように黒兎がホールケーキを机の上に所狭しと並べ、その合間を縫うように白兎がカップを置いていく。

 ものすごく気合が入っているであろうケーキの数々。

 兄様から私が来る時を聞いてただろうから、それに合せて作ったんだろうけど。

「姫様」

「ん?」

 私がケーキに見惚れてたら、黒兎が膝を付き、視線を私に合せながら口を開く。

「ずっと、食べて欲しかった。姫様が食べてくれると、嬉しい」

 今日は、黒兎の口数が多い。

 ソレは気のせいじゃなくて、ただの事実。

「姫様」

「うん?」

 ジッと見つめられ、私も黒兎を見つめる。



「俺は、姫様が刻の賢者だから、生きていられる。姫様と刻の賢者は、俺にとっては同じ存在。違いがわからないけど、俺は、人ではなかったとしても、刻の賢者の姫様が大好きだ」


「……」


 あっさりと。本当にあっさりと言われた気がする黒兎の答え。これには流石に白兎の動きが止まって、隠れていたはずの黄兎と緑兎が驚いたような表情を浮かべて、姿を現してた。

 

「ちょっと黒兎!?」


「それはないだろ!?」


 あ。久しぶりに聞いた二人の慌てる声。

 白兎や黒兎とは別の意味でまったく動じない二人だから、実はこういう声をあげるのは珍しかったりする。

「…まぁ、黒兎はこんなもんだよな」

 私の斜め前に立っていた白兎が、妙に達観したような声音を漏らすんだけど、その表情に浮かんでいるのは苦笑。でも、何処か楽しげな印象も受けたりする。


「言うって決めた。だから言った」

「いつ言っても同じだろうって事か。じゃ、姫さん。黒兎の力作でも食べながら、前座はサクッと終わらせますか?」



 あぁ…うん。


 影は、私と共に歩ける存在。だからこそ、影よりも兄様の答えを一番知りたがってたって……解っているんだね。

 その割りに、何となく兄様が置いてけぼりをくらっているような感じもするんだけど……気のせいかなぁ?


 

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