ツナガルモノ・2
思考が定まらない。
何を考えていいかわからない、というより、ただ寂しいという感情に支配されているだけのような気もする。
レイが遠ざかる。
それがひたすらに寂しくて、選んでと言われてもそれしかない自分には選びようが無いのが本音。
可愛い可愛い妹。例えその魂がどうであれ、10年間レイは僕の妹で、それはこれからも変わるとは思えない。
例え、厄介な人間が次から次へと沸いたとしても、レイがレイである事にはかわらない。だから、選ぶも何もないのだ。
ただ、遠いような気がして、それがショックで押し黙っていたという情けない事実を前に、レイが悲しそうな表情を浮かべた事は僕の失敗だと思っている。
この感情を知られたくなくて、レイを避けたのは他ならぬ自分自身。
冷静になって考えて見れば、拒絶と受け取られても仕方ないかもしれない。
レイ自身、拒絶されて当然という考えが根底にある所為か、気になり出すとそれは加速し、止まらないんじゃないかと思う。
だから、僕のした態度はレイにとっては深読みの材料になるだけ。
こんなにも大好きで大切なのに、それが伝わってないのは悲しいけれどね。でも、それはこれから何度だって言える。
「答えなんて、やっぱ考えるまでもないね」
ないが、一歩部屋の外へと足を踏み出せば、余計なものが纏わり付く。それは嫌だが、部屋の中に閉じこもっているわけにもいかないという葛藤もある。
一方通行の連絡手段でよければ、手立てが無いわけでもない。本来ならそれは、通信機能を兼ね備えていないわけではなかったが、レイが拒絶している今はただ呼びかける事しか出来ない。
とりあえずは、とばかりに、僕は影の出入口の一つである扉の前へと立つ。
影の部屋には入れないが、こちらも呼びかける事は出来る。
「白兎」
影長の名を呼ぶと、少し間を空けてから嫌そうな声が耳に届いた。
「…なんでしょうか? 姫様の兄君さん」
相変わらず、白兎は僕の名前を呼ばない。それについてはお互い様で、特に何かを言うつもりはまったくない。会話だけ成立すれば問題ないしね。
「レイへ連絡を取るよ。一方通行だけどね」
これだけ伝えれば十分だろうと、僕は身を翻して扉の前を離れる。きっと、白兎の頭の中ではその言葉の意味や、今後の事とか文字の羅列がものすごい事になっているんだろうけど、そんな事まで関与するつもりはない。
「君たちはいいじゃないか。ずっと、レイと生きられるんだから」
だからこそ、本当はこの情報も伝えたくなかったといえば…。
レイ。
君は笑うだろうか?
懐に忍ばせてあった宝石が、温かな熱を放つ。控えめに存在感を主張するソレ。本来の用途といえば、通信機能を兼ね備えているんだけど、私が外部からの連絡を拒絶しているから熱を持つ程度まで抑えられていたりもする。
拒絶しても届く理由としては、重要度が高いからなんだけど…。
その宝石にジッと視線を落として考え込んだ表情を浮かべていれば、ピーコックが不安そうな眼差しを向けてきた。
確かに、ちょっと情緒不安定だったかもしれないけど。大丈夫だよ?なんて思いながらチラリ、と視線を向けてみれば…。
見なければ良かったと、かなり後悔する羽目になったような。
にこやかな笑みながら、心の奥では何を考えているか分からない表情。きっと、物騒な事を考えてはいるんだろうけど。
「ピーコック?」
どうしたの?
とぼけて聞いてみれば、なんでもないよ、と爽やかな声音が返ってくる。
「ただ、まだ未整理なのに連絡がきたのか空気読めよな、なんてまったく思ってないよ?」
「結構無茶な要求だよね」
兄様は知らないわけだし。
「いやぁ…所詮盾はレイ様馬鹿だし。親馬鹿の域に達していると思うね」
「威張って言う事でもないから」
しかも照れるから。
どうしてこんなにオープンな人たちが多いんだろう。
何でだろう?
首を傾げながら考えてたら、ピーコックがこの時ばかりは妙にさめた眼差しを向けてね。珍しく。
「レイ様がオープンだからだよ。まったく隠さない代表が何を言ってるのかな」
そんな反論たっぷりな事を言ってきちゃうから、咄嗟に首を横に振りながら右手を勢いよく上げてみた。
「はいっ。反論がある!」
「どうぞ」
溜息混じりに言われ、ちょっとムカッときたんだけど、それを言い出すときりがないから流してはおくんだけどね。
「私は結構隠すタイプだと思う!」
本音は隠して隠して、結果だけみれば、隠した分だけ混沌を招く場合もあるという悪循環を発揮するのは否めなくて。
最終的に力ずくで解決出来ちゃう力があるから、それに甘えてる所もあるけれど。
やっぱりそんな余計な事。今はね、だけど。それらも端に置いといて、ピーコックを真っ直ぐに見つめてみれば、苦笑で返された。
「レイ様は、だだ漏れです。漏れまくり。分かりやすい。隠してない。寧ろ隠せてないから。本人には自覚がないかもしれないけど、他者から見ると分かりやすいからね。今は、だけど」
「つまり、私のこれは昔の名残で、実際今は随分と分かりやすい性格になっているって言いたいのかな?」
「勿論」
言葉少なく返されて、私の肩からガクリ、と力が抜ける。
ものすごくシリアスだったはずなのに、なんでピーコックとこんなお馬鹿な話しをしているんだろうって思ったりもするけど。
「それは、レイ様の切替が済んだからでしょ」
と、言葉に出してないのに、ピーコックから返事が返ってきた。
この辺りは影と似てるかも、というより、影よりも感知出来ちゃうかも。
彼と彼女の影響だとは思うけどね。
「兎に角」
コホン。と顎に手を当て、分かりやすい咳払いを一回。
未だに存在を主張している懐の宝石について、何らかの回答を用意しなきゃいけない。兄様はきっと待っているだろうし。
「私はいつでも良いから、とりあえず返事を返しちゃうね」
少しだけ伺うように下から視線を流してみると、今度は裏のないピーコックの笑みを視線がかち合った。
「いいんじゃない? さっきは未整理って言ったけど、実際は整理する事なんかないだろうし」
「…そうだね」
「刻の賢者であるレイ様には、横槍が入るっていうのは別に珍しい事じゃないし」
「……そうだね」
「後はレイ様の気持ち次第だろうし」
「………そうだね」
何故か耳が痛くて、段々と俯いてくんだけど…。
何でだろう?
ピーコックと話してると、悩む時間が勿体無く思うというか。
「何かね。自分でへこんで沈んで八つ当たりして、言葉が欲しいって我侭言った割にね。一人だけ浮上して元気になって開き直ったりしちゃって申し訳ないというかね」
顔から火が出るほど恥ずかしいとばかりに頬を押さえつければ、やっぱり返ってくるのはピーコックの笑顔。
「いいんじゃない? 放置しておけば」
そして、迷う事なく言われた言葉に、今度こそ私は返す言葉を失い項垂れた。
うん。分かっていたつもりなんだけどさ。
やっぱり、盾も私に異様に甘いよね。
嬉しくないって言ったら嘘になるけど。
「返事は?」
そんな私の思考を現実へと引き戻す声が聞こえた。
「あ…うん。返すよ」
項垂れてる私に、上から降ってくる冷静な声。
懐から宝石の入った巾着を取り出し、私は右手を翳す。拒絶の意志を解除はせず、一部だけ綻びを作ってそこから兄様に言葉を返す。
私はいつでもいいよ、と。
すると、直ぐに返信が届いた。どうやら兄様も対になっている宝石を握ってたみたい。
「うん。明日…ね」
兄様の沈んだ声音。
それに淡々と返しながら、通信が切れた後に深々と溜息を落とした。
「咄嗟の行動って、後で何とも言えないね」
自分の事に関しては。
今の通信を聞いていて、心底そう思う。
「面白くていいけど?」
「それ、フォローになってないからね」
心の奥底から言っているであろうピーコックに、私は何とも言いがたい表情と共に即座に切り返す。
ホントにそれ、フォローになっていよね。