ツナガルモノ・1
くるりくるーりと視界が廻る。
廻る廻る。
記憶が巡る。
「あぁ…懐かしい」
本当に懐かしい人たちが、私に笑いかけてくれてる。盾と呼ばれる存在と会ったからなのか、久しぶりに見れた笑顔。
記憶の片隅に追いやられてしまった、私の全てだったはずの存在。いつのまにか押し寄せる記憶の積み重ねに、大事にしていたはずなのにおぼろげになっていた。
彼と彼女がいなければ、私は今こうして生きてはいなかった。
「レイ様?」
ピーコックが心配そうに、私の名を呼ぶ。彼と同じ響きを持つピーコック。とても懐かしいけど、彼を見た後だと妙に虚しさだけが募る。
でも、と表には出さずに、私は一応…見えないかもしれないけど、笑おうと目元を和らげ、口元に弧を描く。けれどそれは、ピーコックの手によって阻まれた。
職人らしい大きな手。指先は長くて、骨ばっている。所々ゴツゴツと荒れた感じがするのは、職人ならではなんだと思う。
「無理に笑わないで。俺と、彼の相違点は盾である俺が一番わかってるから…」
悲しげに微笑まれ、私は言葉に詰まる事しか出来ない。
確かに、違う。
それは別の人間だから、当たり前。仕方ないとかではなく、当たり前なのだ。
…うん。当たり前の事で、何でピーコックにこんな悲しそうな表情を浮かべさせなきゃならないんだろう。
年ばっかとる割りに、一度はまりこむと中々脱出出来なくはなってはいるんだけどね。それでも、私と比べるまでも無く。比べたら寧ろ可哀想だろうっていうぐらいの年の差のピーコック。そのピーコックに気を使わせ、私は俯いているだけ。
既に甘えて、答えは委ねているのに、いつまでもウジウジと。
なんか。自分にイラッときた。
「………」
「レイ様?」
歪んだ表情を浮かべた後に押し黙った私を心配して、ピーコックが背を丸め、私の顔を覗き込む。
「ピーコックは…大人びてるね。
白兎も黒兎もそうだけど……17歳だっけ?」
この時、あえて自分の年齢は考えないでおく。今の肉体年齢は10歳なんだけどね。魂年齢になると、既に数える事を放棄したくなるぐらいには時間が経ってるから。
「そうだけど。突然どうしたの?」
神妙な表情を浮かべていた私から、突然年齢の事を聞かれて驚いたのか、戸惑いながらも答えてくれる。
ピーコックも17歳。影たちも17歳。
元旦那や、シーファも17歳。
真面目な表情を浮かべながら、実際はこんな事を考えてるんだけどね。ふとね、何かが引っかかったのね。年の差の事を考えだしたんだけど、そしたら17歳ばっかだなぁって。
兄様もそうだしね。大量発生っていうよりも、寧ろ多すぎてそこに星の陰謀を感じてしまう。
最近あんまりにも刻の賢者としての役割を果たしてないから。
…果たしてないわけじゃないんだけどね。
私が星を巡るだけで、ある程度活性化には繋がっているらしいから。私が刻の賢者の称号を得た星はあまりにも酷くなりすぎちゃって、私の生命力を注がなきゃ星の維持が出来なくなっただけ。普通の星だったら私という存在がいると、生命力が巡るらしいから問題なし。
問題なしなんだけど、私と星は切っても切れない間柄。不老不死という存在になったのも、元々は星がソレを望んだから。だから私は元人間という位置づけになっちゃったんだけど…。
「ひょっとして…17歳ばかり? レイ様の周りは?」
流石に、盾の記憶を受け継ぐピーコック。これだけの情報で、私が何を疑問に思ってるかわかったみたい。考えるように顎に手を持っていきながら首を傾げ、膨大な記憶の中から必要なモノだけを取り出す作業へと移る。
その様子を見ながら、私は自分の手の平を使って、パンッと小気味のいい音が響くぐらいの強さで、自分の両頬を叩いた。
「――ッ!?」
記憶の波を漂っていたピーコックは、その音で現実に引き戻されたのか目を見開き、咄嗟に私の手首を掴んでその行為を強制的に止めさせる。元々一回のつもりだから問題はないけど、ピーコックがこれでもかって程眉間に皺を寄せて、痛々しい表情を浮かべて私を見下ろしてくる。
「レイ様?」
オドロオドロとした何かを背負ってそうな程、気迫に満ちたピーコックは地の底から声を出すように低い音を吐き出す。
「大丈夫。一回だけだから」
「そういう問題じゃなくて」
「いいの。今回は自分に気合を入れただけだから」
「それでも俺たちは、レイ様が傷つく事が嫌なんだ」
捨てられた子犬のような揺れる眼差しで、私を見上げてくる。
さっきまでの地底の底から這い出すような威圧感はどうしたんだろうね。
この時ばかりは盾という存在の因果を感じずにはいられないんだけど、その辺りはピーコック自身が受け入れたという事と、その前に選択肢があったという事が発覚したから考えないでおく。
「次はもうないから、大丈夫。ありがとね」
握力はないから、叩いてもあんまり痛くない所か、既に痛みは引いているんだけど……ピーコックはバタバタと忙しなく奥へと引っ込んだかと思うと、桶に水をはったものと柔らかそうなタオルを持ってきた。
予想はつくから、あえて突っ込まずにやりたいようにさせておいてね。
「痛い?」
「痛くないよ」
「今度やったら、壊すからね」
「…それ、既視感」
盾の力を持つ存在が言うと、この上なく物騒な言葉。
きっと、多分、恐らく実行には移さないとは思うんだけど、盾に選ばれる傾向を考えると油断は出来ないから、素直に頷いておく。
「兎に角」
「話しを逸らしたみたいだけど、兎に角?」
「……17っていう年齢。すっごく心当たりがない?」
私の言葉に、ピーコックの表情が露骨に曇る。
「勿論、ありますよ? 彼の記憶は、17で終わってますしね」
改めて音にする事実に、私は分かっていた事だけど衝撃を感じながら、もう一度頷く。
盾の記憶は17歳。矛の記憶も17歳。
そして…。
「私の、人間だった頃の記憶も17歳」
私の言葉に、今度こそピーコックは表情を消し、空を睨み付けた。
私とピーコックだけが感じる、星の策略。
好意かもしれないけど。でも、作為的なものを感じずにはいられない現実。
「まったく…影たちを求めたのは私だけどね」
思わず漏れた言葉に、ピーコックは首を横へと振るだけ。多分、選んだのは私だと言いたいんだと思うんだけど、ピーコックの場合は盾の記憶があるから、言葉にならないんだと思う。
「大丈夫だよ。星は――私には甘いから。だから、悪い結果にはならないよ」
「――でもっ」
「そもそも、リーウェルが前世の記憶を持ってる時点で、気付くべきだったんだよね。横槍が入ってるってさ」
この分でいくと、どこかで宰相も転生してるんじゃないかなぁ。
あぁ、なんだかとっても混沌とするような予感がね。
しなくもないんだけど。
「とりあえず……レイ様。整理しましょ」
「そうだね。とりあえず、ね?」
整理したら、兄様の答えを聞きに行って…。
この時点で、兄様の答えがどんなんでも、迷うことなく受け入れられるなぁ、なんてね。私としては妙な安心感というか精神的安定があって、つい笑いを漏らしてしまう。ピーコックからは怪訝そうな表情を向けられているんだけどね。
だって、既に、刻の賢者として動く時期が決まっているんだもの。
これを策略と感じるのか。
それとも愛されていると思うべきなのか。
判断には迷う所だけど。
私は後者を選ぶ事にしておく。
その方が、苦笑で済むような気がするしね。
それに、今更だし。と、もう一度笑みが漏れて、やっぱりピーコックは不思議そうな表情を浮かべてた。