センタクノトキ・4
緑兎視点のお話しです。
姫様から貰った部屋は俺にもある。ただ、俺と黄兎はいつも一緒にいて、本来の俺の部屋は荷物を置きに入る程度。自分の部屋だから居心地はいいけれど、黄兎がいないとおかしな感じがすると、何とも言い難い表情を浮かべたまま、俺はだらしがなくソファーへと倒れこんだ。
でも、今日は別々に考える為に、久しぶりに離れた気がした。物心ついた時から一緒にいて、力を合わせて生きてきた。姫様と出会ってなかったらきっと、俺は死んでいるかそれとも光は見れない世界にいたかのどっちか、なんてあっさりと笑みを口元へと貼り付ける。
俺以外の影たちがそうであったように、俺にも力がある。それは人の世では異端とされ、忌み嫌われる類のもの。
黄兎と出会って、姫様が笑いかけてくれたから俺は今笑ってる。
「…はぁ。俺は、そうだな。どうなんだろう。姫様が頼るのは主に白兎で、甘えるのは姫様の兄で、俺や黄兎は自由にさせてくれてて。
あー、黒兎はなんだかんだいって、白兎が頼ってた」
年齢的には然程変わらないのに。と力のない声で紡いでみるが、誰にも聞かれる事のない音はそのまま空気へと溶けていくだけ。
俺の頭は何から考えていいのかわからない程混乱してるけど、それでも音にして呟いてみる。
「影は、全部伝わらない。姫様の生きてきた年数は、俺たちが考えるよりも遥かに長い。でも、盾ってなんだ? 盾が必要なのか?」
俺の中に受け継がれた姫様の記憶は、のんびりと過ごしているものばかり。人智を超えた存在である姫様が今回や前回みたいに、人の世に紛れて暮らしてみたり。後は賢者として研究に没頭したり。
危険な場面の記憶は今の所見た事がない。多分3・400年は記憶を遡って把握は出来てるけど、おそらくそれより前。
考え始めればきりがないと、俺は頭を抱えるように蹲った。
知りたいけど、蒸し返したくないという感情が胸を支配する。
400年前以上の話を蒸し返して、聞き出して、それで俺たちはどうするんだろう。刻の賢者としての役目ってなんだろう。
そもそも、俺たちはそれがわからないし、姫様がこうやって転生を繰り返すようになった理由もわからない。
元々知ろうとも思ってなかったけど、実際目の前で俺たちの知らない姫様を知っている存在が現れた瞬間知りたくなったんだ。
「姫様か刻の賢者か。どっちも姫様じゃないのか? 数年後には思い出すけど、思い出すまではのんびりと過ごせる」
独り言を重ねる事で俺は、自身の思考を纏めようと試みる。
俺が暗闇から出れたのは姫様が刻の賢者だったから。だからこそ俺たちは影になれた。
なれた、けど。と俺はここで思考を中断させて、黒兎の部屋に向かって話しかけてみる。
「…返事がない」
つまり、白兎の部屋かと俺は向きを変えた。この話は、黄兎とは相談しない方がいいだろうと俺の感が言ってる。
理由は俺の中であやふやな、でも形にはなってるから相談はしない。
おそらく初めての事。黄兎の方からも俺に何も言ってこないって事は、きっと俺と同じ考えだと思うし。
「白兎ー。そっちに行ってもいい?」
年はそれほど変わらないはずなのに、白兎や黒兎は俺よりも遥かに大人に感じる。幼さを感じさせない洗練された空気を纏う二人だから、だろうか? それとも立場の違いだろうか?
もしくは素質?
月白と緋色の眼差しの白兎と、漆黒と菫色の眼差しの黒兎。顔立ちは二人とも整いすぎていて、背丈も年齢の割りに高く体躯も無駄なく鍛えられている。
対のような二人は、常に姫様の両脇に控えていて、自由に遊びまわっている俺とは大違い。
はは、と、無意識に笑いが漏れた。
その時視界を掠めた光景は、部屋に一輪挿しの花が時間を早送りしたかのように、変色しながら朽ちていく。
「…漏れた」
久しぶりに見る光景だな、なんて笑いを漏れながら俺は自身から漏れ出した力を影の力で抑えつけた。
それと同時に白兎からの返答が届く。
「あぁ。黒兎もいるけど…珍しいな」
しみじみといった声音が届いて、やっぱりそう思うんだと何故か苦笑が滲み出る。俺自身もそう思うぐらいだから、傍から見るとそれはもっと強いのかもしれない、なんて思いながら白兎が開いてくれた通路を遠慮なく通った。
机の上に並べられたのは、白兎が煎れたであろう紅茶と、黒兎が作ったであろうお菓子。
悩むという表情、じゃなくて、既に答えは出ているような二人の態度。
「もう答え出たんだ」
つい口から出てしまった言葉に、俺は咄嗟にばつが悪そうな表情を浮かべたけど白兎も黒兎も流してくれる。
二歳しか離れてないのに、と、思った瞬間何故か目の前には黒兎の姿。
「…何?」
「俺と、白兎は、年寄りくさい」
フォローしてるんだか、してないんだかよくわからないけど。きっと黒兎なりに俺の思考を感じ取って言ってくれたんだと思う。
「年寄りくさいって…せめて老成とかそういう言葉だろ?」
何となくずれた事を白兎が言いながら、二人は顔を見合わせてそうか?なんて黒兎が首を傾げ、白兎が頷いてる。
頷いていた白兎が何気なしに俺を見て、その端麗な眉を微かに顰めたかと思うと、徐に俺へと手を伸ばしてくる。白兎が俺に何かをするわけもなく、俺は動かずに白兎の手の動きを見ていたら頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「……何?」
さっき言ったばかりだけど、今度は白兎へと聞く。
「ちょっと漏れたか?」
けれど白兎の口から紡がれた言葉に、意識せずに俺の肩が揺れた。何でこうも敏感なんだ? 影長だからわかるのか、と答えは出るものの、まさか気付かれるとは思っていなかっただけに動揺が広がる。
「ったく…いや、仕方ないか。ちょっと静かにしてろよ」
元々抵抗するつもりもなかったけど、俺は白兎の言葉に瞳を閉じた。これは懐かしいのかもしれないと思いながら、白兎の力を受け入れる。
影長をしている白兎は、他の影たちのバランスを整える力がある。これは、俺が影になった当初にはよくやっていてもらった事。力の調整が出来てないから、外部から白兎が整えてくれてるんだけど、俺を包むほのかに温かい光につい笑みが漏れた。
「漏れそうだったら俺の所に来いって」
多分、白兎にとっては当たり前の言葉。
影長だからとかそんなんじゃなくて、白兎自身にとっては当たり前の行動。
「わかってるよ」
まさか漏れるとは思わなかったといえば、眉尻を下げるように白兎たちが表情を歪めた。
姫様の件で俺がゆれていて、力が制御出来なかったというのは今更。
揺れているのは影たち全員だけど、俺が黄兎と離れて一人で膝を抱えているなんて思わなかったんだろうと思う。
それほどに、俺と黄兎は一緒にいたから。
「…白兎や黒兎は決めたわけ?」
ソファーに腰を下ろしながら、膝を抱えて蹲る。
聞いた所で答えなんてかわらない。
俺の答えはもう出ているから。
「俺は…お前もか。決めたな」
白兎の言葉を遮り、黒兎が口を動かす。言葉を発する事が珍しい黒兎は、話さなくていい場面だったら一切声を発する事はしない。口を開く事すら億劫になる瞬間がある黒兎らしいと見ていたら眼が合う。
何か言いたそうな。でも戸惑っているようなそんな態度。
「俺も決めたよ。だから離れてる」
別に喧嘩をしたわけじゃないといえば、二人からは安心したような息がもれた。本当に俺と黄兎はワンセットなんだな。否定はしないけど。
そして一緒にいないという事が白兎や黒兎にこれだけ心配をかけるなんて、今始めて知って。正直驚いた。
二人は俺と違って、全く気にしてないと思ってたし。
生きてさえすれば、見つかる可能性が増えるかもね。
出会ったばかりの頃、姫様に言われた。
黄兎しか大事じゃない。それ以外に出来るはずがないと言えば微笑まれ、そんな言葉を紡がれたのは未だに脳裏に焼きついている。
綺麗事だ。見つかるわけないと否定はしたけれど、姫様は微笑を浮かべて俺から視線を外さなかった。
今となっては懐かしい想い出。
「俺は…姫様は姫様のままでいいと思う。刻の賢者としての役目だかなんだか知らないけど、どうせそうなったら色々な奴等が姫様の周りをうろつくんだろ。
それなら、少しでものびた方がいいに決まってる」
俺の本音に、白兎も黒兎も笑みを浮かべる。
でもきっと、アイツ等は違うんだろうな。なんて思ったけれど。