センタクノトキ・3
レイ視点から白兎視点です。
初めは特殊な、だけどただの人だった。
怪我をすれば血を流し、大怪我を負えば死んでしまう。力を行使しすぎれば精神が磨り減って自分を維持するのは難しい。
特殊な力を持っているとはいっても、普通の人間だった。けど、今は人間だった頃にすり減らした命の分だけ魂は強化され刻を渡る。
系統的に時間を操るとされる魔法を得意としていたというだけで、いつのまにか人々から刻の賢者と呼ばれただけだったというのに、いつのまにか本当に刻を渡れる存在になった時はつい笑ってしまった。
誰の願いが叶ったのか。
それとも、特殊な魂を持って生まれた自分の稀さを嘆くべきか。
未だに答えは出ない。
「そうですね。食い破られた、というわけではないですよ。元々、同化したという言葉の方が適切かもしれませんね」
ピーコックの話しを聞いていたんだけど、やっぱり盾と矛の制度は納得がいかなくて微妙な眼差しを向ける。
すると、私の眼差しに気付いたのか、ピーコックが苦笑を浮かべた。
「傍から見ると、乗っ取られ──と解釈するかもしれませんね。でも、選べるんですよ? レイ様は知らないでしょうけど」
「選べる??」
「特典というものには付き物で。俺の場合は作る物に関しては他の追随を許さない程の才能を持っているわけですが、ある意味、加護を得た特典でもありますよね。
日常の生活に支障なく、俺の場合は脳の能力全てを使い切る事が出来ます。それは、レイ様も同じだとは思いますけどね」
その言葉に、私は小さく頷く。私自身も、ピーコックと同じく他の追随は許さない魔力を持ってはいるけれど、それを行使できる精神力も兼ね備えている。
人間の容量を一瞬で超えてしまうような力を行使しても、私には何の問題も無い。けれど選べるってなんだろうと、言葉の続きを足してみる。
「…才能を眠らせる事を選べば、自然と盾の力はなくなるんです。しかも、開花する前に選べるというか。それまでは寝物語のような感じで頭に入ってくるんですけど、それを見ながらどうするか自分で選んじゃうんですよ。だから、相応しい魂がいても、最終的には選択ですね。
単に俺は、貴方の盾になる事を選んだ。ただ、選んだ後も貴方に会える保障はありませんから、出会うまでは眠らせるんです」
出会えなければ、盾の精神は容易に崩れてしまいますから。と当たり前のように言うピーコックに、私の頬が引きつる。
盾や矛に会う事自体、生まれ変わった回数から考えると多くは無いから気にしなかったし、それに押し付けられた役目だと今までは思っていたんだけどね。改めて話を聞くと言葉に詰まるというか…。一体どんな寝物語を聞かされてたんだろうと気にはなるんだけど、内容を聞いた瞬間転げまわりたくなりそうな内容もありそうで、私は聞く事は諦めた。
寧ろ、自分の為にも。
「レイ様と話して、レイ様の魂を感じて、俺は目覚めたんですよ。今は、頭がすっきりしていますね」
「寝ぼけてたの?」
「えぇ。寝ぼけです。今ではこんなにはっきりとした眼差しでレイ様を見ているでしょ?」
「………」
初めに盾と呼ばれた存在もはっきりしていたと思うんだけどさ。ピーコックも何か通じるものがあるというか…。どちらかというと、性格が似た人が選ばれるんじゃ?なんていう疑惑の眼差しを向けそうになるけど、やめておく。
あえて言わないでいる私に、ピーコックは笑みを零しながらも椅子から立ち上がると。
「今日はお泊りですよね? お布団準備しますから、一緒に行きませんか? 見ているだけでいいので」
にっこりとした笑顔は崩さずに私に聞いてくる。
…あぁ。起きた後で刻の賢者から離れたくないのね。
私は1回頷くと、席を立ちピーコックの後に続く。今頃兄様と影たちはどうしているんだろうなぁ、と、そんな事を思いながら。
姫さんのいない空間。
姫さんの存在が感じ取れない世界。
あの時と同じで、心が迷う。
転移で国に帰って姫さんの兄を部屋へと放り込んだ後、俺たちはそれぞれの部屋へと篭った。黄兎と緑兎も珍しく別々の部屋へと消えていく。
俺…あいつ等の別行動って初めて見るよな。
まぁ、そんな事を考えながらソファーへと深く身を沈める。いつもだったら姫さんと話したり姫さんの散歩に付き合ったり、本を読んだりとやりたい事は山ほどあるんだけど――…珍しくというか、なんというか、何もやる気がしない。
多分、姫さんの話は半分本当。半分は願い。
「当たってると思う。けど、姫さんが選択を迫ったのは、本当だしなぁ」
ソファーに深く沈めていた身体を起こし、今度はうつ伏せ状態で横になる。今日は身の置き場所に迷うというか、落ち着かないというか。
忙しなく身体を動かしてみるが、動かし続けていても一向に落ち着く気配は無い。
理由は一つしかなくて、俺は握り拳を作りそれを机へと叩き付けた。
「木っ端微塵にしたら落ち着くか」
そしてそのまま仰向けに転がり、物騒と思われる言葉を一つ音にして吐き出す。前みたいに、何も考えずに壊すだけだったらきっと、今頃こんな痛みは感じないと笑いが漏れる。
俺の召喚獣になったはずの兎は、こういう時に限って表に出てこない。それ所か、俺に話しかけようとさえしない。
ある意味俺以上に姫さんとは繋がった部分がある兎は、俺以上に姫さんの状況を分かっているんだろうとは思うが…。俺に話す気はまったくないんだなと舌打ちをしそうになるが、それを押さえた。
後々、根にもたれる。
完全防音になっている俺たちの部屋は、部屋の主が応えない限りその部屋で何が行われているかは一切わからない。
だから、今は俺の部屋で俺の動き音がするぐらいだが、他の影たちはどうしてるんだろうなって、ちょっと気になった自分に笑った。
いつのまにか、俺には姫さんだけじゃなくなっていたらしい。まぁ、優先すべきは姫さんで、一番大切なのも姫さんで、他は共同戦線を張ってるという感じだけどさ。
一頻り笑った俺は起き上がると、黒兎の部屋のある壁へと手を付き声をかける。
「黒兎…応えろよ」
俺が手を当ててる部分には、魔法石が埋まっている。外からは干渉不可の空間だが、唯一、これを通しては声をかける事が出来る。中の存在が応えない限り、一方通行でしかないけど。
「…白」
「俺は白兎であってシロじゃないだろ。っていうのは、まぁ…置いとくか」
本題は別にあったよな。
重要な、ヤツ。
油断すると俺の名前を省略してシロと呼ぶのは、黒兎の今更な癖だ。姫さんの前で言わなくなっただけでもマシだしな。
「俺だけじゃ迷う。というより壊したくて仕方ない」
それを言った俺に、黒兎の溜息が聞こえた。
姫さんがいなければ、影長である事自体怪しくなる俺の性格をよく分かっているのは黒兎だけど、今の溜息はどっちだろうな。
迷う俺に、珍しく黒兎が声を出して俺の言葉に応えてくれる。
「俺も、迷う。だが、これは、姫様の、区切りだ」
「あぁ。本当の意味で選んで欲しいのは、俺たちじゃないだろうしさ」
「…でも、俺たちも、選ぶ」
黒兎の言葉に、俺の口からは苦笑が漏れた。
「黒兎、俺が茶を煎れる」
で、俺の取りあえずの返答はこれ。真面目な話しを逸らすっていうよりは、顔を見て話したいっていう俺の意思表示。
そうだよな。
黄兎や緑兎に俺は相談はしないが、黒兎は別だな。付き合いが黄兎や緑兎に比べて少しだけ長いっていうのもあるけど、姫さん以外じゃ俺は黒兎とよく話す。
今の俺の心境を考えると、誰かと心底話したいっていうのが根底にあるわけだけど、最終的に選ぶのは黒兎。
だけど。
「…菓子は、俺の。部屋に行く。開けていろ」
「あぁ。開けたから、準備が出来たら入ってこいよ」
黒兎だけに扉を開く。
俺の心境がわかったのか、俺を気遣ってくれたのかはわからないけど。俺の部屋に入ってきた黒兎も俺と似たような面だった。
まぁ…考える事は同じだよな。
多分さ。