帰ってきた日常・3
厄払いを本気で考えて思案している私の衣の裾を、兄様がちょんと掴んでゆっくりと引っ張る。私が思考の渦にはまり込んじゃってるから、そこから脱出させて尋ねようって事だと思うんだけどね。
兄様なぁに? と視線を上へと向けてみれば、困惑気味の兄様の表情。
やっぱりさっきの会話が不明だったのか。
それとも私と男だけで通じるモノを感じて戸惑ってしまっているのか。
恐らく両方と思いながら、私は何て説明したものかと、少し迷ったように視線をさ迷わせたのね。
男に対しては確実じゃないけれど、ほぼ間違いないだろうという思いがある。正直、数千年生きていて久しぶりに出会う、の久しぶりの桁が違い過ぎる私以外の同種に対して、何をどう言えばいいのか戸惑いがあるのは私自身。
短い間だけどレイとしてゆっくりと生きていこうと思った矢先にこれ? なんて思わず自分の日頃の行ないを考えてみたけれどね。数千年かけて構成された私の性格が今更変えられるわけもなく。
まぁ、仕方ないかなぁ、なんて自己完結をしてみるばかり。
でも、と改めて兄様の方を見て、その眼差しの意味には気付いているけれどね、と苦笑してみせる。
教えて、と強烈な光を放つソレには少し圧され気味になるけれど、この疑問を感じるのは兄様だけじゃなくて、私の影たちからも同じものを感じるから尚更圧されちゃうんだと思う。
「んーとね」
私にしては珍しく歯切れは悪くなっちゃうけど、それも仕方ないよね。なんて自分にフォローをいれてみる。
すると、目の前の男から感じる視線が少しだけ緩まった事に気付いた。今まで、兄様以上に熱過ぎる視線を向けられてたのにどうしたのかな。って逆に思って見てみたら、距離が近くて驚いたんだけどね。
「何? レイに近付かないでくれないかな?」
見事、兄様の私に近付くな的な境界線に足を踏み入れたらしい男。相手や兄様の機嫌によってかわるから、その境界線は未だに私にはわからない。
「レイ様に――ですか。俺を遠ざけない方がいいと思うよ。だって俺は彼女の、きっと盾になれる存在だから」
男の言葉は私にとっても。ううん。私以上に、兄様には衝撃的だったみたいで一瞬この場が、今までに無い程に冷たく凍えたような気がした。
盾。
うん。盾ね。
なら、矛がいるよね?
盾と矛はセットだから。なんて私が眼差しを向けたら、男はただ笑うだけ。その笑みを真正面に捕らえ、私は静に目を閉じて首を横へと振る。
「いらないから。うん。必要ない。最強であり理の外にいる私には、必要ないものだよ。折角生を受けた貴方の人生なんだから、貴方自身が楽しめばいいと思うけど」
私が生まれて間もない頃。
宇宙が安定する前の話し。
私は、規格外だったけど人間の範囲で納まっていた。
そんな懐かしすぎる昔話しの、遺物。
「無理ですよ。俺はこうして生まれ、加護を得てしまいましたから」
再び、男は爆弾発言を投下。
加護って言うのは多分、物作りに関して。
出会わなければ。
それ以前に気付かなければ。
役割を思い出す事もなかったはず。
話の急展開に、私以上についていけてない兄様と影たち。
さて、どうやって説明しようかな、なんて小首を傾げるという可愛らしい動きをしてみるけれど、珍しく効果はないみたい。
今はそれよりも、この男と私の関係性に興味があるのかな。
でも今は、兄様たちよりも男との会話を優先させる。
「それは強制じゃないはずだよ?
強い願いであっても…ね」
そんな言葉を相手に言い聞かせるように紡いではみるけれど、多分無理だって思ってる。
既に忘れ去られた過去に拘ってどうするんだろうって、今の私は思うんだけどね。前みたいに、矛と盾が必要な時代だったらわかるんだけどさ。と、私が心の中で言葉にすれば、男はそうじゃないとばかりに首を横へと振る。
「理屈じゃないんだと思いますよ。
素質のある魂に加護を与え、護る。彼らはきっと知っているんです。魂同士の共鳴が起こる時代を。だからこそ、会わなかったでしょう?」
矛と盾に。なんて男が意味ありげに笑みを形作れば、兄様の機嫌が更に急降下。男としっかりと話したい気もするけれど、とりあえずはやっぱり兄様と影優先かななんて、レイとしての意識が働いた私は男に待てと言わんばかりに手の平を突き出すように見せた。
「今の私は、私の生活が大事なのね。
レイとしての時間は貴重で、貴重すぎるから…邪魔されたくないの」
そっと兄様の腕を取り、体重を乗せるようにしがみ付く。
すると、私にしがみつかれたままの兄様が真っ直ぐに男を見据えたかと思うと。
「君の作るものに興味はあるけど――…いらないや。今、レイはレイとして生きてるんだ。君の望むレイが遠くない将来、君の前に立つ事は僕でもわかるけど。それでも…甘やかせる時代は僕にとって大切なんだ。邪魔、しないでくれないかな」
兄様には珍しい声音で、淡々と言葉を紡いでいく。
私がレイとして、庇護の下で生きられる時間は少ないとは思っていたけれど。
兄様も感じ取ってたんだねって思えば、表情はなんとも言い難いものへとかわる。
「…わかりました。ライディアス様、貴方には定期的に送ります。加護を得ている俺の作ったものは、他の追随を許さない程度には便利なものですからね。
それとレイ様。貴方の周りで本来ならばありえない事が起こったと思いますが――…それはきっと予兆ですよ。ありえない事は、恐らく余波を受けての事」
「さっき気づいたばかりなのに、すごい変わりようだね?」
初めは話を黙って聞いてたんだけどね。
さっき気づいたばっかなのに、私の事をわかっているとばかりに言葉を紡ぐ男に、私は薄ら寒い笑みを向けてみた。
男のこの変わりようも、言っている理由もわかるんだけどね。
「霞が晴れただけですよ」
そう男は笑う。
まぁ、いいんだけどさ。
この後、兄様や影たちへの説明をするのは私だと思っちゃうと……。
はぁ、と溜息を落としたくなりながら、男に対して素っ気無い言葉を返していた。