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帰ってきた日常・1



 答えを出した私の周りは、今までの喧騒が嘘だったかのように静かになった。漸く帰ってきた私の穏やかな、影や兄様と一緒に過ごす時間。

 至福だねって、私は黒兎が煎れてくれたお茶の香りを存分に楽しんだ後、冷める前にカップに口をつけた。やっぱり美味しい。最近じゃ、黒兎に叶わなくなってきたよね。お茶の煎れ方やお菓子作りに関しては。

 黄兎以外は手先が器用なんだけど、それでも黒兎のプロの領域には叶わない。一体何時の間にこんなに美味しくなったの? なんて聞けば、黒兎に連れられズラッと並んだ書物の山を見つめていた。勿論、黒兎の部屋である。

 小遣いというか給料というか、その辺りの線引きは非常に微妙だけど、まぁ、兎に角金額的にはそれなりに渡してると思うのね。

 うん。小遣いだと響きがイヤだから給料ね。なんて誰に言うわけでもなく、内心そんな言い訳じみた事を思い浮かべてみるけれど、目の前の黒兎はどうしたんだろうとばかりに首をちょびっとだけ傾げてた。

 純粋な瞳がちょっと痛いなんて言わないけれど。

 そのままで育ってねって思ったのは、私の超がつく本音だったりもするわけで。


 ………。

 脱線しかけた思考を、私は意識して戻した。


 私もそうだけど、魔法を扱う者っていうのは非常にお金がかかる。

 まぁ、身一つでどんな風にも出来ちゃうんだけどね、私や影の場合は。それでも研究をしたり、書物を買ったり道具を買ったりすると、桁は恐ろしいものになったりするのね。だから、その辺りも考慮して月に1回給料を渡すんだけど…。


 黒兎の場合はこっちにも流れていたのね。


 と、棚の半分ほどを占領している料理関係の本を上から下まで二往復程視線をさ迷わせた後、黒兎に視線を移した。

 どうやら無言の私が不安だったらしくて、その瞳に宿る色は切なげなもの。


「黒兎」


 それに気づいた私が両手を黒兎に伸ばせば、黒兎も私を抱き上げる為に腕を伸ばしてくれる。


「本の多さに吃驚しただけ。料理の本がこんなに出てるなんて知らなかったから」


 作れば出来るけど、やる気が無いという典型的な性格な私。

 料理の本は二・三冊あればいいかと、適当に手を伸ばすだけ。

 その割りに興味のある書物に関してはジャンル関係なしに、どんな些細な違いも見逃さないように買ってるから、似たような本が結構ゴロゴロしてる。

 ジャンルが違うだけで、黒兎と似たか寄ったかな感じかな。


「本を読むのは黒兎が一番多いよね。白兎はうさちゃんに読ませて、自分の中に戻して知識を吸収しちゃうし、黄兎と緑兎は半分ずつ担当して、やっぱり知識を共有しちゃうし」


 まぁ、特に何かを言うつもりはないんだけど。

 本好きの私としては、こうして本が並べられてるのは嬉しいのよね。


「この前に買った料理の本があるから、今度黒兎にあげるね」


 いい子いい子と頭を撫でながら言うと、黒兎が嬉しそうに微笑む。あまり話さない黒兎だけど、こうして表情を和らげたりと喜怒哀楽ははっきりとだしてくれる。


「楽しみに、してる」


 ゆっくりと言葉を紡いでくれる黒兎の頭をもう一回撫でた後、抱き上げられたまま私の部屋へと戻った。

 戻った私たちを出迎えたのは、兄様と白兎。最近、よく2人でいるんだけどね。なんでだろう?


「姫さんお帰りー」

「レイ、こっちにおいで」


 2人で手招き。

 うん。断る理由はないから行くけど…本当にどうしたんだろうと、二人の前で足を止めた私は上を見上げる。

 上を見上げるのは首が痛くなるからイヤなんだけど、まぁ、仕方ないかな。


 すごぶる機嫌の良さそうな2人を見上げたまま、言葉を待つ。

 ひたすら待つ。

 とりあえずニコニコと笑っている二人に対して何を言っていいかわからず。かと言ってこんな事で短気を起こしたくないので黙って見上げたままでいたら、兄様の右手がソッと伸びてきた後私の後頭部を支えるように手を当てる。

 うん。疲れたけどね。

 疲れたけど、会話を始めてくれた方が嬉しいよね。


「ん?」

 

 兄様は優しくいつものように首を少しだけ傾げて、笑みを浮かべたんだけどさ。その態度、私が早く言ってくれないかなぁっていうの、わかってるよね?

 何がしたいんだろうなぁ、なんて疑問いっぱいでちょっと困っていたら、後ろから黒兎の手が伸びてきて、私の身体は宙へと浮く。

 さっきもこんな体勢で抱っこされてたよね。

 黒兎は無言のまま私を抱えなおすと、少しだけ歩いてソファーの上へと腰を下ろさせてくれる。そして目の前に置かれるのは紅茶。多分、リラックス効果のあるもの。


「お前ら、考えろ。疲れるだろ」


 ん。それは私が疲れるって意味だよね。最近白兎より黒兎の方が甘くなってきたかなぁ、なんて思いながら、未だに笑っている兄様と白兎を横目で見ながら黒兎の煎れてくれた紅茶を喉へと流し込む。

 相変わらず美味しいなぁ。ってさっきも飲んだよね。今のとは茶葉が違うけど。


「ったく。黒兎は相変わらず姫さん馬鹿だな。俺も人の事は言えないけど…」


「そうだね。レイの影たちはレイを大切にしてるしね。それについては不満はないよ。寧ろ大切にしてって思うんだけどね」


 何処と無く不満そうな兄様。

 私が影たちと居ると、兄様との時間が減るからだろうけどね。


「本題から言うとね。旅行に行かない? 前回のは邪魔されちゃったしね」


「そうだね」


 そういえば、シーファに邪魔されて転移で帰ってきたんだよね。

 それから結構バタバタとしてて、旅行所じゃなかったもんね。あれも名目は偵察だけど。


「今度はゆっくりね、旅行したいなって思って」


「んー。隣国は止めとこうね」


 兄様のお誘いに、私は迷わずに言ってみる。

 エアルもいいんだけどね。今だったらリーウェルもいるだろうから、楽しいとは思うんだけどね。楽しいとは思っていても、久しぶりに戻ってきたレイとしての時間も楽しみたいのね。


 どうせ成長すれば、魔力の馴染みが良すぎるこの身体はきっと私の魂に引っ張られるだろうし。そうすれば、今よりもきっと私は刻の賢者に近づいちゃうと思うし。

 それを考えると、今の内にレイとしてのんびり過ごそうかなぁ、なんて思ったりするわけね。



「姫さん。行ってきなよ。宿はもう手配済みだし」


「手配済み?」


「そそ。手配済み。暫くは表に出ずっぱりだったけど、その間は俺らも影らしくするし。姫さんの兄貴ー。俺たちの仕事はとらないように…な」


 闇に潜む発言をする割に、兄様にちゃんと釘をさす事も忘れない。やっぱりイヤだよね。兄様の影に仕事を譲るのは。


「わかってるよ。俺の影に頼みたいけど、今は話してるしね。仕事は残しておくよ」


「………」


 兄様の言葉に、白兎の無言。


 やっぱり兄様は何処までいっても兄様で、それに負けずに微笑を浮かべる白兎もやっぱり白兎で。

 黒兎はもう慣れてるのか、そんな2人を無視して今度は冷たい飲み物を煎れてくれた。丁度飲みたいと思ってたから嬉しいなぁ。


「姫様、ゆっくり楽しんで」


 旅行の事だよね。

 黒兎はもう承諾済みなんだ。じゃあ後で黄兎と緑兎にも聞かなきゃね。

 何となく一段落ついた話しにホッと一息つくと、私は黒兎が良いしてくれた飲み物で喉を潤す。その後は、妙に凝ってしまった肩を解すように両腕を上へと伸ばした。



 あー。でもやっぱり平和な日常はいいなぁ、なんて、音にならない声で呟いた。

 

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