久しぶりの邂逅・6
いつもよりも高い視界。
これは馴染みのあるもので、どちらかというと久しぶりという感覚。
効果のふり幅はソレほどつけてはいないはずだから、多分17歳ぐらいだと思う。私の腕の中の白兎は10歳ぐらいかな。
出会った頃よりも更に小さい身長と、大きな目。
今はすっかり美青年になっちゃったけど、昔は可愛かったんだ。なんて呟いてみる。まぁ、腕の中の白兎は私のその思考がイヤみたいで、物申す――とばかりの視線を向けてくるんだけど、私はそれを軽く流して部屋の中央を見ていた。
案の定、兄様の身長はあまり変わってない。ただ、全体的に小さくというより、身体のラインに丸みが帯びた後ろ姿。
シーファは多分小さく。
見たいような見たくないような、非常に迷うけれどもこの際怖いもの見たさでしっかりじっくり見てしまおうと思えるリーウェルは、兄様と同じく筋肉質の身体が丸みを帯びたものへとかわっている。
「白兎の小さいのも可愛いんだけどね」
残念そうに私が言うと、白兎はこれでもかという程ぶんぶんと首を横へと振ったかと思うと、私の肩に手を置き真剣な眼差しを向けてきた。
「姫さん。姫さんのお願いは聞きたいけどね、これはダメ。ホントダメ。寧ろダメ」
何処と無く切羽詰ったような光が瞳の奥に宿っているんだけどね。
「効果は持続しないから大丈夫」
「そういう問題じゃないような気がするよね。ね、姫さん?」
いつものように声音を軽いものへと変えてはいるけれど、いつもよりは余裕のない声。付き合いの長さでそれだけはわかるけど、もう一つの効果を心底嫌がってるという事だけはわかった。
やっぱり、お約束とはいえそっち系の悪戯はイヤなのね。
私が残念そうな表情をしている事に気付いたのか、白兎は目を見開いたまま私を凝視しているんだけど、その表情はちょっと怖いかも。と思わなくも無いから、背中をぽんぽんと叩いて意志表示をしてみる。
「俺の驚愕を表してます。少しはわかってくれました?」
小さな肩を竦める白兎に、私はというとやっぱり残念という表情は崩さない。目を見開いたままの表情は怖いけど、これはこれで珍しいものを見れたからいっか。なんて思わなくもないんだよね。
「レイ」
漸く兄様が現状を把握出来たのか、ダボダボになった衣服を引き摺るように私の前へと立つ。
身長は兄様の方がちょっと高いかな。元々母様も高い人だから、その遺伝だと思うんだけどね。
「折角レイと同じぐらいの年になれたのに、これだとちょっと情けないかな」
そこに浮かぶのは苦笑。
どうやら私たちが企てた悪戯に対しては怒っていないらしく、苦笑以外はいつもの兄様と何ら変わりはない。
正直な所、ちょっとつまらないかな。折角の悪戯を軽くっていうわけじゃないけどあっさり流されちゃったら、ね。
「俺たちより、あっちの2人の方が遊んでくれそうですよ?」
私の思考を的確に感じ取った白兎が、未だに動かない二人に向かって指をさす。
「俺や姫さんの兄辺りはこんな性格ですしね。そこまで動揺はしませんよ。面白いっていえばあっちの2人の反応の方が面白いと思うから、ぜひそっちへ」
「………」
寧ろ、シーファとリーウェルを押し捲る白兎が面白い。
「姫さん…?」
「ん。わかったわかった。あの2人の反応見てくるから、ここで待っててね」
「…………」
口を噤み、肌に突き刺さるような沈黙を醸し出す白兎を絨毯の上へと下ろすと、私は身を翻して2人の元へと向かった。ステップでも踏めてしまいそうな程軽やかな足取りで。
この効果は本当に短時間だから、こんな話しをしている傍から元に戻ってもおかしくない。
「リーウェル、シーファ」
声を弾ませながら2人の名前を呼ぶと、錆びた機械が動くように、ギギギ…という擬音が聞こえてきそうな程ぎこちなくゆっくりと私に振り向く。
「奥さんは相変わらず奥さんだね」
これはリーウェル。
「文法はおかしい気がするが、それで通じる辺りが面白いな」
これはシーファ。
会話だけ聞くと、陰険宰相と元旦那が話しているようにしか聞こえない。流石子孫。
「俺は兎も角、コイツの女装なんて目の毒だ。何時頃切れるんだ??」
思ったよりシーファの方が冷静で、意外だなって視線を向けてしまう。
子供の姿じゃいまいち決まらないけど、その辺りは逆にシーファらしいのかもと思えるしね。
「女装じゃないだろ、女装じゃ。そんなもんは俺だって見たくないに決まってるだろ」
「でも、見れなくないよね。この場合は」
「見れなくていいんだよ。俺は男で、奥さんが女で、それがいいんだから」
私の言葉に、間髪いれずに言葉を返すリーウェルは、白兎や兄様とは違ってちょっと苛立っている感じかな。シーファは予想外に、受け入れ態勢が出来てるのがやっぱり意外というか、急成長した感じが逆にどうしたの??と聞きたくなる。
「折角奥さんのその姿が見れたのに、俺がこんな姿でどうするんだ…」
ぶつぶつと独り言のように言葉を紡ぐリーウェル。内容を聞く限りだと、どうやらこの姿の私と本来の自分の姿で会いたかったのかなって思う。
この場合、効果は直ぐきれるからっていうのは慰めじゃないよね。
そんな感じで話してたら、四人の体が煙に覆われ始める。
薬の効果が切れるんだよね。やっぱ早い。
「あー…姫さん。結構片手間にささっと作っちゃいましたね?」
効果時間の短さでそれがわかった白兎は、私を呼びながら視線は黄兎と緑兎の方へと向けている。
メインは、あの2人だってわかってるみたい。
「当たり前だろ。あの短時間で作ったんだから」
「流石にあの時間じゃ無理だよ」
何を当たり前の事をとばかりに白兎に答える2人。
本腰をいれて作ったら、一ヶ月はこの姿を覚悟しなきゃいけないから、ちょっとした意趣返しにはこれで十分だと思うんだけどね。
「じゃ、黄兎、緑兎――姫さん。これの、本題はなんですか?」
影たちのリーダーである白兎はやっぱり慣れているのか、これの本題をちゃんと尋ねてくる。兄様は想像がついたのか、ちょっと気まずそうに視線を逸らす辺り、影に負けず劣らず以心伝心は出来てるみたい。
本来の姿に戻った私を含める5人は、気を取り直してソファーへと腰を沈める。目の前に並べられるのは、煎れたのでお茶とお菓子。ちなみに黒兎製作。
今回の騒ぎ?でも、黒兎はお菓子を作りながら傍観してたみたい。最終的に私がここに座るのがわかってたのか、私の好きなケーキを焼きたての状態でだしてくれた。
戻った戻ったと呟きながら喜ぶリーウェルと、溜息を落としながらリーウェルの隣に腰掛けるシーファ。
兄様と白兎は私の両隣のソファーに陣取りながら、私が口を開くのを待ってる。
「本題はね」
まぁ、たいした事でもないんだよ。
もったいぶって呟いてみたものの。
「私の話しなのに、何で私をのけ者にして話すのかな?」
そう。
最終的にはこれなのよ。
黄兎と緑兎の提案を快く了承したのも、慌てふためく四人を面白く眺めたりしたのも、ちょっと面白くなかったのも。
これが、理由。
確かに、悪戯の発端は2人だったんだけどね。それが面白くなかったから私ものったんだろうなぁって思うんだ。
白兎に聞かれたから、折角だからとこの際本音を話してみたんだけどね。
その瞬間、がっくりと肩を落とした四人の情けないながらも可愛い姿を、私は当分忘れないと思う。
「結論を出すのは私だよ? その私をのけ者にしちゃダメだよ」
念押しとばかりにある意味トドメをさす私に、何とも言い難い表情を浮かべる2人。白兎と兄様はある程度予想がついてたのか、やっぱり無言を貫き通してた。
「そういえばそうだったなぁ。奥さんはこんな性格だったなぁ」
脱力したようにソファーに寄りかかり、天井に視線を向けたまま力なく呟いているリーウェルに、何当たり前の事言ってるんだろう??とばかりの視線を向けておく。
結局、魂は同じだからかわらないんだよね。基本的性格は。
「じゃぁ…結論は出てるんだよな?
本人抜きで話を進めるなってこうして言うぐらいなんだから」
言葉無く頭を垂下げている白兎に変わり、驚異的な精神回復力を見せたシーファが纏めに入る。
どちらかというと、まとめ役というより単にシーファが聞きたいだけって感じもするんだけどね。今更もったいぶる事じゃないから私は勿論、と頷いて見せた。
「この前の器――つまり前世騒動についてはね…」
そう。
結論は決まってる。
今現在は変えようがない私の結論を、迷う事無く音にのせて響かせた。