久しぶりの邂逅・3
約束の日。
元旦那と、元旦那の右腕の子孫と会う日。
「名前も同じだね」
なんて、調査報告書に視線を落としながら、シミジミと呟く私。
これから会う元旦那の名前はリーウェル。ちなみに、前も同じ名前。まるで計ったとしか思えないけれど、たかが名前、正直どうでもいいとばかりに私は両足をソファーへと投げ出した。
行儀は悪いけど、自室だし。
今は一人だし。
まぁ、問題ないでしょ、とばかりに私は思考の渦へと立ち向かう。
久しぶりの一人。
考え事には適した陽気。
冷静な私が、私を見つめる。
絡まった思考の糸を解しながら私は私の中心部へと近付き、あっさりと放棄した。
記憶を持って生まれた、という事を考えてたんだけどね。
どう考えても一般人には無理。じゃあ、何で?? と疑問を重ねていくと、10歳の私にはまだまだ早い感じなのね。
魂は数千歳だろうなんて野暮な突っ込みは軽く流してね。しょうがいない。だって精神は肉体に引っ張られるし。
「レーイ。百面相してないでそろそろ行くよ?」
コンコン、と扉をノックした後に聞こえる兄様の声。
見てるわけないのに、どうして百面相してるって分かったんだろう……兄様って時々こんな事があるのよね、なんて無意識に左腕を擦りながら、私は扉の鍵を開けた。
見上げて見たものといえば、相変わらず眩しい程の兄様の笑顔。兄様は、シーファが帰ってから肌が綺麗になってきた。よっぽどストレスだったのね。ちなみに、影同様シーファの事をアレと呼んでいるらしい。
アレ扱いでも呼んでいるだけマシなのかなぁ、なんてどうでもいい事を考えながら、差し出された兄様の左手に、自分の右手を重ね合わせた。
手をつないで、一緒に歩いてく。
向かう先は、転送門を潜った先にある応接室。今私が居た部屋は、ある一部しか立ち入れない場所にある。影は入れるけどね。考え事をするのはそこが静かだからよく行くけど、兄様はそんな私の沈黙をあっさりと打ち破る。
これはもう慣れだよね、なんて兄様を見上げてみた。すると、兄様の優しげな眼差しと視線がかち合う。
どうやら見てたらしい。よく私の手を引いて歩けるなぁ、なんて関心していると、兄様が冗談っぽく右手の人差し指を口にあて、
「千里眼を持っているんだよ」
なんて笑ってる。
正直、私は笑えなかった。
だって、本当っぽいしね。
そんな事を考えてる、なんて分かってるくせに、兄様は何も言わずに笑みを浮かべているだけ。
流石私の正体に動じなかった人。その神経は半端じゃない。なんて思ってたら、あっという間に来客が待っている応接室の前に着いていた。
引っ張られているだけだから楽なんだけどね。
兄様に手を繋がれ、足を踏み入れた先にいた人物といえば――…
シーファと、リーウェル若かりし頃。
私のリーウェルのイメージは四十数歳のおっさん。今は二十歳未満。昔、私と会う前ぐらいかも、なんて思う。
「(…あれ? 静か??)」
この面子で感動の対面があるわけがなく、かといって誰も言葉を発しないこの状況に漸く気づいた私は、一番近くにいた兄様を見上げた。
が、ちょびっと後悔したのね。
最近では珍しくない、すばらしい程の笑顔を浮かべたまま、リーウェルから視線は外さない。
でも、シーファ以上にめげないリーウェルはその視線を真っ向から受け止め、尚且つ笑みで返した。
こちらも、兄様に負けずの女性にもてそうな笑み。
「やっぱり、性質が悪い虫だったね」
小さな声。
でも、はっきりとよく通る声。
「虫…ね。流石・・・・・やっぱ番人は一筋縄じゃいかないか」
番人? 何それ??
気になる言葉を聞いたけど、今私の目の前に見えるものといえば、兄様の背中。
「ロリコンがロリコンを連れてきたみたいだね。過去がどうだったか知らないけれど、レイはレイとして生きてるんだよ? わかってるかな??」
つまりそれは、元旦那であろうと、今の私には関わるなって事だよね。
「はっはっ。そうこなくちゃ面白くない。もう知ってるとは思うが、俺はリーウェル・デヴァイデス。生まれ変わる前は…まぁ、今更言うまでも無いだろ。
今回は只の顔合わせだ。やっぱ直に会わなきゃな。なぁ、レイ?」
色っぽい流し目、というのはきっとこういう事を言うんだと思う。
「ロリコンのストーカー気質か。これは本人の魂に刻まれた病気だね」
私に背を向けながら毒を吐く兄様。
うん。血筋って言わなかったのは、なんとかく分かったよ。理由。
血筋だと、私も関係あるものね。私の子孫だから。
それにしてもあの騒がしいシーファが何も言わないのは珍しいと、兄様の背からちょっとだけ見てみると……
何かを考え込むように2人のやりとりを眺めていた。
……手のひらの上で踊らされるのは、もうイヤなのかな。
まぁ、私だったらイヤだけど。
あの眼差しは、喉元に食らいつく直前っていう感じの獰猛さ。その辺りは、宰相に似てるかもね。やっぱ血筋だね。
すると、シーファが音をたてながらソファーから立ち上がったかと思うと、リーウェルと兄様の顔を交互に眺めた。
「それぐらいでいいだろ? そこのシスコン兄君の言う通り、今のレイと過去を一緒くたに考えない方がいい。 最終的にレイに気に入られたヤツの勝ちって事だろ?
取り合えず一息つきたいんだが、いいか?」
華奢に見えるシーファだったけど、立ち上がったらリーウェルと同じぐらいだった。多分筋肉の付き方が違うんだろうけど。
元旦那は相変わらず身体は鍛えてるんだろうなっていう、無駄のない筋肉のつけ方をしてる。それと比べ宰相は魔術師系。筋肉が付きにくい体質らしく、鍛えても細いままだって言ってたっけ。
驚きで思考が脱線しちゃった私は、取りあえず予想外の発言をしてくれたシーファを横目で確認しながら、残りの2人の様子も伺う。
瞳に写るのは、驚いたような兄様とリーウェル。
シーファがそんな事を言うのは予想外だったのか、2人とも目を瞬きながらシーファを見ていた。
自分を見つめる視線に気付いたシーファは呆れたように、
「撒き餌にされたんだ。少しは考えるようにもなるさ」
心の奥底から言葉を紡ぐ。
こう見ると、兄様と同じ年に見えるシーファ。前がちょっと幼かったのね、といえばそれまでだけど。
兄様は背に隠した私を見た後、ハァ…と深いため息を落とすと、妥協した。珍しく。
「そうだね。取りあえず部屋に案内しよう。三人で…いや、四人でじっくりと話す事がありそうだしね」
訂正された兄様の言葉。
兄様と、リーウェルと、シーファで三人。もう一人は?
なんて首を傾げたら、私の背後に白兎の気配。
「俺ですよ」
珍しく影は纏わず、白兎は三人に対してこれまた珍しい笑みを浮かべていた。物騒な、ではなく、微笑に近い笑み。
「黄兎、緑兎、姫さんを頼む」
白兎の言葉と同時に、私の両脇に現れる黄兎と緑兎。
「姫様ごめんね」
「転移する」
左右の肩に手を置かれ、視界がぶれだす。
どうやらじっくり話す内容は、私には秘密らしい。
「実力行使はしないようにね。白兎が勝つから。
まぁ、それ以前に実力行使は、私がお仕置きするからね。花園の花ね、とっても繊細なの」
つまり、ここで攻撃系の魔力を放ったら、余波で影響を受けてしまうのね。
「転移で遠くに行くから影響は受けない──なんて言い訳は聞かないからね?」
消える直前、釘をさす事は忘れない。
その時の私の表情が10歳のレイのモノだったのか、それとも魂に刻まれた存在のモノだったのか。
意識していない私はわからなかったけど。
四人の顔面が蒼白になるのだけはわかった。