久しぶりの邂逅・1
その日の私は、夢を見てた。
この星の、過去の事。
「ねぇ奥さん。無理しちゃダメだよ? 身体が弱いんだから」
「大丈夫よ。これぐらい。土いじりだって好きだし、物作りだってもっと沢山したいし」
ベットの上、私は背にクッションを置いてもらって楽な姿勢で旦那と話してた。
旦那がこういうのには理由がある。
夏の暑い陽射しの中、ちょっと頑張ったら倒れたのだ。
魂とは違い脆弱な身体。でも、それは刻の賢者の魂の所為じゃない。この身体は産まれ付き身体が弱く、本当は産まれられないんじゃないかなと思ってた。
私の魂が宿ったおかげ、というのは言いすぎかもしれないけれど、それでもっているのは多分気のせいではないはず。
今の環境は結構好きだから、魔力は使わず身体に負担は掛けずをもっとうにのんびりと過ごしてる。使ったらそのまま死んじゃいそうだし。
それでも、多分あんまり生きれないんだろうなぁって思うけどね。
「うん。わかった。寝てるから」
きゅぅぅぅん、と。捨て犬よろしくとばかりに潤んだ瞳でジッと見られ、私はあっさりと折れた。
物語に出てくる金髪の綺麗な王子様、ではない私の旦那。十分綺麗、というよりかっこいいけどね。髪質はくせっ毛で肩にかかる髪を無造作に束ねてる。色は色素の薄い茶色に黄金色の瞳。無駄な筋肉が一切ないのか細く優男に見えてしまうけど、その力強さはマッチョには劣らない所かマッチョを陵駕すると思う。
この固そうなツンツンとはねた髪を触ると驚く程柔らかくて、この手触りが好きでよく触ってた。
照れる所か抱きしめ返して甘い言葉を囁く旦那は、生粋の誑しだと私は思っちゃうけどね。
「ねぇ…なんか失礼な事考えてない?」
「うぅん。考えてないよ? まったくこれっぽっちも考えておりませんとも。
そんな事より、ちゃんと寝てるからあの子たちの様子見てきて。はりきってたから心配なの」
「そんな事って……いや、見に行くけどね。奥さんに似て無鉄砲な所がある子たちだからさ」
「貴方似よ?」
遠慮なく言うと、肩を落として部屋を出て行く旦那。
だって、無鉄砲は私じゃないもの。
はぁ…今日はホントにちょっと疲れてるかも。
冷やした布が気持ちいいなぁ。
でも子供たちと遊びたいなぁ。
可愛いの。旦那に似ててくせっ毛で茶色に黄金の色彩で。
私に似た所はまったくないのは当たり前だけどね。
この外見は私の魂に刻まれた私だけのモノ。誰も受け継ぐ事は出来ない。
ちゃぷちゃぷと、机の上に置いてあった桶の水で布をひたし、適度に絞って額の上にのせる。
ちょっと寝ようかなぁ……。
「寝るから出てってくれない?」
相変わらず失礼な。
皇太后の寝室に魔法で侵入するとは。
宰相の魔法には防壁は発動しない設定だから、入りたい放題なのは知ってるけど。それに態々魔法でこなくても扉から入ってくればいいのに。
全て表情に出してた所為か、宰相がやっぱり眉間に皺を寄せて私のベットへと近付いてきた。
「相変わらず可愛げのない女だな」
そんな事を言いつつ、眼差しには不安や心配が含まれてて調子が狂う。
「熱が高いな」
「そうみたいね」
伸ばされた指先が私の頬や額を掠める。
私と宰相の体温が同じぐらいだから、熱いとわかるのよね。
「前より痩せたな。最近食も少ないと聞いた。死ぬ気か?」
ストレートな宰相。
まぁ、正直そんな所は嫌いじゃない。
「さぁ? 頑張って生きてるけど、心臓は他の人よりもたないかもね」
かも、じゃなくて、もたないけどね。
「15歳…か」
唐突な話題転換。私の子供たちの話し。
「大きくなったね」
私の子供たち。一生懸命学んで学んで、下の子なんて医学の道に進んでしまった。上の子は王になるって決めてるみたいだけど、協定は結ばれてるっぽいのよね。
どんな内容かは流石に知らないけど。
私の体の弱さが関係してるかも。なんて思ってる。
「お前に似なくて良かったな」
宰相は捨て台詞を残して、魔法で部屋を出て行った。
一体何しに来たんだか。
それに、嫌味にならないし。
私に似てたら嫌よ? こんな自由人は私だけで十分だし。
「ふぁ……無茶、してないかなぁ」
子供2人と迎えに行った旦那。
両方とも無鉄砲だから、やっぱり心配だったけど睡魔には勝てず、私の意識は沈んでいく。
十分幸せ。
十分生きた。
そろそろ、この身体を開放してもいいのかなぁ、なんて寂しい事を思いながら。
眠りへと誘われる。
「レーイ。起きて。風邪ひいちゃうよ?」
「………」
起こしてくれた声の主は兄様。
ん。そうだった。今の私はレイちゃんだった。
寝ぼけながら目を擦っていると、兄様の手がそれを優しく止めて濡れた布を目元へとあててくれる。
気持ちいいなぁ。
「部屋に行こうか? 眠たいなら眠った方がいいよ。ね。レイ」
頭を撫でられ、混濁した私の意識は更に引きずり込まれる。
夢なのか現実なのか。
鮮明すぎて境界線がおぼろげになるんだけど、眠たくてまぁ、いっか。なんて気分になってくる。
このまどろみが気持ちよくてね。
「……」
無言のまま頷くと、兄様に抱き上げられ歩く振動が伝わってきた。
んー。眠い。寝てしまおう。
そう決めた私の脳に、声が響いてくる。
兄様には聞こえない心話。これは、私の血を引いた存在だけが出来る、私への連絡方法。とは言っても無差別じゃなくて、居所がわからなかったり顔を知らなかったりすると使えない。まぁ、影は例外だけど。
つまり、こうして声が響くって事は私の子孫が私の居場所と顔を確認した証拠。
シーファを軽く手の平の上で転がしているイメージに、なんとなく私の血筋の印象が変わってきた気がする。
前の旦那がのんびり屋さんだったから、おっとりさんなイメージだったけどね。でも、よくよく考えてみると、後手に回るって事だけはなかったのよね。
私にはいつものんびりと後手後手って感じだったから気にしなかったけど。
――眠らないで。それは過去だよ。境界線は保って。逢いに行くから――
波紋を広げるようにゆっくりと私の中に響く声。
――俺たちを見て? 過去じゃない、今の俺たちを――
なんかおかしな事を言われてる気がする。
過去は過去で今じゃない。
でもその言われ方はまるで……過去も今も同じ存在だといわれている気がして、私は半分眠りについていた脳を覚醒させた。
「(起きたよ。会うって、いつ頃逢いにくるの?)」
兄様の腕の中で身動ぎを一つ。
眠ってるって思ってくれてるのか、私を揺らさないようにゆっくりと運ぶ。
――直ぐ。そう、直ぐだよ。だから、もう少し待ってて。ね、奥さん?――
別の声が脳裏に響く。
けれど私はその言葉に唖然として唖然として・・・・・・・・・・・・・
はい??
ちょっと待った。奥さんって…いやいやいや。だって既に鬼籍の人でしょ?
白兎ー、黒兎ー、黄兎ー、緑兎ー。聞こえるー?
私の脳の一部を読み取って。直ぐ! で調べて。お願い。
この思考は響かせず、私だけの中に留めておく。
――姫さん? どうした?? 相当慌ててるっていうか、また何かあったのか?――
白兎の心配そうな声。寧ろ心配を通り越して、私を翳らせる存在を全て消すと決めた決意の声。
そういう相手じゃないけれど、今の私はちょっとパニック状態に陥ってたかも。
この身体で産まれ、影を作って早数年。
前よりも完璧じゃなくなった私は、前よりも動揺するようになった。
「レイ。甘えていいよ。寧ろ甘えて。お願い」
私の動揺を感じ取ったのか、兄様が足を止めて私をジッと見ながら優しく頭を撫でる。片腕で私を持ち上げられ、尚且つ私が楽な体勢を維持出来るって事は見かけに反して力持ち。
「小さな手。小さな身体。小さなレイ。
急いで大人にならなくていいんだよ」
私の正体を知ってるのに、兄様は私を子ども扱いする。
それが心地よくて、くすぐったくて。
私は動揺して震える指先で兄様の衣服を掴んだ。
やっぱり、前よりも弱くなった気がする。
それはきっと、気のせいじゃないはず…