ある意味運命の相手・2
魂に刻み込まれた存在があった。
きっかけは、先祖が残した日記。
その先祖は、元々はこの国に使えた宰相だった。国王とは親友という存在らしく、彼を支えるのに不満はなく、生きがいにさえ思っていたらしい。
だが、先祖は、生きがいだったはずの国王の血筋を引きずり落とした。
彼の代でそれは叶わなかったが、彼の孫に当たる彼に似た存在は、彼が残した計画を忠実に実行し、この国の国王となった。
ただ、彼の孫の手記にはこう書いてある。
奪ったというより、譲られたようだ、と。
その言葉が示す通り、国民から何の不満もない国王の血筋から、自分の先祖へと国のトップが替わった時に混乱はなかったらしい。今の自分には想像さえつかない。
孫が彼から何を聞いていたのか。
それは、彼の血筋にあたる自分にもわからない。
ただ、彼の日記には、とある女性の事が書かれていた。
女に狂ったといえばそれまでだが、彼の日記に書かれた女性は印象的だった。
銀と、翠と、碧の色彩を持つ存在。
本来の爪と牙を隠して、艶やかに微笑む。
彼女は、還ってくる。
彼女がわかるように、迷わないように標をたてておこう。
その為に、国を、手に入れる。
それは彼の決意だったのか。
その彼の決意は、自分の胸にストンと落ちてきた。
銀と翠と碧。
見失わないように。
見落とさないように。
彼の変わりに、自分が彼女を手に入れよう。
彼女が本当に還ってくるなんて保証はないのに、それなのに確信していた。
彼女は還ってくると。
そして、見つけた。
それなのに、彼女への道のりは果てしなく遠い。
「で、その王子様なんの用かな? 特に外交の申し入れもなかったように思うけど」
微笑んでいるのは兄様。
人当たりの良さそうな笑顔に見せかけといて、内心はそれとは正反対。寧ろ極寒の地の如く吹雪が吹いていると思う。それにシーファも気づいているのか、兄様の笑顔には取り合わずに悠然と笑みを浮かべて見せた。
「まさかあの時の魔法を笠にきてここまで来るとは思わなかったけど、まったくもって歓迎なんかしてないよ?
あのふざけた言葉も何? 僕の可愛い妹を嫁に欲しいだなんてそんな身の程知らずも良い所の厚顔無恥な己を恥じるためにさっさと国に帰ればいいのに。
帰れないなら送ってあげようか? 影が遠慮なく返品してくれるけど寧ろそれがいいよね。そうしよっか」
兄様の長台詞。
ちなみに、私はというとこの場でソファーに腰をおろしてるわけでもなんでもなく、黒兎に連れてきてもらって、隠れてみていたりする。
シーファの執念を感じ取った黒兎は本当に嫌がったんだけど、せめて見るだけでも、という私の願いには逆らえず、妥協した結果がこれだった。
今の体勢はというと、黒兎に抱えられるように隠し部屋で寛ぎつつ、水晶にこの光景を映してティータイムを楽しみながら見ていたりするんだけどね。
黒兎が私を抱える理由は簡単。私の気配を消す為に覆い隠すように抱きしめてる。
部屋が快適温度なので、その辺りは気にならないけど、シーファが何かを言う度に黒兎の機嫌は急降下。
兄様の隣で私の真似をしてる白兎の機嫌も最悪的。
この分でいくと、黄兎と緑兎の機嫌も似たようなものだろうと思う。
で、極めつけは兄様の長台詞。アレは、相当きてる証拠なのね。
既に、外交を穏便に済ませようなんていう気は更々無い。兄様の言葉と同時に、黄兎と緑兎が転送陣を展開してるから、強制退去させる気満々なのよ。
私はある意味身動きがとれない状態だから事の成り行きは見守るだけで、シーファを助ける気はないけど。
なんだろう。
部屋に置いてある水晶。この部屋の水晶との対になってるやつね。
それをじーっと見てる気がする。
「…姫様。やっぱアレ、記憶消そう」
あ、黒兎も気付いてた。つまり私の勘違いではないんだけど、黒兎の妥協に私はついつい頭を撫で撫でとしていた。
前は問答無用で消そう、の一言だったしね。
「良い子良い子」
「……姫様。どうせなら、俺が撫でたい」
「ん。そうだね」
聞いているようで聞いていない私の言葉に、黒兎は軽く息を落とすけど、諦めてくれたみたいで私のされるがままになっている。
黒兎の膝の上で方向転換して、黒兎を撫でているから結構距離は近いけど、いつもの事なので気にせず撫でていると、水晶の端が光ったような気がして視線を水晶に戻した。
「…何、あれ?」
シーファが何かをしたのはわかるけど、肝心のシーンを見ていないからいまいちよくわからず、黒兎に聞いてみる。
「無詠唱。探査。でも、ここは弾いた」
「……執念だよね」
この部屋の存在はわからないはずなのに、と、肩を竦める私。黒兎は色々と思う事があり過ぎて逆に言葉がないみたい。
口を固く閉ざし、水晶に映るシーファを射殺しそうな眼差しで見つめるだけ。
他の影の様子が気になった私は、とりあえず他の水晶で映してみたけど……黒兎と似たような表情を浮かべて物騒な呪文を唱え始めてた。
私や私の影は、大体無詠唱で呪文は発動出来ちゃう。陣を組む時は魔力の流れをコントロールするだけだからやっぱり無詠唱。
でも、時々、ちゃんと呪文を唱える時がある。
それは、針の穴に糸を通すようなコントロールを重視する時で、いつもは初級の魔法をぶっ放す程度なんだけど……見た所、略さずしっかりと対個人用の上級……ううん。最上級の呪文を歌でも歌うかのように口ずさんでいた。
あぁ。結構ヤバイ。
どうしよう。なんてちょっと困ってると、シーファの向かい側で兄様が不敵に笑ったのがわかった。
「兄様??」
「変質者だね。そんな事をやってると嫌われてしまうよ?
あぁ、もう嫌われてるから姿を現さないんだよね。ごめんごめん。可哀想に。初恋だった? 初恋は実らないって言われるけど、実らない所か嫌われてその姿を見る事さえ叶わないなんて……悲しすぎて涙が出ちゃうよね」
兄様の笑顔が、輝いて見えました。
「じゃ、今回はおとなしく帰ろっか?
そんなにしつこく追いかけると、ただでさえ嫌われているのに更に逃げられてしまうよ? ひょっとしたら遠くの国へ嫁いじゃうかも。
そうなったら…どうしよう? 原因になった相手を僕は許せないかもね」
綺麗過ぎる兄様の微笑み。
これには、流石のシーファも圧され気味。けれど見ていて気付いたけど、圧されてるけど負けてはないのよね。
やっぱりしぶとい。
「俺は会って連絡交換するまで帰らない! これは俺個人の問題であって国は関係ないけど……そうだな」
ここで、シーファが言葉を区切る。
なんだろう? この後の言葉が気になった私は、黒兎の膝の上から水晶に近づく為に身体を乗り出すようにシーファの言葉を待った。
「でも、今の俺の国は滅ぼしたくないだろ?
元々の血脈の行方を知ってるのは、俺だけだし」
「やられたっ」
シーファの言葉に私は叫んでいた。
絶対、私の正体に気付いてる。これは、確定。
「黄兎、緑兎、詠唱を止めて戻ってきて。白兎は…任せるね」
白兎に伝え、私は自室の奥へと篭る。
その後、私が見ていなかった場所で白兎は、私の姿で悠然と微笑むと、
「姫さんを付け狙う変質者は性質が悪いと思ってたけど……脅迫ね。ふぅん……」
淡々と白兎の口から紡がれる言葉。
詳しく事情を知らない兄様は、黙って白兎の言葉を聞いている。
私に出会う前の。ううん。それ以上に無機質な表情を浮かべ白兎は私の姿ではなく、本来の姿でシーファに対峙すると、もう一度口をゆっくりと開いた。
「どうしてくれようか」
部屋の気温が一気に下がり、尋常じゃない圧迫感を感じさせる白兎に、シーファは足を一歩前へと踏み出す。
「望むところだ」
シーファも負けてはいなかった。
どうしてそこで負けないのか。
圧倒的な実力差に折れないのか。
きっと宰相が何かを残したんだと思うけど、あの腹黒宰相の考える事なんて、今の私にわかるはずもなかった。