番外編~刻の賢者とシロウサギ・5
白兎の独白っぽいです。
別に、気付いたからって何がどうなるわけでもない。
目の前の少女の表情は相変わらず笑みのまま。
隣の兎は相変わらず腹のたつ表情のまま。
何かが劇的になんか変わるわけがない――のに。
俺はどうして、少女に対して戸惑っているのだろう。
十数年生きてきた感情がこの数日で変化するはずがない。
例え俺の世界に色が戻ったとしても、俺が変わるはずが無い。
そう。
世界は何も変わらないと、俺は思いたい。
「ねぇ…白兎」
少女の声が耳に心地よく響く。
「お前は、俺に何をした?」
でも、俺は応えない。
一方的に言葉を投げつける。
この、意味が解らないモノが契約の影響だというのか。
契約を破棄すれば、俺は元に戻るのか?
「契約をしただけ。力と知恵は人外。後はご飯は美味しく食べれた?」
少女は、あえて俺を見ないのか、視線は兎の方を向いて言葉を紡ぐ。
会話をしているはずなのに、どこかかみ合わない会話。
俺が、よくやる事。
見ているようで見ていない。
認識しているようで、していない。
世界はモノクロで、ただ、時間だけが流れるだけ。
「別に……俺はただ果てるだけだ」
少女の問いには一切答えない。
少女もそれについては何も言わない。
別に、気まぐれだろう?
お互いがこんなありえない時間を過ごした事がその証拠。
俺が殺そうとしないなんて。
少女が俺を見ようとしないなんて。
ありえないだろう?
「捨てるなら、ちょうだい。捨てるぐらいなら、私と生きない?」
淡々とした少女の声が白の空間に響き渡る。
いつもはうるさい程何かを話す兎は口を噤んだまま。
俺の出方を見ているだけ。
いつの間にか目の前の鍋は消えていて、居住スペースも消えていて。
そこにいるのは俺と少女だけ。
兎の存在はわかる。見えないだけで、居るって事ぐらいわかる。
それがどんな意味を持つのか。
今の俺にはわかってしまう。
こんな短期間で劇的に何かがかわるわけがない。
例え俺の中が変わったとしても、今まで生きてきた精神までもがかわるわけがない。
少女もそれをわかっているのか、兎と同様口を噤み、俺に背を向けた。
一切、少女の表情を伺う事が出来ない。
俺から、見る事も叶わない。
少女が、俺を視界に映す事もない。
どうして俺は今、それを寂しいと感じるのだろう・・・・・?
この数日の生活の変化できっと、俺の心は完全に壊れたのかもしれない。
だから今、寂しいなんて思うのだろうか。
それでも、俺はそれを認めたくなくて、少女から視線を逸らしたまま唇を噛み締めた。
それを認めてしまったら、認める前の俺にはもう二度と戻れないという確信があって、失いたくないという恐怖が生まれる。
わかっているからこそ、俺は足掻こうとした。
「ねぇ、白兎。
とりあえず、お試し期間っていう事で、私の影をやってみない?」
相変わらず顔の見せない少女の声が、俺の耳に届く。
ここで俺がそれを突っぱねれば、俺と少女の繋がりは完全に途切れるだろう。
あの生意気で煩い兎も、俺の中に戻るだけ。
いつものように、拒否すればいい。
そうすれば、俺の日常が帰ってくる。
のに。
俺は震えてガチガチと鳴る歯を噛み締めようと力を籠めるが、その震えは全身へと広がり力を籠める事さえ叶わない。
思っている事を口にするだけなのに、俺自身がそれを拒否するように言葉を紡ぐ事を拒絶する。
「白兎」
少女が、目の前で俺を見上げる。
初めて綺麗だと思った、存在が、その瞳に俺を映しこむ。
全身に広がる震えは段々と痺れをかわり、立っていられなくなった俺はその場へと座りこもうとした。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
そんな俺を、少女が抱きとめる。
小さな少女が俺を支えきれるわけもなく、一緒に地面へと崩れ落ちるが、俺は腕を地面へと突き出し、逆の腕で少女を抱え込んだまま俺の上へと少女を逃がす。
俺の下になれば、少女が怪我をするかもしれない。
あぁ。それは嫌だなぁ。
「大丈夫?」
小さな温もりが俺の腕の中に在る。
殺そうとしても殺せなくて、俺より強くて、俺を置いていかない存在がいる。
「白兎…?」
「俺はまだ・・・・・そんな名前じゃない」
声を、絞り出した。
でも、それは拒絶の響きはなく、少女はそっと微笑んだ。
奥底で、兎が笑った気がする。
素直じゃないと――――…笑った。