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第6話 ダンジョン消失の影響

「まじかよ」


朝の光が薄いカーテン越しに差し込む自室で、俺は帳簿を前に頭を抱えていた。机の上に散らばった羊皮紙の数字が、まるで俺を嘲笑うかのように踊って見える。何度計算し直したところで、現実は変わらない。ダンジョンで手に入るはずだったゴーレムの魔石や古代の遺物。その売却益をあてにしていた俺の財政計画は、完全に破綻していた。


月の収入、ゼロ。


その冷酷な現実が、胸の奥に重い石のように沈んでいく。家からの送金だけでは、日々の生活費すら厳しい。研究活動なんて夢のまた夢だ。額に手を当てると、じっとりとした冷や汗が滲んでいる。


(くそっ、あのダンジョンは最高の収益源になるはずだったのに)


ゴーレムの魔石一つで、一般市民の月収分。古代の遺物なら、その十倍は下らない。それが全部パーだ。引き出しの中には、ダンジョン探索用に買い揃えた高級ポーションが、皮肉な輝きを放っている。今となっては、ただの不良在庫だ。


(売るか? いや、買い取り価格は半額以下だろうし)


思考が堂々巡りする。まるで、メモリリークを起こした古いプログラムのように、同じ場所をぐるぐると回り続けている。


コンコン。


控えめなノックの音に、俺は顔を上げた。


「アルト様、朝のお茶をお持ちしました」


リリウムが、音もなく部屋に入ってくる。銀髪を完璧に結い上げ、染み一つないエプロンを身につけた彼女は、まるでこの世の不条理など存在しないかのように、優雅な所作で紅茶を差し出した。


「あらあら、アルト様。まるで期末の予算編成に苦しむ小国の財務大臣のようなお顔です」


「リリウム、俺は笑えないんだが」


「それは大変でございますね。笑顔は万病の薬と、古い格言にもございますので」


「そういう意味じゃない」


俺は力なく帳簿を指差す。リリウムはそれを覗き込み、小さく首を傾げた。


「なるほど、金銭的にお困りのようですね。では、わたくしの給料を削減していただいても構いません」


「いや、それは」


「冗談でございます。わたくしはボランティアで働いておりますので」


「ボランティアって、それはそれで問題だろ」


「問題ございません。わたくしは、アルト様のお世話をさせていただくことで、生きがいという名の『精神的報酬』を得ておりますので」


「生きがいって」


リリウムは悪戯っぽく微笑む。その笑顔の裏に何があるのか、相変わらず読めない。


「ところで、アルト様」


「なんだ?」


「お金がないなら、宝くじを買えばよろしいのでは?」


「は?」


「この国には宝くじという制度がございまして、一枚銅貨一枚で、当たれば金貨千枚でございます。夢がございますでしょう?」


「その夢が叶う確率、隕石に当たって死ぬより低いだろ。非合理的なギャンブルは性に合わん」


「でも、可能性はゼロではございません」


「ゼロに等しいと言っている」


リリウムは心底残念そうに肩をすくめる。


「では、路上で大道芸はいかがでしょう? アルト様の演算魔法を使えば、きっと人気者に」


「俺を見世物にする気か」


「失礼いたしました。では、わたくしが大道芸を」


「お前がやるのかよ」


「得意技は皿回しでございます。三枚同時に回せます」


「なんでメイドが皿回しをいや、もういい」


彼女の突拍子もない提案に、張り詰めていた思考が少しだけ和らぐ。こいつは、いつもこうだ。俺が煮詰まっていると、絶妙なタイミングで、どうでもいい話をしてくる。


(もしかして、計算でやってるのか?)


俺は深くため息をついた。貴族社会における「金」の重要性と、自身の計画の脆さを痛感する。


金策に行き詰まった俺は、気分転換に亡霊との戦闘記録を分析することにした。


「まったく、どうしたものか」


椅子にもたれかかり、天井の小さな染みをぼんやりと見上げる。春の午後の陽光が、窓の向こうで小鳥たちのさえずりと共に踊っている。だというのに、俺の心は灰色に沈んでいた。


(そうだ、ダンジョンで得た知識を整理してみよう)


俺は演算魔法を起動し、ダンジョンでの戦闘記録を詳細に再生する。亡霊との戦闘が、頭の中で立体映像のように蘇った。あの時は必死で気づかなかったが、冷静に分析すると興味深いことが見えてくる。


(あの亡霊の空間転移トラップ…)


記憶の中で、亡霊の魔法が複数の地点に同時に発動する様子を観察する。俺はその精密さに改めて驚嘆した。


(待てよ…これは単なる攻撃魔法じゃない)


よく見ると、亡霊の魔法は複数の座標に正確な空間情報を同時送信し、それぞれの地点で同じ魔法を実行させていた。まるで現代のネットワーク通信のように。


(複数の対象に同時に正確な情報を伝達し、実行させる…これは高度な情報通信システムだ)


俺の中で何かが閃いた。古代魔法の真の価値は「威力」ではなく「情報処理技術」にあったのではないか。


(この『情報を魔力に乗せて遠隔地に伝達する』という仕組みだけを抽出できれば…)


リリウムは相変わらず部屋の掃除をしている。既にピカピカに磨き上げられた家具を、更に丁寧に拭き上げる様子は、まるで瞑想でもしているかのようだ。彼女の動作には一切の無駄がなく、見ているだけで心が落ち着いてくる。


「リリウム、もう十分きれいだろ」


「いいえ、アルト様。完璧な環境こそが、完璧な思考を生むのです。埃は、思考のノイズになりますわ」


「哲学的だな」


「埃の哲学は、メイド学の必須科目でございます」


「そんな学問があるのか」


俺は首を振り、意識を切り替える。


「よし、実際に試してみるか」


俺は机の上に古いスクロールを二枚並べた。一枚は情報を送る側、もう一枚は受け取る側だ。


「まずは基本的な制御魔法から」


右手を一枚目のスクロールにかざし、文字を浮かび上がらせる術式を発動する。だが、演算魔法を長時間使った後だと、魔力の調整が思うようにいかない。


『テ■ト』


文字が歪んで表示される。魔力が不安定だ。


「集中し直すか」


深呼吸して、再度挑戦する。今度は慎重に、魔力を絞りながら。


『テスト』


今度はうまくいった。だが、すでに額に汗が滲んでいる。


「次は転送だが」


古代魔法の術式を思い出そうとするが、戦闘の記憶は断片的で、全体像が見えない。推測で術式を組み立てるしかない。


二枚目のスクロールに向けて、ゆっくりと魔力を送り込む。


パチッ!バチバチッ!


突然、両方のスクロールから激しい火花が散った。


「うわっ!」


慌てて魔法を中断するが、スクロールは真っ黒に焦げてしまった。部屋に焦げ臭い匂いが立ち込める。


「アルト様?」


リリウムが心配そうに覗き込んでくる。


「魔法の実験で失敗されましたか?」


「ああ。古代魔法の術式が思っていたより複雑で」


俺は焦げたスクロールを調べる。真っ黒に焦げて、もはや紙の原型を留めていない。


「アルト様、少し拝見してもよろしいですか?」


リリウムがスクロールを手に取り、じっと観察する。


「これは魔力のオーバーフローですわね。古代魔法の伝達術式は、現代の制御魔法とは根本的に仕組みが違うのです」


「違う?」


「ええ。現代魔法は『魔力を制御して形にする』のに対し、古代魔法は『魔力の法則性そのものを書き換える』のです。全く別の技術体系ですわ」


俺は愕然とした。つまり、俺が今までやってきたアプローチ自体が間違っていたということか。


「じゃあ、どうすれば」


「まず、古代魔法の基礎理論から学び直す必要がございますわね。それには相当な時間が」


「時間?」


「少なくとも数ヶ月は」


俺の頭の中で、甘い計画が音を立てて崩れていく。


俺は頭を抱える。数ヶ月も勉強している余裕はない。今すぐ金策が必要なんだ。


「でも、もしかしたら別のアプローチがあるかもしれません」


リリウムが慎重に口を開く。


「別のアプローチ?」


「古代魔法をそのまま使うのではなく、『古代魔法の結果だけ』を模倣するのです」


「模倣?」


「ええ。例えば、遠くの人と話せる『伝達の石』という古代の道具があります。仕組みは分からなくても、同じような効果を現代魔法で再現できるかもしれません」


俺は目を見開いた。確かに、それなら現実的かもしれない。


「でも、そんな都合よく古代の道具なんて」


「実は、学園の地下倉庫に眠っている可能性が」


「本当か?」


「わたくしの500年の経験則が、そう告げております」


「500年って、お前まあいい」


俺は焦げたスクロールを片付けながら続ける。


「でも、今日の実験でも分かった。理論と実践は違う。まだまだ課題が山積みだ」


「そうですわね。でも、失敗は成功の母と申します」


「まあ、確かに今日の失敗で分かったことがある」


俺は新しい羊皮紙を取り出し、実験結果をメモする。


『問題点:魔力の制御が不安定、距離による減衰、干渉の発生』


実際に手を動かしてみると、頭の中だけで考えていた時には気づかなかった問題がいくつも見えてきた。


「そういえば、アルト様」


「ん?」


「古代魔法といえば、昔はパンを焼く魔法もあったそうでございます」


「パンを焼く?」


「はい。一瞬で外はカリッと、中はふっくらと焼き上がる、素晴らしい魔法だったとか」


「それ、オーブンでよくないか?」


「魔法の方がロマンがありますわ。焼き加減のを調整したり」


「ロマンでパンは焼けないだろ」


「でも、愛情は込められます」


「愛情も熱源にはならない」


リリウムは不満そうに頬を膨らませる。


「アルト様は夢がありませんわね」


「現実主義なだけだ」


午後、俺は気分転換に廊下を歩いていた。頭の中は相変わらず金策のことでいっぱいだ。


学園の廊下は、放課後特有の活気に満ちている。高い天井に響く生徒たちの笑い声、石床を蹴る軽やかな足音、そして教室の向こうから時折聞こえてくる魔法の練習音――パチパチと弾ける火魔法の音や、シューッと風を切る風魔法の音。


陽の傾いた窓からは、金色の光が斜めに差し込んで、空気中の小さな埃を照らし出している。平和で豊かな学園生活。だが俺にとっては、それが今や贅沢品に思えてならない。


(何かないかな手っ取り早く稼げる方法)


すると、前方から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「またA組の連中だけが、明日の抜き打ちテストの情報を知ってたらしいぜ」


マーカスだ。他のB組の生徒たちと、階段の踊り場で溜まっている。


「ずるいよな。俺たちには情報が回ってこないから、いつも不利なんだ」


「生徒会のコネがある奴らは違うよな」


その隣にいるのは、同じくB組のロバート。商人の息子で、いつも金のことばかり考えてる奴だ。


「これじゃ成績に差がつくのも当然だ」


「そうだそうだ。不公平すぎる」


C組のピーターも加わっている。この学園で一番成績が悪いクラスだ。


「俺たちは情報弱者なんだよ」


彼らの愚痴は続く。俺は立ち止まり、その会話に耳を傾けた。


(情報の非対称性か)


いつの時代も、情報を持つ者が勝つ。それは現代でも、この異世界でも変わらない真理だ。


「そういえば、昨日の魔法薬学の講義も、A組だけ事前に課題を知ってたって話だぜ」


「マジかよ。それはひどいな」


「教授のお気に入りがいるんだろうな」


(逆に言えば、この格差を埋めるシステムには、金銭的な価値が生まれるはず)


俺の頭の中で、さっきの「情報伝達技術」とこの「情報格差」が、APIのように綺麗に接続された。


「情報格差情報の非対称性」


呟きながら歩を進める。彼らの近くを通りかかった時――


「よう、アルト!」


マーカスが俺に気づいて手を振る。


「なんだ、浮かない顔して。また何か実験で失敗したのか?」


「どうして分かる?」


「ここのところ、変な焦げ臭い匂いが廊下に漂ってるからな」


ロバートが笑いながら加わる。


「俺たちの部屋まで匂いが届いてるぞ。何を燃やしてるんだ?」


「スクロール」


「スクロール?」


ピーターも興味深そうに覗き込む。


「もしかして、魔法の道具を作ってるのか?」


俺は迷ったが、彼らなら協力してくれるかもしれない。


「実は、情報を遠くに送る魔法を作ろうとしてるんだが、うまくいかなくて」


「情報を遠くに? それって、魔法便みたいなものか?」


マーカスが目を輝かせる。


「魔法便?」


「ああ、うちの親父がよく使ってる。商人同士で価格情報を交換するんだ」


「でも、あれは高いんだよな」


ロバートが頷く。


「一回送るのに銀貨一枚。しかも成功率が低いから、大事な用件は何度も送り直さないといけない」


俺は興味を引かれた。既存のサービスがあるということは、需要は確実にあるということだ。


「その魔法便、どんな仕組みか分かるか?」


「確か、特別な魔法紙を二枚一組で購入して、片方に書いた文字がもう片方に現れる仕組みだったと思う」


マーカスが記憶を辿る。


「でも、魔法紙が高いんだ。一組で銀貨一枚。しかも距離が離れるほど失敗しやすくなって、王都から隣街でも成功率は六割程度」


「そうそう。それに、魔法紙は一回使ったら終わり。使い捨てなんだ」


ロバートが補足する。


「おまけに、文字数制限もある。せいぜい一行か二行程度しか書けない」


「一対多なんて夢のまた夢。魔法紙を人数分買わないといけないから、コストが馬鹿にならない」


俺の頭の中で、新しいアイデアが形になり始める。


「一対多つまり、一つの情報を複数の相手に同時に送れれば」


「コストが劇的に下がるな」


ピーターが目を輝かせる。


「でも、そんなことできるのか?」


「分からない。でも、やってみる価値はある」


俺は彼らを見回す。


「もし本当にそんなシステムができたら、使うか?」


「当たり前だ!」


マーカスが即答する。


「でも、いくらぐらいになるんだ?」


「魔法便は成功率六割で銀貨一枚、失敗を考えると実質二枚近くかかる。それが、もし確実に届いて、銅貨十枚で月額利用し放題だったらどうだ?」


「破格だ!」


ロバートが身を乗り出す。


「でも、そんなに安くして採算は取れるのか? 魔法紙を作る職人のギルドは、原価の十倍で売ってるって聞くぞ」


「魔法紙を使わない、全く新しい方法を使えば原価を大幅に下げられる。利用者が多ければ問題ない。量で勝負だ」


「なるほど、既存の魔法紙ギルドの独占を崩すってことか」


商人の息子であるロバートは、すぐに理解した。


「でも、ギルドが黙ってないだろうな。あいつら、新技術を潰すのは得意だから」


「それなら俺も協力する。情報収集とか、宣伝とか」


「俺も手伝うぞ!」


ピーターも手を挙げる。


思わぬ協力者が現れて、俺の心は躍った。


翌日の夕方、俺は約束通りセレスを図書館に呼び出していた。


「で、何の相談なのかしら?」


静寂に包まれた図書館の一角。セレスは完璧な姿勢で椅子に座り、金髪を軽く揺らしながら俺を見つめていた。表情は中立的だが、その碧眼には微かな好奇心が見て取れる。


「実は、学園で情報格差の問題を解決するシステムを作ろうと思ってるんだ」


「情報格差?」


「A組は常にテスト情報や講義の詳細を事前に知ってる。でも、B組やC組にはその情報が回ってこない。この不公平を何とかしたい」


セレスは眉を顰めた。その表情には、最初は理解しきれないような困惑が浮かんでいる。


「それは...各自で情報収集すればいいのでは? 私は自分で先生方に聞いて回っているけれど」


「君は公爵令嬢だからな。先生たちも丁寧に教えてくれるだろ」


俺の指摘に、セレスの表情がはっとしたものに変わる。


「あ...そうね。私の立場だから、みんな親切にしてくれるのかも」


初めて、自分の恵まれた立場に気づいたような表情だった。


「でも、そのシステムって、具体的にはどういうもの?」


俺は懐から簡単な図表を取り出した。昨夜リリウムと議論して作った、システムの概要図だ。


「魔法を使った情報伝達システムだ。一度に複数の人に情報を送れる仕組みを作ろうと思う」


「みんなで情報を共有する、ということ?」


セレスの声に、微かな興味の色が混じった。


「そうだ。誰かが有用な情報を得たら、それをシステムに投稿する。すると、登録した全員がその情報を受け取れる」


「みんなで、一緒に...」


セレスは小さく呟いた。その表情に、何か特別な感情が浮かんでいる。


「どうした?」


「いえ、その...なんでもないわ」


慌てたように手を振るセレス。だが、その頬は僅かに赤らんでいた。


「でも、そういうシステムがあったら」


「あったら?」


「みんなと同じ情報を共有できて、同じ立場で話せるのかしら」


セレスの声は、いつもより小さくて弱々しかった。


「同じ立場?」


「私、いつも『公爵令嬢として』扱われるの。みんな敬語で話すし、気を遣ってばかりで」


俺は驚いた。セレスが、こんな風に本音を漏らすなんて。


「本当の友達が、いないのよ」


彼女の声は、寂しさに満ちていた。


「友達になろうとしても、相手はいつも『セレスティーナ様』として私を見てる。対等に話してくれる人なんて」


セレスは俺を見つめた。


「あなたくらいよ。普通に話してくれるのは」


俺は胸に暖かいものを感じた。一年前のアイス事件の時も、セレスは同じことを言っていた。


「そのシステムで、みんなと繋がれるなら」


「みんなと?」


「情報を共有して、一緒に勉強して。普通の生徒として、みんなと同じ立場で」


セレスの目が輝いた。まるで子供のように純粋な期待の光だった。


「そうか。君も仲間が欲しかったんだな」


「べ、別に仲間なんて大げさな!ただ、その...情報格差の是正は重要だと思っただけよ」


典型的なツンデレ反応だが、その表情は嬉しそうだった。


「それで、私にできることはある?」


「君に協力してもらえるのか?」


「もちろんよ。でも、私は魔法の技術とかは詳しくないから」


「大丈夫だ。技術以外にも、やることはたくさんある」


俺は身を乗り出した。


「システムを使う人たちに説明したり、問題があった時に対応したり」


「それなら私にもできそうね」


「それに、君がいれば、みんなも安心して使ってくれるだろう」


「私が?」


「ロレンス公爵家の令嬢が関わってるシステムなら、信頼性が高いと思ってもらえる」


セレスは複雑な表情を見せた。


「また、私の立場を利用するのね」


「あ、すまん。嫌だったら」


「いえ、構わないわ」


セレスは小さく微笑んだ。


「その立場が、みんなの役に立つなら。それに」


「それに?」


「そのシステムを通じて、みんなと普通に話せるようになるかもしれないし」


彼女の声には、希望が込められていた。


「でも、技術的な課題はどうするの? 古代魔法の応用なんて、難しそうだけど」


「実は、そこでもう一人協力者がいるんだ」


「もう一人?」


「オルバン教授だ。古代魔法の専門家として、技術面で指導してもらえないかと思って」


セレスの表情が明るくなった。


「オルバン教授なら、きっと興味を持ってくださるわ。あの方は新しい研究がお好きだから」


「君から紹介してもらえるだろうか?」


「もちろんよ」


セレスは嬉しそうに頷いた。


「でも、アルト」


「なんだ?」


「このプロジェクト、本当にうまくいくかしら?」


セレスの声には、不安と期待が入り混じっていた。


「分からない。でも、やってみる価値はあると思う」


「そうね。私も、みんなと普通に話せるようになりたいから」


俺は思わず笑った。


「成功したら、みんなでアイスでも食べに行こう」


「アイス!」


セレスの顔が一気に明るくなった。


「あの時みたいに?」


「そうだ。今度はみんなでな」


セレスは嬉しそうに微笑んだ。普段の完璧な令嬢の仮面を脱いだ、素直な表情だった。


その時、図書館の入り口から、銀髪のメイドがひょっこりと顔を覗かせた。


「アルト様、お探ししましたわ」


リリウムだ。彼女は俺たちの様子を見て、満足そうに微笑んだ。


「あら、セレスティーナ様もいらっしゃいますのね。とても楽しそうにお話しなさっていますが」


「ええ、アルトと面白い話をしているの」


セレスがリリウムに答える。その口調は、いつもより自然だった。


「それは良かったですわ。では、オルバン教授との面談の件ですが」


「リリウム、まるで俺たちの会話を聞いてたみたいだな」


「偶然ですわ。メイドの勘といいますか」


俺は首を振った。この子の「偶然」は、いつも都合が良すぎる。


「それで、オルバン教授にはいつ会えるんだ?」


「実は、もうお約束を取ってございます」


「え?」


「明日の放課後、教授の研究室でお会いしていただけることになっております」


俺とセレスは顔を見合わせた。


「すごいじゃない、リリウムさん。ありがとう」


セレスがリリウムに礼を言う。その様子は、対等な友人に接するような自然さだった。


「どういたしまして、セレスティーナ様」


リリウムも、いつもより親しみやすい口調で応える。


「三人で力を合わせれば、きっと素晴らしいシステムができるでしょうね」


「三人で、か」


セレスは嬉しそうに呟いた。


「みんなで一緒に何かをする...久しぶりね」


窓の外では、夕日が王都の街並みを金色に染めている。新しい挑戦への期待と、そして初めて得られるかもしれない「普通の友達」への憧れが、セレスの表情を輝かせていた。


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