最初の仲間と「聖水」のトリック
獣人――名を「ガルド」という――の命を救ったことで、俺は彼らの集落に客人として迎え入れられた。
ガルドは見た目の獰猛さとは裏腹に、義理堅い男だった。俺が施した「治療」に深く感謝し、俺を命の恩人として扱ってくれた。もちろん、その治療法はすべて視聴者、特に『サバイバルオタ』のスーパーチャットのおかげなのだが。
「ケンタ殿、貴殿はいずれ、この森を出ていくのだろう?」
焚き火を囲みながら、ガルドが尋ねてきた。
「ああ。街に出て、情報を集めたいと思ってる」
「ならば、我が師を紹介しよう。あの方ならば、きっとお前の力になる」
視聴者A: 師匠イベントきた!
視聴者B: これ絶対仲間になるやつ!
名高いゲーマー佐伯: ケンタ、この申し出は絶対に受けろ。序盤の師匠キャラは、スキルや強力な装備をくれる重要NPCだ。
もちろん断る理由はない。俺は二つ返事で了承した。
数日後、ガルドに連れられて森の奥深くへ向かうと、そこには古びた一軒家があった。家の前で薬草を干していたのは、俺が想像していた屈強な獣人とは似ても似つかない、小柄な女性獣人だった。
狐のようにしなやかな身体つきに、赤茶色の毛皮。ピンと立った耳と、ふさふさの尻尾。そして何より、その双眸は老獪な賢者のように鋭く、俺の本質まで見透かしているかのようだった。
「師匠、お客様をお連れしました。命の恩人、ケンタ殿です」
「……ふむ。お前が、ガルドの傷を癒したという人間か」
彼女こそ、ガルドの師匠、フェル。この森を知り尽くす薬師であり、老練の狩人でもあった。
フェルは俺を一瞥すると、鼻をひくつかせた。
「奇妙な匂いのする人間だ。お前からは、鉄と硝子と、よく分からん『電気』みたいな匂いがする」
「で、電気!?」
ドキリとした。この獣人、俺の正体というか、異世界人であることを見抜いているのか?
視聴者C: 獣人の嗅覚すげえなw
視聴者D: VR機器の匂いとかが再現されてんのか? このゲーム、ディティールが異常だろ。
視聴者はゲームの設定だと感心しているが、俺は冷や汗が止まらない。
だが、フェルはそれ以上追及せず、「まあよい。客人はもてなすのが森の流儀だ」と、俺たちを家の中に招き入れた。
彼女の家は、様々な薬草や鉱石で満ちていた。その中で、俺はある問題に直面する。この集落では、飲み水が慢性的に不足しているらしのだ。近くの川は生活排水で汚染され、安全な飲み水は遠くの泉まで汲みに行かねばならないという。
「何かいい方法はないもんか…」
俺がボソリと呟くと、コメント欄が即座に反応した。
化学教師の卵: ケンタさん、チャンスですよ!
ケンタ: (チャンス?)
化学教師の卵: 原始的な濾過装置を作りましょう! 必要なのは、砂と、砂利と、そして『炭』です!
アウトドア好き: 炭か! 確かに炭には不純物を吸着する効果がある!
土木作業員: ペットボトルがあれば簡単なんだがな…w なければ、木の皮を筒状にして、布で仕切りを作ればいけるはずだ!
これだ!
俺はすぐに視聴者の指示に従った。ガルドに手伝ってもらい、太い木の幹をくり抜いて筒を作る。次に、着古した服の切れ端を仕切りにして、下から「砂利」「砂」「砕いた炭」「砂」の順に層を重ねていく。即席の濾過装置の完成だ。
フェルは、俺が泥水を汲んで、奇妙な筒の上から注ぐのを、訝しげな顔で見ていた。
「ケンタ、何をしておる。そんなもので水が綺麗になるものか」
「まあ、見てなって。師匠」
俺がニヤリと笑い、筒の下に置いた器に視線を送る。
汚れた泥水が、幾重にも重なった濾過層をゆっくりと通過していく。そして、筒の底から、ぽたり、ぽたりと透明な雫が滴り落ち始めた。
器に溜まった水は、泥水だったのが嘘のように澄みきっている。
ガルドが恐る恐るそれを指ですくい、口に含んだ。
「……! 師匠! 泥の味も、臭いもしません! ただの真水です!」
「馬鹿な……!?」
フェルが目を見開いて絶句する。彼女は自分で水を確かめると、信じられないといった表情で俺と濾過装置を交互に見た。
「これは……魔法か? 人間は、こんな奇跡を使えるのか?」
俺は胸を張って答えた。もちろん、最高のドヤ顔で。
「魔法なんかじゃない。ちょっとした『知識』さ」
この一件で、俺はフェルからも絶大な信頼を勝ち取った。
彼女は俺に、狩りの技術、薬草の知識、そして何より、この世界で生きていくための知恵を授けてくれることを約束してくれた。
【あなたは『濾水装置の創造主』の称号を得ました】
【フェルがあなたの仲間になりました】
ウィンドウに浮かぶ文字に、俺はガッツポーズをした。
そして、この配信は地球側でも大きな反響を呼んでいた。
『Project: ASTRAL』のチャンネル登録者数は、あの日佐伯が掲示板に書き込んでから、爆発的に増加。数日で1万人を突破していた。
コメント欄は常に数百のコメントで溢れかえり、俺の一挙手一投足に、地球の知識が集約されていく。
名高いゲーマー佐伯: 汚染水を浄化して信頼を得るとは…王道のクエスト攻略だ。素晴らしい。
理系の大学院生: ろ過の原理は高校化学の基礎。だが、それを異世界で実践するという発想が凄い。
歴史学者: 古代ローマでも、水道橋で同様の技術が使われていた。まさに文明の黎明期を見ているようだ。
視聴者たちは、俺の行動を「見事なゲームプレイ」として称賛し、熱狂していた。
彼らが提供した知識で、俺が異世界で英雄になる。その英雄譚を、彼ら自身が楽しむ。最高のエンターテイメント・ループが完成しつつあった。
俺は、獣人の師匠という強力な後ろ盾と、数万人のブレーンを手に入れた。
この力があれば、どこまでだって行ける。
「次は、街に出て金を稼ぐぞ!」
俺の次なる目標に、コメント欄は「経済チートくるか!?」「待ってました!」と、期待に満ちた言葉で溢れかえるのだった。