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自業自得のテイクオフ

「再生数、今日も二桁かよ……」


薄暗い四畳半のアパート。安酒の匂いが染みついた部屋で、俺はノートパソコンの画面を睨みつけて悪態をついた。チャンネル登録者数34人。最新の動画は「深夜の公園で全力で鬼ごっこしてみた」。再生数、62。低評価、15。


これが俺、鈴木健太、24歳。チャンネル名『ケンケンTV』の現実だった。

大学を中退し、「νTuber(ニューチューバー)で一発当てる」と息巻いてから早二年。鳴かず飛ばずどころか、生活費は日雇いバイトでギリギリ。収益化のラインである登録者1000人など、エベレストの山頂よりも遠く感じた。


「なあ、もうちょい過激なことやんないとダメじゃね?」


いつものように部屋に集まっていた仲間、シュンとダイキが言う。こいつらも同じ穴の狢、底辺νTuberだ。


「過激っつってもなぁ……」

「そうだ! 明日、東大の受験日だろ? 受験生ドッキリとかどうよ?」


ダイキの目が、下劣な光を宿して輝いた。


「受験生ドッキリ?」

「そう! 受験会場に向かう電車でさ、いかにも真面目そうなやつ狙って、降りられないように邪魔すんの。俺らアメフト部の格好してタックルするフリすんの。絶対ビビるって!」

「それ……ヤバくね?」


シュンの弱気な声に、俺は逆に煽られた。ヤバい? ヤバいからいいんじゃねえか。炎上すれすれ、いや、むしろ炎上してナンボの世界だ。くすぶってる現状を打破するには、それくらいの劇薬が必要だ。


「……面白い。やろう」


俺のその一言で、日本一くだらなくて、最低な計画は決行されることになった。


---


翌朝。俺たちは中古で買ったアメフトのプロテクターとヘルメットを身につけ、朝のラッシュに揺られていた。ターゲットはすぐに見つかった。いかにも真面目そうな、眼鏡をかけた制服の少年。参考書を握りしめ、緊張した面持ちでドアの前に立っている。


「……ターゲット補足。ケンケン、行くぞ」

「おう」


インカム越しのシュンの声に頷き、俺は息を殺した。電車が目的の駅に到着し、プシューッと音を立ててドアが開く。少年が降りようと一歩踏み出した、その瞬間だった。


「「「ウオオオオオオッ!!!」」」


俺たち三人は雄叫びを上げ、少年の前に仁王立ちになった。アメフトのクラウチングスタイルで威嚇し、ドアを完全に塞ぐ。


「なっ……!?」


少年は驚き、後ずさる。


「ど、どいてください! お願いします、試験に遅れちゃ……!」


必死の懇願。だが、それが俺たちの歪んだ承認欲求をさらに満たしていく。俺はわざとらしくショルダータックルの構えを見せ、ゲラゲラと笑った。


「通れるもんなら通ってみろや、ガリ勉君!」


少年は絶望に顔を歪ませ、やてその目に涙が浮かんだ。その涙さえ、俺には最高の「画」にしか見えなかった。


無情にも、発車ベルが鳴り響き、ドアが閉まる。少年はドアに張り付いて「お願いします!降ろしてください!」と叫んでいたが、電車は非情にも走り出した。車内で泣き崩れる少年を、俺たちは隠しカメラで撮りながら、勝利を確信していた。


---


「【神回】東大受験生を電車から降ろさせなかったらガチ泣きしたwww」


そんなタイトルをつけて動画を投稿した。これはウケる。間違いなくバズる。俺たちはそう確信していた。

しかし、現実は甘くなかった。再生数は伸びず、コメントも「面白くない」「何がしたいの?」という冷ややかなものばかり。


「なんでだよ……」


肩を落としていた、翌々日のことだった。

事態は、最悪の形で急変した。


『迷惑系νTuberの被害に遭い、僕は東大を受験できませんでした』


そんなタイトルの動画が、突如として投稿された。投稿者は、俺たちがターゲットにしたあの少年だった。彼は泣きながら、それでも気丈に、一部始終を語った。大幅に遅刻し、結局は試験会場に入れてすらもらえなかったこと。この日のために全てを捧げてきたこと。


そして、彼の経歴がネットで拡散された。

大学入学共通テストの自己採点は9割5分。各予備校の東大模試では、常にA判定を叩き出していた逸材。


その瞬間、俺のチャンネルは地獄の業火に包まれた。


『人の人生をなんだと思ってるんだ』

『これは犯罪だろ』

『絶対に許さない』

『こいつの住所特定しようぜ』


非難のコメントが秒単位で増え続け、あっという間に俺の本名とバイト先、そしてこのボロアパートの住所が特定された。


そこからは、悪夢だった。

鳴りやまないインターホン。ドアを蹴られる音。ドアノブにかけられたゴミ袋。SNSには、俺の家族の写真と共に「お前の家族もこうなる」という殺害予告が何百件も届いた。


外に出ることもできず、バイトもクビになった。仲間だったシュンとダイキは、とっくに連絡が取れなくなっていた。


暗い部屋で一人、膝を抱える。パソコンを開けば、そこには俺を罵る言葉の洪水。世界中の人間が、俺を憎んでいる。


もう、無理だ。


ふらりと立ち上がり、ベランダに出た。錆びた手すりに手をかける。冷たい冬の風が、頬を撫でた。


なんで俺がこんな目に……?

たかがドッキリじゃねえか。アイツが大げさに騒ぐから、事がデカくなっただけだろうが。俺だって人生かかってたんだよ。なんで俺だけが全部悪いみたいになってんだ。ふざけんなよ……。


身を乗り出した瞬間、脳裏にあの少年の泣き顔がフラッシュバックした。ムカつく。あいつのせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ。


「……ふざけんじゃねえよ、世界」


誰に届くでもない、最後の悪態は、風に掻き消えた。


コンクリートの地面が、急速に迫ってくる。

ああ、俺の人生ってなんだったんだよ。来世は、マシな人生歩みてえよ。


それが、俺の最初の人生の、最期の感想だった。

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