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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第二巻 政治小説集

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9/10

「佳人之奇遇」東海散士

 それからの一か月は、王都に来てから最も充実した期間だった。

 連日ランドの部屋で福沢諭吉を朗読した上に、数日ごとにアパートの地下室で政治小説の公演会を開催した。

 公演会のほうは回を追うごとに人数が増え続け、汚わい屋以外の下層民も混じるようになった。

 具体的にいえば獣人の姿が目立つようになったのだ。おそらく反政府勢力のメンバーだろう。


 獣人は身体能力に優れていて、肉体労働に従事する人が多い。低賃金でよく働くので、人間ヒューマンの国では便利に使われる存在である。

 だから、エルフやドワーフのような特定の技能に秀でた種族と比べると、どうしても一段低く見られがちなのだ。

 そういう偏見の目に不満を持つ者が出てきても不思議ではない。


 汚わい屋や獣人にとって、庶民の政治参加をうったえる民権思想は甘美な夢のようなものだ。

 それを物語形式でわかりやすく伝える政治小説は、だから熱狂的に受け入れられた。

 芸人にとって観客の熱狂というのは、何物にも代えがたい快感である。

 自分でも火種に燃料を投下している自覚はあるのだが、この快感に抵抗することは出来なかった。


 三作の政治小説はどれもウケた。特に汚わい屋組が熱狂したのは「佳人之奇遇」である。

 主人公はアメリカ留学中の日本人青年。彼は祖国を追われた将軍の娘や、祖国の解放を目指す活動家の美女と知り合う。

 彼女たちとの交流を通じて、大国に蹂躙される小国の悲哀や民族独立の情熱が語られる。

 発表当時は帝国主義が全盛期をむかえていた時代だ。アジアやアフリカのほとんどが欧米列強の植民地にされていた。


 本作を一言でいえば、その犠牲者たちの“悲憤慷慨ひふんこうがいの書”である。

 それを聞いている汚わい屋たちも激しく感情移入して、涙を流しながら悲憤慷慨するのである。

 まあ、ぼく自身も亡国の民と言えなくもないので、朗読していて胸が熱くなることもあった。

 それと比べても、汚わい屋たちの反応はちょっと常軌を逸しているように感じる。


「ねえ、ランドさん」

 ある日の公演終りに、ぼくはその疑問をぶつけてみた。


「ひょっとして部下の汚わい屋さんたちは、みんな外国の、それも同じ国の出身じゃないですか?」

「ふふふ、相変わらずの千里眼だな。おまえの言うとおり、おれも含めてみんなミロドロス島の出身だよ」

「ミロドロス島……すいません、聞いたことないです」


「もともとは独立国だったんだが、十年前にこの国に併合されたんだ。そのときに島は王太子の直轄領になって、それまでの支配者層は追い出されたんだよ。それでまあ、流れ流れてこうなった」


「じゃあランドさんの部下は、みんな十年前は貴族だったんですか」

 祖国を奪われ、住みなれた土地を追われ、支配者から最底辺の職業へ転落したのだ。

 汚わい屋たちが悲憤慷慨するのも無理はない。


「おれがヒューに友情を感じる理由が分かっただろ?」

 ランドはニヤリと笑ってウインクした。

 元貴族をまとめて部下に従えているということは、おそらく彼はミロドロスの王家かそれに近い血筋なのだろう。


「ところで、本当に来週で終了させるのか? 福沢諭吉の朗読や政治小説の公演会は」

「あっ、そうなんです。王都アルンデアに来てから、来週でちょうど一年になるんですよ。それで、あえて下宿の契約を更新せずに、いったん故郷に戻ろうと思いまして」


 一年たったら故郷に戻る、というのはロブ兄さんと交わした約束である。そしてもう一度才能鑑定をしてもらうのだ。


「そうか、寂しくなるが仕方ないな」

「しばらくしたら、また戻ってきますよ」

 先ほどのお返しに、ぼくはニヤリと笑ってウインクした。


       〇


 いよいよ下宿を出る日がやって来た。


「ヒューさんも、とうとう故郷くにに帰るハメになるなんてねえ。まあ気を落とさずに頑張りなさい」

 おかみさんが慰めるように言った。


「待ってください、その言い方だと夜逃げするみたいじゃないですか。あくまで一時的に帰省するだけですから」

「あらそうなの、夜逃げする芸人をたくさん見てきたから、つい……」

「この一か月でぼくはかなり稼いでますからね」

「だったら、契約を更新してくれても良さそうなものじゃない」

「果たさなきゃいけない義理があるんですよ」


 ぼくは乗合馬車の出発時刻まで、食堂で時間をつぶしていた。

 おかみさんの入れてくれる薄いお茶も、これで飲み納めだと思ったが、いずれ戻るつもりなので寂しさは感じなかった。


「ふう、ようやく荷造りが終わったぜ」

 午前中から部屋に閉じこもっていたケーンが下りてきた。


「荷造り? 何でおまえまで荷造りする必要があるんだよ」

 彼はべつにここを出ていく予定はないはずだ。


「うちの師匠が故郷の領主に呼び出されたんだ。なんでも領主の娘が結婚することになって、その式の余興を仰せつかったんだと」

「バリーさんが?」


 ケーンの師匠である横顔プロフィールバリーは、美しい横顔で女性人気の高い二枚目俳優である。


「そこで余興の相方に指名されたのがおいらなんだ。このまえ、熱を出した女優の代役をみごとに勤め上げただろ? きっとあれが評価されたんだな」

「良かったじゃないか。それにしても地元出身とはいえ、王都の人気俳優を気軽に呼び出せるなんて、領主ってのは偉いもんだなあ」

「偉いしエロいし超おっかないぜ。貴族サマには逆らわないこった。ヒューも貴族にかかわる時は気を付けるんだぞ」


 ケーンに言われてハタと気が付いた。

 そういえば元貴族の汚わい屋とはどっぷり関わっているが、現役の貴族にはまったく接点がない。

 ぼくの育った村は収穫時期に徴税人が来るだけで、領主はおろか騎士の姿さえ見たことがない。

 王都に来てからも、街でたまにそれらしい人を見かける程度だ。

 よし、今後の目標が決まった。何とか現役の貴族と接点を持って、顔と名前を覚えてもらおう。


「ケーンはいつ出発するんだ? 時間が合うなら一緒に出ようか」

 と声をかけた瞬間。


 ドーンという轟音が街に響いた。続けて建物がビリビリと震える。

 それを合図に、おなじような轟音が何十回も連続しておきた。

 まるで雷が連続して落ちてくるようだ。雷鳴と違うのは、もっと腹に響く重低音であることだ。


「キャーッ!」

「うわっ!」

「あわわわわ……」


 ぼくたちは三人とも腰を抜かしてしまい、抱き合ってブルブル震えた。下宿もビリビリ震えている。

 いままでに聞いたことがない種類の音であることが、いっそう不安をかきたてる。

 この世の終わりかと思った。轟音がおさまっても、しばらく動くことが出来なかった。


 どれくらい時間がたったのだろう。近所の人が外に出てガヤガヤと騒ぎ始める声が聞こえてきた。

 すると下宿のドアが乱暴に開かれる音がした。数秒後、見知らぬ女性が食堂にズカズカと入ってきた。


「失礼、わたしは冒険者のスカーレットという者だ。汚わい屋のランドからの依頼で、ヒューロッドという少年を護衛するために雇われた」

 スカーレットと名乗る女性は、ぼくとケーンを交互に見てを見て首をかしげた。


「それで、どちらがヒューロッドなんだ?」


       〇


 その少し前、商業地区にほど近いトリメ魔道具工房では、ちょっとした親子喧嘩が起きていた。


「トーレ! いいかげんに下りてきなさい!」

 工房の屋根の上で親方マスターのトリメが叫んでいる。


「パパ、どうして分かってくれないの? これは画期的な魔導具なのに!」

 頭上五メートルの高さからトーレが叫び返す。


 工房の上空には彼女の乗った熱気球が浮かんでいた。風に流されないようにロープで屋根につながれている。

 実験を繰り返した結果、ついに浮上に成功したのだ。


「分かるわけないだろ! いや分かりたくもない、そんな得体の知れないもの!」

 いくら娘の説明を受けても、トリメには気球の原理が理解できなかった。いつ落下するか分からない危険物としか思えない。

 そういうわけで先ほどから、実験を止めたい父親と続けたい娘との押し問答が続いていた。


「バカ、バカ! パパの分からず屋!」

 トーレが叫んだ瞬間。


 ドーンという轟音が街に響いた。続けて建物がビリビリと震える。

 それを合図に、おなじ轟音が何度も連続しておきた。


 上空にいたトーレは音のした方角に目を向けた。信じられない光景に、彼女の足はガクガクと震えた。

 異変が起きたのは貴族街である。その豪華なお屋敷が次々と無残に破壊されているのだ。

 轟音が起きるたびに黒煙を上げて建物が崩れ落ちた。その被害は数十軒にもおよんだ。


「どうなってるんだ……いったい何が起きたんだ」

 トリメの声が聞こえたので視線を下げると、屋根の上で父親がへたり込んでるのが見えた。どうやら腰を抜かしたらしい。


 しかし轟音が治まったと思ったら、続いてそれとは別の怒号のような音が湧き上がったので、父に声をかけそびれてしまった。

 次に異変が起きたのは商業地区である。どこからともなく獣人の群衆が現れ、店の窓や扉を破壊し始めたのだ。

 そして中に押し入った獣人たちは、次々と商品を略奪していった。


「あっ……」

 凄惨な光景にトーレは息をのんだ。


 血まみれになった丁稚の小僧がふらふらと店から出てきた。彼は頭を押さえると、そのままバタリと倒れた。

 背中の炎を消した上に、マントまでくれた丁稚である。思わずいま羽織っているそのマントをギュッと押さえる。

 あの火だるま事件以来、彼女は妙にマントが気に入って、いつも羽織るようになっていた。


「な、何だおまえら! どうするつもりだ!」

 父親の叫び声が聞こえたので、視線を下にやった。

 丁稚に気を取られているすきに、足元にせまる危機を見逃していた。工房はすっかり暴徒に取り囲まれていた。


「来るな! 下賤な獣人どもめ!」

 屋上から叫ぶトリメを無視して、暴徒は敷地内になだれ込んできた。

 まっすぐ工房の入り口に取りついて、扉をガンガン叩き始めた。中に押し入るつもりだ。


「くそっ、ウインドバレット!」

 トリメは圧縮した空気の弾丸を飛ばす風魔法を放った。

 一人ずつ確実に倒していくが、わらわらと湧いてくる群衆相手にはあまり効果的とはいえない。

 トーレは父親の戦術に疑問をいだいた。


(おかしい、パパならハリケーンで獣人をまとめて吹き飛ばすことが出来るのに)

 だがすぐに、それができない理由に思い当たった。


(そうか、わたしがいるから……)

 気球はロープで屋根につながれている。その状態でハリケーンを発動したら、激しく振り回されることになる。

 下手をしたらトーレが振り落とされたり、ロープが切れてあらぬ方向に飛ばされるかもしれない。


(それなら)

 彼女はしゃがみこんでロープをほどき始めた。網かごに直接しばり付けたので、内側からでも作業ができる。


(ほどけた!)

 軽く体が押さえつけられる感覚で、気球が上昇しているのが分かった。

 トーレは急いでかごから身を乗り出した。


「パパ! わたしは大丈夫だから、泥棒たちに遠慮なくハリケーンをお見舞いしてやって!」


 呆然とこちらを見上げる父親の顔が遠ざかっていく。

 風に流されてあっという間に工房が見えなくなった。自分の魔法では軌道を変えるほどの風は起こせない。

 あわてて魔導バーナーの火を絞ったが、高度が落ちるにはしばらく時間がかかるだろう。


 こうなってしまうと、もはやトーレに出来ることは何もない。風まかせで漂流するだけだ。

 彼女はふところから愛用の笛を取り出した。母がよく歌ってくれた子守唄のメロディーを吹き始める。

 父に届くように、風魔法を使ってあらん限りの音を出した。


(パパ、この笛が鳴っているかぎり、わたしは無事よ)

 もくもくとあがる黒煙を背景に、気球は王都アルンデアの城壁を飛び越え、やがて彼方の空に消えていった。


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