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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第二巻 政治小説集

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8/10

「経国美談」矢野龍渓

 その翌日、またもやスラム街の広場に足を運んだ。演奏するつもりがなくても、なんとなく来てしまうのだ。


「よう、やってるか?」

 ぼくは隅のほうで休憩している蜥蜴人リザードマンの兄弟に声をかけた。


「あれ? ヒューさん、六弦琴は持ってないんですか?」

「うん、思うところあって、しばらく大道芸は休むことにしたんだ。これからはお前らがこの広場を背負って立つんだぞ。ぼくが見込んだ芸人だからな」


 適当なことを言って持ち上げておいた。

 それから、ほかの芸人にも挨拶したり雑談をしてると、いつものようにランドが声をかけてきた。


「ようヒュー、昨日はさんざんだったな。あのあと後遺症は出てないか?」

「おかげさまで何ともないですね」

「頭を打ったときは気をつけないと駄目だぞ。あとになって手足がしびれたり、麻痺したりといった影響が出る事もあるからな」

「そうなんですか、怖いですね」


 ぼくのような駆け出し芸人の体調まで気にかけてくれる。本当にランドには足を向けて寝られない。

 心の中で感謝していると、彼はいきなり顔を近づけて小声で話しかけてきた。


「ところで例の火薬についてだが」

「火薬? 何ですかそれ」

「……やっぱりそうなるか。いや、何でもないよ」


 ランドはなぜかニヤニヤしながら、じっとこちらを見ている。まったく訳が分からない。


「まあ、ちょっと火薬について調べたいことがあってな」

「聞く相手を間違えてますよ。火薬ってたしか爆弾の原料ですよね。そんな恐ろしいものが、ぼくに何の関係があるんですか。縁もゆかりもないですよ」

「へえ、それじゃヒューは火薬の匂いは知らないのか?」

「知ってる訳ないじゃないですか、田舎の農家出身のぼくが」

「ふふふ、すまんすまん、ちょっとからかっただけだよ。悪かったな」

 ランドは楽しそうに背中をポンポン叩いてきた。


「どうだ、明日からは広場に寄らず、直接おれの部屋に来ないか? 一対一で、毎日少しずつフクザワ・ユキチを朗読してほしいんだ。おれは、この学者さんを徹底的に勉強したくなった」

「それはありがたいです。こちらからもお願いします」

「よし、時間は三時から日没前まででたのむ。約束だぞ」

 そう言って、ランドは自分のグループの輪に戻っていった。


       〇


 広場を出たぼくは、買い物でもしようと商業地区へ向かった。

 公演会でたんまり稼いだので、懐はかなり暖かい。見栄えのいい服を新調するのも悪くないだろう。


「おっと御免よ」

 店先の掃除をしていた丁稚に水をかけられた。貧相な格好をしていると、こういう目に会う。

 この丁稚だって、まともな身なりの人間には、間違ってもこんな真似はしないだろう。


「この野郎、わざとやっただろ」

「手元が狂っただけだよ、そんなに怒るなって」

「この店で服を買おうと思ったけど、もうやめた。隣の店で買うことにする。商機を逃したな小僧」

「はははは、ウソは良くないぜ。このへんの店は格式が高いんだ。あんたみたいな貧乏人が買えるわけないだろ」

「なんだと、これを見ても同じことがいえるか」


 ぼくは懐に手を突っ込んだ。金袋の中にはランドからもらった銀貨がうなっている。

 すると、にわかに通りがざわつき始めた。

 甲高い悲鳴のような音が徐々に近づいてくる。道行く人々は、その音の主から逃げまどっているようだ。

 何事かと思って見ていると、すぐに騒ぎの元凶が姿を現した。


「アチャチャチャチャ!」

 奇声を発しながら、女が全速力で走ってきた。どういうわけか背中から炎が上がっている。


「あれは……トーレか?」

 よく見ると、走っているのはこの前知り合ったエルフのわがまま娘のようだ。


「おい、トーレ! どうしたんだ一体」

「あっ師匠、助けてください!」

 ぼくに気付いたトーレがものすごい勢いで抱き着いてきた。


「アチャチャチャチャ!」

 背中の炎がぼくの顔をあぶってくる。このままでは顔面丸焦げになってしまう。


「アチ、ゲホッ、は、離せ……」

 必死に彼女を引っぺがそうとしたが、恐ろしい力でへばりついて離れない。なんという馬鹿力だ。

 こうなっては仕方ない。トーレもろとも水をひっ被るしか手はないだろう。


「おい小僧! 水だ、水をかけろ!」

 ぼくはオロオロするだけの丁稚に声をかけた。


「あっ、そうか」

 丁稚はようやく自分が持っている水桶に気が付いたようだ。


「ほらよっ!」

 火元に向けて一気に水をかける。さすがに水を撒きなれているだけあって、一発で消火に成功した。

 遠巻きに見ていた野次馬たちは、火が消えたのを確認すると、安心したように散っていった。


「ううう、助かりました師匠」

「助かったのはいいけど、おまえ大丈夫か?」


 改めて見ると、トーレの惨状はひどいものだった。

 エルフ特有の美しい金髪はチリチリに焦げ、服の背中部分は大きく穴が開いて肌が露出している。


「女の子がこれじゃ可哀そうだ。何か羽織るものをくれないか」

 ぼくは、ぼんやり見ている丁稚に頼み込んだ。


「しょうがねえな……」

 丁稚は店に入ると、ツギハギだらけのフード付きマントを持ってきた。


「ありがとう、お代はいくらだ?」

「いらねえよ、これは手慰みに端切れを集めて作った物なんだ。とても金なんかとれる代物じゃねえよ」

「へえ、器用なんだな。きっと腕のいい仕立て屋になれるよ」

「そんな事より、早くどっかに行ってくれ。いつまでも店の前に立たれると迷惑なんだよ」

 憎まれ口をたたきながら、丁稚は店に戻っていった。


「……トーレ、どうして火だるまで走ってたんだ」

「これは事故です。不可抗力です。とにかくわたしは悪くないんです」

「分かった分かった、とりあえずここを離れよう」


 ぼくとトーレは事故現場に移動した。

 ここは商業地区から通りを一本はさんだ場所にあるトリメ魔道具工房。その裏手にある馬車溜まりである。

 トリメは王都では誰もが知ってる大手ブランドなので、馬車溜まりもかなり広い。

 しかも今日は休業日なので、馬車は一台も止まっていない。ちょっとした広場になっている。

 そこに大型の魔導バーナーが火を噴いたまま転がっていた。


「ちょうどいいや、当たらせてもらうよ」

 ぼくはビショ濡れの服を乾かすため、火に向かってしゃがみこんだ。


「このバーナーは実験のために、工房から引っ張り出したものです」

「工房の鍵はどうやって手に入れたんだ」

「そんなの簡単に父からちょろまかす事ができますよ」

「それで、バーナーをいじってるうちに、自分に燃え移ってしまったわけだな」

「はい……」


 慣れないバーナーを操作していると髪の毛に引火してしまい、とっさに風魔法で吹き消そうとした。

 しかし喇叭ラッパを鳴らす程度の風しか起こせないので、吹き消すどころか背中にまで炎が広がってしまった。

 パニックを起こしたトーレは助けを求めるため、人通りのある商業地区まで走っていった、という事らしい。


「ところで、これは何だ?」

 バーナーのそばに、人が入れそうな網かごと巨大な布のかたまりが置いてある。


「これはですね、空を飛ぶ魔道具なんです。師匠の教えをもとに発明したものです」

 トーレが興奮気味に答えた。


「は? ぼくの教え? 一体何を教えたというの」

「いやあねえ、風が吹くからくりを講釈してたじゃないですか。外国の学者に伝授されたんでしょ?」


 彼女に言われて思い出した。そういえば説教のネタに困って、異世界人の記憶から探したんだった。


「ステータスオープン」

 ぼくは教えとやらを思い出すためにスキルを発動した。


 しかし最初に浮かんできたのは、昨日のランドとのやり取りである。

 彼を反政府勢力だと見抜いたこと。それなのにあっさり帰されて拍子抜けしたこと。

 ランドは分かっていたのだ。スキルを解いたら、そのやり取りを忘れてしまうことを。

 さっき広場で、彼がやけにニヤニヤしていた理由もこれでわかった。自分の予想が当たったから、ほくそ笑んでいたのだ。


「なるほど、カマをかけるために火薬の話題をふったのか」

「カマ? 火薬? 何のことですか」

「いや、何でもない」


 ランドのことは後で考えるとして、いまは目の前の事態に対処しなければならない。

 ぼくの教えのせいで事故が起きたとしたら、責任問題になりかねないからだ。

 しかし、そんな物騒なことを教えた覚えはない。ただ空気が熱せられたら軽くなることを説明しただけ……


「あっ、熱気球か!」

 魔導バーナーと、人が入れそうな網かごと、巨大な布のかたまりを使った“空飛ぶ魔道具”。

 トーレがやろうとしていたのは熱気球を作る事だったのだ。

 ぼくとしては、魔法修行の足しになると思って教えた科学知識だったが、まさかこんな使われ方をするとは。

 さすが魔道具屋の娘だ。魔法の才能はなくても、発明の才能は十分にあったという事だ。


「熱気球? それはいったい……」

「ああ、えーと、二千年前にショカツ・コーメーという偉人が発明したとされる、まぼろしの魔道具だ」


 諸葛孔明が小型気球を使って援軍を呼んだという伝説を聞いたことがあるので、とっさにそう言ってしまった。

 ぼくは棒切れをひろって、地面に熱気球の絵を描いた。


「あっ、わたしの発明と同じです!」

「自力でこの発想にたどり着けるとは大したもんだ。この手柄はすべてお前のものだ。ぼくは関係ない」

「何を言ってるんですか。師匠の教えがあってこそですよ」

「いや、あとで服とカツラを買ってやるから、くれぐれも親父さんに聞かれても、ぼくの名前は出さないでくれよ……」

 何とか事故の責任を回避しようと、必死にトーレを説得するのであった。


       〇


 さらに翌日、ぼくは言われた通り三時ごろに、ランドの部屋を訪れた。もちろん反政府勢力であることを承知の上でだ。

 ここに至るまでには、ぼくなりに葛藤があったわけだが、彼には強烈に人を引き付ける魅力がある。

 その力に抗えなかったというのが正直なところだ。


「おっ、来たな」

 ランドは何食わぬ顔で出迎えてきた。


「相変わらずの格好だな。せっかく心付けを多めに払ったんだから、もっとましな服でも買ったらどうだ」

「そう思ったんですけどね、知り合いの女の子に服やら何やら買ってたら、ぼくの分が無くなってしまったんです」

「へえ、やるじゃないか。おまえはちょっと貴族っぽい顔立ちをしてるから、それなりにモテるだろ」


 そんなことを言われても、幼少期から詩グルイと呼ばれ、女子から微妙な顔をされていたぼくにはピンとこなかった。

 だいいちトーレとはまったく色っぽい関係ではない。


「まあ、いいじゃないですか」

 ここは、あいまいな感じで流しておこう。


「それより、聞いてください。スキルのレベルが上がって、第二巻が読めるようになったんですよ」

「ほう、第二巻か。それはどんな感じなんだ?」


 第二巻は政治小説集と題して、矢野龍渓「経国美談」、東海散士「佳人之奇遇」、末広鉄腸「雪中梅」の三作が収められている。

 明治も十年代に入ると、自由民権運動というものが起きてくる。

 それを受けて新聞などでは、民権思想を分かりやすく庶民に伝える政治小説が多数掲載された。

 その中でも代表的な作品とされているのがこの三作である。


「今日のところは、とりあえず『経国美談』を朗読しますね」

 この作品は古代ギリシア史を題材にした歴史小説だ。

 ギリシアの都市国家ポリスといえば、アテネとスパルタの二大強国が有名だが、本書の舞台はしばしば両国に圧迫されてきた小国テーベである。

 憂国の志士たちが専制政治を打倒して民主政を回復し、さらにはスパルタとの戦争に勝利して、ギリシアに覇を唱えるまでが描かれる。


「……どうですか?」

「いやー、面白い。こんなに面白い話は初めてだ」


 ランドは手放しで絶賛した。すっかり興奮しているようだ。

 なにしろこの世界では、物語といえば戦争か魔獣退治ぐらいしかパターンがない。政治闘争という題材自体が新鮮なのだ。

 そのうえ、「三国志演義」や「里見八犬伝」の手法を取り入れた波乱万丈の群像劇になっているから、彼の興奮もうなずける。


「これは傑作だ。仲間たちにも聞かせない手はない。次の公演はこれで決まりだな。さっそく手配しなくては……」

 なんだかトントン拍子で公演会の開催が決まっていった。


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