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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第三巻 落語・講談速記集

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「天保怪鼠伝」松林伯圓

「……つまり、川の上流を調べれば、トーレの行方がつかめる可能性が高いのだな」

 トリメの表情に希望の光がさした。


「そうです、おそらく爆破騒ぎのあったその日のうちに気球……空飛ぶ魔道具は川の上流に不時着したのでしょう。長雨が始まったのはその翌日。乗り捨てられた魔道具が、増水によってここまで流されてきたのだと思います」

「なるほど、理にかなった推測だ。では明日から上流にむかって、川沿いの集落を順番に回ってみるか」

 娘を探す父親は、後ろに控えているお付きの人に目配せした。


「トリメ」

 お付きの人が心配そうに言った。


「ようやく手がかりを掴んだんだ。今日はゆっくり寝たほうがいい。体を壊したら元も子もないし、もしそうなったら、こちらの負担も増えるからな」


 考えてみれば、ぼくらが五日かけて旅した距離を、この人は短期間で到達したのだ。不眠不休の強行軍だったのは想像に難くない。

 それにしても、お付きの人のぶっきらぼうな喋り方はスカーレットそっくりだ。おそらく王都で雇った冒険者だろう。

 ぼくは自分のお付きの冒険者に小声で聞いた。


「後ろのひと、同業者ですよね。スカーレットさんの知りあいだったりします?」

「知らんな。トリメの仕事を請け負ってるなら大手クランの所属だろう。わたしはクランに属さない野良冒険者だからな」


 なるほど、そういうもんか。

 クランというのは複数の冒険者を束ねる組織で、そのリーダーは団長と呼ばれている。

 冒険者ギルドにおいてクランの団長というのは、芸人ギルドにおける師匠に相当するポジションである。

 さしずめぼくなんかは師匠を持たない野良芸人というわけだ。急にスカーレットに対して親近感がわいてきた。

 そんなことを考えていたら酒場の扉がバーンと開いて、


「話は聞かせてもらった! トリメの魔道具はおれも愛用してるからな。ぜひ手伝わせてくれ」

 まさにその師匠がしゃしゃり出てきた。


「あ、あなたは俳優の横顔……何でこんなところに」

 トリメもびっくりして目を丸くしている。


 どうもバリーという人は、ぼくのへんなスキルに興味を持ったり、川に流れてきた布を取ろうとしたり、好奇心が旺盛すぎるようだ。

 そして昼間のケーンに対する仕打ちを見れば分かるとおり、好奇心を満たすためなら他人の迷惑をかえりみない。

 横顔氏は娘の捜索に同行させてくれと頼みこんだ。何度断られても頼み続けた。


「……わ、分かりました。ではバリーさんもご一緒しましょう」

 とうとうトリメはしつこい懇願に根負けして、人気俳優の同行を許してしまった。


 横目でスカーレットの様子をうかがってみると、今にも爆発しそうな表情でバリーを睨んでいる。

 ここでちょっとしたイタズラ心が芽生えてきた。


「でしたらぼくも同行させてください」

 捜索隊に立候補することにした。


「あの川の水源はヘノク山ですよね。じつはぼく、ヘノク山のふもとにあるカルドネラという村の出身なんです。もし不時着したのが山のそばなら、お役に立てると思いますよ。あの山の周辺には、それなりに土地鑑があるので」


 ぼくが捜索隊に加われば、必然的にスカーレットもついてくる。彼女についてこられたら、バリーは生きた心地がしないだろう。

 いいかげん、伸びる一方のスケジュールにうんざりしていたところだ。下流へ行く道を選んだらストレスがさらに増加してしまう。

 ぼくの怪談を楽しんでくれた同乗客と別れるのは寂しいけど、ここはまっすぐ故郷に向かう道を選びたかった。

 なにより知り合いであるトーレの安否が、やっぱり気になるのは間違いない。


「それは心強い、ぜひお願いする……あとは下流にも人をやって」

 トリメはふっと沈痛な面持ちになった。


「遺体が流れ着いてないか確認する必要があるな」

 おそらくその可能性はここにいる全員が思い浮かんだことだ。父親の前で口に出せなかっただけである。


       〇


 トリメとお付きの冒険者は、馬車ではなく馬に直接乗ってアイクまで来ていた。川上の捜索も同じように馬に乗って移動する。

 その後ろを例のワンボックス馬車がついて行く。はからずもぼくらは、ソファを詰めてもらって馬車に便乗することになった。

 スカーレットがにらみを利かせているせいで、馬車のなかのバリーは借りてきた猫のように大人しかった。


 捜索のあいまにトリメから王都の情勢を聞いた。アルンデアを出た日にちが一番遅いので、彼が一番新しい情報を持っているのだ。

 爆破の被害にあったのは十五軒の貴族屋敷だ。有力貴族の何人かが死亡するか、再起不能の状態になった。

 もっとも深刻な被害といえるのは、宰相の屋敷へ昼食に招かれた王太子が、宰相もろとも爆殺されたことだ。

 これによって王国の政治は大混乱におちいっている。王族・貴族間のパワーバランスが完全に崩壊したのだ。


 ぼくはその話を聞いてピンときた。首謀者であるランドの狙いは王太子の暗殺だったのだ。

 なぜなら彼の故郷ミロドロス島は、いま王太子の直轄領になっているからだ。

 関係ない他の屋敷を爆破したのは、真の狙いを隠すためだろう。木を隠すには森の中。推理小説の定番トリックである。


 くわしい犯行の手口はまだ解明されてない。

 すべての爆破現場に、バラバラになった獣人の死体が残されていた。この獣人たちは死ぬことを前提として火薬に点火したのだ。

 しかし、どうやって屋敷に潜入したのかが分からない。獣人が貴族街をうろついたら、たちまちとがめられるからだ。

 まるで何もない所から忽然こつぜんと姿を現したとしか思えない。


 ひとつ気になった事がある。この話を聞いているとき、スカーレットがしきりに何か言いたげな表情をしていたことだ。

 また、そんな彼女の様子を、ケーンがニヤニヤしながら眺めていたのも引っかかった。

 この二人は何か知っているのだろうか。一瞬だけ疑惑が湧いてきたが、まあ気のせいだろう。すぐに忘れてしまった。

 そんな事より、トーレの行方について有力な手掛かりが見つかったのだ。


「魔導バーナーを河原で拾ったやつがいる?」

 その情報を得たのは、川上方面への聞き込みを開始して二日目の夕方近くだった。


「そうなんですよ、トリメさん」

 情報を提供したのは、ヘノク山のふもと近くにある村の村長である。


「増水した川の水が引くと、河原に取り残される魚が結構出るんです。昨日、それを目当てに村の若いもんが、連れだって川に繰り出していきました。その中のひとりが、重そうな鉄の筒を抱えて戻ってきたんです。なんでも、岩場の陰にでっかい網かごが転がっていて、その中に入ってたんだと」


 これはもう確定である。不時着したのはその河原で間違いない。重量のあるバーナーが入ってたので、網かごは流されなかったのだ。

 さっそく発見した若者を呼び出して、現場に案内してもらった。


「あのう……バーナーは返した方がいいですかね」

 その道中で、若者がおずおずと尋ねてきた。


「それはべつに返さなくていいよ。自分で使うなり、売り飛ばすなり好きにしてくれて構わない」

 トリメがそう言うと、若者は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。あれを売った金でトリメの魔道暖房具を買います。これから寒くなりますからね……ほら、あそこが現場です」


 その河原はちょっと特殊な地形をしていた。クレーター状になったくぼ地の中央に、まっすぐ川が通っているのだ。

 増水したらすぐに水がたまる地形だ。魚とりの穴場になっているのもうなずける。


「この網かごだ! トーレが使っていたのはこれだ!」

 トリメは興奮した様子で、転がっている網かごに駆け寄った。


「良かったですな、トリメさん。きっとすぐに娘さんは見つかりますよ」

 バリーは励ますように父親の肩を叩いた。しかしその目は油断なくトリメの顔に注がれていた。

 同じ芸人だからわかる。極限状態の人間を観察して、自分の芸に生かそうとしているのだ。

 その横で、冒険者二人は冷静に岩場の周囲を調査していた。


「娘の痕跡は見つかりそうか?」

「無理だな。長雨と増水のせいで、人がいた痕跡はきれいに流されてる。そのうえ、魚とりの若者に踏み荒らされているからな」


 ぼくは彼らから少し離れた場所まで歩くと、あたりの景色をキョロキョロ見回した。

 この河原には見覚えがあった。子供のころ、ここへ川遊びに来たことがある。

 思い出したら居ても立ってもいられなくなった。ここからたった二時間歩くだけで、故郷のカルドネラ村に帰れるのだ。


「どうしたヒュー、泣きそうな顔をして」

 ケーンに声をかけられた。


「子供のころ、親父に連れられてこの河原に遊びに来たことがある。本当は子供想いのやさしい父親なんだ。それなのにぼくは、喧嘩したまま一年も家に帰らなくて……」

「一年も待ったんだ。あと少しぐらい待てるだろ。ところで、さっき案内人と話してたんだが、この辺には小鬼ゴブリンが出るらしいぞ」

「ゴブリン? それは絶滅したはずだろ」

「おいらもそう言ったんだけどな、案内人がゴブリンを見たって譲らねえんだ」


 魔石からエネルギーを抽出する方法が確立された、いわゆる魔道具革命が起きたのは百年前だ。

 それ以来、魔石の需要はうなぎのぼりに上がった。体内に魔石を有する魔獣の乱獲が始まったのだ。

 対象となったのは、比較的人里近くに出没する小鬼ゴブリンやスライムである。

 特にゴブリンは畑を荒らす害獣のイメージが強く、専門で狩る冒険者をゴブリンスレイヤーと名付けて、人々はもてはやした。

 ところが三十年ほどで野生のゴブリンは狩りつくされ、今ではダンジョンの中でしかお目にかかれない存在になった。


「もしその害獣が生き残っていたらどうするよ? あいつらは人間の女をさらって孕ませるって話だぜ」

「それは迷信だ」

 スカーレットが話に割って入った。


「わたしはダンジョンに潜ったことがあるし、ゴブリンを狩ったこともある。孕まされた人間なんて見たことも聞いたこともない」

「そうなんですか」

「おおかたゴブリンの繁殖力の強さから想像を膨らませたんだろう。まあ、ものを知らない人間が考えたおとぎ話だ」


 そんな迷信が生まれるほど繁殖力の強い種族を、狩りつくしてしまうのだから、要するに人間サマには敵わないということだ。


「だったら案内人が目撃したのは何だって言うんだい」

「猿を見間違えたか……あるいは子供とかドワーフとかだな」


       〇


 まもなく陽が沈むので、本格的な捜索は明朝からという事になった。

 残念ながら、長雨のせいでトーレの痕跡がたどれなくなっている。人海戦術で周囲をしらみつぶしに探すしか手がなくなったわけだ。

 そこでぼくはカルドネラ村からも人手を借りる提案をした。


「それは願ってもない申し出だよ。やっぱり君を連れてきてよかった」

 提案が受け入れられ、捜索隊は二手に分かれることになった。

 トリメとお付きの人は現場近くの村にとどまり、馬車組はカルドネラ村に行って協力を要請する。

 そして河原を出て二時間後、ぼくは一年ぶりになつかしい故郷の土を踏んでいた。


「あれ? 灯りが付いてない。留守なのかな」

 ちょうど夕食時である。周りの家には煌々(こうこう)と灯りがともっているのに、ぼくの実家だけ真っ暗だった。


「ただいまー、誰もいないの?」

 ドアを開けて声をかけても反応がない。これは予想外の事態だが、いまは任務を果たすのが最優先だ。

 とりあえずバリーたちを家に押し込むと、ぼくは村を一軒ずつまわって、明日の捜索に人を出してほしいと頼んだ。

 ちょうど収穫が終わって、冬支度を始めるまでの谷間の時期だったので、予想外に人手が集まった。


 村をまわる過程で、実家が留守になっている理由も判明した。

 すこし前に母が病気で倒れた。そこで領都の医者に見せるために、一家そろってロブ兄さんのところに身を寄せたのだ。

 トーレの件に区切りがついたら、ただちに領都に向かわなくてはいけない、と考えながら家に戻ると……


「何やってるんですか、こんなところで」

「家の中は、あのでかい女が睨んでくるから、落ち着かないんだよ」


 玄関前にある木の根元に、バリーが酒壜を抱えて座っていた。

 顔が真っ赤になってるという事は、かなりのハイペースでグビグビやっていたに違いない。


「親父の酒を勝手に開けたんですか? 勘弁して下さいよ……」

「ちょうどいい機会だ。邪魔者はいないし、この前の続きを聞かせてくれないか」

「この前の続きって?」

「ほら、例の聞いた事のないスキルだよ。楽屋で歌ってくれただろ。あの時は途中で寝落ちしてしまったが、確かに聞いた事のない不思議な歌だった気がする。おれは続きがどうしても聞きたいんだ」

 どうやら劇場に泊まった時に聞かせた怪談噺のことを言ってるらしい。


「いちおう伴奏はつけたけど、あれは歌じゃないですよ」

 そういえば落語というのはこの世界にない演芸である。なまじ伴奏をつけたので歌の一種と思われたのかもしれない。

 落語という形式の正しい姿を、どう説明しようか考えてると、


「わかった、腹をわって話そうじゃないか」

 バリーはいきなり告白を始めた。どうも聞かせるのを渋っていると思われたようだ。まったく、せっかちな人だ。


「おれのスキルは“魅了チャーム”なんだが、中年に入ったあたりから成長が頭打ちになってきた。ここ数年はまったくレベルが上がらないんだ。だから打開策になるようなものを必死で探している。何でもいいからヒントが欲しい。わらをもつかむ思いなんだ。頼む、意地悪しないで教えてくれ。おれはここまでの地位で終わりたくない……」


 とうとう、おいおい泣き出した。

 舞台上では威風堂々としているバリーだが、素面すっぴんで酔っぱらう姿はくたびれた中年男そのものだった。

 つまり彼の異常な好奇心と見えたものは、容貌が衰えてきた美男俳優のあせりだったわけだ。


「……しょうがないなあ」

 ぼくは画面に「天保怪鼠伝」を表示させた。江戸後期に実在した盗賊、鼠小僧次郎吉をモデルにした講談である。


 鼠小僧といえは、しじみ売りの少年にまつわるエピソードが有名である。

 かつて気まぐれでほどこした善意が、巡り巡って少年を不幸な境遇に落としたことを知る。

 歌舞伎に翻案された「鼠小紋(ねずみこもん)東君新形(はるのしんがた)」や、落語の「しじみ売り」などもこのエピソードをベースに作られている。


 作者の松林伯円は、落語の三遊亭円朝、歌舞伎の九代目市川団十郎とともに当時の三幅対と呼ばれた。

 白波物を得意とし、「鼠小僧」など七十種以上を創作したため、泥棒伯円の異名を持つ。白浪とは盗賊の異名である。

 後漢の末、黄巾賊の残党が西河の白波谷に隠れて略奪を続けたのを、当時の人が白波賊と呼んだ故事からきている。


「えー、くに盗賊とうぞくいへねづみむかしより狩尽かりつくすにもつくされず、にやはま砂子まさごで、千萬年のすえいたりましてもけつしてきるといふことはありますまい」

「おいヒュー、この馬鹿息子が! どのつらさげて戻ってきた」


 またしても邪魔が入って出鼻をくじかれてしまった。

 声のした方向を振り返ると、なつかしい親父の姿がそこにあった。

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