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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第三巻 落語・講談速記集

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11/13

「牡丹灯籠」三遊亭圓朝

「歌が終わったようだな」

 と声をかけてきたのはスカーレットだ。ぼくが軽業兄弟の遺体を探しているとき、彼女は輸送業者の事務所に行っていた。


 街道の南は、輸送に使う馬の厩舎があつまる牧場地帯になっている。その関係で業者の事務所も街道沿いに並んでいる。

 だから門が閉じてるあいだは業者と連絡が取れなかったのだ。


「事務所で聞いてきたぞ。陽が沈んだあとは危険なので馬車は出ない。そのかわり明日は運行を増やすそうだ。今日の日時で予約されたチケットは、一日ずらす事で対応する。つまり翌日の同時刻の便に割りふられる……」


 ぼくは話を聞いてなかった。スキル「文学全集」の目次を開いて、内容の確認に集中していたからだ。

 アンロックされた第三巻は、「落語・講談速記集」と題して四つの作品が収録されている。

 初代三遊亭円朝の怪談(ばなし)「牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」の二編と、二代目松林伯円の白波しらなみ物講談「鼠小僧」「天保六花撰」の二編だ。


 明治に入ると、文明開化の流れにのって新聞が次々と創刊された。その影響で日本語速記術が急速に発展する。

 初めて出版された速記本「牡丹灯籠」は、この速記術の効用宣伝を目的としたものだった。

 これが大評判になったことから、落語や講談の速記本が続々と刊行され、新聞にも連載されるようになった。

 芸人の喋りをそのまま活字にした速記本は、すぐ後に起こる言文一致運動に多大な影響を与えることになる。


「おい、ヒューロッド! どうした、怒ってるのか?」

 いきなりの怒鳴り声に、ハッと我にかえった。


「びっくりした! 驚かさないで下さいよ、スカーレットさん。ところで怒ってるって何のことです」

「びっくりしたのはこっちだ。話しかけても無視して……てっきり昼間、羽交い絞めにしたことを怒ってるのかと思ったぞ」

「怒ってないですよ。スカーレットさんが止めてくれなかったら、ぼくまで首を切られてましたから」

「それを聞いて安心したよ。依頼人の中には、助ける対象の選別をすると怒り出すやつがいるからな。たとえば依頼人の命を救うために、荷車や馬を犠牲にせざるを得ない場合とか」

「マッケン隊長は手練てだれでしたからね。あの時は、ああするのが精一杯だったというのは分かります」


 彼はおそらく剣豪の称号持ちだ。二つの首を同時に切断した腕前からも、親父よりはるかに強いことが分かる。


「なぜ怒ってると思ったのかというと、さっきの奇怪な呪文みたいな歌のせいだ。何を言ってるのか分からないのに、聞いてると無性に物悲しい気分になる。こんな経験は初めてだ。わたしはそこにヒューロッドの心情を感じてしまった」

「そんな大層なものじゃないですよ……あれはハウタ、またはコウタとよばれる外国の曲です。死者の魂がやすらかに女神のもとへ向かえるように、祈りを込めて歌ったんです」

「つまり外国の葬式で歌われる曲だったわけか」

「えーと、まあそんなところです」


 本当は、梅の花とたわむれる鶯をダシにして異性を口説く軽薄な恋愛歌なんだが、説明が面倒なので黙っておいた。


「吟遊詩人さん」

 聞き覚えのない女性の声によばれてふり返ると、涙でひげを濡らした犬獣人コボルトの婦人が立っていた。


「さきほどの歌は外国の葬送曲なんですね。本当に胸を打たれるメロディーでした。結構な手向けをいただいて、主人も喜んでると思います。ありがとうございました」


 深々と頭を下げた。どうやら死体の山のどこかにいる獣人の遺族らしい。

 よく見ると、ほかにも獣人の女性や子供が何人かいて、みんなじっとこちらを見ていた。

 なんだか騙してるようで申し訳ない気持ちになってきた。


「あ、いや、このたびは本当にご愁傷さまで……それでは、ぼくは用事があるので失礼します」

 いそいで来た方向、つまりアルンデアの南門に戻っていく。


「待ってくれ、これからどうするか決めたのか?」

 スカーレットが追いかけてきた。


「輸送業者のほうは何と言ってるんですか」

「だから予約は一日ずれるから、何も手続きしなければ出発は明日の午後になる。いまから予約し直せば早く出発することもできるが」

「急ぐ旅でもないですから、午後の出発でいいでしょう。ところで、スカーレットさんも同じ便の予約を取ってあるんですよね。どうしてぼくの乗る馬車が分かったんですか?」

「知らんよ。ランドにチケットを渡されたんだ」


 それを聞いて背筋が寒くなった。勝手に護衛を雇っただけでなく、ぼくの乗る馬車まで調べて同じチケットを買うとは。

 世話焼きどころの話じゃない。これではまるで、異世界でいうところのストーカーじゃないか。

 まあ、いまさら文句をいっても始まらない。大事なのは今の状況をどう乗り切るかだ。


「とりあえず今夜のねぐらを確保する必要がありますね」

「しかし全門閉鎖の影響で、アルンデアの宿屋はどこも満室だぞ。わたしはべつに野宿でもかまわんが」

「野宿? 冒険者と一緒にしないでください。ぼくはデリケートなんです」


 こういう場合に頼れる知り合いはアパート持ちのランドか、裏社会と劇場関係にコネのあるケーンぐらいしかいない。

 ランドは薄気味悪いし、なにより事件の首謀者だと思うので近付きたくない。消去法でケーンを頼ることにした。


       〇


 そういうわけで、ぼくたちは王立劇場にやってきた。

 ケーンの師匠である横顔プロフィールバリーは、王都の一等地に立派な邸宅を構えているくせに、そこへはめったに帰らない。

 大道具のベッドで寝たほうがよく眠れる、とうそぶいて一年の大半は劇場に寝泊まりする変人である。

 そんな男が、これから貴族に招かれて小旅行をしなければならないのだ。絶対に直前まで劇場にこもるはずだ。


「思った通りですよ、見てください」

 当たりをつけて来てみたら案の定、楽屋あたりの窓にうっすらと灯りがすけて見えた。

 しかも、おあつらえ向きなことに、裏口の前でケーンが誰かと立ち話をしている。

 話し相手は初めて見る男だった。身なりが良くて、立ち居ふるまいもどことなく品がある。

 すこし離れた場所から手をふったら、ケーンの方もぼくらに気付いたようだ。あわてて話し相手を帰すと、こちらに歩いてきた。


「こんな夜中に悪いな。あの人はお客さんか?」

「いや、ちょっとした知り合いだよ。そんな事よりヒュー、まだアルンデアをうろついてるって事は、全門閉鎖で足止めを食らったな」

「おかげで野宿するハメになりそうだ。助けてくれないか」

「どうしよっかなー、そっちのねーちゃんは昼間の冒険者だろ?」


 ケーンは意地の悪い視線でスカーレットを見た。

 そういえば下宿で初めてこの冒険者と対面したとき、彼もその場にいたんだった。

 「どちらがヒューロッドなんだ?」と聞かれて、ケーンが即座に「ブサイクなほうだ」と切り返したのを覚えている。

 どうも最初からスカーレットが気に入らない様子だった。


「……まあいいや。楽屋のソファで寝ることになるが、それで良いならついてきな」

 ニヤリと笑うと、裏口にむけてアゴをしゃくった。やっぱり持つべきものは、よき隣人だ。

 ぼくらは劇場のボスである横顔バリーのいる楽屋に通された。


「お邪魔します……」

「なんだ、そのでかい女は」

 部屋に入ると、いきなりそんな言葉を浴びせられた。


「女優志願にしてはトウが立ってるな。つらはまあまあだが、おれより背が高いのは気に食わん。男のほうは論評にも値しない。二人ともほかの劇団をあたってくれ」


 バリーはワイングラスを片手に声を荒げた。

 どうもかなり酔っているようだ。ぼくらを入団希望者と勘違いしている。


「夜分おそく申し訳ありません。ケーンの友人で吟遊詩人をやっております、ヒューロッドと申します。こちらはぼくの連れで、冒険者のスカーレットさんです。女優志願じゃありません」

「ヒューロッド?」

 バリーは何か考え事をするように、視線をさまよわせた。


「思い出したぞ。おまえ、たしか先月楽屋に来たよな。ケーンと同じ下宿の同居人だろ?」


 じつは、舞台裏に入るのはこれで二度目である。

 一か月ほど前、ケーンが代役を務める芝居を見に行ったとき、挨拶のために楽屋へ通してもらったのだ。


「よく覚えてますね」

「おまえの話を、よくしてるからな。嫌でも名前は覚えてしまうさ。じつは前々から、折り入って話したいと思ってたんだ……おいケーン、悪いがこいつと二人きりにさせてくれ」


 師匠に言われては逆らえない。ケーンはスカーレットを連れて楽屋を出て行った。

 何が始まるのか分からないが、せいぜいバリーの機嫌を取って、劇場に泊まる許可をもらわなくては。


「それで、話したいことって……」

「おれが聞きたいのはナントカというスキルのことだ」

「スキル? 文学全集のことですか」

「そうそう、それそれ! ケーンの話だと演目が増えるスキルらしいじゃないか。聞いたことのないスキルなら、聞いたことのない歌が聴けると思ってな。ぜひおれに披露してもらいたい」


 これは丁度いいタイミングだ。

 福沢諭吉や政治小説は危険なので、おいそれと披露できないが、第三巻なら安心して聞かせることができる。


「分かりました。歌じゃないけど、文学全集の演目を披露しましょう」

 ぼくは画面に「牡丹灯籠」を表示させた。


 牡丹灯籠というと現代日本では、新三郎という浪人が美しい娘と逢瀬を重ねるうちに生気を失っていく話として知られている。

 新三郎の顔に死相を見た人相見は、娘の正体を幽霊だと見抜いて何とか助けようとするが……

 カランコロンと駒下駄の音を響かせてやって来る幽霊娘と、牡丹細工の灯籠をげて先導する年増幽霊のイメージが有名だ。

 ところが、この話は全体からすると、ごく一部のエピソードでしかない。

 じつは全編の主役といえる人物は、幽霊娘の父親に仕える奉公人の孝助という若者なのだ。


 とはいえ、さわりを聞かせるとしたら、やはり浪人新三郎の部分しかないだろう。

 問題は翻訳である。

 駒下駄といわれても、この世界の人間には何のことか分からないし、牡丹の花だって、少なくともこの国では見たことない。

 そこで駒下駄は木靴に、牡丹は見た目が似ている薔薇に置き換えることにした。

 すなわち牡丹灯籠ならぬ薔薇灯籠ローズ・ランタンである。

 そしてホラーといえばこの曲だ。ぼくはマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」を弾きながら朗読を始めた。


 一時間後にエピソードの結末まで到達した。

 悲劇を防ごうとした人相見の白翁堂が、骸骨に抱きつかれた萩原新三郎の遺体を発見する場面である。


「……これはなんだ、おれは今年六十九に成るが、んな怖ろしいものは初めて見た、カルドーンの昔話なぞにはよく狐を女房にしたの、幽霊に出逢ったなぞと云うことも随分あるが、斯様かような事にならないように、サルーナ教会の聖女様に頼んで、有難い魔除まよけ御守おまもりを借り受けてハギワラの首を掛けさせて置いたのに、うも因縁はのがれられないもので仕方がない」

 という白翁堂の独白で朗読を終えた。


「どうでした?」

 なかなかいい翻訳ローカライズができた。ぼくは自信満々でバリーの方を見た。

 しかし彼は鼻ちょうちんを膨らませながら、気持ちよさそうに舟をこいでいるのだった。


       〇


 一方、楽屋前の廊下では、さきほどからケーンが大柄な女冒険者に根掘り葉掘り質問していた。

 いま何歳か、いつから冒険者をしているのか、今までどのような依頼をこなしてきたか。


「いいかげんにしてくれ!」

 とうとうスカーレットの堪忍袋の緒が切れた。


「ケーンとか言ったな。君は依頼人でも何でもないじゃないか。無関係な人間に、わたしの経歴についていちいち答える義務はない」

「ふーん、まあいいけどよ」

 金髪碧眼の美少年はすねたような表情を見せると、


「ところで、さっきおいらが裏口で、知り合いと話しているのを見ただろ? あの話し相手は、とある貴族さまの屋敷に勤める下男だ。ギャンブルの借金で首が回らなくなってな、うちの親父に情報屋として飼われることになった」

 どういうわけか、関係のない話を始めた。


「いや、べつに君の知り合いなんかに興味はない」

「まあ最後まで話を聞けって……それでな、今朝のことだ。日課の糞尿回収に立ちあっていた時、その下男が偶然見ちまったんだよ。肥桶の下の方がパカッと開いて、中から獣人が出てくるのを。つまり汚わい屋が運んでくる肥桶が二重底になっていたんだな」

「何っ、それは本当か」

「本当かどうか、無関係な人間に答える義務はねえよ。でも、もしこの話が本当なら、貴族街の爆破騒ぎの黒幕は汚わい屋という事になるだろうな。で、肥桶から出てきた獣人は、貴族屋敷の敷地に消えていった。それを目撃した下男はどうしたと思う?」

「…………」


「なんと、主人には知らせず、真っ先にうちの親父のところに駆け込んできたんだ。どんな忠誠心だよ。屋敷ではあんまり報われてなかったのかなあ。表面上、重宝するそぶりを見せていた親父の方を選んだんだ。あ、ちなみにおいらの親父は暗黒街の顔役をやってる」

「…………」

「でも馬鹿なやつだぜ。下男に利用価値があるのは、貴族屋敷に勤めてたからだ。勤め先を失えば、飼っておく意味もなくなる。そのへんの計算ができなかったのかなあ。さっさと主人に知らせていれば、助かったかもしれないのに」

 ケーンは冷酷な笑みを浮かべた。おそらく下男はもう、先が長くないのだろう。


「ところで冒険者さん、あんたにヒューの護衛を依頼したのは誰だっけ?」

「……汚わい屋のランドだ」

「うん、親父の調べによると、アルンデアの六つの汚わい屋グループのうち、貴族街を担当していたのはランド組だそうだ。ランド組のメンバーは回収した糞尿を処理場に運ぶと、そのまま行方をくらました。獣人たちが火薬に火をつけたのは、ちょうどそのタイミングだな。いま、やつらのアパートは、もぬけの殻だぜ」


「わたしは何も知らない。ただ依頼を受けただけだ」

「その依頼はギルドを通してないんだろ? そして依頼主は行方不明だ。それでも護衛を続けるのかい?」

「前金で報酬を受け取った以上、契約は果たさなければならない」

 その答えを聞いて、ケーンは失望の表情を浮かべた。


「おいらの知ってる冒険者は、そういう考え方はしないもんだ。依頼主がいなくなれば契約も無効。報酬は拾ったものと思って懐にしまう。そして、お口にチャックだ……ねえ、あんた本当に冒険者かい?」

「そ、それは暗黒街に流れてくるような低ランク冒険者の話だろう。わたしは違う」

「へえ、それはご立派なこって」


 二人はしばらく無言でにらみ合った。いまやケーンは完全に裏社会の住人の顔になっている。

 その場にただよう緊張感が最高潮に達したとき、


「どうしよう、バリーさん寝ちゃったよ」

 楽屋のドアが開いてヒューが顔を出した。


「しょうがねえなあ、酒を飲むといつもこうだ」

 ケーンは仲のいい同居人に戻って笑顔を見せた。


「こういう時はな、倉庫に運んで大道具のベッドに放り込むんだ。ヒューも手伝ってくれ」

 楽しそうに楽屋へ入っていった。

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