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異世界でわかる文学史~村を追放された吟遊詩人は謎スキル「文学全集」で成り上がる  作者: メガネを取るとイケメン
第二巻 政治小説集

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10/10

「雪中梅」末広鉄腸

 ケーンは師匠の様子を見に行くために下宿を飛び出した。おかみさんは男手のある近所の知り合いの家に避難した。

 ぼくは乗合馬車が無事に出発できるか心配になったので、早めに南の市壁門へと向かっていた。

 南門は街道に面していて、長距離馬車の業者が集中している。ぼくが予約した馬車もそこにあるのだ。


 街はひどく混乱していた。おそらく住人の半数以上が外に出て右往左往しているのだろう。

 人々はみんな一様に不安そうで、すれ違う人を捕まえては何事が起きたのか聞いてくる。

 ただ、ぼくの場合は誰からも邪魔されず、スムーズに道を通ることが出来た。

 なぜなら後ろからついてくる女性が、近寄る人間を誰彼かまわず睨みつけるからだ。


 冒険者を名乗るその女性は、緋色スカーレットという名前に反して全身黒ずくめの格好をしている。

 おまけに長い黒髪の持ち主で、女にしてはかなりの長身なので異様な迫力がある。


「えーとスカーレットさんは、ほかに何かランドから言われていることはないんですか?」

「何度も言ってるように、護衛の依頼を受けただけだ。カルドネラとかいう村に行くという話しか聞いてない」

「えっ、村までついてくるんですか?」

「当たり前だ。そこに着くまでが依頼だからな」


 どうも彼女は異変について何も知らないらしい。ただ指定の時間に下宿に来ただけのようだ。

 轟音の直後にさっそうと現れるという、劇的な登場の仕方だったので、絶対に何か知ってると思ったのだが。


 ぼくは改めて周囲を見回した。

 目にとどく範囲では、べつに変わった様子はない。王城の方角にどす黒い煙が何本も立ち上っている以外は。

 十中八九、この異変はランドが率いる反政府勢力の仕業に違いない。地下室の火薬がついに使用されたのだ。


 すると、天から笛のが響いてきた。まるで力まかせに吹いているような強い調子である。

 街の人々がいっせいに空を見上げた。

 空には涙の雫をひっくり返したような物体が、空中を移動していた。音はそこから流れてくるようだ。


 物体は風に流されたのか、あっという間に見えなくなった。ところが笛の音はいつまでたっても響きつづけた。

 単純なメロディーの繰り返しだが、どういうわけか息継ぎが行われず、だらだらと音がつながっている。

 こういう演奏ができる人物をぼくは知っている。


「この曲はエルフの子守唄だな」

 スカーレットが博識なところを見せてきた。


「エルフに知り合いでもいるんですか?」

「いや、依頼を受けて一度エルフの森に行っただけだ。その時に聞いたんだが、印象的なメロディーだからよく覚えてる」

「笛を吹いてるのは多分ぼくの知り合いですよ。空飛ぶ魔道具がついに完成したんだな」


 おそらくトーレと轟音の異変は関係ないだろう。それにしても色々なことが立て続けに起きる日だ。

 あのお騒がせエルフがどこに飛んで行ったのかは気になるが、それより乗合馬車の無事を確認するほうが先だ。

 なにしろぼくは今日から宿無しなんだから。


       〇


「おい、どういうことだ。さっさと門を開けてくれ」

「今日中にアルンデアを出ないと商談に間に合わないんだよ」

「ああ、もう駄目だ! この国はもうおしまいだ!」


 人々が口々に勝手なことを言いながら、門番に詰め寄っている。

 街道に面する南門は固く閉ざされていた。その前の広場は行き場を失った人々で大混雑している。

 門の脇にある小さな門番小屋の前で、オロオロした様子の門番が取り囲まれていた。


「とにかく王宮からのお達しなんだ。すみやかに市壁門を閉鎖して、誰も外に出すなと言われている」

 門番も何が何だか分からないのだろう。おなじ言葉を何度もくり返していた。


 ぼくはその様子を見て、これは無理そうだと思った。

 おそらく異変の犯人を逃がさないために門を閉じたのだ。ということは犯人が見つからない限り、王都から出られない。


「気をつけろ、面倒なやつらが来たぞ」

 スカーレットが後方を警戒しながら言った。


 南門から王城までつづく中央通りは、馬車が鈴なりの列を作っていて、完全に身動きが取れなくなっている。

 その脇をすり抜けるようにして、王宮騎士の一団が小走りでこちらに向かってきた。


「き、気をつけろと言われても、どうすれば」

「あいつらは不審者を拘束する権限を持っている。とにかく不自然な行動を避けるんだ。まわりと同じふるまいを心掛ければいい」


 スカーレットのアドバイスに従って、じっと身動きせずにやり過ごすことにした。

 騎士たちは広場に到着するとパッと散らばり、周囲を取り囲むように配置された。

 リーダーらしき人物が強引に人垣を割って入り、門番小屋の屋根にジャンプして飛び乗った。凄い跳躍力だ。


「おれは王宮騎士団第四小隊の隊長、マッケンである! 君たちも承知の通り、アルンデアに未曽有の事態がおきた!」


 筋肉のかたまりのような体格から発せられた大音声は、広場にいた人々を残らず金縛りにした。


「王命により、すべての市壁門は閉鎖された! 少なくとも陽が沈むまでは門が開かないと思ってくれ! 広場にたむろしてる奴は、すみやかに自宅へ戻るんだ! ただし獣人は別だ! 獣人には聞きたいことがあるから、ここに残るように! 逆らうものは片っ端から拘束する! 君たちはそのつもりで行動しなければならない!」


 マッケン隊長の有無を言わせぬ口調によって、かえって広場にはホッとしたような空気が広がった。

 無慈悲かつ明確なその言葉は、人々にあきらめと共に行動の指針をもたらしたのだ。

 端から順番にゆっくりと広場から人が出ていった。


 それとは対照的に、動揺の度合いが深まったのは獣人たちである。

 人間ヒューマンの密度が薄くなるにつれて、しだいに獣人が寄り集まってきた。広場にいた獣人は二十人ぐらいである。

 彼らは包囲を狭めてくる騎士団の顔色をうかがいながら、小声でヒソヒソと話しはじめた。


「聞きたいことって何なんだ? さっきの爆発のことか」

「それとも商業地区の暴動かな」

「いずれにしろ、おれは何も知らないぞ」


 ぼくはたまたま近くにいたので、彼らの会話が聞こえてきた。どうやら爆発に加えて、獣人による暴動まで起きているらしい。

 地下室の公演会にいた獣人たちの姿が脳裏に浮かぶ。


「おまえは吟遊詩人か? こんな状況になったら、もう大道芸どころじゃないだろ。おとなしく家に帰ったほうがいいぞ」


 騎士のひとりが、ぼくの背負っている六弦琴を見て話しかけてきた。

 心臓が飛び出るかと思った。なにしろぼくは反政府勢力に関わっているのだ。それがバレたら一巻の終わりだ。


「じ、実はですね、これから田舎に帰るつもりだったので……げ、下宿は引き払ってるんです」

「そんなに怯えなくていいよ。行くところがないなら、何でもいいから建物の中に入ってろ。しばらく外に出るなよ」


 それだけ言うと、騎士はすぐに獣人のほうへ目を向けた。その視線は犯罪者を見るような厳しいものに変化した。

 完全に人間ヒューマンは容疑の対象から外れているようだ。


「顔色が悪いぞ。どこか空いてる茶店カフェを探して休んだほうがいい」

 スカーレットが心配そうに声をかけてきた。


「そうですね、早くここを出ましょう」

 ぼくは怪しまれない程度の早足を意識しながら広場を出た。


 とりあえず土地鑑のあるスラム街方面へ向かうことにした。あそこなら、いざという時に身を隠せる場所を知っている。

 ところが一ブロックほど進んだところで歩みが止まった。前方から血まみれの蜥蜴人リザードマンがふらふらと近付いてきたのだ。


「あっ、軽業兄弟の……」

「よかった……ヒューさん……助けて」


 彼は顔見知りの大道芸仲間だった。よく見ると大柄な弟が小柄な兄を背負っている。

 ぼくの顔を見てホッとしたのか、弟はガクリと膝をついた。


「どうした、何があったんだ」

「スラムで……獣人狩りが……起きているんです」

「獣人狩り?」


 弟の説明によるとこうだ。

 いまアルンデアのあちこちで、獣人が人間ヒューマンを殺して回ってるという噂が飛び交っている。

 殺られるまえに殺れということで、血の気の多いスラムの住人が、自警団を組んで獣人をリンチしているのだ。

 大道芸人も例外ではない。獣人の中でも身体能力の高い兄弟だが、集団に囲まれたらひとたまりもなかった。


「背負われてるほうは、もう息がないぞ」

 スカーレットが小柄な兄の顔をのぞきこんで言った。


「大変だ、とにかく医者を探さないと」

 ぼくは近くに医者の看板がないか見回した。


「あっ……」

 いつの間にか背後に立っていた騎士団のマッケン小隊長と目が合った。彼は鋭い目つきでこちらを睨んでいる。


「勝手なことをされては困る。獣人は騎士団で引き取るから、君たちは家に帰って大人しくしてなさい」

 マッケンが無慈悲に言い放った。


「で、でも見てください。一刻を争う状態ですよ。早く医者に見せないと」

「ほう、おれの言うことに逆らう気か。その気概は買うが、さっき言ったはずだぞ。逆らうものは片っ端から拘束すると」


 マッケンは腰の太刀を抜いて、こちらに突き付けた。

 それだけでぼくは動けなくなった。剣術のサブスキルを持っているので、構えを見ただけで達人と分かる。

 だが蜥蜴人リザードマンはそうでなかった。


「ヒィ!」

 剣を突き付けられた恐怖でパニックを起こした弟は、後先考えずに走り出した。


「馬鹿ッ、止まれ!」

 ぼくはあわてて追いかけようとした。しかしスカーレットの手が伸びて、羽交い絞めにされてしまった。


 その横をマッケンが猛烈な速さですり抜ける。太刀を構えたまま走ると、あっという間に蜥蜴人リザードマンを追い抜いた。

 と同時に、二つの物体がポーンと宙を舞った。追い抜きざまに、背中の兄もろとも首を切断したのだ。

 首を失った胴体はその勢いのまま倒れこみ、地面にズズズとスライディングした。


「ひどい、何てことをするんだ、人でなし!」

 ぼくは思わず叫んでしまった。


「この兄弟はぼくと同じ芸人なんだ。ちゃんとギルドにも登録している。爆破騒ぎにも暴動にも無関係なことは、ぼくが保証する……保証できるはずだったのに!」


「無関係だとすれば非常に痛ましいことだ」

 マッケンは同情をこめた目でぼくを見た。


「しかしこの蜥蜴人リザードマンは致命的なミスを犯した。剣を抜いた騎士の前で軽率な行動をしてしまったのだ。動くものを反射的に仕留めるように、我々は日ごろから訓練しているからな」

 それだけ言うと、小隊長はその場から悠然と去っていった。


       〇


 南門が開放されたのは、陽がどっぷり暮れたころだった。ぼくはゾロゾロと門を出る群衆に交じって街道にむかった。

 街道の脇には獣人狩りの犠牲になったり、尋問に抵抗して斬られた獣人の死体が無造作に積み上げられていた。

 その数は見たところ五十人におよんでいる。


 死体で作られた小山の下層のほうに、首を失ってもなお寄り添う軽業兄弟がいた。

 ずば抜けて身体能力が高いくせに臆病で、なにかとぼくに頼ってきた。芸人に必要な図太さがまるでないのだ。

 一般的に獣人は感情豊かだと言われる。軽業兄弟の場合は、その特徴がマイナスの方向に現れたようだ。


 ぼくはスキルを発動して、画面に「雪中梅」を表示させた。

 汚わい屋たちに最もウケたのが「佳人之奇遇」であるのに対して、獣人たちに最も好まれたのが「雪中梅」である。


 この作品は青年政治家の国野基くにのもといと、英語女学校に通うインテリ女性お春の恋愛劇だ。

 国野は過激派の嫌疑で投獄され,お春も叔父の奸計により国野の属する政党領袖と結婚させられそうになる。

 こうした苦難を乗り越えて,二人は親のきめた許婚者であることがわかって結ばれる。

 感情豊かな獣人たちは、このロマンス要素に惹かれたようだ。


 ぼくは殺された彼らへの手向けとして、「雪中梅」の作中に出てくる端唄を歌うことにした。

 端唄というのは、小唄と同じく三味線の伴奏で歌う歌謡曲のことである。


春雨はるさめにしつぽりるゝうぐひすの、

 羽風はかぜにほむめの」


 さすがに六弦琴で三味線の再現はむりなので、伴奏はグノーの「操り人形(マリオネット)の葬送行進曲」を大幅にテンポを落とすことで代用した。

 この曲は三味線のチントンシャンに似た雰囲気のメロディーだし、なにより葬送曲だからこの状況にうってつけだ。


「花にたはむれしほらしや、

 小鳥ことりでさへも一筋に、

 寝ぐら定めてはひとつ」


 この端唄の部分は翻訳不可能なので、公演会ではいつも省略していた。だから歌うのはこの場が初めてである。

 もちろん原文そのままの日本語で歌っている。


「わたしや鶯、ぬしはむめ

 やがて気儘(きまゝ)身まゝになるならば、

 サッサ鶯宿梅あうしゆくばいヂヤナイかいナ」


 歌い終えるとピコーンという音とともに、画面の右下に小窓が現れた。

 それはスキルがレベル3に上がったことを知らせる表示だった。

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