1再会
春、それは出会いと別れの季節。
いい出会いもあれば悪い出会いもある。
「通学するのに財布も持たないだなんて、馬鹿な女ね」
「とりあえずジャンプしてみろよ」
一体何故、こんな状況になってしまったのか。その事の発端は、今から約三十分程前に遡る。
いつものように通学路を歩いていた時の事だった。
「後をつけられてるとも知らずに一人で歩くなんて呑気な奴ね」
「この後はどうするんだ?」
「とりあえず、背後からアイマスクで視界を奪って。私はこの縄跳びで縛るから」
「ああ!」
その時、私は考えごとをしていて後ろからの足音に気づくことが出来なかった。
「うわっ!何?ちょっと、離してよ!」
「こいつ、うるさいぞ!どうすればいい?」
「口も塞げばいい話でしょ!さっさと貸しなさい!」
そのままガムテープで口を塞がれ、抵抗虚しくここまで引き摺られてしまったというわけだ。
そして現在。私はピンクの縄跳びで両手を縛られて身動きが取れないまま二人の動向を探っていた。
「……小銭の音すら聞こえないわね」
「それどころかポケットから出てきたのは飴玉一粒。何なんだよ、こいつ」
ポケットに小銭すら入っていないという事実に二人は呆れを通り越して絶句していた。
二人が何やら話し合っている隙に、校庭にある大きな時計をちらりと覗き込む。時刻は八時十五分。
(あと十分以内にこの人達を何とかしないと遅刻しちゃう)
「鞄の中はまだだよな?おい!中身を出せ!」
「逃げないように両手を縛ったんだから無理に決まってるじゃない」
「それもそうだな!」
「まあいいわ、財布が見当たらないなら代わりに他の物を壊すだけよ。例えば……今あんたが着てるグレーのパーカーとか、ね」
怖い顔をしながら真紅色のブレザーの内ポケットから鋏を取り出し、私に向けてくる。
思い出した、この上下真っ赤な制服は近所の女子校の赤百合女学院だ。
「おい!チャックを開けろ!」
「だから両手を縛ってるんだから無理って言ってるじゃない!もういいわ、私が開けるから」
そう言うと、お嬢様口調の方は鞄のチャックを全て開け、筆箱の中身まで取り出した。
肝心な鞄の中身は、筆箱と家の冷蔵庫にあったメロンソーダと今日のお弁当だけ。
「教科書とノートも無いのね」
「お前なぁ……せめて教科書とノートぐらい持って来いよ。何のために学校行ってるんだよ」
まさか自分の財布を奪おうとしている人達にそんなこと言われるとは。結構心外。
「一人で歩いていたから捕まえてみれば……財布も持っていない馬鹿な女だったとはね」
「本当使えねぇな!もういい、こうしてやる」
それだけ言うと、二人のうち口が悪い縦ロールの方は鞄の中のメロンソーダを手に取ると、激しく振りだした。
「これでもくらえ!」
突然の事に戸惑っていると、私に向かってメロンソーダのボトルを投げつけてきた。
「うわあ!」
咄嗟に顔を守ろうとして気がつく。両手はまだ縛られたままだ。
(痛くありませんように!)
そう覚悟を決めた時、メロンソーダのボトルは私の数歩手前に落ちた。
「これでお前はこのメロンソーダを飲めなくなった!はははっ!ざまぁみろ!」
「こんな奴には炭酸を抜いて不味くするよりも頭から掛けた方が効くわよ」
笑っている相方を横目に見ながら、上品な言葉遣いの方は心底くだらないと言いたげな顔でそう言った。
「貸しなさい」
「あぁ?ほらよ」
そして、口の悪い方の手からメロンソーダのボトルを受け取ると、振り直した。
そんな事したら中身が出ちゃうんじゃ……と思い、身構えていると、突然背後から顔に何かを掛けられた。
「うわっ!」
(何これ、布?)
また視界を塞がれて驚いていると、何やら争う声が聞こえた。
「お前、誰だよ!なんでここに居るんだよ!」
顔に掛けられたものが取られると、目の前には知らない人が立っていた。
「さあ、誰でしょう?」
顔に掛かっていた紺色のブレザーはメロンソーダで濡れて濃い染みができている。
「こんな風に手まで縛っちゃって。これじゃあ身動きも出来ないでしょ。この子が君達に何かしたの?」
その人はそう言うと、私の手首に絡まった縄跳びを解いてくれた。
どうやら、顔にメロンソーダを掛けられそうになった瞬間、この人が私の顔にブレザーを掛けてギリギリの所で間に合ったらしい。
「いくら何でもメロンソーダをかけるなんて流石に酷いんじゃないかな?僕の制服も汚れちゃったし」
「別にいいじゃねえか!こんなダンゴムシみてえなダッセェ制服。汚したところで誰も困らねぇよ!」
確かに、近所のおばさん達からも不評で
『桜高校の制服って、上下真っ黒で喪服みたいな制服よねぇ』
なんて言われてるけども。
「そうだね、君達は困らないだろうね。そもそもの話、人を引き摺って運ぶ様子を見て事件性が無いと判断する人はいないよ」
最初から全部見てたのか、この人。
……ん?見てたのなら助けてくれれば良かったのに!
「さてと、もういいかな?そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
その言葉にハッとしてスマホの時間を見ると、現在時刻は八時二十分。あと五分以内に校門を通過しないと鬼教師の鬼杉に怒られちゃう!
「こっちの事は気にしないで、後は僕が何とかしておくから」
「ありがとう、めっちゃ助かりました!」
もしまたこの人に会えたらちゃんと今日のお礼を言おう。そう決意して校門へ走った。
これが私とこいつ、月宮恒星の再会だった。