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星の舞うまち、願い降る夜

作者: 咲森 瑤

 そっと窓を開くと、カーテンがなびいた。ひんやりと頬を撫でる感覚に、夜中であることを実感させられる。静けさに包まれ、すべてを見透かされているような感覚が迫り、速くなる鼓動を誤魔化すように小さく息を吐いて、窓枠に足をかけた。無事に降り立って見上げた空には、溢れんばかりの星々が広がっていた。

 それは、息をするのも忘れるほどに美しい景色だった。



 窓の隙間から、運動部のかけ声が聞こえてくる。僕は返却された本たちを戻し終えると、カウンターに戻り一息ついた。部活に行くか、帰るか、で生徒が二分するこの時間帯、図書室では閑古鳥が鳴く。放課後の図書室は居心地がいい。ここを独り占めしているような気になれる。

 自分が借りる本でも探そうかと、本棚を左上から見て回っていると、3つ目の棚まで来たあたりで、そこに人影があることに気づいた。さっと視線を向ける。座り込んで棚を見つめる後ろ姿だけで、わかった。

 隣のクラスの星守さん。たくさんの女子に囲まれて廊下を歩いているのを見かけたことがある。彼女は図書室に足を運ぶことがないタイプの生徒なのだと、勝手に思っていた。驚いて後ずさると棚に足がぶつかった。思いのほか大きな音。星守さんの顔がこちらを向いてしまう前にそそくさと退散した。

 

 それから、毎日のように星守さんは図書室に来るようになった。友人を伴ってくることもなく、ただ熱心に棚を見つめる。少し経つとたくさんの本を抱えて閲覧室に入っていき、閉館時刻になると律儀にすべて棚に返して帰る。僕はただカウンターで、本の隙間からその一連を眺めていた。

 ある日、閉館時刻を過ぎても彼女は閲覧室から出てこなかった。少しだけ待ってから、僕はパンッと太股を叩いて立ち上がった。ゆっくりと扉を開けて「失礼します。閉館時間を過ぎました」と声をかける。星守さんはビクッと肩を揺らし「すみません」と早口で言って、焦ったように出て行ってしまった。机には、積まれた本だけが残された。それらを抱えて出ようとしたとき、僕は椅子の下に小さなメモが落ちていることに気がついた。星守さんが落としていったのだろう。さっと目を通すだけのつもりが、そこにあった言葉に思わず目を見張った。

 ――まちの外に出るには?


 校門を出ると、空は赤みがかっていた。向かい風が制服を冷やす。結局、最終下校時刻まで図書室に居座ってしまった。目を吊り上げた母が玄関で待ち構えていることだろう。せめてもの償いにと小走りで通学路を帰る。叱られる覚悟で扉を開くと、母は満面の笑みで僕を迎えた。何事かと不安になりながらとりあえず靴を脱ぐ。リビングでは、ニュースが流れていた。

「来月――日、およそ十五年ぶりの〈星舞夜〉となることが分かり、――――」


 〈星舞夜〉。このまちに住んでいて知らない者はいないだろう。星が空から降ってくる、それはそれは美しい夜なのだと、幼いころから誇らしげな大人たちに聞かされてきた。道理で家の中が騒がしいわけだ。

 浮足立った母親に背中を押され「もっと盛り上がんなさいよ」と言われる。

「そっか、蒼は前の時小さかったもんね。覚えてないかぁ、窓から見たの」

 姉が笑いながら言った。リビングで騒ぐ大人たちの声が頭に響く。姉がその団らんに加わったのを横目に見ながら、僕はいつものように自分の部屋に向かった。

「僕は先に寝る」

 階段を上っていく僕を、誰も止めなかった。


 翌日、カウンターに座っていると生徒たちがわらわらと入ってきた。

 ――ねぇ、〈星舞夜〉楽しみだね。

 ――すっごい綺麗なんだって。これ前の時の写真なの。

 ――私、彼氏と一緒に見る約束したんだ。

 彼らの声が耳の奥に響き、文字を追う目が止まる。ここは本を読む場所だ、そう訴えかけてとどまり、僕は音を遮断するように本にのめり込んでいった。

 

 雑音が静まった頃、星守さんが現れたことに気づき、僕は少し迷った後、あのメモを取り出した。

「すみません、昨日これを忘れていかれま……」

 僕が言い終わるより先に、星守さんは見たことのない剣幕でメモをつかみ取った。その荒々しさから紙がちぎれてしまったほど。それに構う余裕もないというようにポケットに突っ込むと、瞬きもせずに僕の目を見つめた。

「これ、読んじゃった?」

 嘘をつく必要は無い。僕がうなずくと、彼女は固まってしまった。

 しかしすぐに、なにかを決断したような顔をして大きく頷いてこう言った。

「私に、協力してくれない?」

 星守さんは、首を曲げて僕の名札を見た。

「宵谷くんはさ、〈星舞夜〉の言い伝えって知ってる?」

 話の筋が掴めない。とりあえず首を横に振った。

「早く本題に入れって顔してるね」

 星守さんは笑みをこぼしながら、ぐしゃぐしゃになったメモを取り出した。そして、僕の目をまっすぐに見つめてこう言った。

「私は今、このまちから出る方法を探してる」

 窓の隙間から吹き込む風が、急に冷たく感じた。

「けど、」

 このまちの外に出ることはできない。外は危険だと、そう習ってきたはずだ。しかもそれをあの星守さんが言うとは信じがたかった。そう言いかけて口をつぐんだのは、彼女の目があまりにも澄んでいたから。

 僕の変な沈黙に察したのだろう、星守さんは自虐的な笑みを浮かべて呟いた。

「私が一番言っちゃいけない言葉だ」

 彼女は少しだけ口角を上げて窓の外に目を向けた。

「星守家の一人娘として生まれた私が、絶対に言ってはいけないことだっていうのはわかってる。子供じみてるってことも。だからそんなこと口に出さずに、次のオサとしてあるべき姿を毎日演じてた。私はまちを守っていかないといけないのだから。掟を破って出て行きたいなんて、許されるはずない。でも、抑えられなくて」

 芯の通ったまっすぐな目で星守さんは遠くを見ている。ゆっくりと振り返ると静かに言った。

「それで、協力してもらえたり……」

 その歯切れの悪さから、断るだろうと思っていることが伝わる。僕だって断ろうと思っていた。しかしなぜだろう、彼女の目に宿る信念の光を見なかったことにしてはいけないような気がした。どう答えるのが正解なのか悶々とする脳を無視するかのように、首は縦に動く。

「ほんと? 協力してくれるの?」

 ぱっと表情を変えた星守さんは、今までとは比にならないほど精力的に動き出した。目の前にただ本が積み上げられていく。何の指示も出されないままの僕はただ突っ立っていた。

「あ、えっと星守さん?」

「ごめん、嬉しくなっちゃって」

 こちらに戻ってくると彼女は大きく息を吸って、言った。

「あのさ、唐突なんだけど、私自分の名字好きじゃないの。責任に縛られる感じがするというか、その、だからお互いに下の名前で呼ばない?」

 躊躇いがちに言うと、僕の名札をのぞき込んだ。

「宵谷……アオ?」

「蒼〈ソウ〉だけど、でもアオでいい」

「わかった、アオ」

「星守さんは、灯、アカリ……アカ」

「いいねっ、アカって」

 満足そうにうなずくとアカは右手を差し出した。

「よろしく、アオ」


 翌日の放課後、人気のない閲覧室で僕らは集まった。まずはアカが引っかかっていることを1つずつほどいていく。

「まちから出るには〈星舞夜〉が鍵じゃないかと思ってて」

「それじゃ、来月だね」

「うん、十五年ぶりだよ。次いつ来るかわかんないし、絶対間に合わせる」

 アカは力強く言い、おもむろに紙を取り出した。

「そのためにはまず状況を整理しないと」

「今まで調べた手がかりは?」

 僕が尋ねると、待ってましたとばかりにアカは言った。

「〈星舞夜〉の言い伝えです」

「あ、このあいだ言ってた」

「そう。その言い伝えが、【降ってくる星を掴むと願いが叶う】っていうのらしくて。それで外に出たいってお願いしようと思って」

「でも、」僕が言いかけるとアカは大きく頷いた。

「そう、問題点はいろいろある。その一、信憑性が薄い」

「それに、情報がそれだけだと抽象的すぎる」

「そもそも、〈星舞夜〉に外に出ることはできないし」

 ほとんど何も分かっていないようなものだ。僕は大きく息を吐いた。

 

 〈星舞夜〉の日は外に出てはいけない。星守家が神様に捧げるお祈りに必要なのだと、幼い頃に教えられた。そこまで考えて、なにかが引っかかった。

「……星守家のアカなら、出れるんじゃないの?」

 アカは「えっ」と声を上げ、目を見開いた。

「私は危険だからだめだって言われてる。というか、家族がお祈りしてるなんて聞いたことないよ」

「それじゃあ、外に出てはいけない理由が何か他にあるってことになる」

 結局調べることが増えただけだ。アカに見えないようにため息をつくと、彼女は弾んだ声で「面白くなってきたねぇ」と言った。


 それから、僕らは〈星舞夜〉と名のつく本を片っ端から読んでいくことにした。

「アオ、その本どうだった?」

「〈星舞夜〉への愛が延々と語られてるだけだ。そっちは?」

「こっちもだめ。〈星舞夜〉を舞台にしたラブストーリーだった」

 アカは投げやりに言った。

 僕はただ淡々と棚から本を抜き出していく。

「全然手がかりないよ、図書委員さんどうにかならない?」

 アカが指さした先には、収穫無しの本たちが積み上がっている。

「そうは言ったって学校の図書室には限度がある。中央まで行けば別かもしれないけど」

 そこまで言いかけたとき、アカが目を輝かせて僕の手を掴んだ。嫌な予感が胸を掠めたけれどもう遅い。

「よし、行こう」

 アカは力強く立ち上がった。


 そうして中央図書館に通うことになった僕らは、結局ここでも同じ作業を繰り返していた。あんなに見つからなかった物が場所を変えた途端に見つかるわけもなく、ひたすら棚の端から端まで一冊ずつ本を取り出していく。

「1つ目の棚、制覇した!」

「嬉しそうなところ悪いけど、収穫は?」

 本来の目的を思い出したアカは、ゆっくりとうなだれる。

「ゼロです」

 調べた本はどんどん溜まっていく。

 しかし、リストが黒く塗られていくと同時に少しずつ、アカの顔に笑顔が浮かばなくなっていった。目を充血させて、ただ活字を追う毎日。

 文化、歴史、占い……。少しでも関係のありそうな棚を手当たり次第調べていく。でも、僕らが欲しい情報は、どこにも載っていなかった。

 そうしている間にも〈星舞夜〉は着々と迫ってくる。盛り上がりを増していくまちの人びとを見るたびに、焦りが渦巻いていった。


 それから幾度もの会議を重ねたものの収穫はほとんどなく、僕らは星舞夜の二日前を迎えた。

 気を張っていないと落ちてきそうな瞼と格闘しながら、必死に活字を追う。

 ふと、疑問が零れた。

「アカ、家は調べたの? 星守家なら貴重な資料が……」

 言いかけて、途中で後悔した。アカの顔に暗い陰が落ちる。急いで言い直そうとしたが、彼女がそれを遮った。

「そうするべきだっていうのは分かってたんだけど、怖くて。でも、アオにこんなことさせてるのに、言い出した私は逃げてるなんて卑怯だよね」

 アカは顔を上げて、「アオはもう帰っていいよ。私も、家に帰る」と席を立った。去って行く背中に、声をかけたかったけれど間に合わなかった。アカの言葉が引っかかって、それを訴えたかった。

 図書館から少しずつ人がいなくなる。静寂の中で、せめてアカの命令には従うまいと、目を見開いて字を追った。

 腰を上げ、たった今読み終えた本を戻しに行く。重い本を抱え、うつらうつらしつつ本を差し込むと、くしゃっという音がした。手を奥に突っ込むと、棚の奥から薄汚れた紙が出てきた。目を凝らすと、インクの染みは文字のようだった。

 それを解読し、僕は目を見張った。早く探さないと、と立ち上がったとき「閉館時刻となりました」という声が耳に届いた。もう少しだけ、と目を血走らせ必死に棚をなぞる。

 内から湧き出る熱情に突き動かされる。呼吸が乱れ、自分の心臓の音だけが響く。こんな感覚は、初めてだった。


 翌日、顔を合わせてすぐアカは「ごめん」と泣きそうな声で言った。

 手を前で組んで俯きぽつりと、

「やっぱ、親に聞けなかった。たくさん協力してくれたのに、もう間に合わないよ」と言う。

「なにも、手がかりはなかった?」

 そう尋ねるとアカは執拗に鞄をこすりながら頷いた。

 なにかを隠しているようにも感じられたけれど、昨日の今日で僕にアカを責める資格はない。一向に目を合わせようとしない彼女が続けて謝ろうとするのを遮るように、僕は一冊の本を取り出した。表紙は擦れていて、長い年月を経ていることを感じさせる。

「これは?」アカがのぞき込んだ。

「昨日、アカが出て行った後に見つけたんだ」

 目を丸くするアカに、「これでも図書委員ですから」と胸を張る。

 僕はくすんだページをめくった。

「ここ、読んでみて」

 

『星の舞ふ夜、選ばれし者は望みを叶えるだろう。想い持つ者は祈りを捧げよ。夜が終わるとき〈最後の星〉がそなたを選ぶだろう』


「これって」アカが目に涙を浮かべる。

「うん、ジンクスは本当にある、願いは叶うんだよ」

 昨日、紙切れに『星の舞ふ夜』とあるのに気づき、この本を見つけ出したときの感動を思い出す。

「これが書かれた頃には外に出ることができたってことだから、危険ってことはないはず。夜中に家を抜け出して、祈りを捧げるという難関さえ突破できれば望みはある。選ばれし者というのはもしかしたらここに書いてあったのかもしれないけど」

 破れたページをなでながら僕は苦笑した。

「でも、光は見えた」

 僕たちは明日、〈星舞夜〉に星寄峠に集まることに決め、互いの幸運を願った。


 外に聞こえそうなほどに鳴る心臓を抑え、なんとか峠に辿り着いた頃には陽は完全に暮れていた。満天の星空という言葉はこの景色のために作られたのだろうとしか思えない絶景。空を見上げ、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、世界に僕らしかいないような感覚に駆られた。

 まだ星は降っていない。あの本にも、『夜が終わるとき』とあった。しばらく時間がかかるだろう。

 僕が腰を下ろすと、アカも隣に座った。

「そういえば、アカはなんでまちの外に出たいの?」

「そっか、話してなかったね」

 アカが小さく息を吸った音が聞こえた。

「私は一人娘だから、生まれたときから次のオサになるって決まってて、そのために育てられてきたの。それが当たり前って思ってたんだけど、学校で周りの子たちを見てて、全然違う生き方があるんだなって気づいて。私は狭い世界しか知らないんだなって思ったら、ずっと危険だって禁止されてる外のことが引っかかって、家出したの。でもいくら歩いても歩いてもまちから出ることはできなくて、あれから諦めてたんだけどさ」

 アカは小さく笑う。

「〈星舞夜〉が来るって分かったから思いが再燃しちゃって」

 そう言って、彼女は話を終わらせるように顔をこちらに向けた。

「アオは? もし選ばれたら何を願うの?」

 その可能性は考えていなかった。僕は目をつむって考える。

「…僕はずっと、本にしか興味が無かったんだ。人のことなんてどうでもいいとしか思ってなかった。でも今は――」

 僕は大きく息を吸った。

「変わりたい。僕は、自分を変えたい」

 そのとき、頬に柔らかい感触があった。

「あっ」

 見渡すと、たくさんの小さな光が空から降っていた。夜空の煌めきを映しながら舞い、ゆっくりと消えていくその姿は息をのむほどに美しかった。

 降ってくる星を手で受け止める。ふわっと暖かい感触がしたかと思うと瞬きの間に消えてしまった。

 感動を共有したい思いで隣に目を向けると、アカは哀しそうな目をしていた。

「アカ?」

 彼女はビクッと肩を揺らし、取り繕うように口角を上げた。

「どうしたの?」

 僕が問うと、アカは「隠せないか」と言って鞄から本のような物を取り出し、僕の前に置いた。

「本当は昨日、これを家で見つけたの。曾々祖父の日記だと思う。言ってなくてごめん」

「理由が、あったんでしょ?」

「……ここを、読んでほしい」

 少し言いづらそうにしてから、アカはしおりの挟まれたページを開いた。

 僕はそっと日記を持ち上げた。


『〈星舞夜〉まで一週間を切った。またあいつは来るのだろうか。あの無礼な奴らめ』

『伝説の書を見つけた。やっとだ。これで〈星舞夜〉はこのまちのだけのものとなる』

『無事に終わった。望みは叶えられた。〈星舞夜〉は永遠に守られるのだ』


「これは、つまり」

 僕が言うと、アカはぐっと拳を握り話し始めた。

「私の曾々祖父が、当時のオサがこのまちと外の世界を遮断したんだ。『奴ら』から〈星舞夜〉を守るために。〈星舞夜〉をこのまちだけのものにするために。そういうことなんだと思う」

 僕は小さくうなずいた。

「これを見つけたときに、本当に私が外に行くべきなのか分からなくなっちゃって、アオに見せられなかったんだ。私は外に行きたいけれど、それはただの自己中心な思いで、オサになる者なら先祖の遺志を継ぐべきかもしれない。どちらが正しい道かは神様が決めてくれるかなって思ったんだけど」

 風が吹いて、小さな紙切れがページから落ちた。

「これ、あの本の切れ端だと思う」アカがうつむいたまま言った。

 受け取って、目を通す。

『最も強き想いを抱く者に、〈最後の星〉は舞ひ降りるだろう』

 その紙切れを見つめてアカがつぶやいた。

「神様も、決めてくれないみたい」

 僕は心を覆った靄をアカに伝えたかったけれど、言うべき言葉が見つからなかった。


 降ってくる星はだんだんと少なくなっていた。もうすぐなのかもしれない。

 音のない時間が続いた。

 時が経つのをただ待っていたそのとき、視界の端に光が映った。ひときわの輝きを放つその星は、ただゆっくりと舞い降りてゆく。

「最後の、星」

 アカがつぶやいた。

 選ばれる者はもうきまっているのだろう、〈最後の星〉はただまっすぐと舞う。形がはっきりとわかる位置にまで降りてきた〈星〉は僕の手に収まり、ぽわっと小さな光を浮かべた。

「やっぱり」アカは頷きながら呟いた。

 僕は思わず眉間にしわを寄せる。

「変わりたいって言ったアオの目はまっすぐ前を見てた。アオ、自分の願いを、言えばいいんだよ」

 そう言ってゆっくりと離れていくアカの目に諦めが浮かんだのを感じた。

 僕が戸惑いつつ手元を見ると、優しい光がまっすぐと胸に届いた。靄が晴れて、隠れていた言葉がくっきりと浮かんだ。

 僕は大きく口を開ける。

「アカの願いを、叶えてください」

〈最後の星〉は、了解の姿勢を見せるかのように点滅すると、天に昇っていった。

 今までの星空が嘘のように、吸い込まれそうな濃青だけが残る。

 アカが、勢いよく僕に向かって走ってきた。

「なんで?」

 僕はアカの目をまっすぐに見つめて答える。

「僕の願いは叶った。僕はもう変われたんだ。今までは正直人のことなんて興味なかったし、まちの行く末なんてどうでもいいって思ってた。でも、アカに外の世界を見てきて欲しいと思ったんだ。外を知って、その上でこのまちを統べるオサになってほしい」

 はっとしたような顔でアカは僕を見た。

「変われたのは、アカのおかげだ」

 僕は大きく深呼吸をして空を見上げた。清々しい空気で胸が満ちた。

「アカ、君の願いは?」

「わたしは、外の世界に行きたい。このまちの外に何があるのか、自分の目で見たい」


  

 冷たい風が僕とアカの髪を揺らした。小鳥のさえずりが、柔らかい風に運ばれて僕の耳に届く。目の前の風景は、薄いベールのようなものに阻まれて影でしか捉えることができない。僕がそっとベールに触れると、手にピリッとした感覚が走り、弾かれてしまった。アカがこちらを振り向いて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。彼女がベールの向こうに手を伸ばすと、それは溶けるように消える。

「行ってらっしゃい。僕は、このまちで待ってるから」

「行ってきます」

 アカは遠くをまっすぐと見つめて、ベールの向こうに消えていった。

 その後ろ姿に、煌めく星をみた気がした。

 

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