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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛮族狂騒曲

作者: 鷹村紅士

「クローシャ・マクドエル! 貴様のような山猿は高貴なる私と! 華やかな王都に相応しくない! 今この時をもって婚約は破棄! そしてお前は王都を追放する! さっさと消えろ野生動物が!」


 今日はソータイラス王国の建国祭。

 国中がお祭り騒ぎで経済の中心である王都はいつも以上に灯りで溢れ、人々は大いに飲み、食い、踊り、はしゃいでいる。

 そんな王都の象徴である王城でも、国王主催の夜会が開催されており、ほぼすべての貴族家の者が煌びやかな衣装に身を包んで参加していた。

 ある者は談笑し、ある者は踊り、ある者は軽食に舌鼓を打つ。

 賑やかな夜会の会場であった。


 それを台無しにしたのは魔道具で限界まで拡大された怒声。


 突然の大きな声に会場にいた者たちは驚き、ピタリと動きを止めたせいで静寂が会場に広がる。

 皆が怒声の主を探し、やがて広い会場の端からでも見えるように数段高くなっている場所にたっている青年を見つける。

 そこは国王が立ち、夜会の開催を告げるための場所だ。

 今立っているのは国王ではない。

 第三王子だ。


「クローシャ・マクドエル! 返事はどうした!? サルでも出来ることも出来ぬか!」


 静まり返った会場に再び怒声が響き渡る。

 反響したそれに多くの者が耳を塞ぐが、王子はそんなことなど気にせずにがなり立てる。


「今すぐ出てきて頭を垂れよ! だからお前は駄目なんだ! 王族の婚約者として! いや! 人間として失格だ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ第三王子。

 その言動は心配になる程に不可解だ。

 最初に出ていけと言っておきながら、自分の前に出てこいなどと言う。

 しかしそれを誰も口にしない。諫めない。王子のお目付け役の側近たちですら動いていない。


「さっさと出てこい! 来ていないのなら反逆罪だ!」


 あふれ出る苛立ちを発散するように足を踏み鳴らしながら叫ぶ第三王子の前に、急ぎ足で、多数の貴族たちに邪魔をされながら慌てて歩を進めてきた少女がようやっと出てくる。


「第三王子殿下に──」

「黙れ!」


 肩を上下させるほど大慌てでやってきた少女に、第三王子は容赦なく拡声された怒声を叩きつける。


「さっさと跪け無能が!」


 *****


 クローシャ・マクドエルはマクドエル子爵家の長女として生まれた。

 マクドエル家は領地なしの宮廷に出仕する家系で、父である子爵は文官として働いていた。

 母である子爵夫人は同じく下位貴族たちや騎士の妻たちとの交流が深く、何かあったら手助けを率先して行うような淑女であった。

 そして嫡男たる兄も父と同じように文官を目指して日々邁進するような生真面目さを持ちつつも妹に激甘な男だ。

 貴族であるが質素で、政略結婚であったが仲のいい夫婦関係な両親のおかげで穏やかで暖かな家庭で育った彼女は、少々世間知らずだが善良な少女として育った。

 そんな彼女を、突然の悲劇が襲った。

 夜会に参加するために出かけた両親の乗った馬車が事故に巻き込まれ、亡くなってしまったのだ。

 悲しみに暮れる彼女を兄は慰めながらも葬儀や爵位の継承のための手続きに奔走した。

 やがてそれも落ち着き、使用人たちや両親に世話になった人々の手助けを得て再出発しようとした頃、再びの衝撃が兄妹を襲った。


 南の蛮族たちとの和平交渉を行う。その交渉団のリーダーとして兄が指名されたのだ。


 南の蛮族とは昔から小競り合いを行っており、王国は頭を悩ませていた。

 そんあ連中との和平が結ばれれば、王国の悩みの種は一つなくなって万々歳なのだが、そんな大役に新人の文官で、しかも子爵などという下っ端に任せるなんてどういうことだと騒然となった。

 しかし国王からの勅命で、拒否権などなかった。


 さらには、子爵家存続のために第三王子とクローシャの婚約も発表された。


 まさに青天の霹靂。

 子爵家は兄が継ぐことが決まっていた。

 クローシャは婚約者自体決まっていなかったが数人の候補はおり、兄が張り切って選別をしていた状況だ。

 これも勅命として命じられており、どんなにおかしいものであっても、国王という最高権力者と、国政を担う高位貴族たちの後押しに拒否できるはずもない。

 なにがなんだか分からないまま、兄は連行されるように南への交渉団として連れていかれ、クローシャは城に招かれて王子妃としての教育を施された。


「蛮族と通じてるんだろう?」


 有無を言わさない強引さで教育を施されて数日、初めて会った第三王子が開口一番に発した言葉がこれだ。

 クローシャは絶句した。

 兄が蛮族との和平交渉に連れていかれたのは事実だが、それ以前に蛮族と子爵家に接点はない。

 なのに王子は最初からクローシャを──子爵家を蛮族の味方をする売国奴扱いをしてきた。


「発言の許可を──」

「黙れ!」


 さらには弁明すら封じた。

 王族相手に発言の許可を求め、許可されなければいけないというルールが邪魔をした。


「蛮族など汚らわしい! 山猿だ! お前も! その家も! 関わってるなら山猿だ! こんなのが貴族か! 恥を知れ!」


 一方的に罵り、菓子を食い、茶を飲み、さらに罵って荒々しく去っていった。

 クローシャは静かに涙を流した。

 暖かくて優しい両親を、自慢の家を、何故こうも悪し様に言われなければならないのか。

 事実でもないことを信じ切り、大声で怒鳴り散らすのが王族として相応しい振る舞いなのか。

 その疑問は解消されない。

 何故なら、王城ではクローシャに自由な発言は終始許可されないからだ。

 ただ唯々諾々と従うことだけが許された。


「兄さん……会いたいよ」


 まだ八歳になったばかりの少女は家に帰ることも許されず、ただ与えられた広すぎる部屋で夜、泣いた。

 それでも朝はやってくる。

 王子妃教育は王子と会ってからどんどん厳しくなり、「王子に相応しく」と誰も彼もが口にして、クローシャに淡々と知識や動作を詰め込んでくる。


 穏やかな笑顔を浮かべていたクローシャはいつしか笑顔を忘れ、ただ動く人形のようになり果てていた。


 そんな中、彼女に一筋の希望が舞い降りる。


 寝静まった深夜。

 ことり、と小さな物音が寝室に響いてクローシャは目覚めた。

 暗い部屋を見渡せば、ほぼ使われない机の上に仄かな輝きが見えた。

 寝ぼけたまま、彼女は机に近付いた。

 そこにはエメラルド色の光を発している小さな組紐と、小さな石だった。

 クローシャが小さな石を手に取ると、


 ──愛するクローシャ。お兄ちゃんだよ。


 離れ離れになった大好きな兄の声が聞こえ、彼女は枯れたと思っていた涙を再び流し、


 兄のお願いと、約束のために頑張ろうと奮起した。


 *****


「さっさと! 跪け! 山猿が!」


 相も変わらず怒鳴り散らすしか能のない第三王子に対し、クローシャは逆らうことなく跪いた。

 その光景に、最前列に居た貴族たちは不快気に顔を顰めた。


「蛮族の仲間が! 僕の命令を! 無視するな!」


 だん! だん! と足を踏み鳴らす第三王子。

 クローシャはそれを聞きながらも微動だにしない。

 今まで何度も発言の許可を求めようとして却下されてきた。だから第三王子に対して何もしない。

 周囲に対しても助けは求めない。

 誰も手助けなどしないから。

 愛し愛された家庭で育ったクローシャは当初信じられなかったが、貴族たちはクローシャがどんなに蔑まれていても助けない。

 子供だから、という理由は通用しない。

 自分に利益がないからだ。

 そう、利益だ。

 癇癪持ちの王子を止めると王族に対して不敬だとされるから、不利益を被るからしない。

 たかが子爵家の娘が蔑まれていても、助けたところでなんの見返りもないからしない。

 今だって王子を誰も止めない。

 悪目立ちしたくないから。

 そんな労力を払っても、見返りはないから。

 とても冷たい関係だった。


 それでも、クローシャは我慢した。


 兄との約束を、守るために。


「なんとか! 言えよ! 無能! 山猿! 蛮族!」


 さらにヒートアップする第三王子に、貴族たちが一歩下がった。

 なんとか言えと言われても、結局は黙れと言われるのが目に見えているのでクローシャは黙り続ける。


「不敬だ! 処刑だ! 死刑だ! 殺せ!」


 王子の宣言に貴族たちがようやくざわついた。


 その宣言を聞いて、クローシャは動いた。

 左腕に巻いた、組紐に触れたのだ。


「兄さん。もういいよ」


 組紐に語り掛ければ、紐がほどけて鮮やかなエメラルドグリーンの光が躍った。


「な、なんだ!? なにをしたぁ!?」


 光が、まるで意志を持つように揺蕩い、空中を泳いで複雑な紋様を象っていく。

 第三王子は情けない悲鳴を上げて転げ、無関心を決めていた貴族たちも突然の事態に悲鳴を上げる。


「baaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaarbarooooooooooooooooooooooooooooooi!!!」


 そして、完成した光の紋様から武装した半裸の男たちが夜会の会場に降り立った。


「ば、ばんぞくーーーーーーーーーーーーーー!?」


 鍛え抜かれた肉体になにかの染料でペイントを施し、肉厚の刃を持つ鉈や斧を持った男たちは、王国が蛮族と呼ぶものたちの戦士たちの格好だ。

 彼らは鎧を着ない。

 その肉体をさらけ出し、それでも王国の兵の攻撃を弾き、受け止める。

 これが蛮族との争いが長引く要因でもあった。


「ばんぞくだぁーっ! ころせぇーっ!」


 半狂乱になって泣きながら叫ぶ第三王子。

 未だに機能している拡声の魔道具が甲高い悲鳴を会場に轟かせ、白けて腑抜けていた会場の警備兵たちを動かした。


「おのれ蛮族!」

「わが剣を食らえ!」

「手柄となれ!」


 警備兵たちは我先にと剣を抜き放って突如現れた蛮族たちへと殺到する。貴族たちを避難誘導することもなく、逆に邪魔だと蹴散らしながら。

 彼らは騎士団の下っ端で、活躍する機会を与えられない立場である。

 城の警備も立派な仕事とは言え、華々しく活躍し、称賛を得たいと常々思っていた。

 そんな自分たちの前に蛮族たちが、格好の獲物が現れた。

 彼らの頭はすでに蛮族を華麗に蹴散らし、英雄として称賛される自分という妄想で一杯だった。


 なので、相手の力量を見誤る。


「suparutoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooi!!!」


 軽装とはいえ、鎧を着こんだ男たちが剛腕によって吹き飛ばされていく。

 ある者は壁に、ある者は軽食が置かれたテーブルに、ある者は高価な美術品に。

 至極あっさりと。

 まるで玩具のように。

 警備兵たちが何の役にも立たない光景に、貴族たちは逃げ出した。

 そこに高貴なる者の務めを行おうとする者は誰一人いない。

 ただ自己保身のために行動する。


「なんの騒ぎだ!?」


 野太い雄叫びと破砕音、貴族たちの悲鳴を聞きつけてようやく現れたのは、国王その人だ。

 近衛騎士を引き連れて、歩くのにも一苦労な豪奢な装いの王は夜会の会場に蛮族がいることを認めて仰天した。


「何故蛮族がここに!? 交渉団は!? マクドエルの小僧はヘマをしたか!? ええい! 近衛騎士よ! 殲滅せよ!」


「satumahayatoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」


 国王の命令に従って抜剣した近衛騎士たちであったが、屈強な蛮族たちの拳によって鮮やかに吹き飛んだ。


「な……あ」


 虎の子の近衛が瞬時に壊滅したことと、自分より巨大な筋肉の塊たちに囲まれた国王は目と口を大きく開けたままその場にへたり込む。

 そこに一国の代表たる矜持はなく、ただただ、無力な壮年の男でしかなかった。


「いやはや、見事なものだ」


 貴族たちが我先にと逃げ出し、王国の兵士たちすら無力化された夜会の会場に、朗らかな声が響き渡る。

 国王は全身を大きく震わせながらも、王国の言葉が聞こえたことでまだ無事な者がいたのだと勘違いして周囲を見渡す。

 そして見つけた。

 寄り添い合う、服を着た男女を。

 蛮族ではない、王国の人間を。


「おお──おお? お前は……マクドエル?」


 国王は真っ先に助けろと命じようとして、その場にいた男の姿に違和感を覚えた。

 そこにいたのはクローシャの兄、ライル・マクドエル。

 国王自らが蛮族との和平交渉という名の民族浄化作戦の礎にした生贄だった。


「お前……なんでここにいる? 死んだはずじゃ?」


 蛮族の襲来。精鋭たる近衛の壊滅。死んでいるはずの人間が目の前にいる。

 国王の頭は現実を受け入れることが出来ず思考停止に陥っていた。

 それでも通常時なら複数の案件を処理できる能力を持つ国王だ。頭が働かずとも思い浮かんだ疑問をほぼ無意識に口に出していた。


「これはこれは国王陛下。よい夜ですね」


 呆然とする国王に対し、ライルはまるで道化師のように大仰な身振りで礼をする。


「よい……よる?」

「おや、どうされました? なにかご不満でも?」


 姿勢を戻したライルは国王へ笑いかける。

 嘲笑だ。


「なんで……何故、お前が、蛮族といる!?」


 さすが国王というべきか。復活した。


「何故? 何故と申されますか」

「答えよ!」

「黙らせてくれる?」

「Viking!」

「ひびゃぁっ!」


 激昂する国王をライルの頼みに応じた蛮族の一人が鉈を突き付けて黙らせた。


「いやぁ、陛下が理解していないとは思いもしませんでしたよ。まぁ、絶対的な権力を持つ貴方は常に自分の思い通りに事が運べたのでしょうから、分からないのですかね?」


 ライルはやれやれ、と肩をすくめると、妹のクローシャをエスコートして国王へと近づく。

 それに応じて蛮族たちも国王を取り囲み、手に持つ武器を見せつけるように国王へと突き付ける。


「何故、私が彼らと一緒にいるのか。それはね、反逆です」

「!」


 反逆、の一言に国王が口を開くが、目の前に差し出された鉈に慌てて口を閉じる。


「不敬だとでも? 私たち家族をいいように利用してきた奴を、何故敬える?」


 王国は長い間、南方の蛮族と呼ぶ部族と小競り合いをしてきたが、その発端は彼らの住む豊かな土地を王国が欲したからだ。

 最初は対話や交渉をもって事を進めていたのだが、彼ら側にも部族の法や信仰といった事情もあり、中々思うように進まない。

 そして焦れた王国側はこっそりと資源の調査や採掘をし始めた。

 これに気付いた彼らは王国側の人間を捕らえて国境へ放り捨てた。もちろん生きたままで。

 これに対し、彼らを未開の蛮族と見下し始めていた王国は捕らえられた者たちを処刑し、彼らは蛮族に殺された! これは報復せねばなるまい! と戦争へ舵を切った。

 彼らもそれに呼応して戦支度を始めた。

 彼ら側からすれば勝手に人の縄張りに忍び込んできた不埒者たちが、今度は大勢で攻め込んできたのだ。

 ふざけるな! とやる気十分で迎撃した。

 これが長い因縁の始まりだった。

 王国はしつこく南方の資源を付け狙い。

 彼らは定期的に来る盗人を迎え撃つ。

 それが何年も繰り返された。

 そして今代の王になって、とある作戦が秘密裏に開始された。

 今代の国王は凡庸と呼ばれている。

 国家元首として無能という訳ではない。ただ突出した能力がないだけだ。

 普通はそれでいい。特に問題もなく国の運営に支障がなければ。

 ただ、蛮族との確執があり、なおかつこれを解決すれば歴代国王でもできなかった問題を解決した、という分かり易い実績が手に入る。

 それを、国王は欲した。

 蛮族死すべし。我が栄誉のために。


「我が愛する両親を殺した挙句、自分たちのためにそれを利用する奴らを、許す気はない」

「何故それを……」


 ライルに睨みつけられた国王は顔を顰めた。

 それは本来なら知られることのない真実だった。

 王は慢心していた。自分たちが黙っていれば、子爵如きの下等貴族など真実にたどり着く事などできないと。


「馬鹿が。両親が死んだ事故だぞ。原因を調べるのは当たり前だ」


 ライルが吐き捨て、クローシャは兄に寄り添いながら悲し気に俯く。


「それに、ただの子爵家の長男に交渉団のリーダーなんて……実績もない若造を任命する? さらには子爵家の娘に王子との婚約? それら全てが貴方の勅命だ。なにかあると思うだろう」


 ライルは不審に思い、それでも残された妹のために動いた。

 それに応えてくれたのは生前の母に世話になった下位貴族や騎士の夫人たちだった。

 彼女たちもこの異例の騒動に不信感しかなかった。

 だからライルは彼女たちに情報を集めてもらうようお願いした。

 直接動けば何があるか分からない。だからさりげなく情報を集めてもらい、それを報せてほしいと。

 後は残された妹を手助けしてほしいとも。

 夫人たちは快く了承してくれた。

 それくらいしかできず、ライルは交渉団として連れていかれたが。


「愛する妹を残して訳の分からない仕事になんぞ行きたくもないのに……」


 交渉団として南方に向かったライルだが、その面々に違和感しかなかった。

 服装はそれなりの正装ではある。

 ただその大半の男たちは貴族や王宮に勤めるような者にしてはありえない程の粗野で礼儀もなっていない言動や行動が散見された。

 残りの一握りの人間は文官にしては動きがキビキビしすぎているし、何より雰囲気がまるで違う。

 荒事に慣れた、物騒なソレだ。

 さらには人員輸送や物資のための馬車は分かる。ただ、蛮族に友好のために送るものが納められた馬車。これに違和感がありすぎた。

 その文官にしては物騒な男たちが常に張り付き、逆に護衛の騎士たちが寄り付かないという現象。

 さらには人員輸送用の馬車よりも堅牢な造りをしているのだ。

 何かあるのがアリアリと分かる。

 常に警戒しながら交渉団は進み、やがて蛮族の縄張りとの境界にたどり着き、物騒な連中がライルを無視して蛮族へ伝令を出し、物事を進めていく。

 まだ成人もしていない若造が舐められるのは分かるが、連中はライルをいないものとして無視する。それは王都を出発する時からだ。


「彼らとの交渉する気などまったくなかったことが分かった瞬間、私の中で貴方に対して情けをかける必要性を失った」


 勝手に進む交渉への手続きをライルはただ見守っていた。

 大半の文官の恰好をした粗野な男たちは酒を飲み、宴のように騒ぐだけ。

 護衛の騎士たちはそれを冷めた目で見ながらおざなりな警備をするだけ。

 物騒な雰囲気の男たちは手続きの他は貢物の納められた馬車を気にするだけ。

 何のために自分がいるのか分からないライルは、それならそれでと好き勝手にさせてもらったが。

 そんな待機時間が過ぎ去って、ようやく交渉の席についたのだが、


「まさか非人道的な兵器を使って虐殺をもくろんでいたとはな」


 何もない平原に絨毯が敷かれ、そこに座って始まった会談。

 相手はまさかの蛮族の族長で、威厳も筋肉も凄まじい男だった。

 その後ろには側近たちと思わしき屈強な男たち。さらに離れた場所には蛮族の戦士たちがズラリと並んでいた。

 一応のリーダーであるはずのライルを無視して物騒な男たちが全てを取り仕切り、進んでいく交渉と言う名の一方的な王国側の話。

 ここでライルは蛮族と呼ばれる彼らをしっかりと見た。

 鍛え上げられた肉体。王国側からすれば薄く、粗雑な造りの服。体に染料で描いたカラフルなペイント。

 そして、理知的な瞳。

 途中、じっくりと見ていた視線に気づかれ、族長に笑いかけられたりもした。

 そこでライルは思った。


 ──彼らは本当に蛮族なんて蔑まれる人たちか?


 彼らの言語は流ちょうな王国の言葉だし、なによりも、その体に描かれた紋様がライルの知っているものだとすれば、彼らは理知的な人たちだと分かる。

 そんな彼を置いて、状況は進んでいく。

 一方的に話していた王国側の男たちが返事も了承もないのに貢物を送ると言い出してあの馬車から大きな箱を運んできた。

 その箱には複雑な紋様が刻まれていた。

 見る者が見ればわかる。

 それは系統は違えど、蛮族側がペイントしている紋様と同様のものだ。

 ライルはそれを見た瞬間、全身に怖気が走った。

 それは封印だ。しかもかなり高度なもの。

 物騒な連中はまるで急かすように箱を蛮族側に渡し、開封をしつこく要求していた。

 ライルは慌ててそれを止めようとして、物騒な連中に羽交い絞めにされた。

 それを粗野な連中は何か始まったとニヤニヤしながら見ていた。

 ライルの制止を無視して開封を要求する男たちを蛮族側は冷めた眼差しで見つめ、箱を開封しようとして、


 ニヤつく物騒な連中へ箱を叩きつけた。


 族長の合図で蛮族の戦士たちが素早く動き、王国側の男たちはライルを除いて全員が捕縛される中、族長はライルへと声をかけてきた。


『中身は分かるか?』

『分かりませんが危険なものです。投げたことで封が壊れました。すぐに再封印しないと』

『できるか?』

『やります』


 全身が痺れたような感覚の中、ライルの頭の中には愛しい妹の笑顔が映し出され、すぐさま彼は両親との約束を果たそうとする。


 ──本当に力を振るわなければならなかったら、全力で使いなさい。


 ──使います。父さん、母さん。


 自身の身に宿る膨大な魔導力を行使する。

 光が収束して箱に描かれていた紋様と同じものが空中に出現し、箱へと叩きつけられる。

 それを何度も繰り返し、全身の力を使い果たしたライルは地面にへたり込んだ。


『よくやってくれた』

『はやく、それを、遠くへ、捨てて、ください』


 労う族長へ、息も絶え絶えに箱を捨てるように進言する。

 ライルには幼い頃から魔導士の才能があり、両親はその才を伸ばすべく、相応の教育をするべく動いてくれた。

 教師となった魔導士たちから驚異的な速度で教えを吸収し、将来は歴史に名を刻む魔導師になるであろうと言われた。

 しかし両親は心配した。

 まだ幼い息子に才能があるのはいいが、それに目を付けられ、自分たちでは太刀打ちできない程の権力者に利用されたら……。

 だから言い聞かせた。

 力は隠せと。本当に危険な場合のみに行使しろと。

 様々な歴史上の事例を語って聞かせ、遂には妹とは一生離れ離れになると。

 それを聞いてライルは勉強は続けるが力を隠すことに決めた。

 両親には別の心配が生まれた。


 その後は蛮族たちが迅速に動き、箱をどこかに運んでいったと思えば捕縛された男たちの尋問が開始された。

 その間に族長はライルを丁重に扱ってくれ、穏やかな話し合いが行われた。

 お互いの事情を話し、蛮族側の術師と呼ばれる魔導師が箱の中身の詳細と無力化に成功したこと、尋問によって王国側の意図が判明。

 そこから導き出された真実は。


「蛮族と蔑む彼らを禁忌の魔導で汚染し、生きながら全てを殺す毒の感染源に仕立て上げ、彼らどころか交渉団とは名ばかりの犯罪者たち、さらには目障りな僕も殺しつくす。本当に……反吐が出る」


 箱の中にあったものは発動すれば生きとし生ける者すべてを殺す毒をまき散らす禁忌の魔導術が封印されていた魔導具だった。

 毒は近付いた生物に感染し続け、短時間で死に至らしめる。相手を殺し尽くすことにかけてはとても有用だ。ただ制御はできない。

 一度発動したのなら毒が無力化する時間が過ぎるまで隔離するしかない。

 王国はこの毒で蛮族を殺し尽くし、交渉団として恰好だけ整えた犯罪者たちごとライルをも殺すことを計画したのだ。

 生き残る者は魔導具が発動した瞬間に逃げ出す騎士と物騒な連中──王国の暗部だけ。

 それもライルと蛮族によって封殺されたが。


「まさか私も殺そうとしていたのには驚いたよ。まぁ、後で理由は知ったが」


 結局の所、ライルが勅命なんて使われて交渉団のリーダーに据えられたのも、妹のクローシャが王子の婚約者なんてものにされたのも、たった一つ、たった一人の馬鹿が馬鹿をしたからだ。

 その馬鹿をやらかした馬鹿というのが。


「第三王子」

「ひ」


 屈強な筋肉戦士たちに囲まれてずっとガタガタ震えていた第三王子は、呼ばれて悲鳴を上げた。


「お前は絶対許さない。私の両親を殺したお前は」


 事件の後、ライルは族長に気に入られて受け入れられた。

 そして同盟をむすんだ。

 部族も王国側のやり口には激怒し、今までの事もあってついにやり返すことを決めた。

 族長の号令の下、部族の戦士たちは戦いの準備に入った。

 その間にライルは部族の力を借りて王都へ潜入し、情報収集をお願いした婦人たちと接触した。

 誰もがライルの無事を喜んでくれ、様々な伝手を使って集めた情報を開示してくれた。

 その結果は、両親の事故は第三王子が引き起こしたことだと判明。


「王族でありながら理性すら持ちえない甘ったれたガキが」


 第三王子は甘ったれで、さぼり癖のある癇癪持ちだ。

 教育係はきちんといたが、生来のヤンチャ振りと将来の王位争いを厭うた勢力の思惑などもあって躾すらおざなりだった。

 まるで猿のように自分の感情に素直な第三王子は傍若無人なまま育ち、手に負えなくなった。

 そのせいで他者を傷付けることに忌避感がない。

 本人は悪戯感覚で多くの王宮に勤める人間を傷付け、それを見て笑う。

 被害は広がり続け、国王が叱っても反省しない。

 どうしようかと悩んでいたら、第三王子は夜会のある時にやらかした。

 自室に謹慎させていたが夜会のせいで王宮が賑わっていたせいか、王子の監視が緩んだすきに彼は部屋を逃げ出し、夜会の招待客が集まる入り口にやってきた。

 そこで数多くの人や馬車を見て、彼はいつもの悪戯で馬車に繋がれた馬を蹴りつけた。

 驚いた馬は暴れ、走り出し、ちょうど到着した夫婦に激突し、死亡させた。

 騒然とする中、第三王子は腹を抱えて笑い続けたところを騎士に見つかり、部屋へ戻された。

 事件が報告され、現場にいた第三王子も話を聞かれたので彼は楽し気に答えた。

 自分がやった。あいつらが慌ててるのがおもしろかった、と。

 報告を聞いた国王は第三王子を捨てることにした。

 ただ捨てると貴族たちに悪い印象を与えることになる。だから被害者である子爵家の残された子供を利用することにした。

 夜会で起こった事故で残された子供。

 息子を蛮族との交渉団に加えることで表向きは実績作りをさせる形にして、蛮族に殺された悲劇の主人公にする。真実は邪魔だから蛮族と一緒に殺すためだが。

 残された娘は第三王子と婚約させた。表向きは城で開催された夜会での事故の詫びとして、王族は下位貴族にも手を差し伸べることをアピールしつつ、真実は子爵令嬢を王子の玩具にさせる。

 どうせこのままでは立ち行かないのだ。せいぜい利用しよう。

 そんな思惑だ。


「お前らみたいなゴミ、もういらん」


 真実を知れたのは全て両親と関わりのあった人々の情報があってこそだ。

 父と同じく王城に勤める貴族は多く、侍女やメイドなどは下位貴族の令嬢がほとんどだし、騎士たちも事件があれば捜査に関わる。

 あとは暗部の人間からも話を聞けたのも大きい。

 それらを統合し、精査すれば、真実は明るみに出る。


「貴様、裏切りおったか。貴族としての矜持はないのか」

「お前の手下としてのプライドなど捨てた」


 国王が戦士たちに怯えつつもライルを睨みつけるが、ライルは切って捨てる。

 もう彼には王国貴族という肩書などなんの価値もない。

 だからこそ部族の王国襲撃作戦に積極的に参加し、なおかつ妹を救うために高度な転移魔導を発動できる組紐を作成し、多くの協力を経てこうして国王を取り囲んでいるのだ。


「妹さえ助け出せればもう用はない。族長、後はご自由に」

「もういいのか」


 最愛の妹の頭を撫でて安心させると、ライルは背後で腕を組んで全てを見守っていた男に声をかける。


「お前は……?」

「お前の言うところの、蛮族の長だ」


 訝しむ国王の問いに、族長は拳を握りしめながら歩み寄る。

 驚愕する王の襟首を掴んで軽々と持ち上げた。


「蛮族が……触るな!」


 威勢はいいが、その表情は恐怖に染まっている。


「これは警告だ。次は首を落とす。覚えておけ」


 戦士の威圧に耐え切れずに失禁した国王を空中に放るように手を離した族長は、その剛腕をもって樽のような腹を打ち、国王を吹き飛ばした。


「よし、撤収!」


 いい笑顔で号令し、ライルが発動した帰還用の転移魔導によってさっさと姿を消した。


 *****


「いい仕事をしてくれたなライル。お前との出会いは我らにとって福音だ」

「ありがとうございます」


 族長の労いの言葉に、ライルは感謝の言葉で応える。

 今は部族の本拠地と呼べる場所で宴が催されており、ライルは族長や部族の有力者たちの集まっている天幕にいた。

 目の前には多くの料理が並べられていて、皆が好き勝手に喋り、食い、飲んで楽しんでいる。


「兄さん」

「クローシャ」


 そこへ自分と共に部族へと身を寄せた妹のクローシャが現れる。

 彼女は部族の衣装を身に着け、心からの笑顔を浮かべながら兄の横に腰を下ろした。


「綺麗だよ」

「ありがとう」


 何の憂いもなく、兄妹は笑い合う。


「訂正しよう。お前たち二人との出会いが我らにとっての福音であると」

「ありがとうございます、族長」


 今や兄妹は部族の発展のためになくてはならない地位にいた。

 ライルはその魔導術の知識で部族の戦士たちのさらなる強化に一役買っている。

 部族の戦士たちは体にペイントをするが、それは身体強化の魔導術の紋様だった。

 古くから伝わるもので、しかも戦士たちの魔導士としての力量が低いせいか効率は極端に悪いが、戦士たちの自力がすごいせいで王国の戦士たちより優位に立っていた。

 しかしライルの知識で紋様の図柄や染料の改造、さらには戦士たちに魔導の初歩を教えることで効率が上がり、一人一人の戦闘能力が大幅に上がった。


 ただそれだけで、王国の軍勢を完膚なきまでに叩きのめした。


 族長に殴られたことで一時期は引きこもった国王だが、しばらくして落ち着いたことで部族に対する憎悪が爆発し、勅命をもってして王国の軍勢を率いて出兵してきた。

 殲滅戦だ。

 なので、部族の戦士たちは夜襲をして国王や貴族たちをぶん殴り、混乱する軍勢を中から叩き潰していった。

 今までなら大勢の兵士によって畳みかければ部族の戦士といえども負傷していたが、強化された戦士たちはかすり傷一つないまま王国軍を敗走させることに成功した。

 そのことで戦士たちはライルを称賛し、彼らに受け入れられた。

 それと、部族の術師が後継者が出来たと喜んでいたりもする。


 クローシャはクローシャで非戦闘員である者たちの教師になっている。

 さすがに高度な教育を受けたとは言え、教える側としては未熟だが簡単な読み書きや計算を教えることはできる。

 あとは刺繍などが重宝された。

 部族にも織物の技術はあるが、より繊細な技法を伝授することでレパートリーが増えた。

 このことで部族が取引をする交易商にも喜ばれた。


 まだまだ王国側の混乱が続いているが、もう少しすれば子爵家に世話になった協力者たちという伝手を使い、専門書などを手に入れられる手筈となっている。


 部族の未来は明るい。


 *****


「さて、では本日のメインイベントといこうか」


 族長たちのいる天幕より離れた場所で、年若い女たちが完全武装で集まっていた。


「これよりライルへのアピール順番決定戦を始める!」

「「「「「「amazons!」」」」」」

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