その57 ひらとみ祭り 花火はどう見えるのか
2024年8月25日
奄美大島でひらとみ祭りが行われた。
16:00頃にオカンを連れて祭りへ向かう。
妹が屋台でアルバイトを頑張っていた。フランクフルトを奢っていただく。
屋台が並んでおり、人の数が多かった。
母を空いていたテーブルに待たせ、仁大丸の出すエラブチの唐揚げ、夜光貝のバター炒め、伊勢えびの味噌汁などを購入。
美味しかったです。エビ汁が特にうまい。エラブチの唐揚げも。
正直に言えば、何んちゃってではあるが、ヴィーガン生活はこの時まだ、続けていた。
2024年の5月末頃から肉・魚・卵・牛乳、一切食べない。
だが、何ちゃてではあるので、食べる時は食べる。
久々に食べた。時には良いだろう。
夜は元同僚の家に誘われた。打ち上げ花火を上げる場所の近くに家がある。
家の裏からは凄い近くから花火を見られる。
猪の肉も出された。結構食べたな。久しぶりの肉だが、一年分食べた気がする。
力強い肉だった。
花火が上がった。最初は可愛らしい花火から。
ピュンと打ちあがっては、パンと可愛い星型 ☆型の花火が広がる。
ピュンと上がっては、☆型の花火が広がる。
初めは少しずつから次第に打ちあがっていく花火が増えて行った。
花火が可愛く進化している。☆★☆★
凄いなーって思った。
一緒に花火を見ていた人が、花火がハートの形をしているって言った。
「( ゜Д゜)ハァ? 何言ってんの星型に見えるよ。」
「えっ何言ってんのハートだよ。」
そこで、違和感を感じた。というか分かった。
確かに花火が打ち上がり、パンと破裂し、ハートの形を火花が作り出す。
だけど、僕にとってはそのハートを作り出す、火花の1つ1つが☆の形に見えた。
というか、打ち上げ花火の火花、全てが星型(☆)に見えていた。
進化した打ち上げ花火と思ったがそうでも無いように思えた。
昔は花火1つ1つの光は丸い点の色付いた光だった。
みんなの目にはどう見えているのだろうか。花火は。
以前の火花 ⇒今の火花
● ⇒ ★
〇 ⇒ ☆
何で星というものが、絵で☆のように描かれる理由を初めて知った。
だって、花火の光はそのように見えるのだから。
大きな花火が上がると壮観だった。
広がる花火の一粒一粒が全部星型。
夜空を見上げながらまるでゲーム画面を見ているようでした。
僕は花火が嫌いだった。ヘイト向けていた。
花火何て、1人で見てもつまらない。誰かと見に行って、思い出を共有できるから面白いんだろ。
俺には誰かと行く花火は無かった。
でも正直今は、1人で行ったとしても、もんのすっごい誰よりも楽しめる自信がある。
こっちの世界の人は皆、今の俺が見るような花火を見ているのだろうか。
それが当たり前で、何にも感じない?
俺は光の見え方が変化した。
打ち上げ花火。また何処かで、死ぬ前にはもう一度見て見たい。
あと、お坊さん集団の太鼓な。あれも太鼓の達人でよろしくね。
光りの見え方が急に変わった事、これもマンデラ変化なのだろうか?
良く分からない。
ひろとみ祭りの終わった後に、心療内科に予約を入れた。
一度、脳の精密検査を受けておいた方が良いのかもしれない。と思った。
何処かを紹介してくれるのではないかと思い、伺った。
結果は、調べられるところ、紹介できるところは無いとの事だった。
でも、気になる話を聞いた。
俺の貰った診断名:統合失調症
統合失調症の人は、絵などを描くと、症状が重い人ほど絵が溶けて行って、光のようになっていくらしい。そもそも物体は光だからな。溶けた光になっていく感覚。これが統合失調症。
逆に俺の場合は光がハッキリとした形を作って行った。
統合失調症の逆を行く現象なのかなと思った。
だとしたら俺の診断名は、統合失調症ではなくて、統合過剰症。過剰統合症。
見たいな名前が付けられるのではないだろうか。
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散らばった7つを探し求める度。
それは7つの大罪、7つの美徳、それを織りなす自分自神。
様々な自分を1つにする事。それが統合。
様々な自分が離れて行く事。それが統合失調症。
統合失調症の人が描く絵は形が崩れて光が溶ける。
統合していくと、光が形になっていく。
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国直の海岸で頭の中でここまで考えて、何ちゃてと言った所で国直の鳥たちが騒ぎ出した。
あながち間違いではないのかもしれない。と思った。
今までにない変化は自分にとっては良い変化が多い。
今回の光の変化も僕としては良かった。
だが、急な変化。そして誰にも分からない。
また急な変化が起きて、それが悪い方向への変化、自分だけが分かる悪い変化が起きて誰にもそれが分からない状態に出くわすとなった時に俺は恐怖を覚えそうだ。
まぁ、起きていない事。考えるだけ意味は無い。
ただ大きな変化が起きた時には心の状態は揺れる。何でこんな変化が起きた?
分からない謎を解き明かそうとする為だ。
ひらとみ祭りを見て
診療内科に通って、心揺れているそんな時に問われる事となった。
「タンカン栽培、できるのか?」と。
2024年9月4日の事であった。




