その40 6回目死にかける
2023年7月26日
この日の出来事は未だに謎である。
12時発の奄美大島行きに向かうため、羽田に着いた。
ふらふらと歩いているとお土産コーナーに紫色の包装紙のお土産が5箱くらい積み重なっていた。
今ではあまり色を意識していないのであるが、紫色は気にしてしまう色である。
その箱には何故か全て半額のシールが貼ってあり、ちょうどいいやと思い、購入。
北海道のお土産だった。まったく旅行は関係なし。何で買ったかは当時の俺に聞いてくれ。
購入した時に店に備え付けられた大きなディスプレイに「登れ」との文字が大きく映し出された。
そしてサケが川を上る映像が映る。
次に映ったのは白い崖のある海岸の映像。。
スマホで検索してみると函館の下、乙部町という町から行った先にある海岸で滝瀬海岸である事を知った。
やはりその時の俺はメッセージとして考えていた。
羽田空港の一番左に位置する喫煙所へ向かう。
途中のディスプレイには続くビッグモーターの謝罪が映し出される。
喫煙所に付くと横に細長い小さなディスプレイにsensoの文字が右から左へ流れてきた。
そして次いでパトカーでバスを追いかけるカーチェイスの光の絵が流れてきた。
喫煙所に入ると直ぐに後から入って来た人、2人。
「バスで成田に行ける」
「中継地点は沢山あるから直ぐに来れる」みたいな事を話す。
滝瀬海岸に行けと言われていると思った。
緊急性もあったように感じた。
とりあえずはバスで成田に行ってみればいい。
奄美大島へ帰る搭乗30分前の出来事。
ワクワクする方へGo。だが煽られれうような恐怖も感じる。
未だに訳の分からない状態が再燃した。吹っ切れたはずなのに。。
普通は奄美大島に帰るだろ!!チケットも取ってる!!
もうすぐに搭乗する時間だ!!!
俺は奄美大島帰りを蹴って、成田にバスで向かう事にした。
これは絶対に頭がおかしいと思う。でも分からない真実に辿り着きたかった。
滝瀬海岸で待ってる。っていうメッセージだと受け取った。
お前から来いって俺が伝えてピンポンしたくせにとも思ったが、ドキドキしたから向かった。
恐さと期待。
俺は天の事も知りたかった。天の事も知って、その後、奄美大島に帰ろうとそう思った。
死ぬ気は全然なかった。
良いとこどり。両取りしようと思った。
成田行きのバスの中、オカンからどこに居るのかと電話があった。
羽田には居るが帰るか分からない事を伝える。
成田に向かっているのに羽田に居ると嘘をついた。
「帰って来なさい」の母の言葉に「分った」と嘘を付く。悲しくて涙が溢れた。
滝瀬海岸へ向かうと心は決まっていたがあまり心配させたくなかった。
成田には1・2・3・番の停留所があった。
俺はとりあえず2番で降りた。そうすれば、どこであっても直ぐに対応できると思ったから。
2番の停留所で降りようとした直後、
「間違っちゃったね。」
「急げばまだ間に合うかも」の乗客の言葉。
焦った。本当に焦った。時間制限付き何て知らなかった。パトカーのチェイス映像はその為だったのかと把握。
「4階、急いで!」っていうものだから、急いで4階に上がった。
でも結局1階に戻る事になり、停留所は1番が正解であったと知る。
1番停留所に付き、ピーチに辿り着く。
「1番停留所で降りてたら間に合ったのに」のメッセージを受け取る。
俺の居る世界線には函館行きのピーチは存在していなかった。
失敗したと思った。
天からは見放されたと思った。
成田からオカンに電話をかけるもオカンは電話に出なかった。
俺は地からも見放されたと思った。
天からも地からも見放されて、誰も知らない世界に1人残されたと思って絶望した。
失敗した 失敗した 失敗した 失敗した
以前、夜中に山へ登り、崖から落ちそうになった時と全く同じような気持ちが溢れてきた。
外にあった円柱の柱に全力で頭を打ち付けた。
大混乱し泣いた。
その後直ぐにオカンから電話がかかってきた。繋がった事に安堵した。
けども見えない世界も、見えてる現実も裏切ってしまった僕がいる。
電話をくれた相手が母であるが母であるか分からない。
俺はここに居て良いのだろうか?ってなった。
その日は、俺を迎える為に奄美大島空港に来ようとしていた母と妹。
妹が急遽、時間ぎりぎりで間に合う鹿児島行の飛行機を予約してくれて、それに乗る事が出来た。
親戚のHネキが鹿児島空港に迎えに来てくれた。
かなり俺は憔悴していたと思う。格好もボロボロ。
大分、車内での会話は気を使って貰ったように思う。
・過熱する思考の地獄
・4階から紐無しバンジー
・滝瀬海岸への誘い
世界俺に厳しすぎだろ。
少し落ち着いて、向かう家の途中にあるコンビニで降りる。
広い道路に面した所にあるコンビニだった。
俺はコンビニの外で1服しボーっとしながら目の前の道を見ていた。
俺はここに居ていいんだろうか?
再びそう思った時に右から走って来た大型の8tトラックを運転していたあんちゃんが、右腕を高く上げた。本当にワンピースで麦わらの一味がビビに送ったメッセージのようであった。
それを見て俺は答えてくれる人も居た。俺はここに居ていいのかもしれない。
それだけで少し救われた気分になった。
これ、滝瀬海岸まで行っていたら俺はどうなっていたのだろうか?
死ぬつもりは全然無いのだが、もしかしたら崖から飛び降りていたかもしれない。
その可能性は十分にあったかも知れないと思う。
「命を差し出して、世界を平和にしようとした」これは本当であり、この時が一番、死んだと思った。
こんな事をしたから、お前、本当に死ねるのかって試されたのかなぁ?そんな気がする。
普通に生きているだけなのに大きな罪を背負っている気分になる時がある。
・元いた世界の妹、母を残して1人でこちらの変わった世界に来た事。
・命を差し出せるのか試されて、命を差し出せなかった事。
でも生きている事で、ガッツポーズをしてくれるニキがいる。
ただ、シンクロニシティで時間とタイミングを合わせてくれただけの話だと思うが。
成田空港で思いっきり頭をぶつけた時も、額をかち割る勢いだったのに、痛みコブも無かった。
死を迫ってくるような何かと生かそうとしてくれる何かの間に立たされたような期間だった。
次の日、2023年7月27日
鹿児島から奄美へ飛行機で帰り、母親に迎えられる。
2023年7月22日~2023年7月26日
人生で激動となる5日間を経験した。




