その32 統合失調症 仕事を辞めた
自分の体験は100%のもので、真実で絶対であったのだけれども、それによって心が不安定になった事も事実であり、、、母の勧めで心療内科に行って、通うようにもなりました。
先生には自分の体験、起きている変化、それを元にした自分の考えた世界真理、心の在り方、全部話してきました。
統合失調症の名も頂くことが出来ました。
自分はただ、自分の体験を聞いてもらえるだけでありがたかった。
自分の体験を話せるようになったのは母と、その心療内科の先生に増えた。
薬は弱い薬を処方してもらった。
流石に精神が-に傾いて、これはヤバいと自分で感じた時には飲んだが、それもトータルしても5日分ぐらい。後は処方してもらうも、飲まなかった。
それは、自分自身を信頼していたし、自分自神に絶対の自神があったから。
自分は1人で居ても安心できる場所を増やそうとしました。
大浜海岸に行って瞑想してみたり、シーシャバーに行って見たり。
2023年5月に入るも、なかなか自分にとっては働くのが辛かった。
・・・辛くはないか、、意味が分からないというか、、何というか。
世界観が大きく変わって、不思議の世界に1人で居るみたいな。。。
5月も仕事を休みました。4月になった事で、有休が新たに付与してもらえていて、それを使って休みました。
養殖場内という限られた場所が狭いように感じたし、もっと周りを良く見ておきたいとも思ったし、高千穂神社での体験が大きくて、自分の存在意義が分からなかったし。
でも直ぐに辞めたりはせずに、5月をもって辞めました。
自分の契約も年更新にしていましたし、有休も使い切りました。辞めるのであればタイミングは良かった。ただし、自分の価値を高めてくれた会社に対してはこのような自分の状態になってしまって不義理であったなと感じています。ごめんなさい。
でも本当に感謝をしています。ありがとうございました。
この自分の居場所から、別の居場所へ誘われる気がして、自分の身の回りの断捨離をしました。
唯一集めていたラノベの、リゼロも手放しました。
だけれども、日常生活においては大きな変化が訪れる事はありませんでした。
心的問題で4月、5月と有休を使い大半を休み、仕事を辞めました。
傷病手当というものがあり、申請を申し込みましたが、国からは受理されませんでした。
できるだけ頑張ってしまう元々の性格があり、有休以外は出勤しました。
仕事も無理をさせないようにして頂きました。ありがとうございました。
それでも最終日に会社に出勤した。という事で申請は通りませんでした。
判定基準が何なのか良く分かりませんが、辞める最終日に出勤できる状態かどうかっていうのが判断基準の1つとしてあるようです。
本当に良く分かりません。
仕事を辞めても次の仕事を探せる状態ではありませんでしたので、ひたすらに1人で思考の海にダイブしていました。
たんかん畑があった事は救いだったと思います。
思考の中だけに1人で居続けたら、絶望の海に変わってしまっていたと思います。




