徒然 その11 社会人 置き薬
やっと、ここか。。
まだ、この2年間の本題にすら辿り着いていないと云うのに・・・。
ぱっぱと軽く行こう。
立ち直れてからは、今まで重く抱えていた心が嘘の様に軽くなった。
何なのだろうか。
「死ぬ事」から「生きる事」に切り替えられたのだと思う。
仕事はコンビにおいてある様な職業情報誌から見つけたんだったか。
高卒でも勤められるところ、近いところ。
それぐらいで見つけた仕事。
置き薬のルートセールス♪
音符なんかも付けて、軽く、軽く、進めていく。
南武線で地元駅から数駅先にある富士薬品系列の会社に、雇ってくれとお頼み申した。
難なく採用。
2005年の10月の事だった。
3日間は助手席に同行してやり方を教えて貰った。
基本の仕事は、各家庭、事業所や店舗に置かせてもらってある配置薬の補充や集金。
それ以外の部外品商品の販売。
以上が仕事内容だった。
3日間の同行が終わった後に、地図と伝票を渡されて、「行って来い」
以上。
雑な書き方をしたが、そこの所長はとっても優しくて良い人です。
基本は、自分でやらないと覚えない仕事だしね。現場実体験で学ぶ方が速いし。
所長その日の成果は期待していなかったはずだし。
ただ、1人出勤の初日に俺が事故って死にかけるとは思いもよらなかったと思うww
軽く書き進めたが、軽くないんですがねぇ本当に!!
生きる事に向けて立ち直った直後にこれかよとは思った。
向かった先は立川だった。
自動車の免許を持ってはいるが、車は持っていなくほぼ初心者。
今思うと、何で選んだかなぁーその仕事とはちょっと思う。
まぁ何でも良かったんだな。その時は。
立川について何件か終えて・・・?いや、終えた記憶が無いな。
1件目を探している時だ。
道幅も細い閑静な住宅街をぐるぐるしていた。
車の通りも少なかった。
どこだ?どこだ?と探している中、一時停止線を停止せずに飛び出してしまったその時。
右から来る4tトラックの運転手さんと目が合った。
時間が止まったかと思った。
激しい衝撃で思いっきり右側頭部を右の窓ガラスに打ち付けた。
自動車は操縦不能になり、トロトロと走って右側の歩道で停車。
一瞬の出来事であり、全てを完全に失ったと思った。
重い出来事であった筈である。
だがしかし、この件に関してはスムーズに処理が行われた。
所長に報告すると、直ぐに来てくれた。
相手のトラック運転手にケガはなく、トラック自体も傷らしい傷はない。
俺の動かなくなった車の停車した場所も交通の邪魔にはならない。
所長は顧客のレッカー屋に連絡し、全損となった社用車を移動、廃車。
ちょうど、本社のある富士吉田に余っていて使っていない車があるとの事で所長が取りに行き、次の日の朝には出発できるような状態に。
ぶつかった相手には折り菓子を持って行くぐらいで、後腐れなく、まるで事故など無かったかのように素早い処理が行われた。
そして、自動車が全損、廃車となる事故で、右側頭部を思いっきり打ち付けた俺は、、、無傷だった。
確かに思いっきり右からの衝撃で右に振られて、右の窓ガラスに右側頭部をガツンと激しく打ち付けた。
間違いない事である。
だけども、傷一つ、たんこぶ一つ、痛みすらも無かった。
思い出深い、社会人のスタートである事よ。
毎日、100Kmを越えて、自動車を走らせる日々。配置薬を置いた店は、夜のお店が多い事もあり、特にスナック系が多かったかな、、日々の仕事は深夜を回った。
でも基本は一人勤務行動だし、色々な人と顔を合わせるし、自分の閉じ籠っていた世界からは大分広がったと思う。
本当によく、環七、環八通りまで運転したよね。今では出来る自信がない。
2006年7月には仕事を辞めた。
あれ?たったの9カ月間か、、もっともっと長いと思った。
やはり自動車の運転自体が大事故をした為に、気が張ってネックになっていたし、毎日、毎日、終電近くになっていたし。
でも毎月に会社の社報が届くんだよ。
そしてその月のセールス商品である部外品の各人の売上本数が出回る。
50人くらいの社員の中、俺は辞める前の3か月くらいの間、TOP3に喰い込んだよ。
凄いな俺は!!
社会の事を何も知らずに育ったのに、絶望の淵に居た俺なのに。
まぁ、何も知らないからこそ一所懸命にはやったよね。
教わった通りに。
訪れる先々ではセールス商品の部外品しか勧めなかったし。
濃縮ドリンクの商品がセールス商品となった時には自分で数本購入して、それを水筒に入れて氷で薄めて、行く先々で試飲させて。
本当に当時の俺は真面目で健気で可愛いと思う。
所長も凄いなと言ってくれるし、喜んでくれた。
でもまぁ、給料は全然に見合ってなかったし、出来るだけ頑張ってしまう俺なものだから帰りが毎日、日付を超えるぐらい遅かったし。休みの日は疲れて眠るだけ。
母の勧めもあり、辞める事にしたんだよね。
でもね、大変だったけれどもとても面白い経験でした。
どうもありがとうございました。




