密談
ミシェルとビルは相談しました。
さっさと出ていきたいミシェルに対し、ずっと現実的なビル。
「ねえ…こんなところ、出て行こうよ…また二人で旅すれば良いじゃない」
「でもにゃ、出て行ってもこの先、常に攫われて売り飛ばされる危険性があるのも事実にゃ…。
信用できる相手であれば、ある程度の年齢になるまで、教育を受けさせてもらえて、働かせてもらえるのであれば、それは一番良い道ではあるにゃ…。」
「…でも…だとして、あの二人のどちらを選ぶの?ちゃんと約束を守ってくれて、悪いようにしないのはどっち?」
「う〜ん…エドワードの方が信用は出来る気はするにゃ、でもドン臭そうな気もするにゃ…。」
散々話し合って、結局、更に第三者に相談したいという事になった。
というわけで、エドワードの側近と思わしき、アレンに聞いてみる事にした。
「というわけで、お前ならどちらを選ぶにゃ?そしてその理由は?」
いきなり前置きを何もせずにビルが聞いた。
「それは…ミシェル殿とネコ殿が世話になるのに、エドワード様と姉君、どちらが良いのかという話という理解で良いのだろうか?」
「他に何があるにゃ?!」
「…態度の悪い猫だな…。」
「にゃにか言ったか?」
「いえ…。ミシェル殿が、将来、例えば良い家へ侍女として働きたいとか、より上にという野心があるのであれば、お勧めは姉君ですね。かなりの手腕です。
そこまでは望んでいなくて、のんびりと平穏であればとお望みであれば、我が主、エドワード様ですね。」
「う〜ん…悩むにゃ…。俺としてはより上を目指せる姉君にしたい。でもミシェルがそれに馴染めるのか…。う〜ん…。」
「僕、ビルと一緒にいられるなら、どっちでも良いよ…。」
「では俺と一緒に頑張ってみるか?!」
というわけで、ミシェルはエドワードの姉、オクタビアの元へ行くことになった。
勿論、エドワードは反対した。
「私の命を救ってくれたお礼がしたいのに、何で姉上のところへ行くことになるんだ!?」
「…あなたは選ばれなかったのよ…諦めなさい!」
姉弟喧嘩の末、結局、ミシェルの後見人はあくまでもエドワードとなった。
エドワードの許可なく、ミシェルとビルをどこかへやったり、一人と一匹に不利益を与えてはならないと。
まあでもこの姉は、いざとなったら平気でその約束は破るだろう…。
「さあ!決まれば急ぎましょう!今日のうちに私の邸へ帰るわよ!」
そういってミシェルとビルは、オクタビアの馬車に放り込まれ、連れていかれた。
オクタビアの伴侶である、隣の領地の伯爵、アンドレアは驚いた。
弟が行方不明になったと飛び出していったと思ったら、数日で今度は良く分からない美少女と、何と!
!喋る猫を連れ帰ってきたのだから。
「アンドレア!今、帰ったわ!エドワードの命の恩人と恩猫を私が預かる事になったの。宜しくね!」
「宜しくって君、捨て猫とかを拾ってくるのと訳が違うんだよ?」
「やあねぇ~そりゃあ猫だけど、この子たちは大物になる予感がするわ!
大切に育てて損はないわよ!」
常にオクタビアに振り回されているアンドレアは、溜息をつきながら聞いた。
「それでこの子たちをどうするつもり?」
「そうね…ビル…猫の名前ね…には、従者教育と騎士教育を受けさせてはどうかしら?
ミシェルには貴族教育ね…。」
「ん?俺には従者教育は必要ないぞ?その気になれば、その程度は出来るからな。
でも腕は磨いておきたいから、騎士教育はやっても良いにゃ。
後は俺は経済と交易を学んでおきたいにゃ…。」
「「???」」
「あの…僕は…貴族教育って…侍女になるための勉強じゃないんですか?」
「貴族教育を学んでおけば、侍女になれるのよ…それもそのレベル次第では、上位貴族の侍女や、王宮も夢じゃないわね!なのでミシェルは貴族教育!
問題はビルね…。
あなた…ただの猫じゃないわね!?どの程度の知識や教養があるのかしら?!
隠さずに教えてもらえる???」
「そりゃあ!喋る猫が、ただの猫であるわけはないにゃ!
そうだにゃ…歴史は得意だにゃ。言葉もその気になれば、ある程度はかしこまった会話も出来るにゃ!
ダンスも得意だったにゃ…。剣はそこそこ…弓の方が得意にゃ。」
「あなた…何者なの?!」
「俺は…猫にゃ!ミシェルの相棒にゃ…。」
ビルの言動は、明らかにただの猫ではなく、怪しさだらけだった。
でも本人もとい本猫が話そうとしないので、それ以上が分からなかった。
「では…ミシェルの貴族教育に、ビルも参加してもらって、ビルには不要な科目については、その時間を騎士教育などに充てるという事でどうかしら?」
「それで良いにゃ!」
「まずは部屋に案内するわ!…部屋は一緒で良いのかしら?ビルは…男の子よね???」
「一緒にしてください!僕、ビルが居なかったら安心して眠れません!」
「まあ…あなたがそういうのでしたら、それで良いわ…。」
案内された部屋は、今までミシェルが住んできた小屋とは大違いだった。
広い居間に、寝室と浴室が扉一枚で繋がっていた。
更に居間の隣に小さな部屋が二つと、小さなキッチンもあった。
「これは…どう見ても侍女の部屋ではない気がするんだけど?」
ミシェルが不安げに言うと、ビルも同意した。
「そうだにゃ…これは貴族とかが泊まる客室の一つをお前の部屋にしようとしているにゃ…。」
「そんなの分不相応だよ!変えてもらおう!」
「駄目よ…言ったでしょ?貴族教育を受けてもらうの。それにはこの程度の広さの部屋が必要になるのよ。
貴族というものに慣れてもらわなくてはいけないし、相応に衣装が必要になるの。
そこの繋がっている小さな部屋、一つにはあなた専用の侍女の部屋になるわ。
もう一つはあなたの衣裳部屋。
入浴一つとっても勉強なの。
侍女たちがあなたをどう着替えさせて、どう磨くのか、良く観察なさい。
あなたが侍女になった時に、出来るように。そしてどうしたらより主を良く出来るのか、勉強なさい。
学ぶことは生活の端々にあります。それを忘れないでね。
でも今日は食事の後、何も考えずに入浴して、寝てしまって良いわよ。
疲れているでしょうから。
明日からは忙しくなるわよ!」
相談していたら、ミシェルがドアのところに立っていて、部屋の交換は否定され、更には貴族らしい生活からも覚えるようにと言われた。
暫くすると、ミシェル専用という侍女が現れました。
「この度、ミシェル様とビル様専属の侍女になりました、メアリーと申します。
宜しくお願い致します。
今夜のお食事ですが、如何いたしましょうか?
オクタビア様から、お二人だけの方が落ち着くでしょうからと伺っておりますが。
こちらのお部屋へ運ばせましょうか?」
「そうしてくれると助かるにゃ!」
メアリの目が一瞬、光ったような気がしたが、すぐに静かな笑顔になり、了承して去っていった。
やがて時間になり、使用人たちが食事を運んで来た。
「本日は、一品一品お運びすると、ミシェル様が落ち着かないのではと思いまして、一度にお持ちさせていただきました。」
そういって、パンにスープにサラダに兎肉の煮込みなどを並べていった。
同時にナイフやフォークも何本も並び、ミシェルの顔色は悪くなっていった。
「僕、食事のマナーなんて分からない…。」
「俺を見て真似すると良いにゃ!今日は順番は無視するが、明日からは恐らく順番に出てくると思うにゃ。その時も俺を見て真似すると良いにゃ。
真似しているうちに覚えるにゃ!」
「うん、わかった…。」
そんな会話をメアリ―は聞いていた。
ミシェルは常にビルと一緒に居たがった。
それは、相棒というよりも、ミシェルが完全にビルに依存しているようにも見えた。
ミシェルとビルが、同じベッドで寝静まると、メアリーはそっと部屋を出ていった。
「オクタビア様、メアリーでございます。」
オクタビアの執務室を訪れ、中へ招き入れられた。
「まだ半日程度だけど、見ていてどうだったかしら?」
「ビル様は、普通の猫ではありませんね…外見を見なければ、上位貴族かと思うところです。
食事のマナーも、ミシェル様は全くご存じない、平民らしい方なのに対し、ビル様は、ミシェル様に、自分の真似をするようにとお伝えして、それはもう見事な作法でお食事をなさっておりました。
寧ろ今までどうやって普通の猫を演じていたのだろうと思うくらいです。
私は猫に詳しくは無いのですが、ビル様は何らかの秘密があるのではと思います。
そしてミシェル様は、まだ幼いですね。
完全にビル様に依存なさっております。
まるで兄と妹のような…それもかなり仲の良い。」
「…あのミシェルって子だけど、素性が良く分からないのよ。
エドワードは命を助けられて、純粋に恩返しがしたくて拾ってきたのだけど。
そしてミシェルって子にも野心は全く無いし、ビルという猫も、野心というよりも、ミシェルを守っているという方が近いのよね。
でもあの子の髪と目の色を見たでしょ?あんなに綺麗な髪と目は、平民ではなく、上位貴族かそれ以上の可能性が高いのよ。
とはいえ、事情を知っているだろう、あの子の母親はとうに他界しているし、もしかしたら事情を知っていたかもしれない養父も事故で亡くなってしまっているの。
義兄たちは、あの二人を追い出したくらいだから、事情は何も知らないと思われるし。
腹黒い人間が、あの二人を見たら、かなりの確率で利用しようと考えるはずよ。
ミシェルは、その素性が分からないままでも、売れば相当な値が付くし、ビルに至っては、値のつけようも無いくらいよ。
だから野に放しておくわけにはいかないと思ったし、能天気なエドワードの元に置いておくわけにもいかないと思って連れてきたのよ。」
「どうしますか?ミシェルだけでも可能な限り、素性を調べさせますか?」
「そうね…素性を探っている事を、ミシェルだけでなく、誰にも知られないように探って頂戴。
先ずはミシェルたちがどこから来たのかを何とか聞き出すわ!」
「そんな必要は無いにゃ…。」
「いつ、どこから入ったの?!」
オクタビアとメアリーが相談していると、どこからともなくビルが現れました。
「俺は猫にゃ…隙間の空いた窓からでも入れるにゃ…。」
良く見ると、窓は完全には閉めてありませんでした。
「ここは3階ですけどね…でも猫ですものね?
それで…ビル、あなたはミシェルについて、どこまで知っているの?それにあなたは何者なの?」
「俺についてはまだ話すときじゃない。
でもミシェルの素性については、俺もずっと気になっている。
俺があの子の家に拾われてきたのは、半年ほど前だった。
あの子の髪色は、農作業で土埃を被って常にくすんでいたんだ。
だからあの子の髪が、あんなに綺麗だなんて、義兄たちは気が付かなかあった。
そしていつも義兄たちの前では俯いていたから、瞳の色にも気付かなかったし。
俺は一緒に川に入ったりしていたから、すぐに気が付いたが、黙っていた…まああの家では俺は、普通の猫として徹底していたからにゃ。
あの子が住んでいたのは、ここから徒歩だったら5日ほど行ったところのシャビ―村だ。
俺が知っているのは、ミシェルの母親は、身重の状態であの村にある日やってきたらしい。
結婚はしていなくて、詳しい事は頑として誰にも喋らなかったと聞いた。
母親も相当綺麗な人だったらしいが、ミシェルと違って、綺麗な赤みが掛かったブロンドのカーリーヘアに、エメラルドのような緑の瞳だったらしい。
でも顔立ちとかは、ミシェルにそっくりだったと聞いた。
恐らく、ミシェルの母親は、どこかの貴族だったと思うにゃ。
そして隔世遺伝か、若しくは父方が青い髪に碧い瞳なんだと思うにゃ。
ミシェルの郷里と、それから母親がどこから来たのかを探るのと併せて、あのミシェルの髪色を調べるのが早いかもしれないにゃ。
この国でもそれほどは見掛けないし、あの髪色はどこだったか外国の王族がルーツと聞いたこともあるにゃ…。」
「ビル…あなた本当に何者?!凄い知識ね…。確かにあなたには従者としての教育はあまり必要なさそうね。
貴方にはあなたが受けたい教育だけを用意するわ。必要な時に言ってね。
そして言っておくわ…私とエドを裏切る事は無いようにね…。」
「肝に銘じておくにゃ…。」
こうして一匹と二人の密談は終わりました。
こんにちは。恵葉と申します。
初めて書いたそこそこの長さの作品が、割と暗かったので、今度は楽しそうな作品を書いてみたいと挑戦中です。
一人でも面白いと思って読んでいただける方が居れば嬉しいです。